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「RPGパラレル・パラドックス」  作者: しんTAKA


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純愛小説として読む「RPGパラレル・パラドックス」

高校時代だけの想い出をもう一度。

みゆき編


俺は夢を見ていた。 高校に入学して間もない四月の頃の夢だ。


「タカシ、おはよう!」


そう、みゆきが叫んで追いかけてきた。

タカシ、そう俺は安岡崇。追いかけてきた女は、栗山みゆき。同級生だ。


「いい天気だね」

「そうだな。今日も、いい天気だ」

「今日も?……そうかなぁ、私にはいつもと少し違って見える」

「え?」

「タカシと一緒にいるからかな? な〜んて」

「あ、お前、またそんなこと言って」


みゆきは俺の怒った顔を見て笑った。


「今日も、放課後、一緒に歌おうね」

「ああ、ギター、用意しとくよ」


この頃の俺たちの会話は、毎朝、こんな感じだった。


彼女と話すようになったのは、俺が音楽室でギターを弾いているのを彼女が見つけた時だった。


「あ、安岡君、ギター弾けるんだ?」

「うん。まだ始めたばかりだけど、コード掻き鳴らすくらいならなんとか。栗山さん、アコースティックギター好きなの?」


彼女は、俺の問いには答えず、


「安岡君、下の名前、なんだっけ?」

「崇だよ」

「へぇ、崇君か。じゃ、タカシ」

「え?」


俺は、急にタカシと呼び捨てにされて戸惑った。女子から下の名前を呼び捨てにされたのは初めてだ。

だが、その響きは妙に新鮮で、悪い気はしなかった。


「タカシ、今、流行ってるあの曲、弾いてみて」

「へ、あの曲ってなに?知らない」

「なんだ、知らないんだ。つまんないの。タカシ、つまんない」


そう言われた俺は、その呼び捨てに心を奪われていた。


「じゃあ、その曲教えて」

「仕方ないなぁ。明日、持ってきてあげるね」


それだけ言うと、彼女は音楽室から消えた。


翌日、

教室に入ると彼女はもう来ていた。


「タカシ、おはよう!」


その声に周りのみんながこっちを振り向いたが、彼女は一切お構いなしだ。


「はいこれ、このCDに入ってる三番目の曲だからね」


彼女は自分の好きな曲が入ったCDを袋に入れて渡してきた。


「ああ、ありがと」

「いい? しっかり覚えるんだぞ」

「ああ、わかったよ」


彼女は自分の席へ戻って行った。俺の後ろから同じクラスの岸本が絡んできた。


「安岡、お前、もう栗山に『タカシ』なんて呼ばれてるの?やるね〜」

「いや、彼女が勝手に呼び出したんだ」

「そうか、じゃあ、俺も今日からタカシって呼んでいいか?」

「別になんでもどうぞ」

「ならそうする。じゃあ、タカシ、せいぜい頑張れよ。期待してるからな」

「そんなんじゃないって、岸本、お前はすぐそうやって絡むんだから」


家に帰ってCDの袋を開けると、ノートの切れ端に彼女の好きな曲の歌詞が書いてあった。



♪「夏のなごり」


遠い夏 今も目にうかぶ

銀の月 照らす浴衣姿

人の途切れた川辺で 

初めて口づけした

夏祭り 宵飾り 繋ぐ手と手 伝わる

お互いの温もりを信じた 

光咲く 恋花火 鮮やかに煌めいて

永遠を 刻み込む空


せせらぎは 今も変わらずに

緩やかな波折り あの日を呼ぶ

胸に残る感触が 甘く苦く蘇る


祭りの後の静寂の中で 

川辺に腰をかけて

線香花火 一緒に火をつけ 

いつまでも見つめてた


時は過ぎ 愛は去り ひとり見上げる空に

今宵また 光咲く花火が

すれ違う 賑やかな浴衣姿の波に

遠い日の 恋の匂いがした 

幻・・・ 影・・・ 戻らない日々 

夏の日のなごりの匂いよ



--- そんな歌詞が万年筆で書かれていた。俺は、その文字に見惚れた。

彼女が書いてくれた文字は、とても美しく、上品さもあって、とても高校生が書いたとは思えない、まるで大人の女性が書いたような文字だった。その字を指でなぞりながら、自分でもこんな字が書けたらいいなと思った。


(いやいや、それより今は、この曲覚えなきゃ)


俺は曲を覚えて、そのバンドのコピーやっていた友達から楽譜借りて必死にコードを覚え、数日後、彼女の前で弾いた。


「タカシ、えらい!ちゃんと覚えてきたんだね」

「当たり前だよ。こんなの簡単だからね」


本当は必死で練習したのだが、そんなことは決して言わない。俺とみゆきは、それから、放課後になると、俺がギターを弾いて彼女が歌うっていう日々を繰り返すようになった。

そんな時間を過ごすうちに、これって恋なのかな?なんて考えるようになった。でも、自分から告白なんてできないし、そんなことするタイプでもない。今はこのふたりの時間を楽しもうと俺は思っていた。

