130.魔女の弟子と飲み会してみた
帰らずの森の中心にて、彼女はプレイヤーを待っていた。
豊満な体を露出度の高い真っ黒なドレスで身を包み、触手のように枝分かれした奇妙なマントを羽織った女性。
切り株に腰掛けながら、手に持った小さな杖を手持ち無沙汰に弄ぶ。
彼女の名はリリアンヌ。
その二つ名は――『魔女の弟子』。
数百年前、終末の魔女リクラーナから唯一弟子として認められた女性だ。
とある事件がきっかけで、魔女とは袂を分かつことになったが、それでも彼女は魔女の弟子であることに誇りを持っていた。
「……遅いですわねぇ。そろそろ来る頃だと思ったのだけど……」
入り口の結界が破壊されてからもうずいぶんと経つ。
普通ならとっくに彼女のいる場所まで辿り着いてもおかしくはない。
「道中は一本道ですし、強いモンスターもあらかじめ排除しておいたはずなのですが……」
帰らずの森は、本来は入るたびに道を変え、景色を変え、時間の感覚を変え、方向感覚を変え、人々を無限に惑わせる。
知らずに入れば、決して生きては出られないと言われている。
その唯一の突破方法が、入口にある祠の破壊だ。
それさえ壊してしまえば、あとは多少広い森でしかない。
まあ、多少のモンスターは居るが、グランバルの森などに比べれば大人しい部類だ。
「まあ、いいですわぁ。待つのもまた一興。どうせぷれいやーに、選択肢などないのですからねぇ」
わたくし達と同じように、と。
自分たち『えねみー』と同じように、『ぷれいやー』もまた世界の理からは決して逃れられない。
クリア条件と言う名の絶対のルール。
これがある限り、『ぷれいやー』は自分に会いに来るしかないのだ。
「せめて今度は少しは歯ごたえのある『ぷれいやー』だと嬉しいのですが……」
今まで出会ったぷれいやーはどいつもこいつも雑魚ばかりだった。
だが、どうやら今回のぷれいやーは偽体とはいえ、あのクラウン・レディオを倒したのだと言う。
えねみーの中でも、『女王』、『将軍』、『王様』に並ぶ、あの『道化』をだ。
「ふふ、楽しみですわぁ。さあ、早くいらっしゃい。このわたくしの元に――」
たっぷりと可愛がってあげると。
リリアンヌは上唇をぺろりと、舐めながらぷれいやーが来るのを待ち続けた。
――それから数時間後、辺りはすっかり日が暮れ、夜空の星々が空を照らしていた。
「……遅くありませんこと?」
これは流石にちょっと遅すぎではなかろうか?
くぅぅぅと、可愛い音を立てて、リリアンヌのお腹が鳴る。
そういえば朝から何も食べていなかった。
何か食べたい。
「……いや、でも食べてる時に、ぷれいやーが来たらどうするのです?」
サンドウィッチを頬張ってる瞬間に、ぷれいやーが来たらどうするのだ?
あ、今食事中なのでちょっと待ってくださいとでもいうつもりか?
それでいいのか『えねみー』?
否、断じてよくない。
雰囲気は大事だ。
あくまで尊大に、悠然と佇んでいなければ、風格がない。
どこの世界に飯を食いながら「待ってたよー」と言う敵が居るのだ。
「うぅ……早く来て下さいまし……! さむっ」
へくちっと可愛らしいくしゃみをする。
座りっぱなしでおしりも冷えて来た。
このままだとお腹を壊すかもしれない。
どこの世界に待ちぼうけて、腹を下す敵がいるというのだ?
腰掛くらいなら、いいだろうか?
あと焚き火も欲しい。
ていうか、本当に何故来ないのだ?
