98話 勇者の使命
「偽物って、どういうことだよ」
「どういうことってそのままの意味だよ。ほら、その証拠にアリアは帰るの失敗してるじゃない?」
「でもあれは魔法陣に不備があったってアリアが……」
アリアがアルガルドへ戻る為に魔法陣を発動した後、俺とエマは転移が失敗し気まずくなって隠れていたアリアを発見したのだ。その時は、自分の不手際だと言っていた。
「アリアはそう言ったかもだけど、アリアの性格知ってるよね? あのバカ真面目がそんなミスしないよ」
分かってないなあ、と呆れられる。
「それは俺も分かってはいる。でも、本人が言ってたし」
アリアが冷静でいる時は確実に失敗しないのは俺も冒険の中でよく目にしていた。基本、行き先を決めたり、交渉の機会があれば率先して前に立ち、その度に最善の選択をしてくれたお陰で魔王の元まで最短ルートで辿りつくことができたまである。
だが、リオスの鉤爪を使っている時は色々な迷いがあったはず。動揺がすぐ行動に表れてしまうアリアの一面も知っているので、やはり本人の言う通り、ちょっとしたミスで転移できなかったんんじゃないかと思ってしまう。
「違うよ。信じたくなかったんでしょ」
「何を?」
「自分がハメられたことに」
空気がピンと張りつめる。エマの言葉がずっとここら一帯に残り、何回も頭の中でループする。
「それって……あっちの世界の人にってこと?」
「お、察しがいいね雫。そう、ごめんね急にこんな話して」
俺の心にうっすらとあった疑問を雫が代弁してくれる。エマが雫にアリアが転移に失敗した経緯をざっくり話している間に俺はやっとの思いで口を開く。
「それは、ないだろ。普通に考えて」
「ま、気持ちはわかる。私もあんまり信じたくない」
エマの話が本当だと言うのなら、アリアはアルガルドからこの世界、ミラクレアの片道切符を往復券だと言われてやってきたということになる。セインとエマを連れ戻す目的でやってきたアリアは最初から任務遂行の可能性はゼロだったということだ。
「じゃあ何の為にアリアは……」
「さあね。それがわかればいいんだけど」
「アリアは、自分を疑うしかなかったってこと、なのかな?」
「そうなるね。リオスの鉤爪は国王から直々に渡されただろうし、偽物だなんて疑うのは国王を疑うも同義。なら自分のせいだって思うしかないんだよアリアは。そういう奴」
「じゃあ他の二つはどうなんだよ。他にも国宝託されてただろ」
「そう、後の奴はどうやら本物っぽいの。いやらしいことにね」
アリアが使っていたカルサス王国に伝わる七つの国宝のうち三つ。一つは自らの血をインクとして魔法陣を形成することで膨大な魔力と緻密な技術が必要な転移魔法を簡単に発動できるとされる「リオスの鉤爪」。
二つ目が、誰でも魔力を可視化させることができる「アトラの眼鏡」。
三つ目が身に付けていると外部からの影響を全く受けなくなる「トリネの羽衣」。
全部が偽物だったなら流石のアリアも国王を疑ったかもしれないが、内二つは本物となると確かに、自分のせいかもとなるのも無理はない。
「ごめんね長々とこんな話」
「いや、仕方ないだろ。たぶんこれ聞いてなきゃエマが一人でコソコソしてるの納得しなかったし」
「お、察しがいいね。私もそう思う」
「じゃあ二人には……セインとアリアにこのことは……言ってない?」
「そう。セインは肉親だし、アリアは国王を尊敬してるだろうしまだ色々調べてちゃんと納得のいく結果がでるまでは、ってとこだね。もちろん雫もこのことは内緒ね」
雫はこくりと深く頷いた。エマはそれをしかと確認し、ニコリと笑う。
「いやー、だからアルガルド戻ってからも中々に一悶着ありそうっていうか」
「そもそも勝手にこっちの世界来てるんだから怒られるの確定だろ」
