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紅い侍  作者: 柴崎龍
第三章 徳豊争乱
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第四十一話 意地



近江国・彦根城付近



各地の戦線に大きな動きが出始めたころ、本隊のいる近江でも事態が動き始めようとしていた。



「我らはこれより、秀頼のいる本陣へ向かう!井伊を守るため、そして徳川の御為、秀頼など討ち果たしてくれようぞ!」



『応!!!』



「皆の者!進め!」



井伊軍の士気はこのとき、頂点に達していた。



「おのれ秀頼、首を洗って待っていろ…」



「殿、もうすぐ本陣でございます。」



「よし、かかれ!」



『応!!!』



「な、何じゃこれは。」



秀頼がいるはずの本陣には秀頼どころか、人の影が何一つなかった。



「どうなっておる…」



「撃て!!!」



「何?!」



「あれは我らと同じ赤備え!」



「真田か?」



「殿!あれをご覧ください!」



そこには井伊直政も愛用したのぼり旗が掲げられていた。



「兄上…?」



「とにかくお逃げくだされ!敵の数は明らかに我らより多いようにございます!」



「す、すまぬ!」



近江国・彦根城付近



「備前よ。」



「はっ。」



「自らの赤備えを利用して直孝に兄から見限られたように感じさせるとは、真に左衛門佐も恐ろしい男じゃのう。」



「左様にございますなあ。我々にも最後の大仕事が残っております。」



「うむ。総仕上げじゃ。」



秀頼は直孝が城から居なくなった隙を見計らって彦根城に攻撃を加えた。城内は大混乱となり、まともな反撃もできずに彦根城は落城した。



駿河国・駿府城



家康がなかなか駿府を出られないのは大きな理由があった。



「大御所様、ご機嫌はいかがでございましょうか。」



「弥八郎か。真の事を申せば、あまり良くはない。弥八郎がここへ来たということは、何かあったか。」



「はっ。彦根が、落城致しました…」



「何?!彦根が落ちた?」



「井伊兄弟はいずれも切腹したと…」



「出陣しよう。」



「しかしお身体の…」



「儂もそう遠くない命じゃ。このままでは徳川は真に滅びてしまう。儂が向かわんことには、この事態は打開できん。」



「御意。」



「それと弥八郎、後藤又兵衛に接触せよ。」



「承知致しました。」



「徳川の戦は、ここからよ。」



土佐国・安芸



「殿!もう持ちませぬ!早うお逃げくだされ!」



「儂は下がらん!前進あるのみじゃ!」



「このような狭い道では、判断が遅れればもう逃げることは出来なくなりまする!早う!」



「何を言う!儂は…」



その時、至鎮の首元を銃弾が貫いた。



「うっ…」



「殿!殿!」



土佐国・安芸城



藩主・忠義は豊臣軍撃退に本腰を入れるため、高知から安芸に移ってきていた。



「申し上げます!豊臣軍は我が方の攻撃で大崩れ!先鋒・蜂須賀隊は壊滅し、至鎮を討ち取りました!」



「でかした!豊臣ごとき、我らの足下にも及ばんわ!」



「何を言うておる。」



「父上…」



「戦は終わりじゃ。」



「しかし我らは蜂須賀至鎮を討ち取り、戦況を優位に進めておるのですぞ!」



「長宗我部の旧臣は続々と敵方についておる。蜂須賀を討ったとしても、本隊を崩せる訳なかろう。」



「ここで戦を止めては折角の好機を逃すことになりまする!」



「真に豊臣が負けたと思うておるのか、お主は。」



「ですから蜂須賀勢を…」



「此度の戦で大きな被害を受けたのは蜂須賀隊のみ、盛親率いる本隊の兵力は温存されておる。あれは至鎮の先走りじゃ。」



「しかし…」



「よいか、これを上手く使うのじゃ。向こうも思わぬ抵抗に焦っておるはず、戦は勝てばいいわけではないのだ。」



「…」



土佐国・安芸城付近 盛親本陣



「長宗我部殿、山内が和議を申し出て来ましたぞ!」



「よし、遂にか。」



盛親の目は、僅かに涙を浮かべていた。



「土佐は召し上げる。これは譲れぬ条件じゃ。ただ、山内は大名として存続させることを約束すると伝えてくれ。」



「加藤、脇坂はどうした?」



「所領安堵なら、我が方につくと。」



「その条件を呑むと伝えてくれ。あとは、伊達か。どうなっておる?」



「おおむね我らには好意的でございますが、未だ態度は不明確にございます。」



「政宗か。」



伊達政宗の庶長子である伊達秀宗が治める宇和島藩が成立したのは昨年のことで、まだ歴史の浅い藩であった。



「左様にございます。家臣のほとんどは政宗が派遣した者で占められております故、かなり政宗は藩政に関わっているのではないかと。」



「ただ、秀宗はどう思っているであろうな。」



秀宗は幼少期を人質として大坂で過ごしており、秀頼とも昔からの間柄であった。



「秀宗の心は豊臣にあるでしょうし、この状況で戦を起こすのは無謀でしょうからこちらに降るとは思いますが…」



「確か、秀宗の正室は井伊直政の娘であったな。」



「左様。しかも直継・直孝とは同母兄妹でございます。」



「もうすぐその報せが宇和島にも届く頃か。」



伊予国・宇和島城



「伊予松は可愛いのう。でかしたぞ、亀。」



秀宗には今年、次男が誕生していた。



「殿、奥方様、至急お話したき儀が。家臣団も集まっております。」



「ここではならぬのか?」



「はい。是非ともお越し下さい。」



家臣団が集まる大広間には、重苦しい空気が漂う。



「殿、近江で豊臣方が大勝し、彦根城が落城したとのことです…」



「そんな、兄上たちは…」



「残念ながら…」



重苦しい空気に包まれた大広間は、さらに地獄のような空気になった。泣き声だけが響き渡る。



「そうであったか…」



「殿、豊臣軍はもうそこまで来ています。土佐が落ちれば、次は伊予にござる。既に加藤、脇坂は豊臣へつくと。全方位から攻められれば、我らは一溜りもありませぬ。」



「お主ら、いつものように父上から何か聞いてはおらぬのか?」



「…」



家臣団が黙り込む。仙台藩の世子を解かれ、宇和島藩に移った後も藩政に口出ししてくる父に、消して秀宗はいい思いをしていなかった。



「父上は、儂をようやく試す気になったか…」



「殿、豊臣にお付き下さいませ。」



「亀…」 



「亀はもはや井伊の人間ではありませぬ。殿のために尽くし、御家のために生きる伊達の人間ですから。」



その言葉に、家臣団はハッとさせられた。



「殿、某はどのようになろうと、従うまででございまする。」



「某も、宇和島の御家を守る所存!」



「相分かった。儂は豊臣に付く。これは政宗の長男としての決断ではなく、宇和島藩主としての決断じゃ!」



こうして松山・宇和島・大洲藩を手中に収めた豊臣軍は着々と攻略を進めるのであった。


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