RPGセカンドストーリー 第八話 春休み
【フェーズCollege Spring Vacation】
3月の終わりかけになって、俺はまた実家に帰った。
彩乃が31日に実家に帰るって聞いたからだ。
(あさってには会えるな)
と思っていると、岸本がやってきた。
「よ、崇。元気か?」
「まあな。お前は暇人か?」
「まぁ、そういうなよ。お前だって、俺がきたらうれしいだろ?」
「ああ、うれしい」
「嫌に素直だな? なんかいいことあったのか?」
「ああ、あったよ。KAHOちゃんと……」
「何? 付き合うようになったのか?」
「まさか。先週、KAHOちゃんと一緒にライブに出たんだよ」
「へぇ、もう彼女との音楽は終わりって言ってたのに?」
「ああ。大学の先輩が、ライブできる場所、作ってくれてね。それで彼女とギター弾いた」
「それで?」
「うん。なんか恋愛とかそんなこと考えなくなってるのに気づいて、すごく気持ちよかった。こんな演奏もあるんだって。俺にとってははじめての感覚だった」
「そうかぁ。いいな、ギター弾けて。俺ともまたやろうぜ」
「ああ、またやろう」
「……ところで、みゆきが実家に帰ってるぞ」
「へぇ、みゆきが? お前、なんでも詳しいな」
「それが岸本様の情報網。どうだ、見直したか?」
「もともと、信頼しているよ。お前の情報網は。まぁ、たまにエラーもあるが」
「そうなんだよなぁ、女は俺の思いと違うことするから、たまにズレるんだよなぁ」
「それがわかってるんならいいじゃないか。今日もギター弾くか?」
「いいね。また新しいの考えたんだ。聴いてくれるか?」
「お、やるね。今度はどんなのかな?」
そう言って、冬休み同様、二人はまた、音楽談義を楽しんだ。
もちろん、岸本は夕飯もしっかり食べて帰った。
次の日の午前中、みゆきから電話があった。
「もしもし、崇?」
「おう、みゆき、久しぶりだな」
「岸本君から連絡もらったの。崇が帰ってるって」
「あいつ、おしゃべりだな」
俺は苦笑した。
「ねえ、暇だったらデートしない?」
「え、デート?」
(また始まった。みゆきの病気が)
俺はそう思ったが、
「わかった。会いに行くよ。昼からでもいいか?」
「……いやに素直ね。なんか言うかと思ったのに」
「せっかくのみゆき様のお誘いですから、下僕としては快く伺わせてもらいます」
「ほら、やっぱり言った。もう、高一の頃のこと、今頃、持ち出さなくてもいいじゃない」
「そうだな。でも、久しぶりに俺も会いたいから行くよ。家まで行っていい?」
「うん、待ってる」
その日の午後、俺はまた家の軽自動車に乗って、みゆきの家まで出かけた。
家に着くと、みゆきが出てきて、
「せっかくだから、どっか連れてって」
と、言うので、夏に彩乃と行ったS高近くの『オアシス』に行くことにした。
車を走らせてると、
「へぇ〜。崇、案外、運転上手だね。意外」
「意外は失礼だろ。相変わらずだなぁ」
「いいじゃない。今日は崇と、はじめてのデートなんだから。楽しみましょ」
「そうか、はじめてのデートになるのか」
「そうよ。高校の時、私があれだけアタックしたのに、振り向いてくれなかったあなたとやっとデートできる。神様、ありがとうございます」
(大袈裟だなぁ)
と思ったが、わざと、
「それもこれも、今朝、みゆき様がワタクシめを誘っていただいたおかげです。神様、ありがとうございます」
なんて言ってみた。
「もう、すぐそうやって茶化す。相変わらずなのは崇の方だよ」
「あ、怒った? ごめん。つい、高校の時の調子で喋っちゃった」
「いいよ。崇のそういうところにはもう慣れたから」
「あら、慣れちゃったんだ。残念。これじゃあ、盛り上がらないね」
「何が?」
「相手のことがわからない方が恋は盛り上がるっていうじゃない。慣れちゃったら終わり」
「また、そんなこと。そんな気もないくせに」
みゆきは少し陰った顔をした。
車はS高の前の交差点に差し掛かった。
「もうすぐ着くよ」
「え、こんなところに?」
と交差点を過ぎたところに『オアシス』の看板が見えた。
「ほんとだ、喫茶店がある」
