103話 宝の価値
「おいあったぞ宝」
男子トイレから出て、二人に宝とかかれた紙切れを掲げてみせる。
「なに。でかしたぞタクミ」
「ほんとだ! さすがだよタクミ! どこにあったの?」
「ああ。タイルと壁の中に挟み込まれてたんだ。さっきぶつかったときにタイルが剥がれてそれで見つけられたんだよ」
「お、ってことはあれだ、ケガの功名ってやつ!」
「まさにケガしそうだったしな」
よく見ると他のタイルと違って接着剤が少量しかついてなかったのでそもそも取り外ししやすいタイルだったんだろう。しかし、いったい誰がこんなわかりにくいところにこんなものを隠していたのか。
「とりあえず見るぞ」
宝と書かれた紙はいくつかの折り目がついていて簡易的な手紙の形状をしており、開けてみないと中がわからない。二人はずいと俺の両サイドに寄ってくる。
「おい、あまり近寄るな」
「それは普通にボケだよな? 寄ってきたのアリアじゃん」
「ふふん、両手に花だね」
「自分で言うな。その通りだけど」
アリアにバシッと肩を叩かれる。軽くよろけてアリアを見ると、なにごともなかったかのように俺の持つ手紙に集中していた。早くしろとのことらしい。
「よし、いくぞ」
俺はゆっくりと閉じられた紙を開いていく。紙が擦れる音が妙に大きく聞こえ、やがてなにやら文字が書かれているのが見えると軽く目を通し内容を確認する。
「ラブレターかな?」
「そのようですね」
二人の言う通り、中身は長々と書かれたある女性に向けた愛のメッセージが大半を占めていた。
「なんだ、この手紙にまた隠された宝へのヒントが――とか思ったんけどな」
「うーん、違うっぽいね」
「でも妙にまわりくどい言い回しが多い気がします」
「確かに。『あなたのその眩しいほどに白い肌は僕の薄汚れた心を浄化してくます』だって。すごい、そんな能力が」
「比喩だろ比喩。にしても酔ってるな自分に」
自分のしたためた手紙を「宝」と称すところもトイレの壁なんていう見つかりにくい場所に隠すところもだいぶ痛々しい。
「なんていうか、がっかりだね」
へらっと笑うセインに同調するように俺とアリアは苦笑した。ほんと全くその通りすぎて笑うしかない。
「しかもコイツ見た目のことばっか褒めてるよな」
「字も汚いのはいいとして丁寧さに欠けるな」
女性の中身を褒める言葉は一切なく、ひたすら顔がかわいいだのスタイルがいいだのと書いてあり、誤字があっても消しゴムを使わず黒く塗りつぶしている。この手紙が相手に見つからなくてよかったのではなかろうか。
「ちょっとあなたたち」
「あ……先生」
「こんなところでサボって……全く」
そうこうしていると、俺たちに図書室の整理を頼んだ榊原先生が現れた。腰に手をあててはあ、とため息をついて呆れた様子だ。
「先生、違います」
「なにが違うの赤羽さん。そもそもあなたが授業の妨害をして――」
「先生、これを見てください!」
話が長くなると感じたのかセインがバッと宝の地図を先生に見せた。言い訳をするよりもありのまま事実を言った方が早いと思ったのだろう。
「それがなに?」
「これ、図書室でたまたま本の整理してたら見つけて。それで気になって探しに来たんですよ」
セインはえへへと笑うが俺は冷や汗をかいて先生の顔色を伺う。そんな包み隠さずいうやつがあるか。榊原先生はダメなことはダメときっぱり言って注意してくれるタイプの先生だ。冗談を言ってくれることもあり親しみやすさもあるが、静と動を重んじ、情に流されず叱ってくれる。
「姫宮さん、あなた……」
怒号が飛んでくる覚悟を決め、俺は身構える。来るなら来い、俺はサボった二人を呼び戻しにきただけですと言い訳してやる。
「それ図書室で見つけたの?」
「へ? はいそうですよ。本に挟まってました!」
「ちょっと見せてもらっていいかしら?」
「はい、構いませんよ!」