「……ひょっとして何か不測の事態でも起こったのかもしれませんわね?」
だとすれば、それはそれで由々しき事態だ。
「……仕方ないですわ。甚だ不本意ではあるけど、こちらから出向くとしましょう」
決して、そろそろお腹が限界だとか、座っているのが飽きて来たとか、そういう理由ではない。
ないったら、ない。
リリアンヌは森の中を進み、入口にある祠へと向かった。
ちゃんと祠は破壊されていた。
だとすれば『ぷれいやー』はどこへ行ったのか?
「……あらぁ?」
ふと、少し離れたところに明かりが見えた。
そういえば、帰らずの森の入り口付近に住んでいる変わり者の亜人が居ると聞いたことがある。
何やらにぎやかな声が聞こえてくる。
リリアンヌはそちらへ近づき――窓からそっと中の様子を伺った。
――明らかに『ぷれいやー』と思しき男が、仲間と共に酒盛りをしていた。
暖かな室内。
楽しそうな雰囲気に、美味しそうな食事。
床には空になったワイン瓶やチューハイの空き缶が散乱していた。
こっちが寒空の中、必死にぷれいやーを待っていたというのに。
「何やってんですのアンタらぁ!?」
リリアンヌはブチ切れた。
勢いよく扉を開けると、中へ突入した。
――数時間前。
「とりあえずボクの家に案内します! ささ、どうぞ!」
「……仕方ないな」
サブクエストは終わったが、まだ黒い空間に戻らないところを見るにイベントが残っているのだろう。
不本意だが、俺たちは魔女っ子の家にお呼ばれすることにした。
(おー、意外と中は綺麗だな)
ボロボロの外観からは想像がつかないほど、中は綺麗だった。
床や天井に埃もなく、食器や本も棚にきれいに並べられている。
魔女っ子は中々几帳面な性格のようだ。
「りゅーぅ、はやくかえろうよぉ……」
「もうちょっと我慢してくれ。な?」
「うぅ~」
未だにセイランは俺以外の人間は苦手なようで、ずっと背中にくっ付いている。
井口とは普通に喋ってたよな? やっぱりモンスターだからか?
「……帰ったら、美味しいフレンチトースト作ってやるから」
「なにそれ?」
「牛乳や卵に浸して焼いたあまーいパンだよ。アイスや生クリームを付けて食べると絶品なんだぞ?」
「……がんばる」
よしよし、いい子だね。
ちなみにナッツのはちみつ漬けなんかを掛けても美味しい。
旬の果物と一緒に焼くってのもありだ。
「……今更ですけど、先輩って妙に女子力高いですね。万年、金欠だったくせに」
「うっせ。俺は元々料理は好きなんだよ」
お金と心に余裕がなかったからやらなかっただけで。
仕事で疲れると、何も作りたくなくなる。
でもここ最近は、異世界ポイントのおかげで心にもお金にも余裕が生まれた。
ゆとりって大事。
「そーゆー後付け設定は要らないんですよー。もっとだらしなく隙を見せてくれた方が、私としてはお世話し甲斐があるんですけどねー」
「あー、うっせ、うっせ。お前は黙ってろ」
コイツ、生前の調子が戻ってきてるな。
いいんだか、悪いんだか。
「セイランちゃんや夜空ちゃんもそう思いますよねー? 先輩のお世話、したいですよねー?」
「……りゅーぅのおやくにたちたい」
「ウッキキ~♪ ウッキィ」
あ、おいその二人を味方につけるのは反則だろ。
まずいぞ、井口がどんどんパーティーの中での立場を強固にしていく。
「……雷蔵、雲母、お前らは俺の味方だよな?」
「…………ウガゥ」
「…………きゅぅ」
あ、コイツら目を逸らしやがった。
忠誠度『最良』のくせに。
ちくしょう、俺の味方はいねぇのか?