「ああ、去年できたみたい」
「そうなんだ。崇、よく知ってるね。誰か好きな子と一緒に来たの?」
「まあね」
「否定しないんだ」
「まあね」
「怪しいわね」
俺は『オアシス』の駐車場に車を停めた。
「まぁまぁ、中に入ってから話そ」
俺とみゆきは車を降りて『オアシス』に入った。
俺はいつものようにカフェオレを頼んだ。
「みゆきは何にする?」
「ブラック」
ウエイトレスの子が去った後、俺はみゆきに話しかけた。
「ブラックなんて大人だね〜」
「砂糖やミルクの後味が好きじゃないのよ。それだけ」
「そうなんだ。高校の時、毎日会ってたのに、知らないこと多いね」
「崇が知ろうとしなかっただけでしょ」
「そんなことはないよ。はじめて『タカシ』って呼び捨てにされた時から、みゆきのこと全部知りたいって思ってたよ」
「ウソ。いくら私が崇の気持ちを確かめようとしても、いっつもごまかしてばかりだったじゃない」
「だから、こうして、俺のこと、ずっと気にしててくれてるだろ。今の今まで」
「そんなことないわよ。ただ……」
「ただ?」
「崇だけなのよ。私が言い寄っても何も答えてくれなかったのは?」
「へ?」
「岸本君だって、他の子だって、私がちょっとそれっぽいふり見せれば、簡単に堕ちたのに、崇だけはどうしても堕とせなかった」
「それが許せない?」
「許せないというより、理由を知りたかった」
「そう。じゃ、言うよ」
「え、言うの?」
「言わないほうがいい?」
「いいわよ、言いなさいよ」
「俺、人生、二度目なんだ」
「は? 何言ってるの?」
「前回のとき、みゆきに言い寄られて告白して、その後、酷い目にあったから、今回は失敗しないようにと思ってね」
「え? それ、ほんと?」
「……な〜んて言ったら信じる?」
「何? 嘘なの? もう崇、いい加減にしてよね。どこまで私を弄ぶ気?」
「おい、人聞きの悪い言い方するなよ。ちょっとした冗談なんだから」
とそこへ、カフェオレとブラックコーヒーが運ばれてきた。
みゆきはコーヒーをひと口飲むと、
「崇、今日は真面目に話してくれない? お互い、もう高校も出たんだし。ね?」
「ああ、もちろん。みゆきが本気で話してくれるなら、俺だって本気で話すよ」
「わかった。ちゃんと話すね」
俺もカフェオレをひと口飲んだ。
「って、考えてみると私たち、こんなに真面目に話したことなかったわね」
「ああ、ないよ。そんな雰囲気になるとみゆきがごまかしてたから」
「だって、崇が嫌そうな顔するんだもの」
「そうなの?」
「そうよ。私の真面目な話なんか聞きたくないのかなって思ってた」
「いや、真面目な話をするのが辛そうに見えたから、そうしてたんだけど」
「そうなんだ。そうだよね。崇は相手のそういうとこ、いつもしっかり見てたもんね」
「そういうところしか、見てなかったのかも。でも、それは自分の言動で相手を傷つけるのが怖かったからだよ」
「そうなんだ。でも、どうしてそんなに相手のこと考えるの? 自分の気持ちに素直に言う方が楽じゃない?」
「言ったときは楽になると思うけど、きっとその後、大きく後悔することになるから」
「わかんないじゃない。言ってみなきゃ」
「ああ、わからない。でも、みゆきのことはわかるんだ」
「何がわかるのよ?」
「みゆきが求めてるのは俺じゃないって」
「なんでよ? こうやって、自分で誘ってデートに来てるっていうのに」
「今日は本音で話すんだろ?」
「そうよ」
「じゃあ、みゆきも本音を言えよ。『好きな相手にフラれて寂しいから崇を誘った』って」
「なんで知ってるの?」
「知ってるよ」
「……岸本君か」
「まあね」
「あいつ、なんでもべらべらしゃべりやがって」
「みゆき、言葉がはしたない」
「あら、失礼しました。でも、崇、いじわるね。そんな言い方しなくてもいいじゃない」
「いいから、本音で話そ」
「うん。私、高校の時、一つ下の子と付き合ってたでしょ?」
「ああ、確か、昔、付き合ってた彼氏にイチャイチャしてるところを見せつけたって話をユミちゃんから聞いた。『みゆきは、そのために、付き合ってほしいって言ってくれた年下の子を彼氏にした』って」
