第三十七話 狼煙
豊臣軍は三方に分かれ、それぞれ大坂を発った。まず、盛親の率いる四国方面軍は淡路に上陸。淡路はここ数年、池田氏が支配していたが、代替わりの際に蜂須賀氏に与えられていた。
淡路国・洲本城付近
「長宗我部殿、どう落としまするか?」
「敵は十中八九籠城でござろう。しかし城主の稲田父子は手強い。なかなか一筋縄では落とせませぬな。」
「稲田父子は確かに強敵でござるが、ここで時をあまり使いたくないということもありまする。ここは一気に総攻撃を加えては?」
「某に考えがありまする。それを使えば、時も犠牲もあまり払わずに済むかも知れませぬ。」
その頃蜂須賀氏の本拠・徳島では対豊臣の対応
について激論が交わされていた。
「何度も言うておるだろう。儂は大御所様に恩がある。蜂須賀は徳川に付く。」
「殿、我々は豊臣恩顧の御家にござる。今豊臣に勢いがあるならなおさら、付かない理由はございませぬ。」
「豊臣へのご奉公は既に終わったことじゃ。今は徳川の世。儂は豊臣には付かん。」
『殿、お考え直しを!』
「何じゃお主ら。主の命に従えぬのか!」
「まあまあそこまでにしておけ。」
「父上、某は豊臣には付きませぬぞ。これは御家の為でござる。」
「お主がそう思うておっても、皆が付いてこなければ、行動に移すことはできぬであろう。ここにいる皆、そしてこの地に住む領民のことを考えて決断せよ。」
「…」
淡路国・洲本城付近
「やはりそうであったか…大義であった。」
「真に蜂須賀家中で揉めておるとは…何故分かったのでござるか?」
「自らの領地がまさに攻められておると言うのに、対岸の阿波からの動きがあまりにも少なすぎると思いましてな。探りを入れたのでござる。」
「なるほど。早速、城内にこれを流布至しまするか?」
「ただ流布するだけでは、効き目があるか分かりませぬ。その情報に加えて、『蜂須賀は元々豊臣に付くつもりで、時間稼ぎの捨て駒とするために稲田氏は配置されたのだ』などと言えば、城内の戦意は低下するでしょう。」
数日後、援軍の可能性を失い、大軍に島全体を完全に包囲された洲本城内は戦意を喪失し、稲田一族含め、城内にいる兵を助命することで洲本城は開城した。
一方阿波本国は…
『一、豊臣家は蜂須賀氏に対し、阿波一国の所領安堵を認め、今後も至鎮が蜂須賀の家督を持ち続けること。』
『一、蜂須賀氏は豊臣家に一層の忠誠を誓い、豊臣家は蜂須賀氏を粗雑に扱わないこと。』
『一、蜂須賀氏の政は至鎮が主導し、父や家臣団、豊臣家の意見をよく聞きながら行うこと。』
『一、豊臣家が四国全土を掌握した場合、長宗我部氏の与力となること。』
この四つが規定された起請文を蜂須賀・豊臣間で取り交わし、関ヶ原以来初の豊臣家に臣従する大名家が現れたのだった。
近江国・膳所城付近
京を通過した豊臣本隊にとって最初の関門となる城が、この膳所城であり、京の抑えとして天下普請で作られた城であった。
「殿、この城は確かに守りは強固でありますが、時がありません。ここは一気に総攻撃で叩きましょう。」
「そうじゃな。全軍に総攻撃を命じる。かかれ!」
『はっ!』
膳所城城主・戸田氏鉄の必死の抵抗で、想定よりも苦戦を強いられた豊臣軍であったが、膳所城は落城。戸田氏鉄は自刃した。
近江国・豊臣軍
「左衛門佐、何をそんなに急いでおるのだ。」
「真田殿、何かあるのでござるか?」
「殿、宇喜多殿、ここは一時休息としませぬか?」
「某も、そろそろよろしいかと。」
「ならば一時休息じゃ。」
「それで、どうなされた真田殿。知らせでは家康本隊はまだ駿河にいると聞きましたが?」
「近江に入った辺りで某も佐助から伝え聞き、皆にも報告せねばと思っていたのですが、実は今彦根城内で、家臣団の派閥抗争を原因とする対立が起こっておるそうなのです。」
「ほう。して、どのような?」
「初めは派閥抗争だけだったのが、旧臣らが推す現当主の直継と新参が推す弟の直孝の対立にまで響き、現在、彦根城内で籠城か打って出るかで揉めに揉めているというのです。」
「ならば、我々にとっては好機でござるな。」
「仰る通り。家中で争い身動きを自ら封じている間に我々は軍を進め、井伊に選択の余地を与えないまま戦をする、ということが狙いでござった。」
「確かにそれは好機であるな。急ぎ軍を進めよう。」
その後も豊臣本隊は近江の支城、砦等を次々と攻略していき、次第に彦根に近づきつつあったが、未だ結論は出せずにいた。
近江国・彦根城
「兄上、籠城して何になると言うのですか!この状況では援軍などありませぬ!」
「我らの役目はここで可能な限り豊臣を足止めし、大御所様の軍勢が万全な状態になるまで時を稼ぐことじゃ。闇雲に突撃することではないわ!」
「兄上はこの戦に勝つ気がないと仰るのですか!」
「そうではない!お主はもっと自分の役割を自覚しろ!」
近江国・彦根城付近
「はあ…遂に着いた…」
「まだ決めかねているのか?城内は。」
「一応藩主の号令で籠城に決まったそうにござるが、直孝は相当不服なようで、ひょっとすると、判断を誤るかもしれませぬぞ。」
「それを待つのが得策かと。早く着いたおかげで時はありますので。」
こうして、彦根城でも、戦の狼煙が上がり始めたのであった。




