101話 アリアへの報復
「セイン様、冗談はこれくらいにしておきましょう」
「なんだアリア、怖いのか――実力の差が知れるのが」
セインは壁に常備されていたさすまたをアリアに投げる。戸惑いながら受け取ったアリアは、さすまたをぐっと握りしめ、戦闘の構えを取る。どうやら覚悟が決まったようだ。
セインは王女としての自分を隠し、王国の軍を率いる者として最近まで生きてきた。人前に出るときは言葉遣いにも気をつけ、被ると声が変わる鎧を身に付けて部下の前に立っていた。
俺がアルガルドに飛ばされ、冒険をする中で徐々に今の素の自分を出すようになっていったが、それでもこと戦闘においてはまだ昔の人格がひょっこり顔を出してしまうようだ。
「タクミ、誰か来ないか見張っておけ。すぐに終わらせる」
「……大丈夫なのか?」
「それは誰に対しての心配だ? お前は自分の心配だけしておけ。そこはまだ危険だ、もう少し離れろ」
視線はセインに向けたままで、アリアはしっしっと手を動かす。言われた通り、数歩下がり、誰か来ないか足音に意識を向ける。
「今のところ誰かくる気配はないな。無理すんなよ」
「わかった。任せておけ」
「話は終わったか?」
「ええ、今しがた。始めましょうかセイン様」
もう来るところまで来てしまった。俺が止めに入っても意味を成さないだろう。あとはアリアに頑張ってもらうしかない。
「それにしてもアリア、ずいぶん話すようになったじゃないか」
「……なんの話です?」
「とぼけるな。タクミとだよ。昔は一切口をきかなかった」
「業務連絡くらいします」
業務連絡て。本人ここにいるんだぞ。
「そうか。にしては無駄な部分も多い気がしたが」
「職場の雰囲気づくりも業務の一環かと」
「ほう。言うようになったな」
「動揺させて勝つつもりですか? そうしなければ勝てないと?」
セインは虚をつかれた顔をして、やがて不気味に笑い出す。
「ほんとうに、言うようになったな。いや悪い悪い。では――始めよう」
二人とも一直線に前方へ飛び出し、剣を交える。手に持つのは木の棒とさすまたではあるが、二人が相対する空間は緊迫感が尋常じゃなく、ここが学校だということを忘れさせた。
アリアの体の動きを利用して繰り出される剣技に、セインは余裕を持っていなしていく。自分からは仕掛けようとはせず、アリアの実力を見定めているような感じだ。
「前よりも勝利への執念が上がっているなアリア」
セインは攻撃を受けながら口を開く。それでも隙が生まれることはない。
「死角からの攻撃やふいをついた攻撃が増えた。相手の虚をつくような技をお前は嫌っていたはずだ」
「しゃべっていると負けますよ」
「説得力がないな。どこに勝ちの目が見える?」
「セイン様こそ、守ってばっかりでっ! 自分からふっかけて来た、くせにっ!!」
アリアの剣技がさらにスピードを増していく。アクロバティックな動きが更に攻撃を強化し、徐々にセインの体を掠めていく。
「おお、やはりお前は感情の起伏と比例して強くなる。こと好きな者の前だと特にな」
アリアの剣がピタッと止まる。そのまま後退し、セインから離れていく。
「……ええそれはお慕いするセイン様の前ですので」
「それは、ちょっと苦しいな」
「苦しい? どこか負傷されましたか? ではもう私の勝ちでよろしいですか?」
「おいおい落ち着け見てられないぞ」
アリアは早口になり、キョロキョロと視線をあちこちに飛ばしている。明らかに動揺していた。
「この際だから、お前の気持ちを確認しておこうと思ってな」
「どの際でしょうか?」
「この三人だけでいる機会もそう多くないだろう?」
「いえ、これからもっとあるんじゃないでしょうか? だから妙な企みはやめましょう? やめてください」
毅然に振る舞おうとするアリアだが、そう意識しようとすればするほど動揺が目に見えて表れていく。どうした、なにがあったんだアリア。
「まあそう遠慮するな。それでな、確証もなしに本人に言うのはどうかと思ったので剣を交えた次第だ。剣を交えたら相手の胸の内がわかるというもの」
「そんな特殊能力ないですよ。というかタクミ、いつまでそこにいるんだあっちへ行け」
「いや、でも誰か来るか見張ってないとだろ」
二人とも、もう戦う様子もないので見張る必要はなさそうだが、セインがなにを言うつもりなのか普通に興味がある。
「……一生のお願いだ。頼む」
「使いどころここで合ってるか? 頭上げろよ」
「合ってる。絶対ここだ」
「アリア無駄だ。もう遅い。覚えているか? お前が学校の体育倉庫に現れた時のこと。私はタクミがいることを失念し、長々と告白めいたことをしてしまった」
「ええ、もちろん覚えております」
「おいバカにしたな。もう後戻りしないぞ私は」
そんなことあったけど。俺も恥ずかしいからあんまり思い出したくない出来事だ。
「つまり、あの時お前が現れなければ私は恥ずかしさのあまり、気絶することはなかった。そのお前に何の報復もしないのはお前が申し訳ない気持ちのままでいたたまれない。そう思ったわけだ」
「いや、全然お気持ちだけで結構です。お気遣い感謝します」
「言っただろ、後戻りしないぞと。それでだ、お前の胸の内が知れたので、それを本人にお前の目の前で直接言ってやろう」
「セイン様、ご慈悲を……」
「アリア、好きなんだろ? タクミのことが」
信じられないセインの発言に、声を出せずにいた。その真偽を知るためにアリアの方を見ると、終わったとばかりに口をぽかんと開け、呆然と立ち尽くしていた。
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