そんな俺の感情を知ってか知らずか、一緒に歌を歌っていると、


「ジャンケンしよ。私が勝ったら、私の好きな曲弾いて。弾けなかったら許さないからね」


とみゆきは言って無理やり俺とジャンケンをはじめた。しかし、負けが続くと、


「あーん、今のナシ!もう一回!」


と一方的に勝負をリセットして、笑った。

みゆきはじっと考えて、


「じゃあ、今度、私が勝ったら、私の好きな歌、十曲まとめて弾いてね。負けたら崇の好きな曲でいい」

「えー、もういっぱい歌ったしなぁ」

「じゃあ、崇の言うこと、なんでも聞く。それならいいでしょ?」

「え、そんなこと言って大丈夫か?」

「大丈夫よ。じゃあ、それで行くよ。崇、チョキ出して」


と俺に言うので、


「わかった。ジャンケン、ほい」


でチョキを出すと、みゆきはなぜかパーを出していた。


「あーん、そう言ったら、グー出すと思ったのに、崇のバカ〜」


って勝手に怒ってる。


「へっへっへ。さて、では、なんでも俺の言うこと聞いてくれるんだね?」

「あ、いや、今のはナシ。もう一回、ジャンケンしよ」

「何?俺、そんなに怖いかなぁ?」

「え、崇なんか怖くないよ。じゃ、いいよ、なんでも言って」

「じゃあ、俺と付き合ってくれ」

「え、それは……」

「そう、俺に付き合って、この歌一緒に歌ってくれ」


と彼女の好きな曲を弾いた。


「崇、ありがとう。やっぱり崇はやさしいね。そういうところ、きっと女子にモテるよ。その気持ちを忘れないこと、いいわね?」

「お前、どこまで俺を下に見てるの?」

「え、そんなことないわよ。崇が私のしもべだなんて思ってないよ」

「思ってるじゃん」

「失礼ね、思ってないって。私になんてこというの?あなたのご主人様よ」

「やっぱりしもべじゃん」

「へへ、ごめん。崇、気、取り直して、一緒に歌おうね〜」


と彼女は俺のギターで気持ちよく歌い始めた。




ある日の放課後、いつものようにふたりで歌っていると、みゆきが訊いてきた。


「崇はどんな子が好きなの?」

「え、いやぁ、その……」


本当は『みゆきが好きだ』と言いたかったが、そんなこと言えるはずもなく、口を濁していると、


「あ、わかった。ユミでしょ?」


とみゆきは言った。

彼女の言う『ユミ』は、みゆきといつも一緒に話している同級生の女の子だ。


「え、あ、ユミ?」

「あ、崇のその反応、やっぱりそうなのね?」

「え。あ、いや、その……」

「やっぱり。わかった、まかせておいて。私が悪いようにはしないから」

「いや、いいよ。そんなことやめてくれ」

「なんで、いいじゃない」

「そういうのは、自分でちゃんと言うことだよ」

「そっか、そうだよね。ごめん」

「わかってくれたんならいいよ」

「……でも、そっか、崇、ユミのことが好きなのか」

「えっ?」


みゆきは椅子に座ったまま、足をブラブラさせながら、俺のシューズの裏をコツコツと蹴り出した。


「何?」

「……ああ、崇、ユミのこと好きなのか」


彼女はコツコツ突くのをやめなかった。


「だから、何?」

「……私、傷ついちゃうな」

「え?」

「崇、私、傷ついてるんだぞ!」


そこまで言われた俺は、自分の本当の気持ちが抑えられなくなって、


「誰がユミちゃんを好きだって言ったんだよ?」

「え?」

「俺が本当に好きなのは、みゆきだよ。こうやって毎日、ここで一緒に歌ってきたんだ。わかるだろ?」


と言った。みゆきの目は一瞬、大きくなったが、すぐに元に戻った。そして、彼女は立ち上がるとそのまま教室を出て行った。

俺は、わけがわからなかったが、翌日、岸本から、


「崇、栗山に告ったんだって? それで、彼女、何か言ったか?」

「なんで知ってるんだ?」

「知ってるも何も、次は崇が犠牲になるって、みんな知ってたよ」

「どういうことだ?」

「あの子は、ああやって、いろんな男子に近づいては相手に告白させることが目的なんだ。ただ、お前がなかなか告白しないんで、彼女、かなり入れ込んでたな。でも、やっと言わせたってみんなに言いふらしてたよ」

「え、そんな……」

「ま、もうあいつのことは忘れろ」


(俺は彼女に騙されていたのか……)


そんな思いが頭を駆け巡った。彼女は自分に告白させるためだけに俺に言い寄っていただけだったのだ。




みゆきにフラれてから一年が過ぎようとしていた。

しかし、告白したあの日、彼女は何も言わずに教室から出て行っただけだった。

だから、本当にフラれたのかどうかを、俺は確かめるすべがなかった。

そんな俺の思いを知ってか知らずか、みゆきは何もなかったように、


「崇、さっきの授業のノート貸して〜」


と言ってきたり、


「ねぇ、あの曲、知ってる?崇はどう思う?」


なんて聞いてくることもあった。

そう彼女は、俺にずっと思わせぶりな態度をとっていたのだ。

でも、以前のように放課後、一緒にギターを弾いて歌うことはなかった。


俺は、みゆきへの想いを忘れようとした。

いっそ、意識しないようにしようと意識していた。

でも、彼女が誰かと笑っているのを見ると、心が乱れた。


自分のやり場のない想いはノートの中で詩という形になって現れた。

ちょうど、岸本も一緒にギターを始めた頃だったので、

岸本と一緒にギターを弾きながら、


「オリジナル曲、作ろう」


と言って、競って曲を作るようになった。


そして、高二の春、もう一人、佐久本を誘って「SKY」をいうバンドを組み、他の同級生バンドや、他校のバンドと一緒にライブに参加した。


半分コピー、半分オリジナルの構成で俺たちは演奏した。


それをみゆきが見ていた。


ライブが終わって、みゆきとすれ違った時に、


「どうだった?」


と聞いたら、


「良かったよ」


と笑顔で言ってくれた。

でも、あとから思うと、その目は笑っておらず、視線は俺たちではなく、別のところに行っていた気もした。


しかし、その時の俺はそんなことには気づかず、


『良かったよ』


というみゆきの言葉だけが、頭の中でリフレインしていた。


それからしばらくして、季節は梅雨に入り、街はしっとりとした雨に包まれるようになった。

ライブでのみゆきの言葉を心の栄養剤にしながら、俺は次のオリジナル曲の制作に没頭していた。

そんな時、クラスの奴から、


「みゆきが元カレと完全に切れて、今はフリーになったらしい」


という噂を耳にした。

心が跳ねた。今度こそ、俺にもチャンスがあるんじゃないか。 ノートに書き殴る詩も、自然と彼女を雨から守るような、少し背伸びをした恋の歌になっていった。


(今度の曲ができたら、一番にみゆきに聴いてもらおう。そして、今度こそ俺の本当の気持ちを伝えよう)


そう決意した矢先のことだった。

みゆきの親友のユミちゃんから、


「安岡君、聞いて聞いて。みゆきね、 新しい彼氏ができたんだよ。一学年下の子。ほら、この前のライブに行ったでしょ? 他校のバンドの元カレに見せつけるようにイチャイチャしてたやったって言ってた……」


