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【御礼小話】縁は異なもの味なもの 4


再びシルヴィアさん視点





ソフィとアルを送り出したあと、目の前に座るラルム侯爵は全身を舐め回すような気持ち悪い視線を寄越してくる。ルーク王子との一件以来、夜会で向けられる無遠慮な視線に辟易していたがこれはそれ以上だ。引きつりそうになる口角をなんとか持ち上げながら、「先ほど言いかけたことですけれども」と言葉を続けた。


「フィルニアス殿下からラルム侯爵にご伝言です。…これ以上は王家への反逆罪とみなす、と」


「なっ!?」


妙な音を立てて椅子ごと後ずさったラルム侯爵の頬の肉がぶるんと揺れる。揺れる肉が非常に見苦しいことは兎も角、うちのお父様は貴族であるための責任を果たすために仕事を遂行しているが、この男は何もかも捨て犯罪に手を染めた。民から搾取するのみで、自身はのうのうと生きる。それだけは私も許せない。


「わっ私は何も関係ない!!密輸など!」


「……私は一言も“ 密輸 ” とは申しておりませんが?」


ぐっ、とラルム侯爵が詰まる声がした。その目は憎々しげに私を睨みつけている。


「…小娘風情がワシの弱みを握ったつもりか」


さあどうでしょう、と含みを持たせる。

まだまだ勘違いをして、せいぜい“小娘風情”に踊らされるがいい。


「フィルニアス殿下は非常に聡明なお方。王として仰ぐお方として申し分ないほどですわ。そしてお仕えする上で感じましたけれど、殿下は不正を最も嫌うのです。…ラルム侯爵、貴方のような貴族をね」


「ふん。さすが、尻の軽い女は言うことが違う!ルーク王子からフィルニアス王子へと鞍替えするその図太さ、一体どんな手を使ったのやら」


「あら、ご存知ないのかしら。でも、ラルム侯爵ともあろうお方があの査問会に呼ばていないはずがございませんわよねぇ…。殿下方の名誉のためにも申し上げますけれど…私はフォード公爵家令嬢。王家の方々の絶対的な臣下として幼少の砌より忠誠を捧げております。…先ほどの発言は我ら公爵家をも敵に回すとみなしますが、よろしいかしら?」


貴族としての矜持だけは高く持っているラルム侯爵が、小娘ごときにここまで言われて我慢できるはずがない。畳み掛けるようにして言葉を重ねるうちにもラルム侯爵はプルプルと怒りで全身を震わせている。…あと少し、もうひと押し。


「密輸、横領、監禁、恐喝…挙げればキリがありませんわね。よくもここまで隠し通せたものですこと」


「ええい、黙れっ!!小娘、お前はここで───」


ついに激昂したラルム侯爵はバン!と机を叩いて立ち上がった。私はその怒気には全く動じなかったが、ソフィの作ったお茶菓子が犠牲になり僅かに眉をひそめる。


「私を殺しますか?あなたにそのような真似ができまして?」


「殺す?それも名案だが、お前が公爵令嬢であることに大いに利用価値があるのだ。ああ、そうだな…我が屋敷のコレクションの中に入れてやろう。さすれば、娘を救うべく貴様の父も泣いてワシに縋ってくるだろうな!イヒヒヒ、それがいい、それがいい!!!」


侯爵の発言を訂正しよう。侯爵は大きな思い違いをしている。私の父、フォード公爵家当主ヴィクトールはそのような甘っちょろい思考回路を持っていない。宰相という立場にある父は、国の障害となるならば自らの大切なものは切り捨てる。だからこそ信頼できるのだ。


