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117話 魔物と人間

「お、やっと来たか」

「待ちくたびれたぞ」

 

 セインの数メートル後ろで俺たちは固まって見守ることにした。ちょうど、向こうも俺たちに気づいてゆっくりと立ち上がり戦闘態勢に入る。魔物たちは気味悪く笑って一人剣を握るセインに照準を合わせた。


「いいのか、たった一人で」

「みんなでかかって来た方がいいんじゃないか?」


 魔物の煽りにセインは同じくらいバカにしたように笑い、


「逆にいいのか。私相手にお前たち二体だけで」

「言うなあこのメスザル」

「お、言葉は通じてるようだな。牛もどき人間もどきが」


 先に動いたのは魔物の方だ。セインの煽りに堪えかねてこん棒をぐるぐると振り回してから二体同時に接近する。


 セインは真っすぐ向かっていき、二つの振り下ろされたこん棒を剣一つで受け止める。その衝撃でビリビリと衝撃波のようなものが周辺を駆け抜けていく。


 拮抗する剣と二つのこん棒。はるか頭上から振り下ろされているこん棒を迎えるようにセインの剣が交わっている状態なのに、押し負けたのは魔物の方。弾かれた反動で青い牛の魔物のこん棒が手から離れて宙を舞う。


 見かねた赤い牛の魔物がフォローに入ろうとするが、そんな無防備な相手を見逃すセインではない。目にも止まらぬ早さで青い方の懐に入り込み、煌々と光る剣でその肉体を切り刻む。


 こん棒が地面に落ちた音がするよりも早く、青い魔物がその場に倒れ致命傷を負っていた。


「あ、兄じゃ……」


 ドクドクとおどろおどろしい色をした血が流れていく。兄じゃに手を伸ばし助けを求める青い魔物。それを受けて兄じゃはめんどくさそうにしながら、手から炎を放出し、傷口に当てる。


「あ、兄じゃ……なにを」


 もがき苦しむ牛の魔物。しかし、足を引っ張ったから邪魔になり始末したわけではない。ひとしきり熱さに苦しみ終えた魔物の傷口は火傷により出血が止まっていた。


「灼熱止血法だ。焼けた皮膚のたんぱく質が固まり傷口が塞がってくれる。立て、早く」

「ありがとう、兄じゃ」


 青い魔物はこん棒を杖代わりにして体をなんとか持ち上げ再び二体並んでセインを迎え撃つ態勢に入る。


「なんだお前たち。いやに知恵があるじゃないか」

「勇者に負けた魔王軍の残党だからな。これくらいの死線くぐり抜けなきゃ生き残ってねーよ」

「確かに。言えてるな」


 俺たちに負けた魔王軍は撤退をよぎなくされ、ちりぢりになって逃げていった。人間と魔物の均衡は崩れ、魔王を倒した後、残る魔物たちも着々と淘汰されていっただろう。それでもこうして生き残っているのはかなりの実力者だといえる。


「そして、やはりお前たちの主は魔王軍の幹部か」


 セインは剣を構え、一定の間合いを保ちつつ質問する。そうだ、こいつらが魔王軍の残党ならこの先で待っているのもやはり魔王軍、恐らく幹部クラスだろう。


「そうだ、この先でお前たちを待っているのは」

「ちょ、兄じゃ兄じゃ」

「なんだ、今それっぽいことをだな、」


 セリフを遮られ、赤い牛の魔物は不服そうにする。


「確か、余計なことは言わないように釘刺されてたような……それに、魔王軍とかも言わないほうがよかったかも。ヒントになっちゃって誰かわかったらいざ再会した時の衝撃が半減するからって」