何気ない口調で告げられた事実に、俺は凍りついた。


しかも、彼女が付き合い始めたのは、俺にノートを借りに来て、思わせぶりな態度で「崇」と微笑みかけていた、まさにその時期から付き合っていたのだという。

信じられなかった。 じゃあ、あのライブの日の『良かったよ』という言葉は、俺の歌への言葉ではなく、ただの上の空の、その場しのぎの愛想笑いだったのか。

初めて、人間不信という鋭い痛みが胸に突き刺さった。

それでもお人よしの俺は、ノートを開いては


「誰の心を憎むより、彼女の幸せを願うべきなんだ」


と、矛盾した綺麗事で自分を誤魔化そうとしていた。

じりじりと照りつける太陽が心を焼き付ける夏の入り口だった。


お盆になると毎年、花火大会があった。

その日、俺は家でゴロゴロしていたが、岸本から誘われて渋々、花火大会へ出かけた。

行ってみると、佐久本やユミちゃんたちもいて、わいわい賑やかに露店が並ぶ道を歩いた。

と、ユミちゃんが、


「あ、みゆき」


と指差した。

見ると、みゆきが一年下の男子と手を繋いで歩いていた。

岸本が声をかけようとしたが、俺が止めた。


「よせよ。そっとしといてやれよ」

「ん?……そうだな。カップルの邪魔しちゃ、悪いか」

「そうだよ」


俺はそう言ったが、内心、穏やかではなかった。

もしかしたら、岸本も俺の反応に気づいていたのかもしれない。


俺たちは、みゆきとは反対方向へ歩き出した。

俺は、振り返って、手を繋ぐ二人を見た。


(これ、現実だよな)


花火の下で、俺はこの現実さえも幻になってほしいと願っていた。


二学期の授業が始まっても、みゆきの態度は相変わらず。

俺は、その後もみゆきの影に振り回されながら二年生を終えた。


三年になって、彩乃たちと音楽で遊ぶようになり、みゆきへの想いは薄らいでいった。

しかし、それでも、授業中に何か詩のようなものを書いていたり、思わせぶりなことを言ったりする彼女の一挙手一投足を気にせずにはいられなかった。


ある秋の朝。

俺はいつも、みんなより少し早く学校に来ていた。

その日も、教室に入ったのは俺が一番だった。


自分の席まで来ると、机の上に置かれた白いレポート用紙が一枚。

裏返すとそこには、こんな歌詞が書かれていた。



   Maybe


 あなたが綺麗に変わるのを

 誰も止められない

 大人のひかりに魅かれても

 姿 ふれられなくて

 背中に瞳に見え隠れる 

 冷めた愛の跡


 あなたに重なる影が

 あなたを妖しく染める

 知らない誰かに抱かれて

 一夜の夢を見る



 あなたの愛した人はもう

 時に取り残され

 乾いた悲しみごまかして

 恋を踊ってみても

 優しく激しく繰り返した

 甘いあの夜の


 催眠術ねむりが解けないままに

 あなたは愛の迷い子

 歯がゆい唇噛みしめ

 いつしか涙する


 Maybe いつまでもあなたは

 Maybe 気づかないLonely Lady


 催眠術ねむりが解けないままに

 あなたは愛の迷い子

 知らない誰かに抱かれて

 一夜の夢を見る



みゆきの文字だった。

俺は彼女の書く文字の形が好きだった。

丁寧で、大人の女性みたいな綺麗さと気品があった。

あんな文字を書きたいなぁって真似しているうちに、

クラスの女の子から


「安岡君、きれいな字、書くんだね」


と言われるようになっていた。


彼女の席と俺の席は二つ横に離れていた。

でも授業中、時々、彼女を見ていたから、

そのレポートを数日前に彼女が見つめていたことを知っていた。

歌詞が書いてあるのはなんとなくわかったが、なんの歌かはわからなかった。


(あのときのレポート、これだったんだ・・・)


そう思いながらレポートを見ていると、ユミちゃんが教室に入ってきた。


「安岡君、おはよう」

「あ、杉野さん、おはよう」


俺は、レポートを持ったまま、そう答えた。すると、そのレポート用紙に気づいて、


「ん? あ、それ、みゆきのでしょ? なんで持ってるの?」

「机の上に置いてあったんだ」

「ふ~ん。じゃあ安岡君も知ってるんだ。みゆき、あなたとよく話してるもんね。」

「なにを?」

「だから、その歌のこと・・・」


ユミちゃんは、

この歌が彼女と以前付き合っていた相手がよく歌っていたこと、

そして別れる直前によく聴いていた曲だということを教えてくれた。

俺は、歌詞の中に彼女のつらい想い出を見たようで言葉を失った。


その日もみゆきは何もなかった顔で授業を受けていた。

授業中、俺はまた、そっと、そのレポートを見た。


「崇にはわからないでしょう? そんな奥深い感情なんて」


そう言われた気がした。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


彩乃編


高三になった四月の放課後、音楽室で岸本たちとギターを弾いているとピアノの練習をしにきた子がいた。

同じクラスの三井彩乃だった。

彼女は保育士になりたくて、この時間、音楽室に来ていた。


俺は、


「あ、ピアノの練習するんだよね? ごめん。俺たちすぐ帰るから」


と言った。

三井は、


「ううん、安岡君たち、いつもここでギター弾いてるでしょ。楽しそうだなって思ってた。ねぇ、もう少し何か弾いてよ。あ、あれ知ってる?」

「あれって?」

「テレビドラマの主題歌で『ふるさとへもうすぐ帰ってく〜』ってやつ」


それを聞いた佐久本が、何か気づいたようにギターで曲を弾き始めた。

その曲は、青春のど真ん中にいると思っている俺からすると『年寄りくさい歌』で、佐久本によく、


「お前は年寄りか」


とツッコんでいたものだった。

彼女は佐久本の演奏を聴いて、


「そう、それ。いい曲だよね」


と言った。

その瞬間、この曲に対する俺の評価は変わった。


「佐久本君、キミ、いい曲、弾いてるね。俺にも教えて」

「安岡君もそう思うでしょ」

「もちろんだよ。前からいいと思ってたんだ」


と、後ろで聞いていた佐久本が苦笑した。

彼女が、


「だよね、やっぱりわかる人にはわかるんだよね」


と言ったので、俺は、


「ああ、これがわからないやつの気が知れないよ」


そう言いながら、心の中で佐久本に謝った。

その後、佐久本に弾き方を教わって弾いてみると意外にも綺麗な曲ということがわかった。しかもギターの弾き方を練習するのにもってこいってほどのテクニックが必要で、


(だから佐久本のやつ、ずっと弾いてたのか)