「ユミもか。岸本君といい、ユミといい、本当におしゃべりなんだから」
「いいじゃんか。俺がみゆきのことが気になって聞いたんだよ」
「え、崇が?」
「そうだよ」
「ユミを庇ってる?」
「今日は本音で話すんだろ? 信じろよ」
「わかった、信じる。 で、その子とはそれで終わりにしようと思ったんだけど、『別れたら俺、死にます』って言われて、どうしようもなくなって、結局、ズルズル卒業まで付き合ってた」
「ああ、見てたらそんな感じだったな。時々、お前、言ってたよね。『あんなんだったら、崇の方がいい。崇にする』って」
「そう、あの子に対してそこまで好きっていう感情はなかったけど、『死ぬ』って言われたら、私のこと、そこまで好きって思ってくれる人、他にはいないかなぁって思って、別れられなかった」
「それで?」
と、みゆきはブラックをもうひと口飲んで、
「私、今、看護学校通ってるでしょ?」
急に違う話を始めた。
「ああ。みゆき、成績よかったから、国立大学に行くと思ってたよ」
「うん、担任の先生からも『国立行け』って言われた。でも、私、お母さんが亡くなったとき、病院の看護師さんが優しくしてくれて、私もそういう人を支える人になれたらいいなと思って看護師になることにしたの」
「はじめてだな。そんな話、してくれたの」
「そうよ。高校時代の崇には言えなかった」
「頼りない?」
「まぁ、そうね」
「だよな。三井からもそう言われた」
「え、三井さん?」
「ああ。『安岡君、栗山さんのこと好きでしょ?』って」
「え、いつ?」
「高三の文化祭の帰り。途中まで帰る方向が一緒だったんでいろいろ話しながら帰ったんだ」
「ふ〜ん。でも、確か彼女は二年の時に好きだった男子がいたよね?」
「ああ、知ってる。お互い、フラれたもの同士でなぐさめ合ってたんだ」
「フラれたって、いつ私が崇をフッたのよ。告白もしてないくせに」
「ああ、告白する前にフラれた。年下の彼氏と歩いてるところ、見ちゃったからね」
「え? あ、そうだったの。……ごめん」
「謝る必要ないだろ?」
「うん。ないけど、なんか謝りたい」
「いいよ。 勝手に見て、勝手に落ち込んでただけだから、みゆきのせいじゃない」
「そうなんだ。でも、その時の私は、たぶん、崇に頼りたかった」
「え?」
「だって、崇だけが私の本音、見抜いてるってわかってたから」
「まぁ、そうなのかな。そうだから、何も言えなくなったんだけど」
「そうよね。私、ずっと意地を張って、崇に本音を言わなかった。崇にフラれても仕方ないわよね」
「っておい、フラれたのは俺。いつの間にか、話が逆転してるよ」
「フラれたわよ」
「フッてないって。いつのことだよ」
「今よ」
「え?」
「崇、三井さんと付き合ってるでしょ?」
「……なんでわかるんだよ」
「『なんでわかるんだよ』か。やっぱりそうなのね」
「あ、お前、カマかけたな?」
「それ、岸本君には言ってないでしょ?」
「ああ、言ってない」
「まぁ、彼、おしゃべりだからね」
「そう。それに……」
「それに、『岸本は三井のこと、結構、好きだから』でしょ?」
「みゆきに隠しても仕方ないよな。その通り」
「やっぱりね。でも、付き合ってるんなら、早めに岸本君に言っておいた方がいいわよ。そうじゃないと……」
「ああ、わかってる。ただ、今はまだ言えない」
「言えないって、なんで?」
「男ってのもいろいろあるんだよ」
「崇が大学で付き合ってる子がいると、岸本君が思ってる。とか?」
「おう、鋭いね。ほぼ正解。まぁ、終わった恋だけどね」
「ね、どんな話か聞かせて」
「え、そんな、みゆきに聞いてもらうような話じゃないよ」
「今日は本音で話すんでしょ?」
「わかったよ。実はね……」
俺はKAHOちゃんとのことを包み隠さず話した。
聞き終わると彼女は、またコーヒーをひと口飲んだ。
「崇、モテるのね」
「なんで? フラれてばっかりだよ?」
「だって、相手の気持ちがあなたの心の中にしっかり入り込んで来てるってことでしょ?」
