もしも、 ヨウコと『夏のなごり』の涼子が知り合いだったら・・・(中編)
ある日の夜8時半。
カランコロン
オアシスのドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
ユキノは店の中を見渡した。
「あ、ユキノ、こっち」
ヨウコが奥の席から声をかけた。
ユキノはヨウコを見つけると向かいの席に座った。
「急に呼び出すからびっくりしたじゃない」
「ごめん、ごめん」
後ろからウエイトレスの子が水を運んできた。
「いらっしゃいませ」
「あ、涼子ちゃん、この人が前に言ってたユキノ」
「はい。入ってこられた時からそうだと思ってました。ヨウコさんやママから聞いてた雰囲気の人だったから」
「え、何? 私の話なんかしてたの? それに、ヨウコはなんでこの子のこと知ってるの?」
「うん、ママの友達の娘さんで、私の飲み友達。っていうか、ママと三人でここの閉店後によく飲んでるの」
「え、私に内緒でそんなことしてたの? 許せないわね」
「だから呼んだんじゃない。もうすぐ閉店だし、ここで四人で一緒に飲もうと思って」
「そういうことか。明日休み?ってしつこく聞くから何かと思ったら飲みの誘いってわけね」
「ま、そういうこと」
「ユキノさん、閉店まで少し時間あるので、何か飲みます?」
「そうねぇ。じゃカプチーノもらうわ」
「はい、カプチーノですね」
涼子とヨウコは顔を見合わせて少しニヤッとした。
「何? あ、ヨウコ、カプチーノの泡のこと、喋ったわね?」
「え、知らない。何のこと?」
「またとぼけて。もう今はそんなヘマはしないんだから、言うのはやめてよね」
「はいはい」
「やっぱり言ったんだ」
「バレたか」
「バレたかじゃない」
そんな二人のやり取りを見ながら涼子は注文票にカプチーノと書いて、厨房に消えた。
ヨウコは涼子の後ろ姿を見送るとユキノに話しかけた。
「最近、崇さんとはどう?」
「どうって、別に何も変わらないわよ。崇は私のこと愛してくれてるし、私も崇を愛してる」
「相変わらず言うわね〜」
「あんたが聞いたからでしょ。それより、ヨウコはどうなのよ。結局、佐藤君とも別れていまだに相手いないんでしょ?」
「悪かったわね。相手がいなくて。崇さんに代わる相手なんてそういないわよ」
「ヨウコ、あんた……」
「あ、ちがうちがう。そういう意味じゃなくて、単純になかなかいい男がいないってこと」
「まぁ、崇に代わる男は難しいわね」
「もう、これだからやになっちゃう」
と、トレイを持った涼子がやってきて、慣れた手つきでユキノの前にカップを差し出した。
「お待たせしました。カプチーノです」
「ありがとう」
ユキノは涼子に軽く会釈をして、そのままカプチーノを一口飲んだ。
「あ、泡が付いてない」
「ほんと、付いてない」
ヨウコと涼子は顔を見合わせた。
「言ったでしょ。いつまでもそんなヘマはしないって」
ユキノは少し自慢げに言った。
「あ〜あ、なんかつまんない」
「ヨウコ、つまんないって何よ」
「ユキノの唯一の弱点だったのに、もう弱点なんか何もないじゃない」
「あるわよ。私にだって弱点くらい」
「何よ」
「それはね……ってあんた、わざと言わそうとしてるね」
「チェッ、またバレたか」
「もう。私の弱点は崇だけよ」
「はいはい、ごちそうさま。これだからね〜ユキノは。涼子ちゃん、変な人でしょ?」
「いえ、素敵です。好きな人を想っているのがよくわかります」
「あら、ありがとう。あなたは好きな人いるの?」
「ユキノ、それ聞いたらダメ」
ヨウコは慌ててユキノを制した。
「いえ、いいんです。私も浩太のこと大好きなんで」
「へぇ、コウタさんっていうの、あなたの好きな人」
「はい。でも、別れちゃいました」
「なんで?」
「それは……」
「ユキノさん、いらっしゃい」
不意に涼子の後ろからママが声をかけた。
「あ、ママ、ご無沙汰してごめんね」
「ううん、いいのよ。看護師の仕事は不規則でそんなに自由に来れるわけじゃないんだから。こうして来てくれて嬉しい。もうすぐ終わるからちょっと待っててね。涼子ちゃん、さっさと片付けしちゃいましょ」