とわかった。


彩乃は、いつも優しかった。誰かが話している時、必ず最後まで聞いてから口を開いた。岸本は


「彼女、いいよな。ほっとする感じがする」


と言い、佐久本もそれに頷いていた。

それから俺たちは、他の音楽好きの仲間とも集まって、放課後にピアノやギターを弾いて遊ぶようになった。話してみると、彼女も自分で詩を書いているらしいことがわかった。

彩乃は話上手というわけじゃない。でも、人を傷つけることは決して言わない。だから一緒にいて、不思議と楽というか、普段の自分でいられた。



五月。


その日も俺たちSKYのメンバーは彩乃たち図書委員と放課後、好きな歌を歌いながら過ごしていた。

そして彩乃の好きなアーティストの曲をみんなで歌い終わると、彩乃が、


「ねえ、今度、このバンドのライブがあるでしょ? みんなで見に行かない?行きたい人、手を挙げて」


その声に、佐久本が真っ先に手を挙げた。

佐久本はもともと、このバンドのコピーからギターを始めたから、最初から行く予定にしていたようだ。

岸本も、彩乃にアピールするように手を挙げた。


「はい、行きます! いいね! 行こう、行こう!」


かなり乗り気のようだ。


「安岡君も行くよね?」


彩乃の言葉に俺は戸惑った。

俺は、それまでプロのバンドのライブなんて見たことがなかった。

それに開催日は平日の夜だし、開催場所までは電車で移動しなければならない。

遅くなりそうだしなぁ、などと考えながら、


「そうだなぁ……」


と曖昧な返事をすると、岸本が、


「お前、いっつも、そんな感じだよな。たまにはちょっとハメ外すくらい遊びに行ってもいいだろ?」

「ねえ、安岡君も行こうよ。絶対、楽しいよ」


彩乃の、その『ひと押し』で、


「……わかった。行くよ」


とつい、言ってしまった。



ライブ当日。

五月晴れの空の下、俺たちは学校帰りにバスに乗った。

いつもの帰宅コースとは反対の駅で降り、さらに電車に揺られて二十分。

目的の駅前にあるショッピングセンターに行って、トイレで着替え、私服になった。


彩乃たちも着替えて出てきた。

普段、学校で見ている姿しか知らなかった俺は、カジュアルな服装の彩乃に一瞬、ドキッとした。


「安岡君、なんか今日、変」

「え?」


彩乃の言葉に、俺は自分の私服が似合ってないのか、と思い、恥ずかしくなった。


「なんか、いつもより、カッコよく見える」

「え、え〜、あ、そ、そうかなぁ。三井さんだって、なんか大人びて、びっくりしたよ」

「え?そう。私、あんまり私服、自信ないんだよね。今日も何着ようか、迷っちゃって。って言っても、そんなにいっぱい服あるわけじゃないし、適当に選んだから自信なかったの」

「そんなことない。すごく似合ってるよ」


と、


「おいおい、崇、お前が照れてどうすんだよ」


横から岸本がからかってきた。


「三井、俺はどう?」


岸本が聞くと、


「岸本君は、あんまりイメージ変わんないね」

「えー、ショックだな。これ、今日のために新しく揃えたのに」

「いや、イメージした通りってことよ。似合ってるよ」

「はいはい、付け足しみたいにありがと」

「そんなことないわよ。ほめてるんです」

「ありがたく頂戴しておきます」


そんなやりとりをして二人は笑った。


ショッピングセンターを出て、会場に向かう途中、岸本、彩乃、他のみんなも楽しそうにおしゃべりしていた。夕暮れが迫る街の景色も学校帰りに見るいつもの景色より華やいでいて、俺は、


(やっぱり、場違いのところに来たなぁ。やめといた方が良かったかなぁ)


と内心思った。


ライブ会場に入ると、自分が演奏するわけでもないのに、なんだか武者震いのような感覚に襲われた。

本番が始まるまで、みんなソワソワしてる。

その空気につられて、俺まで緊張してきた。

彩乃を見ると友達とにこやかに喋っていた。


(あいつ、余裕あるな)


そう思っていると、ゆっくりとライトが消えた。 

――次の瞬間、爆音に近い大音量と共にライトが光った。


俺ははじめてみる本物に圧倒された。


(プロってこんなに上手いんだ。会場との一体感、ハンパない)



ライブ終了後、半分放心状態で俺は会場の外へ出た。

彩乃が、


「安岡君、ライブ、どうだった?」


と聞いてきた。


「ああ、すごかったよ。プロってこんなに上手いんだね。それに会場の熱気も」

「そうよね。今日の彼ら、特にすごかったよ」

「え、そうなんだ」

「うん、私、よく行ってるから、この前より今日の方が断然良かった。安岡君、いい日に来たね」

「三井が誘ってくれたおかげだよ。ありがとう」

「これからの作詞作曲の参考になるといいね」

「え?」

「ふふ、私、安岡君の書く歌好きよ」

「あ、ありがとう」

「心が見えるというか、いつも心情に寄り添ってくれている感じがするから。でも、どこか影がある歌が多いから、もっと明るいとかおしゃれな歌があってもいいと思う」

「そうか。そうだよな。今日のライブ見てて思ったよ。そういう面が必要って」

「良かったぁ、安岡君、誘った甲斐があったよ」

「それで誘ってくれたの?」

「もちろん。って本当は私が行きたかったからなんだけど、高三で受験もあるのにって親に叱られちゃって。だから今回はみんな巻き添え作戦にしたの」

「ああ、そういうことか」


俺は少しがっかりした。


「でも、安岡君の楽しそうな顔が見れて嬉しかったよ」


と彼女はウインクした。

俺はまたドキッとして、


「いや、こっちこそ、誘ってくれてありがとう」


と言うのが精一杯だった。



(彩乃が喜ぶ歌が書きたい)


みんなと別れて自宅へ向かう星空を眺めながら、俺はそう思った。


次の日から学校に行くのが一段と楽しくなった。

季節は初夏を迎えようとしていた。

青い空、緑の風、初夏の匂い、すべてがキラキラ輝いて見えた。

(よーし、今日も彼女と一緒に歌うぞ)

