第四十二話 恩讐
近江国・長浜
秀頼本隊は彦根を落とし、秀吉も織田家臣時代を過ごした長浜に陣を構えた。
「申し上げます!家康がついに動きました!此度の戦、徳川の親藩・譜代を中心に十万ほど集まる見込みにごさいます!」
「ついに動いたか…」
「もう一つ、ご報告がございます。」
「何じゃ。申してみよ。」
家臣が取り出したのは、毛利勝永の家紋があしらわれた陣羽織の一部であった。
「これが、和泉にて見つかったようにございまして…」
勝永が紀伊で敗れ、行方知れずとなってから、はや1ヶ月程が経とうとしていた。
「豊前…」
「そんな…毛利殿が…」
家臣団の啜り泣く声が方々で方々で聴こえるなか、幸村は立ち上がった。
「毛利殿は豊臣の為に戦い、豊臣の為に散っていったのです。我々が毛利殿のご意志を継ぐほかありません。悲しむのは、戦が終わってからに致しましょう、殿。」
「そうじゃな。間違いなく、豊前がいなければ豊臣はここまで巻き返すことは出来ておらん。ここで動きを止めることは、豊前の功績に泥を塗ることになる。皆の者、これは弔い合戦じゃ!」
『応!』
豊臣軍の士気は長浜の地で、最高潮に達した。
近江国・長浜城跡
秀吉の造った長浜城は、前年に彦根城への移築のため廃城となっており、既に更地となっていた。
「こんなところにおられたのですか、真田殿。」
幸村は、まっすぐ琵琶湖の方を見つめていた。
「これは福島殿。」
「真田殿、貴殿が一番辛かったのでは?」
「何の事でしょうか。」
「毛利殿のことじゃ。真田殿は最も親しくしておられた。」
「福島殿、貴方の知っている歴史では、毛利殿はどうなっておられるだろうか。」
「実際の歴史では既に大坂夏の陣は終わっておる。真田殿も毛利殿も、もうこの世には…」
「随分と変わってしまいましたな。」
「もう前世の記憶は当てになりませぬ。本来、豊臣はもう滅びている。ここまで来たのは、毛利殿や真田殿の尽力によるものに間違いござらん。」
「某は、父の志を受け継ぎ、とにかく豊臣の為に身を粉にしてきた。実際、毛利殿が亡くなったとしても、ここで戦線を止めるわけには参りませぬ。」
「だから、殿を元気づけるようなことを。」
「殿は総大将として、涙こそ流してはおりませんでしたが、心の痛みを相当感じて来られたことでしょう。某が、ここで悲しんでいる訳には行かぬのです。」
幸村の表情は、その悲しみを隠しきれていなかった。
土佐国・高知城
「それが真なら、最大の山場になりますな。長宗我部殿、どうなされます。」
阿波・土佐・伊予を手中に収めた四国方面軍が次に狙うのは、勿論讃岐であった。しかし、生駒は反豊臣姿勢を崩さず、隣国の池田に援軍を要請。池田の大軍が瀬戸内海を今にも渡ろうとしていた。
「無論、戦うのみでござろう。加藤、脇坂、伊達に戦の支度を、と伝えてくだされ。」
「承知した。」
「父上、もう少しにございます。」
安芸国・広島城
「殿!豊臣本軍よりこれが…」
輝元は書状を即座に取り、目を通した。
「やっと来たぞ、儂の出番が!」
「義父上、いかがされた?」
興奮する輝元のもとへやってきたのは、毛利秀元であった。
「豊臣からな、池田を叩けと指示が来た。」
「ついに、でございますか。」
「そうじゃ。ここで池田を叩けば、備前、備中は毛利のものじゃ。」
「ここで豊臣が我らに指示を出してきたということは…」
「池田が動いたということじゃ。」
家臣の一人が慌てて輝元と秀元の待つ広間に飛び込んできた。
「大変にございます。池田が瀬戸内を渡り、生駒領支援のために出陣したということです!」
「そうか。大義である。」
「はっ。」
「ならば義父上、今岡山はもぬけの殻ということにございますな。」
「早く動かねば台無しじゃ。急ぎ出陣の支度をせよ。」
「はっ。しかし、神辺の吉川殿はどういたしましょうか。」
安芸・備後への国替え後、吉川広家は東の抑えとして備後の要衝・神辺城を与えられており、その付近には備後の海上交通の要である鞆の浦が位置していた。
「備後を通過するというのは、船団で向かうにしろ、陸路で侵入するにしろ、いささか難しいかと。」
「いや、このまま備後を陸路で通過する。これは儂の覚悟じゃ。」
備後国・神辺城
広家は焦っていた。
「何故、殿は神辺の方に向かってこない!」
「いや、某も全く…」
安芸から出発した輝元・秀元の部隊は備中に入る前に、必ず神辺に止まるはずだと広家は踏んでいた。そしてここが主を説得する最後の機会だと思っていたのだ。
「わかった。もうよい。儂も腹を括った。」
「なりませぬ。そんなことをしてしまっては、真に戦になりますぞ!」
「黙れ!今すぐ備中との国境を封鎖しろ!」
備後国・備中国境付近 吉川側の砦
「我らは毛利本軍!お通し願おうか!」
「我が主・吉川広家公の命により、この先一切通すことはできませぬ!」
毛利軍に動揺が広がる。
「何っ!元はといえばこの地を治めているのは毛利じゃ!今すぐ開けよ!」
「なりませぬ!」
「殿、これは困ったことになりましたな。いかがいたしますか?」
「撃て。」
「え?」
「砦に向かって発砲せよ。」
「しかし…」
「いいから撃てぇ!」
「はっ。」
「我らは何をされても、ここをお通しするわけには…」
「ならば戦うのみじゃ!撃てぇ!」
ついに、想像を絶する骨肉の争いが始まってしまったのであった。