先生は意外にも興味を示したようで、セインから受け取った手紙を観察する。
「……やっぱり。間違いないわ」
「なにがです?」
セインが尋ねると、しみじみとした表情で先生はゆったりと口を開いた。
「これ、私宛ての手紙なの」
「え、先生宛て?」
「そう。実は昔、私もここの生徒でね。その時、恋人が隠してくれたこの宝を見つけられなくてそのままになってたの」
先生の当時付き合っていた恋人はけっこうキザなことをするタイプで、この宝探しもそのうちの一つだったらしい。地図を学校のどこかに隠したというところしか教えられなかった先生は一生懸命探したがついぞ見つからず、そのことを忘れたまま卒業してしまったとのことだ。先生が在学していたのは20年以上前のことなので相当昔の話である。
「普通、地図を渡して宝を見つけるところからよね。なんで地図探すところからやるのって。そしたらそっちの方が見つけたときの感動がすごいよって言われるものだから私もなにもいえなくて」
内容だけに目を向けると不満を吐露してるようだが、先生の表情は段々と柔らかくなっていく。
「実はね、この彼が今の旦那なの」
「え、すごいすごい!」
「すごい、かしら。結婚した当初はそりゃ私も舞い上がっていたけど今はほとんど会話もなくてね」
「そう、なんですか」
セインはハッとした表情をして、申し訳なさそうに相づちをうつ。
「ああ、ごめんなさい。気を遣わせて。でもこの手紙を見て少し思い出したわ、あの頃の気持ち――彼を大好きなんだっていう純粋な気持ちを。だから、ありがとうねあなたたち」
手紙を胸にぎゅっと抱き、先生は微笑んだ。みなまでは言わなかったが、会話がない状態ということは離婚くらいまで考えていたのかもしれない。それを少しでも思いとどまらせることができたのだとしたら光栄だ。
「せっかくだし、中身も読んでみようかしら」
「あ、それは先生、やめた方が」
アリアが制すも、先生の手は止まらない。そりゃ手紙を見つけて中身を読まないでおくのは無理な話だ。だが、今回はその無理をきいてほしかった。
「だってなんて書いてあるか気になるじゃない。それに、手紙なんて貰ったことないもの」
先生は軽く鼻唄を歌いながら手紙を開いて目を通していく。俺たちは先生の表情が険しくなっていく様をただ見守ることしかできなかった。
別に手紙の内容はそこまで酷いものではない。キザな言い回しが多くて鼻につく感じはあるが、好きだという気持ちは本物でそれが胸焼けするほどに文章から伝わってくる。
問題は容姿を褒めることが大半を占め、今がこの手紙を書いてから20年以上経過していることだ。先生は自分のたるみが見え始めた頬を優しく撫でて神妙な面持ちで読み終えた手紙をじっと見つめている。
「せ、先生?」
恐る恐る声を掛けると、グシャッ! と手紙を握りつぶす音が響く。
「あなたたち、いつまでサボっているつもり? 早く図書室に戻って続きをやりなさい」
「「「すいません」」」
俺たちは三人ほぼ同時に先生と反対方向に踵を返し、図書室へと向かう。逃げると言った方が正しいか。
「あ、それと」
「は、はい?」
「今日は少し用事ができたから先に帰るわね」
「そうですか……はい、わかりました」
それだけ言い残して、先生はつかつかと廊下を歩いていった。
「申し訳ないことしちゃったね」
「なに、セイン様のせいではないです」
「なんだ、手紙を見つけた俺のせいか? それとも宝の地図を発見したアリアのせいか?」
「いや、今回は誰のせいでもない。ただ、学ぶべきは――」
アリアは窓の外に遠い目を向けた。
「宝というものは決して普遍的なものではないということだ」
「冒険のラストみたいなセリフだな。でも、否定はできない」
まさかこっちの世界に戻ってきてからこんな教訓を得ることになろうとは。
先生がいなくなった後、俺たちは図書室へ戻り、黙々と残りの作業をこなした。