俺はイヤホンから聴こえる曲に心を躍らせながら、めいっぱい自転車を漕いで学校に向かった。

そして、頭の中に新しい曲が浮かんだ。


♪「初恋ラプソディー」


陽ざし射すアスファルトの上

めいっぱい自転車こぎ出せば

青い空 緑の風 夏の匂い 

すべてがキラキラ輝いて見えた


ラララ〜 ラララ〜…

繰り返し 繰り返し 

頭の中を流れるのは

ラララ〜 ラララ〜

昨日、君が教えてくれた歌


ラララ〜 ラララ〜…

気づけば また口ずさんでる

君が好きな歌



ラララ〜 ラララ〜…

気づけば また考えてる

歌が好きな君‥‥のこと





彩乃は、二年の時に好きになった相手がいた。

俺はそれを知っていたが、そいつは、確か他の子が好きだと友達から聞いていた。

その頃の俺は、みゆきの思わせぶりな態度に振り回されていたから他人の恋愛をどうこう思える余裕はなく、他人事だと思っていた。

みゆきは、時々、気に入った曲や自分で書いた詩なんかも小さな便箋に書いて渡してきた。その文字はやっぱり大人びた文字で、その字を見ると嬉しくなってしまう自分がいた。

みゆきの文字を見ているうちに、彼女と同じような字が書きたくなった。

いつも何気になぞったり、真似して書いているうちに、ある日、同級生の女の子から、


「安岡君、綺麗な字、書くね。なんか栗山さんみたいな文字」


と言われ、ドキッとしたことがあった。

知らない間に俺の文字は彼女の文字に似てきていた。

そう、俺はみゆきの魔法にかかったまま、抜けられずにいたのだ。


彩乃と話すようになって、彩乃の好きな相手のことはすっかり忘れていたが、ある日、彼女がそいつからフラれたって彼女の友達が教えてくれた。

その日、彩乃は学校を休んでいた。 翌日も彼女は学校を休んだ。俺は少し心配になった。


(明日来なかったら、連絡してみようかな……)


と思っていると、その晩、彼女から電話がかかってきた。


「もしもし……」

「あ、安岡君?」

「あ、三井さん、どうしたの?二日も休んだから心配してたんだよ」

「うん、昨日と今日、風邪で寝込んじゃって休んだから、昨日と今日の分のノート、明日、見せてもらえないかなと思って」

「え、風邪引いたの?あんまり無理しないでね。ノートは全然貸すけど、俺のノートでいいの?」

「いいよ。安岡君、字、綺麗だもんね」

「そうかなぁ」

「作詞のノート見せてもらったときに、女の子みたいな字だと思ったのよ」

「え、あ、そう。まぁ、詩を書くようになって俺もだいぶ字が変わったけどね」

「うん、栗山さんの字にちょっと似てるなと思って。彼女、恋愛に関してはいろいろと噂があるけど、勉強はすごいもんね」

「まぁな、栗山は頭いいから。栗山に頼んで、ノート借りたらいいんじゃない?」

「うん、まぁ、でも、なんか頼みづらくてね」

「そうか、まぁ、そういうところもあいつにはあるな。俺のノートで良ければいつでもどうぞ」

「ありがとう。助かった」


俺は思い切って、


「あのさ、……フラれたって聞いたけど、大丈夫?」


と彼女に聞いた。


「うん、フラれた。いっぱい泣いた。でももう終わり」

「へ?」

「ふて寝したからもういいの」


(ふて寝したから、もういい?俺は二年前の初恋をいまだに引きずっているのに、『もういい』だなんて、女の子って過去をひきずらないんだな。でも、彼女、強がってるだけかもしれないしな)

「そうなの?本当にそうならいいんだけど……」


と俺は彼女の気持ちを探るようにこう言った。すると、彩乃は、


「安岡君、なんか普段と声、違うね。低いというか、優しいというか……」


と言った。


「ああ、普段は、『おい、岸本、ギター弾こうぜ』みたいな言い方だから?」

「そうそう。だから、なんか違う人に電話かけちゃったみたい」

「いや、いつもテンション高いわけじゃないよ。特に今の状態の君と話すとこんな感じになるよ」

「まぁ、それはそうかもね。でもいつもの安岡君の声も好きよ」

「それは、どうもありがとう……って言ってもなかなか戻せないないなぁ」

「ふふ、気にしなくていいよ。充分、気持ちは伝わってるから。ありがとね」


そのあとはたわいもない話をして電話を切った。

翌日、俺は三日ぶりに学校へやってきた彼女にノートをかしてあげた。


「ありがとう。じゃ、かわりにハイ、これ」


と折りたたんだ一枚のノートの切れ端を渡してくれた。


「何、これ? 見ていいの?」

「うん」


と彼女は少し恥ずかしそうにそう言った。

開いてみると、『終止符』という詩が書かれていた。


「安岡君、これに曲つけてくれる?」

「え、俺が? そんなことしていいの?」

「うん。この詩、安岡君に曲つけてもらいたいなって思って」

「嬉しいな。わかった。頑張ってみるよ。ちょっと時間ちょうだい」

「うん。できたら聴かせてね」

「もちろんだよ」


俺はその日、彼女の書いた『終止符』の歌詞を授業の間中、こっそり見ていた。



もうあなたを愛せない

今の私にはもう何も……

あの子と歩くあなたを見た時

それでも信じたいと思った

私の冗談に優しく笑ってくれるあなたの笑顔を

今 この恋の終りを告げる音が

静かに聞こえてくる

今 そうよ今 この恋の終止符



という一番の歌詞が目に止まった。 この歌詞を見た時、これはバラードしかないと思った。B♭メジャーでゆったりした曲をつけよう。そう考えて家に帰ってからゆっくり曲をつけていった。

曲をつけながら俺は、(彼女のこと好きなんだな)と自分の純粋な気持ちに気づいた。それと同時に、(でも自分は彼女の心には入れないな)とも気づいてしまった。彼女が書いたみずいろの文字の中に、決して他人の入れない想いが確かにあった。

『終止符』は二番まで歌詞があった。



もうあなたを愛せない 思い出たちが心を巡る……

遠くでいつもあなたを見ていた

見ている時間が好きだった

だけどあなたが見ていたのは 私じゃない あの子だった

今 この恋の終りを告げる音が

静かに聞こえてくる

今 そうよ今 この恋の終止符



二番の終わりも『この恋の終止符』で終わってた。

B♭メジャーで曲を書いていたが、この歌詞の『終止符〜』のところは、どうしても雰囲気的にマイナーコードで終わる構成にならざるを得なかった。

俺は、


(いやいや、マイナーコードで終わったら彼女、立ち直れないだろ)