「は〜い、ママ」
そう言うと二人は厨房の奥へ入って行った。と、ママが出てきて、
「ヨウコさん、ユキノさん、涼子ちゃんのこと、お願いね」
とわざわざ言った。
「もちろんよ」
ヨウコの言葉に安心したようにママは頷いてから入り口まで行き、「OPEN」看板を「CLOSED」に変え、もう一度、『お願い』というポーズをして厨房に消えた。
「どういうこと?」
「あー、まぁ、涼子ちゃんの悩みを聴いてあげてほしいってこと」
「ん? それで私を呼んだってこと?」
「そういうこと」
「なら、そう言えばいいのに」
「ちゃんと顔見て話さないと上手く言えないと思ったのよ」
「何をおっしゃる。ヨウコは人のことはちゃんとわかるでしょ?」
「そうだけど、こと恋愛のこととなると私じゃちょっと……。ここはユキノ様に聞くのが一番いいと思ったのよ。でも、そう言ったら来なかったでしょ?」
「……まぁ、そうかもね」
「でしょ。だからママと相談して飲み会にしようってことになったの」
「私に何を言わせたいの?」
「なんでもいい。涼子ちゃんの話を聴いて思った通りにしゃべってくれたら、多分それが一番いい気がするの。ママも同じ意見」
「なんか、随分期待されてるのね。私にそんな力なんかないわよ」
「いいの、いいの。ユキノはいつも通りで」
そんな会話をしていると、ママがワインボトルとグラスをトレイに載せて運んできた。
「今日は白にしてみたわ」
「この前は赤だったの?」
「そうよ。あ、ユキノさん、赤の方が良かった?」
「いいえ、私はどっちでも大丈夫」
「そうよね。ユキノさん、お酒強いもの」
「いや、それほど強くは……」
「強い強い。結構飲める口の私がもうダメってなっても、飲み始めと全然変わらないんだから」
「ヨウコ、そんな人聞きの悪い。……私だって酔うわよ」
「いやいや」
「へぇ、ユキノさん、そんなに強いんですか?」
涼子がママの後ろから訊いてきた。
「まぁ、少しわね。あなたは?」
「私は普通かな」
「この子も結構飲むわよ。ヨウコさんくらいかな」
「ママ、やめてよ。私はヨウコさんほどじゃありません。ってことはユキノさんってすっごく強いんだ」
「そう、ユキノは強いの。だからペース間違うと潰れるわよ。気をつけて」
「人をウワバミみたいに言わないでよ。私だって人間なんだからちゃんと酔います」
「まぁまぁ、飲む前からケンカしないで」
ママはそう言うと、グラスに白ワインを注いで、それぞれの前にグラスを置いた。
「じゃ、今日の女子会に乾杯!」
ヨウコがそう言ってグラスを掲げると残る三人もグラスを掲げた。
『カチャッ』と音がして女子会は始まった。
「ねえ、ママ」
「何? ヨウコさん」
「ママはどうやってマスターと知り合ったの?」
「えー、そんなこと聞いて何になるのよ」
「前から一回聞いてみたいと思ってたのよ」
「何言ってんの。それより若い皆さんのお話が聞きたいわ」
「いや、私も聞きたい」
ユキノが冷静な声でそう言うと涼子も同調してこう言った。
「私も聞いてみたい。職場で出会った人だってことくらいは、お母さんから聞いたけど」
「お母さん?」
「あ、ユキノさんは知らないわね。この子のお母さんは私の学生時代の友人なのよ」
「そういうことか」
「そうそう。で、まあ、いろいろあって、今はここで住み込みで働いてもらってるの」
「へぇ、そうなんだ。そのあたりは後でゆっくり聞くとして、まずはママの馴れ初めを聞きましょうか?」
「あら、ユキノさん、冷静ね。全然ごまかされてくれない」
「ママ、ダメよ。ユキノにかかったら、絶対、しゃべるまで許してもらえないわ」
「えー、なんか私が責められる会なの?」
「そうじゃないけど、人生の先輩としてのお話を聞いてみたいな」
「私も」
「もちろん、私も」
「まあ、涼子ちゃんやヨウコさんまで、そんな。わかったわ。じゃあ話すけど、そんな色っぽい話じゃないからね」
「前置きはいいから早く」