「え、そう……なるのか?」
「いいなぁ。私は全然ダメ。高校卒業しても、年下の彼に振り回されて、彼がやっと高校卒業して自由に会えるようになったら、大学に行って、すぐに他の彼女ができたの。それで別れた」
「え、『死ぬ』って言ってたのに?」
「そう。私も『別れたら死ぬ』って言ったくせにって言ったら、『そんなの、その場のいきおいさ。それに別れたら他の同級生の手前、かっこ悪いだろ。年上の彼女がいるなんて、お前やるなぁってクラスで言われてたんだから。だけど、もう卒業したし、終わりにしよう』って」
「なんだ、それ。お前、そんなヒドイやつと付き合ってたのか?」
「そうみたい」
「そうみたいって、そんな他人事みたいに……」
「他人事なら良かったのに」
「え?」
「崇が悪いのよ。あの時、私をほっといたから」
「俺のせいか?」
「そうよ」
「……ごめん」
「謝らないで。謝られたら、余計にみじめになるでしょ」
「……そうか」
「だから、今日は崇に、責任とってもらって、私の恋人になってもらおうと思ったのに。……それなのに、三井さんと付き合ってるなんて。……めっちゃ、ショック」
「……ごめん」
「だから、謝らないで」
「……うん」
俺は冷めたカフェオレをひと口飲んだ。
口の中に残る後味が心まで甘苦くした。
「……でも、もういいの。私、ちゃんとわかってるから」
「え?」
「崇は、どうやっても私とは恋人になれない存在ってこと」
「それは、まぁ、そうだな。でも俺……」
「『ずっと好きだったよ』って言わないでね」
「なんで……」
「『なんでわかんるんだよ』とも言わないで!」
みゆきは語気を強めて言った。
「崇は、やさしすぎるのよ……。でも、それが結局、相手を追い詰めるの。わかってるでしょ?」
「……わかってる。たぶん」
「ううん、わかってない。あなたは本当にただやさしいだけ。それだけなのよ」
みゆきの目から涙がこぼれ落ちた。
「みゆき……」
「もう、戻れないね。戻れるんなら、高一の出会った時に戻ってやり直したい」
「……もう、戻れないよ。戻れないけど、今からなら……」
「言わないで。三井さんを不幸にする気?」
「あ、いや……」
「崇は、その場の雰囲気で、すぐその人に寄り添っちゃうから、ずるいよ」
「ずるい?」
「ずるいよ。人の心に入り込みすぎだよ。もうどうしたらいいかわからない」
「みゆき……」
俺は、もう何も言えなかった。
帰りの車の中では無言の時間が続いた。
そして、家の近くのコンビニまで来ると、
「ここでいい」
みゆきがそう言った。
「家まで送るよ」
「ここでいいの。これ以上、私をみじめにさせないで」
「……わかった」
俺は、コンビニ駐車場の一番外れに車を停めた。
「じゃあね」
「うん、じゃあ」
しかし、彼女は車を出ようとしなかった。
「……崇」
「うん?」
「キス、しよ」
「え?」
「もう一回、言わせる気?」
「あ、いや……」
ここでみゆきにキスしたら、彩乃を裏切ることになる。そんなことはできない。
でも、思い詰めたみゆきの顔を見た俺は、
(このままだとみゆきが壊れる。ここは彼女の言う通りにしよう)
と心に決め、くちびるをよせた。
と、バシーッと頬を熱い痛みが走った。
「イテッ、何するんだよ」
「ほら、やっぱり流された」
「あ、お前、まさか……」
「そうよ。このままだったら、崇、私のこと忘れられなくなるでしょ。だから、こうやってフッてあげるの」
「みゆき……」
「じゃあね。三井さんによろしく」
そう言って、みゆきは車を出ようとした。
俺は咄嗟に、
「待って、忘れ物」
「え?」
振り返ったみゆきに俺は今度こそ、口づけをした。
みゆきは、驚いたように目を大きくしたまま、俺を振り解いた。
「何するのよ」
「わからない。でも、勝手に体が動いた」
「バカ。崇のバカ。こんなことしたら崇を忘れられなくなるじゃない」
「そうだよな。でも、お前だって、このまま終われないだろ?」
「……うん。本当は終われない。わかってる。崇、……ごめんね」
そう言うと、みゆきは目を閉じた。
俺は、彼女にもう一度、キスをした……。




