113話 久しぶり
どこだ、ここは……?
光は徐々に消えていき、ぼやけた視界が徐々に回復していく。
風が俺の肌を優しく扇ぐ。おかしい、さっきまで室内にいてエアコンも扇風機もついてなかったはずだ。
そんな疑問は鮮明になった景色が解決してくれた。
見えるのは自然に囲まれた森。風に揺れる植物の葉があちこちで音を奏でている。
目の前には川が流れていて、ゆるやかな水流は耳心地よく、俺を少しだけ冷静にさせる。
……みんなは、どうなった?
俺はあの光に飲み込まれてこの場所に来たのだろう。光の大きさからしてみんなが無事逃げ切れたというのは残念ながら考えにくい。
立ち上がり、辺りをキョロキョロと見渡すと、人の足が確認できてその場所まで向かう。
「みんな! 大丈夫か!?」
「あ、タクミ」
そこには雫たちみんなの姿があって、少しだけ安堵する。
「雫、無事か?」
「うん、なんとか。みんなも特には」
全員意識はあるようで、見たところ外傷も見られない。
「お兄ちゃん、なにこれ」
「妙、よかった。環もなんともなさそうで」
「どこなのここ? 急にどういうこと?」
「環、落ち着いて聞いてくれ。ここはたぶん、異世界だ」
「は? 頭おかしくなったんじゃないお兄ちゃん」
そう言われるのも無理はない。雫には異世界の話はしたことがあるが妹たちには一言も伝えていない。理解できないのがあたりまえだ。
「タクミが頭おかしいのは同意だが、環、それに妙。ここは紛れもなく異世界アルガルドだ」
周囲を警戒しつつ、アリアは淡々と告げた。アリアとは今日が初対面の二人だが、こういう状況で冗談を言うタイプではないのはこの短時間でも伝わっているだろう。
「そして、私とセイン様。エマの元いた世界でもある」
エマとセインもコクリとうなずいて見せる。
「そんな、じゃあお兄ちゃんがいなくなったのって……」
「こっちの世界にいたんだ。悪いな今まで言えなくて」
「異世界なんて、なにそれ。聞いてないし」
「落ち着いて環。大丈夫、大丈夫だから、ね?」
雫が環を抱き寄せる。いくら前に説明はしたとはいえ、いざ異世界に来るなんて異常事態、雫も不安に決まっている。
「タクミがいてくれるからきっと大丈夫だよ、ね?」
「雫……」
「さあて、大変なことになったね」
「エマ、ふざけてる場合じゃないぞ」
「お、やる気じゃんタクミ。流石元勇者。あの時の目つきが戻ってきたね」
「茶化すなよ」
エマに不安なんて微塵も見られない。
「よし、とりあえずなんとか帰る方法を探すしかないね」
セインは一つ伸びをしながら俺を見る。
「タクミのせいでこうなったとか、タクミがなんで私たちの部屋にいたのか。そしてなにをどこまで聞いて見ていたのか? 招き入れた人物が誰なのか、は一旦忘れて無事帰れてからたくさん話そう」
「申し訳ないみんな。俺のせいで……でもそうしてもらえると助かる」
「約束だよ。エマもわかった?」
「ごめんって。そうだね、一旦保留にしてもらえると嬉しいな」
「ちょっと待て。タクミお前、確かエマの部屋から出てきたよな? もしかして」
「アリア、また後でって。じゃないと死んじゃ……無事帰れないよっ」
言葉が剣呑すぎて言い直したセインだが、雫たちはゾッとして身を縮こませる。
「わかりました……。おい、無事むこうの世界に帰れてもその後は無事で済むかわからんぞタクミ!」
「すまん。ありがとう」
アリアは少し涙目で俺を睨んできた。それくらいのことをしたので、素直にお礼を言うしかない。
「とりあえず、タクミ。あの光はどこから出たの?」
「ああ、それは私が心当たりあるかも。たぶん、私の部屋のクローゼットの中に置いてた魔法アイテムのどれかがなにかの拍子で作動しちゃったんだと思う」
「クローゼット、おいタクミそんなところに」
「アリア、気持ちはわかるけど後で」
むう、とアリアは口をつむぐ。両手で胸を隠して恨めしそうに俺を見ている。
「転移系のアイテムで、これだけの人数を一度にってなると『リオスの鉤爪』しかありえないね。どう、タクミ」
「その通りだエマ。光ってたのは間違いなく『リオスの鉤爪』だった」
王国に伝わる七つの国宝。うち三つをアリアは携えて俺たちの世界にセイン奪還の為にやってきた。その中で、魔力なしでも転移魔法陣を形成できるリオスの鉤爪がこの状況を作ったと見て間違いないだろう。
「リオスの鉤爪にそんな能力あったっけ?」
セインが首をかしげる。確かに、本来のリオスの鉤爪ならそんなこと起こりようもない。
「ないよ。でも、本物じゃなくてうまいこと作られた偽物だったらどうする?」
「偽物ってエマなに言ってるの? あれはアリアがお父さんから直々に渡されたものでしょ?」
「そうだね。でも、偽物である根拠はある。ね、アリア?」
アリアに視線が集中する。アリアは黙ったままでなにも言わない。
「アリア、一回リオスの鉤爪使ってたよね? でもあの時、転移は失敗してアルガルドへは帰ってこれなかった。だから私たちと一緒に暮らしてるんだし」
「ちが、あれは私のミスで……」
「じゃあなんでもう一回試さなかったの? アリアのミスならまた挑戦すれば帰れるでしょ? アリアの気持ちはわかる。わかるけど、それが答えなんだよ」
しばし沈黙が流れる。国王を――国を疑いたくないのはわかる。セインにとっては家族だし、アリアにとっては生涯を身を捧げると誓った王国だ。
しかし、二人もバカじゃない。流石にエマの言い分が正しいことを理解したようだ。
「あれ、なんか霧出てきました?」
あたりが若干ながら白んでいる。妙の言葉でいっきに緊迫した空気になる。
「私には、見えない。ということは、」
アリアの言葉でこれは霧ではなく、魔力が漂ってるものだとわかる。アリアは魔法適性がないので魔力を肉眼で捉えることができない。
「タクミ、あいつのせいだ。たぶん」
エマが手をかざすようにして構え、臨戦態勢に入った。その先に一つの影が確認できる。
「なに、あれ……」
「環ちゃん、妙ちゃん、雫。私の後ろに隠れて」
セインがその辺にあった木の棒を持って三人を背中に匿って構える。
自然をなぎ倒しながら現れたそれは、熊のようでも、ライオンのようでも、ワニのようでもあった。
「魔獣、か。戦うのは久しぶりだな」
できれば二度と会いたくなかったがそんなことも言ってられない。
「来る、みんな気をつけて!」
エマの放った言葉と同時くらいに、魔物はまがまがしい咆哮共にこちらへ突進してきた。