ヨウコがママを急かした。
「私、大学を出てお役所関係に就職したのね。で、配属先の部署に二つ年上の彼がいたの。で、なんだかんだやってるうちに結婚してこの店やることになって、今に至ってます。終わり」
「えー、それじゃわかんないじゃない。『なんだかんだ』のところ、聞かせてよ」
ヨウコのツッコミに、ユキノと涼子も頷いた。
「いや、まあいいじゃない」
「確か私が小さい頃、お母さんが、あの二人、結構、大恋愛だって言ってたな」
「涼子ちゃん。もう、そんなこと思い出さなくていいから」
「ママ、大恋愛だったんだ。聞きたい」
「うん。私も」
「もうユキノさんまでそんな。……私が仕事でちょっとミスした時に上司から叱られたんだけど、庇ってくれたのよ。彼女は悪くないって。そこからお礼言ったりしてるうちに何となく付き合うようになって……」
「なんとなくなの?」
「もう、ユキノさん、意地悪ね。彼ね、ああ見えて、職場ではちょっとモテてたのよ。そこそこ背も高いし、正義感も強かったし、誠実だったから。バレンタインなんか義理チョコって言われながら、他の人よりかなり多くもらってたの」
「お、マスター、そんなにモテたんだ。そのマスターをママがどうやって射止めたのかな?」
「ヨウコさん、からかわないでよ。バレンタインのチョコ、私も用意したんだけど、仕事終わりまで渡せなくてね。職場出て帰ろうとしたら、彼も帰るところで、なんでかわからないけど、『ご飯でも行きません?』って誘われたのよ」
「え、マスターが誘ったの? やるね〜マスター」
「でも、それはちゃんと目的があったのよ」
「え、ママを射止めるって目的?」
「もう、涼子ちゃんも焦らないの。そうじゃないのよ。彼、いろんなレストランや喫茶店で料理や店の雰囲気を観察していたの。子供の頃から料理するのが好きで、いつかは自分のお店を持ちたいって思ってたらしいのよ」
「へぇ、そうなんだ」
「彼は私に気があるっていうより、一人でお店を見ても自分の感想だけだから誰かと一緒に観察したかっただけなのね」
「えー、でも気がない人は誘わないでしょ?」
「まぁ、それはマスターに聞いてみないとわからないけど……」
ママは少し照れた顔になった。
「それで二人で、あるレストランに入ったの。で、料理を一緒に食べたんだけど、『ここのお店はここがいいとか、ここはもう少しこうしたらいいのに』とか言ってて、正直、ちょっと言い過ぎと思って『食べてる時は美味しくいただきましょ』って言ったの。そしたら、ハッと気づいたみたいで『そうだね。それがお客として一番大切だな。ごめんね』って言ってくれたの。そうやってすぐ自分の悪いところに気づいて謝れる人って案外少ないでしょ。だから、ああ、この人、謝れるんだって思ったの」
「『謝れるんだ』……か」
「何、涼子ちゃん、何かあるの?」
「いえ、それでどうなったの?」
「ご飯の後で、コーヒー飲んでる時に、持ってたチョコレート渡したの」
「おお、ママ、いきなり勝負に出ましたね」
「もうヨウコさん大袈裟ね。違うのよ、『この前、上司に怒られてた時に助けてもらったお礼です』って感謝の気持ちで渡したの」
「えー、ほんと? それなら職場でも渡せたんじゃない?」
「まぁ、ユキノさんまでそんなこと言うの?」
「だって、そんな気があるからついて行ったんでしょ?」
「いや、それは……まぁ、ね」
「ほら、やっぱり」
「はぁ、ユキノさんには敵わないわね」
「そうよ。言ったでしょ。ユキノからは逃れられないって」
「ヨウコさんのいう通りね。わかった。正直に話すわ。どうせ女子会のおつまみみたいなものだもんね」
「そうそう、しゃべって楽になりなさ〜い」
ヨウコが茶化すと、ママは苦笑いして諦めたように話し出した。
「ほんとは最初に見た時からいいなと思ってたのよね。それでレストランで二人っきりになって話してみて、この人と真剣に付き合いたいと思うようになったの」
「ヒュー、そうこなくっちゃ」
「茶化さないでよ。で、持ってたチョコレート渡したら、急に彼、真っ赤になって、『え、これくれるの?』って」