「もうそれはまた別件としてだよー。嫌なこと思い出させないで」
頭を抱えて悩ましい風に見せるエマだが、あながち全てが演技というわけでもなさそうだ。それくらい、問題が山積みな状況なのは理解できた。
◇ ◇ ◇
「大変そうだね、エマ」
「だな。知らないところで色々やってたんだな」
いつもヘラヘラしてるエマだが、ああいう一面もあるから困る。
みんなが窮地に追い込まれたときも、反撃のきっかけをつくったり、凶悪な魔物や魔王に仕える幹部、果ては魔王の弱点さえも瞬時に見抜き、最後に俺をアルガルドから帰還させる指名も全うしてくれた。改めてエマの存在の大きさを実感してしまう。
「ていうかごめんな雫。せっかくデ……二人で遊んでたのに」
あれからエマと別れ、俺たちは歩いて帰路についていた。もうそろそろ家が見える頃だ
「仕方ない。逆に、よかったかも。みんなのこと知れて」
まっすぐとした目で遠くを見つめる雫は、すっきりした顔をしていた。エマからアリアとの一件を聞いたのがよりアリアのことを知れてよかった、ということか。
「みんなのこと知ると、その時の拓実のことも知れる」
「え?」
「だから別にいいの」
「……なんだよそれ」
「なんだろうね」
悪い気はしない。むしろ嬉しい気さえする。急にそんなことを言われたので、恥ずかしくてぶっきらぼうな口調になってしまった。
「つまり勇者タクミ。まだ使命は残ってるってことじゃない?」
「使命? でも魔王は」
俺は魔王を倒す為にアルガルドへ呼ばれたはずだ。目の前で魔王は倒したしもうその役目は果たしたつもりだ。
「勇者は、平和をもたらすのが目的、でしょ? 魔王はその目的を邪魔する敵ってだけで」
「そう、かもな。じゃあまだ俺は……」
魔王を倒したことで平和が訪れたと思っていたが、エマの話を聞く限り、それは仮初めのものである可能性が高い。そうなると雫の言う通り、使命は残っているかもしれない。
「また、もし、いなくなるなら……その時は事前に言ってね」
「そう、だな……」
この前転移したときは急すぎて別れの挨拶も言えなかった。それも雫の目の前で消えたからさぞ嫌な思いをさせただろう。
「早くいってくれないと針千本の用意が。それに多少筋肉も付けておかないと、ね」
「さっきの指切りのペナルティの話かよ!?」
「うん。約束は約束、だし」
なんかしんみりした感じだしてたのにそれかよ。拍子抜けして普通によろけてしまうところだった。
「ま、嫌なら約束、守ることだね」
「守る守る。絶対に約束だ」
雫はそこまで聞くとピタっと立ち止まる。なにごとかと驚いていると前触れもなく走り出し、そのまま家の玄関に吸い込まれていく。家のドアに手を掛けたところで、
「ありがとう。楽しかった。すごく」
閑散とした住宅街にギリギリ聞こえるかどうかくらいのボリュームで放たれた言葉たちがグサグサグサッと俺の体を貫く感覚が走る。
「俺も! 俺も楽しかった!!」
と遅れて言い終わる頃には雫の家のドアは閉まっていたので、全部聞こえていたかは定かではない。ただ、雫の家からドタバタとなにやら騒がしい物音がして、やがて消えてしまったのだけ耳で確認した。
「なにお兄ちゃん。近所迷惑」
しばらく呆然としていると妹の環が窓を開けて注意してきた。もう日も沈む頃だ、大きい声はよくなかったな。悪い悪いと玄関に向かう。
「お兄ちゃん、家にいるのも迷惑」
「じゃあどうしろって言うんですか妹さんよ」
「存在がもう迷惑」
「じゃあどこにいても変わらないな。よし、ただいまと」
妹の辛辣な言葉を軽く流し強行突破。環はなぜかムキになって玄関の扉を向こうから押し返してきて、俺が家の中に入れたのはそこから数分経った後だった。