と思い、じっくりと考えて、



そして今 恋は思い出に変わるの

私はそれを胸に抱いて

今 そうよ今 未来へと旅立つの……



とラスサビを勝手に付け足した。そして、最後の「旅立つの」のところを「たーびだーつーのー」とゆっくりにしてB♭メジャーに戻る構成に変え「終止符」を完成させた。


(この構成なら、彼女もきっと納得してくれるだろう。彼女の歌詞を書き換えたわけじゃないしな)


俺はひとり、そんなことを考えていた。

数日後の朝、学校で彩乃に声をかけた。


「おはよう」

「あ、安岡君、おはよう」

「例の『終止符』、曲でつけたよ」

「ほんと?じゃ、今日の放課後、聴かせてくれる?」


彼女は目を輝かせた。


「ちょっと書き足したりしたんだけどそれでもいいかな?」


って言ったら、


「へぇ、どんなになったのかな。楽しみ」


と言ってくれた。


(とりあえず聴かせても大丈夫か)


実は曲はもらった日の晩にはできていた。でも、この曲は構成的に絶対ピアノ伴奏が合う曲だったので、なんとかピアノの伴奏で彼女に聴かせたいと思ってしまった。俺はあまりピアノは弾けなかったが、それでも「終止符」のピアノ伴奏を前奏から創って、家にあった電子キーボードで必死で練習していた。今日まで言えなかったのはそのためだ。


放課後、いつものように音楽室に行くと、俺はピアノの前に座った。 遅れて彩乃がやってきた。


「あれ、安岡君、ピアノ弾けたっけ?」


俺は少し笑って、「終止符」の前奏を弾き始めた。

彼女はビックリしたように目を一瞬見開いたけど、その優しい前奏のメロディーに耳を傾けてくれた。

そして、


♪もうあなたを愛せない 今の私には……


と俺は一番を歌った。

彩乃は(いいね)って感じの表情をして、指でグーサインを出してくれた。

そして二番、それからの追加したラスサビを歌った。

歌い終わって、


(彩乃、どう感じてくれたかな?)


と彼女の方を見ると、彼女は表情一つ変えず黙ったままになった。


(え、ダメだった?)


俺は一瞬、焦った。いろんな感情が頭を駆け巡った。


(このメロディーじゃなかった?ラスサビ追加なんて余計なことした?)


すると彩乃は止まった表情のまま、ぽろっと涙をこぼした。


「ああ、ダメ。涙なんか見せたくなかったのに」


と彼女は言った。

俺は、戸惑って、


「勝手に追加してごめんね」


と言うと、


「ううん、私の気持ちと同じだし、もっと前向きになれる気がしたよ。ありがとう」

「よかった〜。一瞬、失敗したかと思った」

「失敗なんかしてない。そしたら泣くわけない。私、この終わり方、いいと思う」

「そうか、本当によかったよ。頑張ってピアノ練習した甲斐があった」

「え、頑張っで作ってくれたの?」

「俺、あんまり鍵盤弾けないけど、この曲できた時に絶対、ピアノでないと合わないと思って一生懸命練習したんだ」

「そうなんだ。ありがとね。安岡君、私、好きよ」

「え?」


俺は、ドキッとした。


「だから、この曲。とってもいいと思う。大好き!」

「あ……、ああ、そう言ってもらえて俺も嬉しいです」


俺は、


(何、勘違いしてんだよ、たかしのバカ)


と頭の中で思いながら、それでも、めちゃくちゃ嬉しかった。

俺の創った曲で女の子が泣いてくれる。 俺にそんな力があるのかもしれないとちょっと自信になった。


(やっぱり俺にはこの道しかないな)


なんて少しいい気になった。


次の日の放課後、彼女はまた『終止符』が聴きたいと友達を連れてやってきた。 彼女が連れてきた女の子はハモリがとても上手な子だった。

僕が一回、『終止符』と歌うと彩乃は、


「もう一回、歌って」


と催促した。

もう一度、歌い始めると、友達の女の子が、僕の歌に合わせて即興でコーラスやハモリをつけて歌い出した。


「え、すげー、そんなことできるんだ」

「これくらいは簡単」


とその子が言った。

彩乃は、


「だから彼女にきてもらったの。この曲、綺麗にハモりたいなって思ったから」


と俺に言った。そう、綾乃も充分、音楽センスがある女の子だったのだ。 その後、この曲はみんなの知るところとなった。高校生活で一番よくできた曲といっても過言ではなかった。

ただ彩乃には言わなかったが、『終止符』のラスサビ、



『そして今 恋は思い出に変わるの

私はそれを胸に抱いて  

今 そうよ今 未来へと旅立つの……』



という歌詞、確かに作詞した彼女に宛てた想いであることは間違いないのだが、実は初恋で傷ついた自分にも言い聞かせる気持ちもあった。『崇、もう前を向けよ』って、『終止符を書いた彼女のように崇、お前も新しい未来へ羽ばたけよ』と自分に言いたかったのだ。


だが、そう書くってことは、その時点では、まだみゆきのことを忘れられないでいたということでもあった。結果として、この『終止符』のおかげで、俺は、みゆきに『終止符』を打つことができた。



十一月。

文化祭当日。


俺はギター片手にコードの修正を焦っていた。

体育館では各学年の出し物が進んでいる。

午後には俺たち、SKYのライブがある。

曲順も構成も決めていたのに、ふと、曲の構成変更しようと思いついてしまった。


(今からじゃ無理かも)


とも思ったが、


(この方が絶対いい)