「仲がいいですね。是非、ボクも仲間に加えて下さい」
「そう言われてもなぁ……」
「まあまあ、ほら食事と美味しいお酒も用意したので是非食べていって下さい」
「まあ、食事だけなら……」
手際よくテーブルの上に並べられた料理とお酒。
ちゃんとセイランのために果実水も用意されている。
「……あれ? このメニュー……」
「どうしたんですか魔女様? 何か気になることでも? 嫌いな食材でもありましたか?」
「だから魔女様はやめろって。いや、この料理……魔女さんにご馳走になったメニューに似てるなぁって」
「本当ですか!?」
魔女と同じメニューというのが嬉しかったのか、魔女っ子は花の咲いたような笑みを浮かべる。
「だったら是非、味の方も確かめてください! 他の皆さんもどうぞ!」
「……先輩、どうするんです?」
「うーん、たぶんこれ食べないとイベントが終わらないっぽいし、ご馳走になるしかないだろ? 弟子云々はともかく」
画面でストーリーの方も確認したが、どうやらすぐに移行するタイプじゃなさそうだ。
それにお腹もすいてきたし、ここは素直にお相伴にあずかろう。
と言うわけで、魔女っ子との食事会が始まった。
~~~1時間後~~~
「へー、じゃあお前、元々は別の町に住んでたのか?」
「はい。ボクはここから北にあるムカビって町の出身なんです。小さいころから本を読むのが好きで……。ボクの家には魔女様の本がいっぱいありましたから」
「それで魔女に憧れるようになったのか?」
「はいっ! それで各地で魔女様に関する情報を集めているうちに、この町に魔女様が居るかもしれないと、ここで暮らしてたんです」
「凄い行動力だな」
女の子の一人旅なんて危険だろうに。
ひょっとして魔法や武術の心得があるのだろうか?
「あ、グラス空ですね。今、追加のお酒持ってきますね」
「それならこっちで準備するよ。ご馳走になってばかりじゃ悪いし」
俺は収納リストから適当にお酒やつまみを出す。
「ウッキキ~♪ ウッキ~♪」
「ウキキキ~♪」
夜空と新月の合唱が始まった。
うーむ、意味は分からなくともその声音はとても心地いい。
夜空も音楽猿を合成(共存)したからか、歌が上手くなっている。
「うははは、夜空ちゃんたちさいこー! アンコール! アンコール!」
井口もすっかり出来上がって手拍子をしている。
「てか、お前アンデッドなのに酔っぱらうのか?」
「酔いますよぉ~。その辺は、調整が利きますから。その気になれば、一瞬で分解することも出来ます」
「そりゃ便利だな」
「うへへ、せんぱ~い、しゅきぃ~」
「抱き着いてくるな。離れろ、鬱陶しい」
酔った勢いで、適当なこと言ってんじゃねえ。
そういうのはしらふの時に言え。
……いや、ほんとに。
~~~3時間経過~~~
「それで、ですねぇ~。魔女様は~、ちゃんとボクを弟子にしてくれるんですよねぇ~? 弟子にしてくれないと、ボク泣いちゃいますよぉ~……ひっく」
「そーだ、そだー! 先輩はもっと私たちに優しくするべきですよ~。ひっく」
「……お前ら、ちょっと酔い過ぎだ」
どうやら魔女さんに比べて、魔女っ子はそこまでお酒に強くないらしい。
井口共々、すっかり出来上がってしまった。
セイランや夜空たちはもう寝てるし、雷蔵もギリギリだ。
そろそろお開きにするか。
そんな風に考えていると、勢いよく玄関のドアが開かれた。
「何やってんですのアンタらぁ!?」
「……はい?」
誰だ、この人?
入って来たのは、真っ黒なドレスで身を包んだ背の高い女性だった。
女性はツカツカと中に入ってくると、バンッとテーブルを叩いた。
「アンタ、ぷれいやーですわよね? なんで森に入ってこないんですの!?」
「へ? いや……というか、アンタ誰だよ?」
魔女っ子の知り合いだろうか?
