104話 夏休みへ
「明日から夏休みに入る。だが、お前らは高校2年。とても大事な時期だ。ハメを外しすぎないようにくれぐれも……お前ら俺の話聞いてくれてるか?」
先生は悲しそうな顔で教室を見渡す。
「もちろん聞いてますとも」「一言一句逃すことなく」
何人かがそれに応え、先生は「そうか」と納得いってなさそうにため息をついた。
「そんなこと言われるなんて心外ですよ。僕らはこうして真面目に先生の話を聞いているというのに」
修の言葉に「そうだそうだ」と何人かが声を上げる。
「だったらその、プレッシャーかけるのやめてくれるか? 先生だって一応、なに言おうか考えてこの場に立ってるわけよ」
修はきょとんした顔をして、
「ちょっと、なにをおっしゃっているのかわからないんですが……」
「じゃあ篠崎、その頭につけてるのはなんだ?」
「これですか? これは水泳のゴーグルじゃないですか。先生、一般教養ですよ?」
「そういうことじゃねえんだよ! なんで教室でもう付けてるのか聞いてんだよ!」
修の頭には水色のゴーグルがキラリと光っていた。言わずとも、今からプールに行くことがわかる。
うちの学校に水泳の授業はなく、プールは水泳部専用の施設となっている。それが、夏休みで水泳部が使用しない時間帯でなら使っていいという知らせがあり、みんな終業式が終わってすぐにプールへ向かおうとしているわけだ。
露骨に時計をチラチラ見たり、貧乏ゆすりしたり、机で指をトントンしたりして「早く終われ」とプレッシャーを掛けられた先生はたまったもんじゃない。
学校中の生徒がいっきにプールに押し掛けるので、ホームルームが早く終われば混雑を回避してプールにありつくことができるのだ。気持ちはわかるが、もうちょっと大人になるべきだと思う。
「拓実、そわそわしてる」
「ん、そんなことないぞ」
雫のやつ、俺があいつらと同じに見えるのか。俺はあいつらとは違う。何故なら既に海パンを履いているからな。さっきトイレで着替えてきたんだ。
奴らが着替えているのをよそに、颯爽とプールにダイブしてやるんだ。さぞ気持ちかろうよ。
「だってもう靴下脱いでるし」
「な、違うこれはクールビズだクールビズ」
「たぶん使い方間違ってる」
靴下は既にバッグの中。今はスリッパを裸足で履いている。
「拓実も学校のプール行くの?」
「ああ。だから今日は一緒に帰れないと思う。ごめんな」
先生にバレないよう、声をひそめて話す。学校のプールに行くことは朝も伝えてあった気がするが、気のせいだったか。
「いや、いいの。全然、楽しんできて」
「おう。任しとけ」
雫は友達と帰るとのことだったので、どこか寄り道でもするのだろう。ちょっと様子がおかしいがまあいい。
その後、プレッシャーを掛けられたはらいせに意図的に話を長くした先生(完全に俺たちが悪い)を尻目に、男子のほとんどがプールへと直行した。
「あ、タクミもプール?」
「お、セイ……姫宮さんも?」
教室を出る前にセイン話しかけてきた。後ろで何故かアリアが睨みをきかせている。
「ううん、私たちはこのまま帰るの」
「そっか。じゃあまた今度だな」
こういうイベントに食い付かないなんて珍しい。男ばっかで女子は警戒する気持ちはわかるが、セインは行きたがりそうなものだ。アリアあたりが止めたのかもしれないが。
「うん、また夏休み会おう!」
意外にあっさりと会話が終わり、少し引っ掛かりつつも教室を出る。少し出遅れてしまった。急がなくては。
「ちょいちょい。待ちなよタクミ」
廊下の端にエマの姿があり、ニコニコしながら手招きしている。
絶対なにか企んでいやがる。迷いつつも、ここは素通りを選択。見なかったことにして進んでいくと、
「女子の水着、見たくない?」
悪魔の囁きが聞こえ、俺はバックステップを踏んだ。
「お、エマじゃん。すまん、気づかなかった今なんか言った?」
「そういう素直なところ好きだよ」
エマはニヤニヤしながら俺に耳打ちする。
「は、そんなことが……本当なのか?」
信じられない言葉に耳を疑うが、
「いいから付いてきて」
エマは後ろで手を組んでゆっくりと歩き始めた。