という感覚が俺を後押しした。

その結果、今、俺は楽屋代わりにしている図書室で、変更した曲の構成をノートに必死に書き込んでいた。

彩乃のために書いた「初恋ラプソディー」だ。


『明るくてオシャレな歌があってもいいと思う』


その言葉に捉われながら作った曲。

オシャレとは言えないかもしれないけど、元気は伝わると思って書いた歌。


佐久本と岸本に弾いてもらうために、今、コードを書き加えている。

指先にギターの木の温もりを感じながら、息を整える。


図書室はプレハブで建てられていた。来年、新校舎が建つので、それまでの間の仮住まい。

俺たち、三年生は新校舎には入ることはない。だからこそ、このプレハブが俺たちだけの場所だった。

俺はここでSKY最後のワンピースとなる『初恋ラプソディー』を紡いでいた。

部屋の壁には、図書委員が集計したアンケート結果が貼られていた。


今年の文化祭のテーマは、二年生が中心となって考えた「愛の光」。

各学年の生徒に、『愛』から連想した言葉を回答してもらった集計結果だ。


と、俺の後ろで、その貼り紙が剥がされる音がした。

現代国語の重松先生の手によって剥がされたのだ。

彩乃たちは図書委員として、ただ集計結果を示しただけだった。

けれども大人の視点では、一般の人が見た場合の配慮が足りないという。


俺は、


「重松先生、図書委員に断りもなしにこんなことするのはひどいんじゃないですか?」

「なんだ、安岡、いたのか? お前は図書委員か?」

「……いえ、違いますが、いつも手伝っていたので……」

「じゃあ、口出しするな。文化祭が終わった後、図書委員を呼んでこい」


俺は、(くっ)と思ったが、その場は我慢した。


それから岸本たちと最後のLIVEに向かった。

普段は全ての曲を3人で演奏するのだが、最後だからと、途中で、それぞれの単独コーナーを設けていた。

俺は、自分のコーナーで、


「小さいころからずっと歌が好きで、よくうたってきました。

うれしいときや、かなしいとき、楽しいとき、淋しいとき、

そんなとき、唄はいつでも僕の心のひとつの支えのようなものでした。

できることなら、今、ここにいるみんなに、

唄好きの馬鹿な男がひとりいたことを、覚えていてほしいと思います」


そう言って、俺は一度だけ、客席を見渡した。

そこには、いつも放課後に歌っていた顔が並んでいた。

それを確認して、俺はこの日のために書いた『Here After』という曲を歌い始めた。


♪ 想い出はここにずっとある

 たとえ今日で卒業おわるとしても

 新たな出発たびだち祝うよう

 青く広がる空の彼方

 羽ばたこう どこまでも

 新しい未来へ……


卒業したら、もうみんなと会えなくなる。

だから、ここに自分がいたことを、みんなの心のどこかに刻んでほしかった。

彩乃、みゆき、岸本、佐久本。この場所が俺たちのすべてを覚えているように、

俺もまた、みんなのことを忘れない。

ただそれだけの思いだった。



文化祭が終わって、図書室は一種の修羅場となった。

机を挟んで、生徒と教師が対峙した。

彩乃は一歩も引かなかった。「絶対に間違ってない」って顔だった。

先生との緊迫した時間が続くうち、俺は、彼女が少し無理しているように感じてきた。

外の景色がだんだんと暗く見えなくなってゆく。


と、コツコツと足音がして、図書室のドアがガラッと開いた。


「みんな、お疲れ様。図書委員も大変だったね。昨日も遅くまで準備してたし。

 あ、安岡君もいるんだ。今日のライブ、とってもよかったよ」


英語の福仲先生の声が、ふっと図書室の空気を和らげた。


「先生、ギター貸してくれてありがとうございます」

「どういたしまして。SKYの最後のあの曲、かっこよかったね。今度、弾き方教えてね」

「もちろん、今度、楽譜に書いてきますよ」


俺は軽く笑った。


「さあさあ、もう遅いから、みんな帰りましょ。重松先生、他の先生方もいいですよね?」

「ああ、そうですね。もういいでしょ。……よし、みんな、もう帰れ」


しかし、彩乃はまだ納得していないようだった。


俺は、


「彩乃、何か歌おう。俺、ギター弾くから」


彩乃は頷いて、


「そうね。このままじゃなんとなく帰りづらいもんね」


と俺は福仲先生に向かって、


「先生も一緒にどうですか? ギター貸してくれたお礼です。先生の好きな歌でいいですよ」

「う〜ん、そうねぇ……。じゃあ、やっぱり安岡君たちが最後に歌ってた『紲』を歌って。私、あの歌、気に入っちゃったの。覚えたいから」


福仲先生のリクエストをみんなで歌うことにした。


もちろん、他の先生は知らないが、放課後の図書室で、俺たちがいつも最後に歌っていたので、図書委員のメンバーは知っていた。

俺はみんなの緊張を、コードの一音一音で解きほぐすように弾いた。


♪ 紲(KIZUNA)


今 はじまる 新しいこの世界

伝えよう 繋げよう 

みんなの想いを一つに ひとつに 

Ah -結んで紲(KIZUNA)


沈まない太陽はない

でも明けない夜もない

怖くても自分で歩かなきゃ

遠く明日の光は見えない


Go on さあ信じた道踏み出そう

必ずたどり着ける時が来るから


今 はじまる 新しいこの世界

伝えよう 繋げよう 

みんなの想いを一つに ひとつに 

Ah - 結んで紲(KIZUNA)



プレハブの天井にギターの音が跳ね返る。

彩乃が澄んだ声で歌い出すと、さっきまで対立していた先生たちも、苦笑いを浮かべながら小さな声で口ずさむ。

アンケートの紙は剥がされた。

でも、この瞬間、光る蛍光灯の下で、ギターの音色と声が共鳴している。


窓の外は、いつの間にか真っ暗。

図書室の蛍光灯がやけに明るく見えた。




その日の帰り道。

俺は彩乃と一緒に自転車を漕いでいた。

途中まで帰る方向が一緒だったからだ。

彩乃は、まだアンケート結果の張り紙が剥がされたことを納得していなかった。

それは彼女の表情から読み取れた。

帰りの途中で500mくらい続く登り坂があった。

普段なら自転車を漕いで駆け上がるのだが、彩乃と一緒だったので自転車から降りて押しながら登った。

落ち着いて話したい気持ちもあったし、少しでも長く彩乃と一緒にいたい気持ちもあった。


「あ〜あ、せっかく作ったのに」

「うん、彩乃たちが頑張ったのはわかってる」

「安岡君は悔しくないの? 図書委員じゃないから?」

「いや、悔しい気持ちはわかるけど、図書委員じゃないからこそ、客観的に見ると、やっぱり不適切な部分もあったと思う」

「そう。なんかがっかりだな。安岡君、もっと味方してくれると思った」

「え、なに言ってるの。もちろん味方だよ。考えてみて。もし、あのまま掲示を続けて一般の人が見たとしたら、それこそ学校あげての大騒ぎになっていた可能性がある。そしたら、彩乃だって、今頃、きっと後悔したと思うよ」