視線を向ければ、「こんな人知りませぇ~ん」と踊りながら首を横に振った。
うーむ、この酔っ払いめ。
「わたくしの名はリリアンヌ! 魔女の弟子と言えば、分かるでしょう?」
「魔女の弟子? 何言ってんだよ、魔女の弟子はコイツだろ?」
「はーい! ボク、魔女の弟子です! いえい!」
「いぇ~い♪」
ノリノリで手を上げて、井口とハイタッチ。
それを聞いて呆然とするリリアンヌさん。
「ま、魔女の弟子……? え、どういうこと? なんでわたくし以外にあの方の弟子が……?」
「んー……なんかよく分からんが、とりあえず飯でも食うか? 見た感じ、お腹すいてそうだし」
「そ、そんなことありませんわ! わたくし、お腹なんて全然――」
クゥゥゥと可愛らしい音が響く。
リリアンヌさんはかぁっと顔を赤くする。
「ち、違いますわ! 今のは――」
「まあまあ、ほら。このシチューは美味しいぞ」
「そ、そんなもので――はむ。……ふわぁぁ~、温かくて美味しいですわぁ~」
リリアンヌさんはよほどお腹がすいていたのか、夢中でシチューを食べ続けた。
ワインも出すと、ぐびぐび飲んだ。
いい飲みっぷりだ。
この人、中々いける口だな。
誰かは分かんないけど。
「ふぅ~、美味しかったですわぁ。このわたくしの舌を唸らせるとは、流石ぷれいやー。やりますわね」
「作ったのはこの子だけどな。デザートも食べるか? プリンやケーキがまだ残ってるけど?」
「頂きますわ!」
そんな感じで、自称魔女の弟子さんが飲み会に加わった。
……誰かは知らないけど。
~~~5時間経過~~~
「ふぅ~、満足ですわぁ。もうお腹いっぱいです。……ひっく」
「そりゃよかったよ。だいぶ、飲んだけど大丈夫か?」
「ふふ、このくらい飲んだうちに入りませんわぁ~……おっと」
倒れそうになるリリアンヌさんを慌てて抱きかかえる。
「ほら、足元ふらついてるじゃんか。魔女っ子、今日はこの人、泊めてやってくれないか?」
「いいですよ~。毛布なら余ってますし」
「大丈夫ですわぁ~。わたくし、全然酔ってなんていないですのぉ~。うひひひひ」
「いや、それ酔ってる人の台詞」
「ふみゅぅ~……ねむねむですわぁ……」
そう言ってリリアンヌさんは、俺の腕の中で寝てしまった。
すやすやといい寝顔である。
なんか知らんが、よほど疲れていたのだろう。
「戻る気配もないし、今日は俺たちも泊まっていっていいか?」
「勿論ですよ! 是非、泊まって行って下さい!」
と言うわけで、今日は魔女っ子の家にお世話になることになった。
ひょっとしたら寝てる間に、黒い空間に戻ってたりするのかな。
いや、魔女さんとの飲み会の時も起きてからアナウンスがなってたし、それはないか。
足りない分の毛布と枕はこちらで用意し、皆で雑魚寝だ。
そんじゃー、お休みー。
次の日の朝、目が覚めるとリリアンヌさんの姿がなかった。
テーブルには何やら書き置きがあったが、なんと書いているか読めない。
だがすっごい長いうえ、何度も書き直したような跡がある。
あれかな? 酔いつぶれたのが恥ずかしかったのだろうか?
あとこの傍に置いてある銀色の鍵はなんだろう?
「魔女っ子が起きたら聞いてみるかぁ……。あー、頭いてぇ」
しっかり二日酔いになってしまった。
まあ、楽しかったからいいか。
うーん、朝日が気持ちい。
『おめでとうございます。メインストーリー7『帰らずの森の試練』を事前阻止しました』
『メインストーリー7をクリアしました』
『おめでとうございます。EXシナリオ『真なる魔女・継承の宴』を事前阻止しました』
『EXシナリオ7をクリアしました』
『EXシナリオの事前阻止に伴い、デイリーダンジョン『終末世界』の一部が変化します』
ん……?
なんかアナウンスが流れたぞ?
なんで?




