第三十九話 陰謀
近江国・彦根城付近
「毛利殿はどうしておる!」
「未だ行方知れずとのことにございます。」
「豊前のことじゃ。きっと生きておるはず。今はこの後紀州軍がどうするかを考えるのが先決であろう。」
「そうでござるな。孫七郎殿はどうしておられる。」
「それが…」
摂津国・大坂城
「殿、一大事にございます。」
「何じゃ。」
「紀伊で毛利様率いる軍勢が大敗致しました!」
「そうなったか…」
「殿、直にここにも攻め寄せてくるやもしれませぬ!どうなさいまするか?」
「それには及ばぬ。」
「紀州軍は大坂へむけて刻一刻と…」
「先手を打っておいた。後は仕上げに入るだけじゃ。」
「仕上げ、でございますか。」
「儂は出陣する。お主は毛利勢の敗戦と儂が出陣したということを近江の殿へ伝えて参れ。」
「はっ。」
近江国・彦根城付近
「というわけでございまする。」
「孫七郎殿なら、紀伊の弱兵なぞ追い払ってくれましょう。」
「孫七郎のことじゃ、きっと戦がしたくてうずうずしておったはず。あやつなら何とかこの窮地を脱してくれるであろう。治兵衛に畿内のことは任せると伝えてくれ。」
「御意。」
和泉国・岸和田城付近
紀ノ川の合戦で大勝利を収めた紀州軍は破竹の勢いで豊臣領に侵攻、遂にその勢いは和泉国の拠点である岸和田城に迫っていた。
「帯刀、岸和田城は何故落ちぬ!」
「どうやら秀持があらかじめこの城に塙団右衛門という将を派遣しておりまして、その者が何度も奇襲を掛けており、兵の士気も下がり始めております。」
「その塙団右衛門とやらに苦しめられているというわけか。」
「それだけではありませぬ。恐らく秀持は我らの侵攻を予期していたかと。」
「何故じゃ。」
「この岸和田城、確かに和泉の拠点ではございますが大坂にも程近い故、前は今のような堅城ではなかったと思いますが、秀持が強化したかと思われまする。」
「しかしそれだけで秀持が我々の動きを読んでいたとは言いきれぬじゃろう。」
「殿、我らが岸和田に着くまで、妙に静かだったとは思いませぬか。」
「岸和田に我らは誘われたということか。」
「殿、紀伊で大規模な一揆が発生致しました!」
「何じゃと!帯刀、どうする。」
「ここは一時紀伊に戻り、体勢を立て直すべきかと。」
「そうじゃな。」
「しかし殿、恐らく豊臣は追撃をしてくるでしょう。激しい攻撃が予想されまする。殿軍はぜひとも某に。」
「良いのか。」
「豊臣領に進攻することを進言したのは某にござる。某が責任をもって殿をお守り致す。」
「帯刀、必ず生きて紀伊に戻れ。儂はまだお主の力が必要じゃ。」
「有難きお言葉にござる。死力を尽くしてやって参ります。」
和泉国・岸和田城
「意外に分からぬものだな。」
「まさか大坂にいるはずの孫七郎様が実は岸和田に入られているなぞ、分かるはずがありますまい。」
「ここからが真の勝負じゃ。そろそろ一揆の報が届く頃じゃろう。団右衛門、出陣じゃ。」
「はっ。」
こうして、徳川軍による『岸和田の撤退戦』が幕を上げた。そのまま紀伊方面に南下していった徳川方であったが、塙団右衛門率いる軍勢の伏兵によって大混乱に陥り、そこに秀持率いる軍勢が攻めかかったことで、徳川方は次第に被害を増幅させていった。
和泉・紀伊国境付近 徳川方
「皆の者、殿を命に代えてでもお守りしろ!退くことはこの安藤帯刀が許さぬ!」
「殿は窮地を脱出なされたようです!」
「そうか、それなら我らの仕事はひとまず終わりじゃ。儂はこのような所で死ぬわけにはいかぬ!」
そう息巻いた後、一発の銃声が戦場に轟いた。
「安藤殿!」
「安藤帯刀が落馬したぞ!首をとれ!」
「殿、どうぞご無事で…」
結果として、紀州軍の豊臣反攻は彼らにとって、最も大きい犠牲を払うことになったのであった。
近江国・彦根城
「やはり兄上にこのまま任せていては、井伊は滅び、我らに課せられたお役目を果たすことも叶わなくなるであろう。」
「その通りにござる。この状況において、籠城など言語道断。このまま兵糧が尽き、我らが豊臣に屈したとあらば、これは井伊の恥にございます。」
「ここは殿が打って出て、豊臣に辛酸を舐めさせましょうぞ。」
「そうじゃな。明日の夜明け、打って出る。」
安芸国・広島城
福島家の後にこの安芸を治めることとなったのは、まさかの旧主・毛利氏であった。表向きは度重なる幕府貢献のため加増転封ということになっているが、本当は国替えによって経済力を削ぐことと、関門海峡の重要性が増してきたということが理由であった。
「殿、池田が豊臣領侵攻の機会を伺っているようでございまする。」
「そうか、そろそろあれを使う時が来たやも知れぬな。」
近江国・彦根城付近
「殿、お目通りしたき豊臣家中の者がございます。」
「よい。通せ。」
「お初にお目にかかります。佐野少輔次郎道可にございまする。」
「牢人衆の一人でございます。至急お話したき儀があるようでござる。」
「何じゃ。申してみよ。」
「実は某、毛利宗端様の密命でこの大坂城に入城致しました。」
また一つ、新たなる陰謀が豊臣を渦巻くのであった。




