最終話 村の騒動と最後の一仕事
あれから3 ヶ月後、道路計画予定地において県と市合同で念入りな地質調査が開始された。地域住民はもちろん、隣町やそのまた隣町の住民もやって来た。更には日本の歴史研究学会や大学生、歴史マニアなども集まり、揚句には雑誌やTV記者までもが取材にやってくる騒動となった。
では一体、何故このような騒動になったのか?
ひとえに、”狐のような目をした古タヌキ” とも呼べるご住職 (……そんな事を言ったらバチが当たっちまうな)の仕業だが、ご住職は全ての檀家を訪ね、あらゆるツテを総動員して『修業僧が立ち寄った養生の村』との明白な事情の証拠と大供養を行うべき理由を県と市に叩きつけた。
所詮、90半ば過ぎの古寺坊主の戯言と適当に相手をしていた役所だっただけに、彼らのその驚き様は計り知れなく、私はその様子を眼前で見たい程だった。
程なくこの土地の道路計画についての話題が、さらなる話題を全国に招いた。
なぜなら子や孫から教わり、かろうじて『ネット』を使える私の世代(後期高齢者)の者達が一本指打法を駆使し、毎日実況中継を行ったからだ。動画サイトでは、おぼつかない年寄りの操作が笑いを誘い、それをきっかけに日本中から関心を寄せたのだ。
それでは、ご住職の策の元で何が行われたのか?
まず、ご住職は集めた大学や民間の発掘チームに古文書と現代の地図、県の道路計画をとことん照らし合わせる事を依頼した。そして墓石の跡などを掘りださせた。
村に造られた養生設備や、無念にもこの地で力尽きた修行僧達を手厚く葬った墓石だ。
数々の発見により研究心を掻き立てられた発掘チームは、とうとうこの地域に「霊道が存在する」と想像せざるを得ない物を掘りだした。
それは、地中深くに整然と並べられ納められた、おびただしい数の頭蓋骨。
計算されたように天の川に沿うように葬られ、さながら頭蓋骨の川となっていた。
驚くべき事に、この川では多くの霊が目撃され古くから霊道と呼ばれた土地とも多々重なった。
当然、私(次郎)の庭もその一つだ。
村の発掘調査の結果は、瞬く間に全国へ知れ渡り、道路計画を白紙に戻すべきだとの抗議が多々寄せられた。しかしながら既に、私とお寺以外全ての買収が済み、立ち退きもほぼ完了していた為、県と市は計画通りに続行するしかなかった。
予想はしていたが、彼らは多大な出費がかかる条件を飲まされた。工事関係者からは工事前に日本で一番手厚い供養を、地元住民からは年に一度 ”道を全面封鎖”して日本で一番盛大な供養を県と市の出費で行う条件だ。
ちなみに住職は、これらの条件の為に村人へ将来に渡り増税を課さない旨を、県と市に判子を押させた。
時が経ち、村には本来の静けさが戻った。
耳を澄まさなくても、風が畦道を撫でる音がする。
私はご住職に呼ばれ、古寺を訪れた。
本堂の庭先で茶菓子と茶を頂きながら世間話に花を咲かせた。
暫く相槌を打ちながら耳を傾けていたご住職だったが
話しに一区切りがつくと、私の目をしっかり見て話し始めた。
「次郎さん。わし達、生きてる者でなければ出来ない精一杯の事をやりとげました。
とても素晴らしい事です……ご供養は、生きている者達でなければ出来ません。
死んだ者は、生者へ助けを求める事しかできませんからの。
まあ、これに限らず、あらゆる事において生きている者達しか出来ない務めが多々あるのです。例えば次郎さん、貴方はわしらの為に、これからも健康で穏やかに元気に暮らして下さいませよ。
貴方は随分と痩せ細ってしまった。これまでの多大な心労、お察し致します。
しっかりとて疲れを癒して、わしらに元気な姿を見せて安心させる事も務めですよ……」
ご住職の、私を心からいたわる言葉は、私の目に枯れる事のない涙を溢れさせた。
本堂の木々の葉は、いつの間にか深い紅色に変わっていて風に吹かれては、はらりはらりと舞い落ちた。
遠くに見える山々も、もうすぐ冬が訪れると告げていた。
‐翌年 初夏‐
「庭をとーらせて下さい」
「ああ、いいよ。通りな」
「ありがとうございます」
「今、麦茶を用意するから、良かったら飲んで行きなよ」
「わあ! じいちゃんありがとう」
そう言うと、ガキどもはドタドタと私のいる居間に上がってきた。
「ヘルパーさん。悪いが、麦茶を入れてくれませんか」
「あ、はい。いつものグッと冷えたの入れますね~♪ 」
「おう! 頼むよ」
相変わらず陽気な彼女は、自分が彼ら<霊達>に覗き込まれている事に少しも気づかない。いつもの様に麦茶を入れ、昼飯を作り、片付けをして帰って行った。
そして私は、いつもの様に夕方に数十人の兵士達が通り過ぎるのを待ち、いつもの様に宅配の夕飯を済まして風呂に入り、いつもの様に床についた。
シャリン……シャリン……
なんだ? こんな夜中に。
この時間に庭を通る奴はいないはずなのだが。
シャリン…シャリン………シャン。
耳をすまして様子をうかがっていたら、私の枕元で音は止まった。
「恐れ入りますが、お庭を通らせていただけませんか?」
そう言った声は、今まで聞いた事の無いほど柔らかく透き通っていた。
「ああ、いいよ。通りな」
私は目をつむりながら答える。
「ありがとうございます」
すると、声の主が姿を見せる前に、いつもの元気で賑やかな声が聞こえて来た。
「じいちゃん! じいちゃん!」
チビどもが、私のところへ駆けてくる音がする。
こんな夜中に何事かと起き上がると、満面な笑みが私を囲んでいた。
「こんばんは!」
「じいちゃん、来たッスよ!」
チビどもだけではない。
OBやら、いつも庭を通る奴らのほとんどが居間に押し寄せていた。
「なんだい、今日はどうしたんだ?」
あまりの多さに私が戸惑っていると、妻が群集を掻き分けてヒョッコリと姿を現した。
柄にも無く、生娘のように頬を紅らめながら優しく微笑み私へ言った。
「アンタ……迎えに来たよ」
「ああ、そうか……」
私はゆっくりと布団から出た。
寝癖のついた浴衣を調え、帯を締め直す。
あの日の約束を決行する時が来たのだ。
「よし! 僕が全員を連れて行ってやるぞ!」
私の呼び掛けに、一同が一斉に歓声をあげる。
すると、私の前に優しく美しい手が差し延べられた。
それは、柔らかく透き通った声の主の手だった。
私がその手を掴むと身体がフワリと浮いた。
続いて妻がフワリと浮き、皆も浮いて一斉に私の後からついて来た。
すると、待ってくれと言わんばかりの勢いで、まだ私の知らない者達が遥か向こうの方からも、ずんずん集まって来た。
遠くの古寺から微かに響く、ご住職の読経を聞きながら
途絶える事の無い大行列が、ゆっくり ゆっくりと私の後を延々と連なる。
この晩、多くの者達が "皆が通る道" を通り、空高く昇って行った。
もしも生者がこの光景を見たならば
『無数の蛍の群れが夜空に向かって飛んで行った』
と思うだろう。
-完-