第三十六話 激震
『豊臣秀頼、左大臣就任。』
全国の諸大名にとって激震が走ることとなったこの出来事は、家康が諸大名に豊臣攻めの号令を発した4日後に公表された。
かねてより朝廷内部では、畿内をほぼ制圧し、さらに戦線を拡大しようとしている豊臣家への脅威論があり、京へ攻め上ってきた場合、朝廷はどうするのかということが主に公家たちの間で議論され続けてきた。
当然、親徳川派の公家衆から猛烈な反対を受けながらも、最終的に時の天皇・後水尾天皇が親豊臣派の公家衆の説得に応じる形での就任となった。
しかし、この事はもちろん江戸幕府側は全く関知しないことで、関ヶ原以来続いてきた朝廷と幕府の蜜月関係に大きな亀裂をもたらし、諸大名への影響も強いものとなった。
陸奥国・仙台城
「殿、大御所様より豊臣征伐の陣触れが出されました。」
「それが、なんじゃ。」
「いや、そろそろ我々も戦支度に取りかかりませんと。」
「我らと豊臣で戦っておる訳ではないじゃろう。」
「まさか殿、出陣なさらないのでございますか!」
「小十郎、声が大きいわ。」
「申し訳ございませぬ。しかし、どうなされるおつもりで?」
「此度の戦、儂は徳川の完勝に終わるとは到底思えん。鈴鹿川での戦など、豊臣はここ数年連戦連勝、兵たちの士気も高い。対して徳川は所詮寄せ集めの兵だ。結果など分かりきっておる。」
「ならば、殿は豊臣に付かれるのですか。」
「今ここで儂が豊臣に付けばどうなる?奥羽の大名どもからたちまち攻められるであろう。我らは第三の道を行くのじゃ。」
駿河国・駿府城
「どうなっておる!」
粛々と戦支度を進めていた家康らに届けられたのは、伊達などの大大名が参陣しないという知らせであった。
「大御所様、落ち着かれませ。」
「落ち着ける訳ないじゃろう!今すぐ政宗に切腹を命じよ!」
「お気持ちはお察しいたしますが、ここで伊達と争っては豊臣の思う壺にございます。ここは堪えてくださいませ。」
「仕方あるまい。奥羽の大名をひとまず伊達の監視につけよう。」
「御意。」
「大御所様、申し上げます!前田など、複数の大名が新たに不参加を表明致しました!」
「おのれ利常、父の賤ヶ岳の真似事か?どいつもこいつも徳川から受けた恩を忘れよって!」
「しかし、逆に言えばご一門や譜代の皆様と力を合わせ、勝つことができれば、徳川の威光をさらに世に知らしめる好機にこざいます。此度のことで誠に我らが信頼出来る外様が判明したとも言えまする。」
「そうじゃな。此度の戦は戦況を常に有利に進めることが肝要。しだいに参陣する大名も増えるじゃろう。弥八郎、戦支度を急げ。それと、秀忠にもいつでも動けるように言うておけ。」
「はっ!」
摂津国・大坂城
「皆もよく知っておるとは思うが、徳川が我らに対し、戦の陣触れを出した。これは天下の静謐を乱す行為であり、言語道断である。亡き太閤殿下からの御恩をこのような形で踏みにじった家康の首、必ずや取ってみせようぞ!」
『はっ!』
「それでは、此度の戦に勝つ妙案があるものはおるか?」
「恐れながら、ございます。」
「左衛門佐、申してみよ。」
「はっ。まず戦線を三つに分けまする。」
「真田殿、戦線を無闇に拡げるのは、戦力が分散し、余りよろしくないのでは?」
「それはご心配には及びませぬ。関ヶ原の時は、逆に西軍の主力を集中させすぎて直ぐに決着がついてしまったことがありました。そして、此度の戦では、伊達や前田など、未だ態度を決めかねているような大名が多くおります。こうした大名に各地で連勝していることを示し、こちらに引き入れるという意図でござる。」
「儂は、どこへ向かえばよい。」
「殿は本隊を率いていただき、近江、美濃を攻略していただきます。おそらくこの本隊と徳川軍で決戦となるかと。そのため、某もお供させていただきますが、宇喜多殿、福島殿、後藤殿、明石殿にも従軍していただく所存。」
「相分かった。」
「承知。」
「残りの二部隊ですが、まずは長宗我部殿率いる部隊は、木村殿と共に四国に上陸し、攻略していただきたい。」
「承知致した。」
「この長宗我部右衛門太郎盛親、再び四国を取り戻し、豊臣の威光を知らしめまする。」
「頼んだぞ。」
「はっ。」
「そして最後の一部隊は毛利殿に紀伊へ入っていただき、後顧の憂いを絶っていただきたい。」
「承知した。」
「毛利殿、紀州は藩主こそ幼少なものの、勇猛な武士も多く、家臣団は一致結束していると聞きます。くれぐれもお気をつけくださいませ。」
「殿に良いご報告ができるように精進いたしまする。」
「期待しておる。豊前。」
「そして孫七郎殿には大坂を守備していただきたい。」
「しかし真田殿、某は殿にまだ真のご奉公をできておりませぬ。此度こそ、本隊で殿をお守りしとうございまする。」
「だからこそ、孫七郎殿には大坂に詰めて頂く必要があるのです。ここにいる皆が孫七郎殿の才を分かっておりまする。なればこそ、何かあった時の備えとして、孫七郎殿に出陣頂くのです。」
「儂が戦に出れば、政務を執ることができぬ。それを任せられるのはお主しかおらん。期待しておるぞ。」
「ご期待に沿えるよう、最大限努力いたしまする。」
徳川、豊臣両陣営に緊張感が漂う中、関ヶ原にはまだあの日のまま、濃霧が立ち込めていた。