「マスター、ママのこと、好きだったのね」
ユキノの冷静なツッコミが入った。
「そうみたい」
ママもあっけらかんとそう言った。
「はぁ、妬けるなぁ。羨ましい。ね、涼子ちゃん」
「うん。ヨウコさんのいう通り、私も羨ましいです。マスターとママ、仕事で息ぴったりだと思ってたけど、そんな馴れ初めがあったんですね」
「よしてよ。照れるじゃない」
「で、どうなったんですか?」
「もう、涼子ちゃんったら。それからは二人でいろんなお店を見て回るようになったの。洋食、和食、喫茶店、お寿司屋さんも行ったなぁ。彼ったらお店を出るたびに、『ここはこうだった』ってずっとメモしてるのよ。最初はそれがちょっと嫌だったけど、そのうち、私も『ここはこうよね』とかいうようになって、気づいたら、二人でメモするようになって、それを彼がノートにまとめるようになったの」
「なんか楽しそう」
「そうね、あの頃が一番楽しかったわ。で、そのノートがいっぱいになった時、私にノートを差し出して、『一緒にお店やりませんか?』って言ったの」
「え、それって……」
「そう、プロポーズだったの」
「マスター、やる〜」
ヨウコが煽った。
「でも、私、プロポーズだと思わなくて、ただ一緒にお店で働こうって言ってるんだって思って、『もちろん』って答えたら、彼、『ほんとですか?やったぁ』って叫んだかと思うと私を持ち上げてクルクル回り出して……」
「マスター、結婚OKだと思ったんだ」
「そうなの。それで、持ち上げられて、私もようやく気づいて、『あ、しまった』って」
ママは笑い出した。
「笑いごとじゃないでしょ」
ユキノが冷静に突っ込んだ。
「そうなんだけど、今考えると笑い事よね」
「まぁ、確かに後で考えると笑い事になるか」
ユキノは独り言のように呟いた。
横から涼子が聞いた。
「それで、どうなったんですか?」
「うん、彼に持ち上げられてクルクル回りながら『あれ、これ、プロポーズかも』って気づいたから、『ちょっと下ろして』って言って下ろしてもらったの。で、『今のってプロポーズ?』って聞いたの」
「え〜、聞いたんですかぁ?」
「だって、違ってたら恥ずかしいじゃない」
「もう充分、恥ずかしいことしてると思うけど」
「そうよね。ユキノさんのいう通り。でも、その時の私は目の前のことで精一杯だったからね。で、彼にそう確認したら、『そうだよ、それ以外ないだろ』って言うから、『私、単に一緒にお店やろうって誘ってくれたんだと思った』って言ったの。そしたら彼、また真っ赤になって、その後、急に真っ青になって、『じゃ、結婚を承諾してくれたんじゃないんだ』ってめっちゃ落ち込んじゃったの」
「わ、マスターかわいそう」
「だから、私、『そんなプロポーズか仕事の誘いかわからないようなプロポーズなんてやめて、きちんと言葉で伝えて』って言ったの。そしたら、ちゃんと私の目を見て、『結婚してください』って言ってくれた」
「マスター、頑張ったね。で。ママは?」
「『はい、喜んでお受けします』って言ったの。そしたら、また持ち上げられちゃって、あとは目が回るばかりだったわ」
ママがそう言うと、三人はそれぞれが自分のことのように受け止めたのか、顔を赤くした。
ユキノはグラスのワインを一気に飲み干した。それを見てヨウコがユキノのグラスにワインを継ぎ足した。
ユキノはグラスに注がれるワインを見つめた後、不意に思い出したかのように涼子を見つめた。
「ところで、涼子ちゃんだっけ? 大好きな彼と別れたって言ってたわよね。嫌いになったんじゃないみたいな感じだったし、あれ、どういうこと?」
「え、私ですか? 私のことはいいじゃないですか?」
「涼子ちゃん、ダメよ。ユキノにかかったら、絶対許してくれないから」
「えー、ヨウコさんまでそんな。ママ、助けて」
「いいじゃない、私だってしゃべったんだから。思ってること、ここで話してみたら?」
涼子は観念したかのように、ポツリポツリ、喋り出した。
(後編へつづく)