「……それはそうだな。確かにそんなこと言ってた気がしてきた。おいお前たち、今のなしだ」


 魔物はその大きな腕を掲げてバツを作り、俺たちに聞かなかったことにするよう頼んできた。無理な話だ。


「仮にも戦闘中だぞお前たち。そんな隙だらけで……私に殺してくれと言ってるようなものだ」

「いやだって……余計なこと言ったってバレたらそれこそ殺さねかねないし」


 セインはペースを崩されかけていた。せっかく色々なシチュエーションを想定し、それに合った魔法を用意しているというのに。それが全て無に帰すことになりそうだ。


「俺たちはたまたま通りすがった魔物Aと魔物B。よし、この設定でいこう。頼むぞお前ら」

「それで行きましょう兄じゃ。これでアルベール様に怒られなくて済みますね」

「アルベール? アルベールってあの?」


 エマはその名前を聞き逃さなかった。魔物たちはハッとして自分達の失態に気づく。


「ま、マズいです兄じゃ! つい口がスベって!!」

「お、落ち着け弟よ! 奴等はアホだから、言い間違えたとシラを切ればやり過ごせる」

「うわあ、そんな言い方されたら聞かないフリしてあげるのは無理かな」

「そうだな。さすがアルベールの部下。ポンコツ揃いだ」


 エマとアリアが呆れた様子で魔物を見ている。俺もあんな言い方されたら協力する気は起きない。


「こうなれば実力行使だ。聞かれたからには死んでもらうしかない!」


 俺たちの口を塞ぐべく、再度、魔物達は戦闘態勢に入る。


「なんだかムダな工程を挟んだ気がするが、とにかく、ここで私を倒せないとどの道お前たちは生き残ることができないわけだ」

「その通りだ覚悟しろこの! あれ、この! いや重いなんだこれ!?」

「兄じゃ! なにやってるんですか!?」

「だってこれ持ち上がんなくて」

「嘘だあ、さっきまで軽々ひょいって持ってたじゃないですか。あれ、え、ほんとだ重い」


 どうやらこん棒が重くて持ち上がらないらしい。おかしいなあ、とこん棒を持とうと四苦八苦している。あまりにも持てないから二体で持ち上げようとしているが、それで持てたとしてどうやって戦うんだよ。


「悪いがさっき剣を交えた時、その武器に重力増加魔法を付与させてもらった。徐々に重さが増していき、今はもう二体がかりでも持ち上げることはできまい」

「なに、お前の仕業か」


 そりゃそうだろう。バカかこいつら。いやバカだわ絶対。


「どうします兄じゃ。これお父さんが俺たちの為に作ってくれた大事なこん棒……」

「おい泣くなこんなところで。おい、弟泣いちゃったぞ。どうしてくれる」

「どうもこうもない。戦闘中にそんな情けが」

「じゃあ俺たちの負けでいいから。早く魔法解いて元に戻せよ」


 あっさり勝利を手中におさめたセイン。剣を携えて戦闘モードのセインといえどこの状況には流石にあたふたしている。


「すまない。私に魔法を解く力はなくてだな」

「は、なんだよそれ。どうすればいいんだじゃあ」

「一応、術者が気絶や死亡しすれば術は解けるが」

「じゃあ一旦死んでくれよ。そしたら魔法解けるんだろ?」

「そ、それは流石に横暴じゃないか?」

「はあ。じゃあ持つの手伝ってくれ。ほら、早く」


 セインは言われるがまま、魔物と一緒に重くなったこん棒を持ち上げにかかる。ますます重くなっているこん棒はもう地面にめり込んでしまうほどだ。


「おいエマ。お前なら魔法解けるだろ」

「うん、解けるけど。でも待って、もうちょっと見ときたくない?」

「……見ときたい」


 戦闘モードのセインがあんな風にオロオロしてる姿はかなりレアだ。アリアも口出しせずにセインを見守っている。


「なんか、魔物と人間が協力してる姿っていいね。感慨深いものがあるよ」

「ものは言いようだなほんと」


 エマが魔法を解いてあげたのはそれからしばらく経ってからだった。


 


 


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