「そうなの? そんなにひどいことだった?」

「うん。まあ、納得はできないだろうけど、世間の目に触れなくて良かったよ」

「そうなんだ。そっか。安岡君、ありがとね。私、ちっともそんなこと考えてなかった。やっぱり『終止符』に未来を書き足してくれただけのこと、あるね」

「え?なんでここで『終止符』が出てくるんだよ」

「だって、私、あの歌、大好きなんだもん」

「そりゃ、ありがと」

「でも、どうして今日のステージで歌ってくれなかったの?」

「歌った方が良かった?」

「もちろん!」

「まぁ、三人でやるにはまだ練習不足だったし、それに……」

「それに?」

「彩乃の気持ちを考えると、歌わない方がいいのかなって」

「なんでそうなるの?」

「いや、だって、やっぱり失恋のこと、思い出してしまうんじゃないかと」

「うん。思い出すよ。それが?」

「それがって、平気なの?」

「平気よ。言ったじゃない。『ふて寝したからもういい』って」

「本当にいいんだ」

「そうよ。女はそんなこと、いつまでもクヨクヨ考えないものよ」

「そうか。俺はずっと引きずるタイプだからな」

「栗山さんのことでしょ?」

「あ、気づいてた?」

「気づくも何も、一年生の時、栗山さん、あなたのこと、ずっと言ってたからね」

「なんて?」

「崇はなかなか落ちないとか。でも必ず落としてみせるとか」

「……あ、そう」

「でもね。彼女、きっと、あなたのこと、一番好きだと思う」

「え、どうして?」

「だって、毎日のように、あなたのこと周りに言ってたもの。二年になっても、三年になっても、ね。気にならない男子のことなら、口にしないと思う」

「そうかなぁ」

「そうよ。でも、彼女、お母さんが中学の時に事故で亡くなったでしょ。家庭でいろいろ大変みたいでね」

「ああ、それは知ってる。でもそのことは彼女の口から一言も聞いたことはないな」

「なんとなくわかるな」

「何が?」

「安岡君って、そういうところ、頼れる人じゃないってこと」

「わっ、ひどいなぁ。彩乃、厳しいこと言うねぇ」

「ごめんね。でもそうだから、言えないのは確か。そして、そんな安岡君だから、離れることもできない」

「へ?」

「安岡君、優しすぎるのよ。自分が弱ってる時に人に優しくされるとそこに甘えたくなる。彼女、前にあなたのことで杉野さんとケンカしてた。『崇はそんなやつじゃない』って」

「ああ、ちょっと前にみゆきがノート破って手紙にしたものに書いてあったよ。『崇のことで、ユミに八つ当たりした』って」

「そうなんだ。彼女、なんでもあなたに話すのね」


気づくと、登り坂はもう終わっていた。

でも、ふたりとも自転車を押しながらしゃべっていた。

もう少し行くと交差点があって、彩乃は左、俺は右に曲がらなければならない。


「ああ、俺にはわけわからんことが多いけどな」

「そういうところが、踏み込めないのよ。もう少し大人になってほしいな」

「大人になれたら、こんなに悩まないよ」

「そうね。まぁ、そんな感じだから、安岡君に惹かれるんだろうけど」

「どういうこと?」

「いつまでも少年みたいってこと。そこに母性本能がくすぐられる」

「そうなの? みゆき見てると、とてもそうは思えない」

「はぁ、ダメね」


とっくに交差点に着いていたが、俺と彼女はまだ話をしていた。


「やっぱり、ダメなんだよな俺。……あと、彩乃に言ってないことがある」

「何? 告白? ……なわけないか。『みゆき一筋』だもんね」


彩乃はふざけたように笑った。


「彩乃、そういうの、やめてくれ。らしくない」

「あ、ごめん。言い過ぎた。今日は私、やっぱりどうかしてる」

「うん、わかればいいよ。……それで話してないことなんだけど」

「そうだった。……何なの?」

「『終止符』の追加したラスサビ、あったでしょ?」

「うん。私の一番お気に入り」

「ありがとう。あれね、たしかに彩乃に向けた言葉なんだけど、それだけじゃなくて、ほんとは自分自身に向けた言葉だったんだ。もうみゆきのことは忘れて前を向けって自分に言い聞かせるつもりで書いたんだ」

「やっぱりね」

「気づいてたの?」

「なんとなく、そうじゃないのかなって。でも、そうだとしても、そうでなかったとしても、私の想いに寄り添ってくれたことは事実だから、嬉しかったよ」

「やっぱりバレてたか。彩乃には敵わないな」

「そんなことないよ。さっきだって納得してない私のためにギター弾いて歌、歌ってくれたじゃない」

「あれは、そうでもしなきゃ、みんな帰れないと思ったから」

「そう。そういうところが安岡君のいいところなのよ」

「そう……なのか? 全然、気づいてないや」

「ま、意識してできることじゃないし、気にしなくていいよ」


ふと、辺りを見渡すと、誰もいない交差点の街灯の明かりが、『もう帰ったほうがいいよ』と言ってるように見えた。


「わかった。もう遅くなるし、帰ろ。また明日な」


俺は自転車にまたがって向きを変えた。


と、


「待って、忘れ物」

「え?」


振り向くと、彩乃の顔がすぐそばにあり、自分の頬に当たる熱い感触があった。


それは一瞬の出来事だった。


「勘違いしないで。これは今日、助けてくれたお礼と『終止符』を曲にしてくれたお礼だから。じゃ、また明日ね。崇君」


彩乃は、そう言って自転車を漕いで帰って行った。


俺は、そのまま動くこともできず、ただ遠ざかる彼女の後ろ姿をぼーっと見送っていた。

みゆきとは本音で喋ることができなかった崇。

でも彩乃には素のままでいられた。

そしてあの交差点でいつまでも喋る二人。

崇は彩乃への恋愛感情に本当の意味では気づいていない。

彩乃はそれも気づいてる。

でも、喋りすぎると本当に伝えたいことからどんどん外れてゆく。

だから


「待って、忘れ物」


それはあのタイミングでしか成り立たない女の子の精一杯の本当の気持ち。

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