114話 耐久力
魔獣がまっすぐに俺の方へと向かってくる。他のものには目もくれず、真っ赤な目は完全に俺を捉えていた。
みんなと距離を取り、一人で移動する。魔獣は激しく足で地面を叩き方向転換した。土煙が舞い、加速してますます俺に接近してくる。
俺はここで、自分に多少なりとも魔力が残っていることを自覚した。
「みんな、いつも通りで頼む!」
「了解!」「まかせて!」「偉そうに」
セイン達にそう叫ぶと、魔獣は俺の影と重なるくらいの位置まで来ていた。後ろ足を力まかせに蹴って飛びかかってくる。
「タクミ!」
雫の声が耳に届く。魔獣の鋭くて大きな牙が手を伸ばさずとも触れることができる距離だ。
ガキッッ!!!
だが、その牙が俺の体を貫くことはなかった。その逆で、片方の牙はあらぬ方向に曲がって、もう片方はきれいに折れてくるくると回転しながら地面にグサッと突き刺さる。
魔獣はなにが起きたのかわからず、呆然としていた。やがて、自慢の牙が使い物にならなくなったことに気付くとブルブルと震え出し、雄叫びをあげる。
「どうやらその耐久力は健在みたいだな」
「アリアもな」
隙を見せた魔獣の後ろ右足をアリアが容赦なく両断する。アクロバティックな動きとその勢いを剣にのせて攻撃するエルフォード流の剣技は相変わらずすさまじい威力だ。
「その剣作ったの私なんだけど」
「頼んだ覚えはない。ないならないで別のものを使った。結果は変わらない」
エマが文句をつけてくる。
「それに元はセイン様が拾った木の棒からなるものだ。お前はそれを魔法で剣にしただけのこと。むしろセイン様にお礼をいう立場だ。セイン様、ありがとうございます! ほら、お前も」
「だけって! その剣にするのがどれだけ大変かわからないもんね、そうだよね魔法使えないし」
「なんだと?」
遠くに見えるセインは苦笑しながら雫たちを守っている。
体勢を崩した魔獣はその場に崩れるも、目だけは俺を捉えて離さない。むき出しの殺意のまま、また俺めがけて突進してくる。
だが、片足を失いスピードもないし、牙も使い物にならなくなってしまった魔獣の突進は俺の両手だけで簡単に止められてしまう。
魔獣は奥の手といわんばかりに、口から毒々しい唾液を吐き出した。それは俺の体に浴びるほど命中し、魔獣はしてやったりといわんばかりに不気味に笑う。
笑うことができるということは多少なりとも知能があるのかもしれない。だから、俺が平然としてるのを見て全く毒が効いてないことも理解ができるはずだ。
「残念だったな。伊達に元勇者じゃねーんだよ。頼むアリア!」
「私の名前を気安く呼ぶな!」
アリアの声は魔獣の頭上から聞こえた。ジャンプして回転し、その回転の勢いを剣にのせて放つ斬撃は魔獣の固そうな首元に剣が簡単に通っていった。
剣は少しだけ光を帯びていて、どうやら魔法剣士であるセインから攻撃力増加の魔法を付与されているようだった。
スタッと華麗に着地を決めたアリアの傍で、魔獣の首が転がっている。信じられないといった表情をしていて、両断されて残った体の方も、ドサッと鈍い音を立てて重力のまま地面に倒れる。
「みんな無事ーー!!?」
セインの声に両手で丸を作って無事だと意思表示する。セインはほっとしたようで気を張っていた表情を緩めた。
「こいつ、まだ生きてるね」
「マジか、首だけだぞ」
エマの言う通り、驚くことにまだ息はあるようで、ライオンみたいな顔がまだわずかながら動いている。
「切るか?」
「いや、流石にもう長くないと思うし、このままにしておこう」
アリアはもう使わないと判断し、剣を構えるのをやめ、エマに魔法で作ってもらった鞘に納めた。魔獣もかわいそうではあるが、こっちもやらないと死んでしまう。仕方ないのことだがいつになってもこの複雑な気持ちに慣れはやってこない。
「流石、勇者タクミ。剣をもたない勇者は本当だったとは」
「おいコイツしゃべったぞ!」
「違う、たぶん誰かが遠隔で操ってるんだよ」
魔獣がパクパクと口を動かす。確かに、声と口の動きが合ってない。それっぽく口を操作して話しているように見せてるだけだ。
「タンクとはいえ牙も通らず、毒も効かないとは。すさまじいい耐久力だ。さて、どう対策したものかな」
「なんだ、お前誰だよ」
「私たちが転移したのはあなたの仕業?」
「その通り。さすが大賢者エマ・クリンベルト。察しがいいことで」
「御託はいい。早くあっちの世界に戻せ。せめて雫とタクミの妹たちだけでもいい」
「お、アリア・エルフォードじゃないか。いいのかこんなところにいて。お前は姫奪還作戦を失敗した挙げ句、その後失踪したとして第一級犯罪者に名を連ねているが?」
「なに? そんな……」
「アリア、今は我慢して。とにかく、帰る方法を教えなさい。こんなまわりくどいことするってことはしっかり帰る方法を用意してくれてるのよね?」
「少しくらい話し込んでいいじゃないか。つれないな、久しぶりの再会だというのに。まあいい、そうだ、お前たちが帰る方法はちゃんと用意してある。じゃないと面白くないからな」
「久しぶり、ってことは過去に会ったことがあるのか? 魔獣を操れて俺たちを転移させられるだけの魔力を持っているとしたら魔王軍幹部あたりか?」
「…………」
操られている魔獣の口はしばらく動かない。どうやらいい線いってたらしい。
「とにかく、お前達から見て右側に見えるあの山。あそこの付近にある洞窟で私は待っている。道中遭遇する魔物やトラップに気をつけることだな」
不気味に笑い、ほどなくして魔獣の口は完全に閉じてしまう。
「おい、話はまだ……!」
俺の声はもう届かない。魔獣は完全に屍と化し、やがて形を崩して霧散してしまう。
「どうやら、行くしかみたいだね」
さっき指定された大きい山を見つめて、三人で立ち尽くす。誰だかわからないあんな奴の言葉は信用できないが、それしか帰る方法はない。
セインと雫たちと合流すると、事情を説明し、俺たちは山を目指して歩き始めた。
一番後ろを歩くことになった俺は、そういえばみんなが水着のままなのを思い出す。後ろからその壮観とも呼ぶべき景色をしばらく堪能していると、当然ながら見ているのがバレて一番前を歩くことになってしまった。




