第九話 怨念
大坂城・大広間
「殿の御成りである!」
『ははっー!』
「面を上げよ。早速だが本日から軍議の進行役を木村長門とする。」
「御意。」
「な、何故でございますか!」
「黙れ。」
「な、な、な…」
「では長門、頼む。」
「はっ。残念ながら我らの中に、謀反の疑いのある者がございまする。」
『誰じゃ誰じゃ!』
「某ら牢人衆、決して殿に二心ございませぬ。何かの間違いかと存じます。」
勝永が進み出る。
「実はな、此度出た裏切り者はお主らの中におるのではない。長門、奴をここへ連れよ。」
「はっ。」
重成は直ぐ様家臣に合図をし、例の人物を連れてきた。
「連れて参りました。」
そこには髪などが乱れ、化粧もしておらず裂けた服を着ていた淀であった。最初から誰だか分かっているものは少数であった。
「儂が説明しよう。『謀反人』の淀だ。」
改めて皆が驚いた。
「この者はな、大野修理との不義の子である儂を殿下の嫡男と偽っておった。」
「ならば、殿には殿下の血が流れていないということにございますか?!」
「そうじゃ。」
その言葉を聞いた牢人衆は絶句し、目の前の状況を上手く飲み込めずにいた。
「殿、これは何かの間違いにございます。良くできた罠でござる。真田あたりが企てたのでございましょう。真田殿の兄は徳川と関係も深く…」
「皆を愚弄するのもそこまでじゃ!」
秀頼は恐ろしい剣幕で凄んだ。
「今更言い訳するか、修理。お主らの策謀は今や全て儂の耳に入っておる。お主らのつまらぬ保身のおかげで、何人もの命を失った!」
「殿、修理を信じてくだされ。決してそのようなことは…」
「信じてたまるか!皆にも後に奴らがどのような手口で儂らを騙しておったのか、明らかにするつもりじゃ。」
淀は泣き叫び、治長は何かまだ喚いていたが、耳を貸すものはいなかった。
「お主らを罰するのに相応しい男を呼んでいる。入れ。」
その者は颯爽と出てきた。
「か、関白殿下!」
青年の外見、雰囲気、そのすべてが豊臣秀次その人であった。
「豊臣土丸改め、豊臣孫七郎秀持でござる。」
「土丸はな、秀次事件で唯一生き残った男児なのじゃ。」
「はっ。某は事件後、奥州の伊達家に助けて頂き、出家しておったのですが、此度の戦で殿に参陣の命を受け、ここへ参った所存です。」
「この度、儂の命で父の孫七郎という名を継がせることとした。これよりは孫七郎も我が軍に加わることとなる。」
「身命を賭して、殿にお仕え致します。」
「うむ。では早速やってもらわねばならぬ仕事がある。淀と大野修理を始末せよ。」
「恐れながら殿、些か始末というのは体裁が悪うございます。豊臣の内乱とみられ、徳川に攻め込む口実とされるやもしれませぬ。」
秀家は毅然と意見した。
「いや、ならぬ。お主の意見も最もだが、ここで逃がしては儂の威厳に関わる。始末せよ。」
「はっ。」
「孫七郎、これまで真に苦労をかけたな。」
「殿が気になされることではありませぬ。この間、某が得たものは苦労だけではござらん。」
「孫七郎を始め、ここに集った皆がこれまでどれ程の苦労を重ねてきたのか、この城しか知らぬ儂には分からぬ。」
牢人衆の視線が秀頼に集う。
「儂は豊臣の血すら受け継いでおらぬ男じゃ。それでも、豊臣を思う気持ち、殿下の威光を再び世に知らしめんとする気持ちは誰にも負けておらぬ!」
秀頼は高らかに宣言した。
「某は、殿をおいて他に豊臣の棟梁となれるものはおらぬと存じます。」
そう口を開いたのは、正則であった。
「殿下の実子でないとはいえ、殿下は殿を愛され、我らに殿を託されたのです。皆もそれが答えだとは思わぬか!」
『そうじゃそうじゃ!』
「儂が豊臣の棟梁と思えぬ者がおるなら、遠慮なくここを出ていくがよい。家康の首を獲り、再び豊臣の世をもたらすのは、この儂じゃ!」
『ははっー!』
「最後になるが、備前よ。」
「はっ。」
「この家中で今、殿下と直接縁のあるものは備前。お主だけじゃ。儂が関白となった暁には、太閤として儂を後見せよ。」
「た、太閤など恐れ多い!某は殿の御側で仕えられればそれで十分にございまする。」
「主君の命じゃ。後見してくれ。」
「承知いたしました。謹んで、お受けいたします。」
「これで軍議は解散じゃ。備前、市兵衛、左衛門佐、豊前、又兵衛、掃部、右衛門太郎は残れ。」