「そして我が花嫁として屋敷に迎え入れてやろう!王子2人に侯爵、お前は男を誑かす悪女として歴史に名を刻むのだ!」


…さすがに、この発言にはイラっとした。父の命令ならば仕方ないと割り切れるが、個人的には死んでも嫁ぎたくない。


「お断りよ。どうしてもというならば、公爵家の者から了承を得ることね」


「この状況でお前がワシに刃向かえるのか?」


懐から持ち入れ禁止の短剣を取り出した侯爵はその切っ先を私に向ける。動じない私の様子に侯爵はにじり寄ってきた。


「殺さずとも。飼い殺しにはできるのだよ」


ピタリ、と首筋に冷たい刃が触れた。










◆◇◆◇◆◇








親族でもない男と、なぜ馬車に乗らなくてはならないのか。

正直言って、この状況は不快だ。


しかし、良かったと思えるのはこのバ……ラルム侯爵が大騒ぎをしながら王宮から私を連れ去ったことだ。誰の目には明確な行為は何よりの証拠になる。

2人きりになる事で近衞騎士が青ざめながら私を見ていたけれど、大丈夫だ。何故なら、私には姿は見えなくともソフィが付いているから。


正確には、ソフィがラルム侯爵に盛った遅効性の睡眠薬。もしとのことを考えて無色透明の液体をあらかじめ侯爵のカップ内に塗りつけてたのだ。今回はそれが功を奏し、無事に眠りの淵に落ちている。少なくとも馬車の内部でラルム侯爵に何かをされるということはないし、ソフィがかなり強烈なモノを盛ったのか、先程から目覚める気配もない。


爆走する馬車の小窓を気付かれないように開けると、後ろからは隊列を組んだ騎士が追いかけてきていることが確認できた。この分だと、騎士たちやソフィがすぐに向かって来てくれるだろう。



“ 危機に陥った際には使えるものは徹底的に、かつ、最も影響を与えられる選択をしなさい ”

フォード公爵家に伝わるありがたい教えのひとつで、公爵夫人でありがなら武官としてご活躍されたご先祖様の遺言である。しかし何があったんだ公爵夫人、と思わずにはいられない遺言である。


話がそれてしまったが、これもラルム侯爵一派を堂々と捕えるための演出だ。フォード公爵家の娘を白昼堂々連れ去ったとなると、フィニも大義名分を掲げて騎士や兵士を動かすことができる。査問会で事実を並べ立てるよりも、より影響力のある証拠となるのだから。


『シルヴィア、それは到底認められない。守られるべき存在が囮になってどうするんだ』


フィニに計画を伝えた時はとても苦い表情をされた。向かい合ってはいるものの、手で顔を覆っているため視線は合わない。呆れられていると理解したが、私だってソフィばかりに負担を強いるのは嫌なのだ。


『…最終手段として計画の一部に加えることをお許しくださいませ。それ以上は、私も譲れないものがあるのです』


『………わかった』


認めてくれたことが嬉しくて顔を上げるとフィニは見たことがないような、苦しげな表情をしていた。そして思いの外、距離が近いことに驚いて一歩後退するとグッと強く、支えられる。


『フィニ…?』


『万が一、シルヴィアがその作戦を取ったら俺は迷わず君のところへ向かう。……だから安心して、目一杯作戦に集中するといい』


抱き込まれた格好になり、耳元で囁かれたものだから妙にくすぐったいような気持ちになった。他ではあり得ない王太子の態度に勘違いしてしまいそうになる。

彼は王太子で、国益のために動いていることを忘れてはならないのに。


この時は『お気持ちだけいただきます』と伝え、グッとを腕を伸ばしてフィニから距離置き臣下の礼をとった。しかし、どうして私はあんな気持ちになったのだろう、とぼんやりしながら考えていると馬車が止まる。



「侯爵お疲れ様で───、は?」


扉が開かれて黒の衣装を身に纏った青年がポカンとした表情で私をみた。ラルム侯爵と私を見比べて、この状況をどうすれば良いのかわからないらしい。視線を向けられても困るのは私なのだが。


「侯爵は道中で眠ってしまわれたのですわ。余程、()()()のようですね」


にっこり笑って自己申告すると、私は馬車から降りる。ぐるりと辺りを見回すとソフィの報告にあった通り、豪勢な建物が並んでいるがどこなく澱んだ空気を感じさせた。玄関ポーチまで進むと、痩せた老執事が出迎えにやって来る。


「…いらっしゃいませ、お嬢様。ご案内いたします」


通されたのはやけに奥まった場所にある応接室。続き部屋には固く南京錠が掛けられている。


…なるほど、分かりやすい監禁場所である。


「どうか、お静かにお過ごしくださいませ」


そう言い残して老執事が退出する。ここにきて私に何の拘束もかけないということは、彼はすでに侯爵が裁かれる事実を感じ取っているのだろうか。それともただ、命令を待っているだけなのか。


老執事が退出してしばらくすると、扉の向こうからけたたましい叫び声が聞こえ始める。


「ー!、っ!…に……て!!」

「〜ー!、っ!ー!は…!」

「ーーぁっ!!!」


ドン、と扉に体当たりをするような激しい音も聞こえてきた。おそらくは、閉じ込められている女性たちがここにいる危険性を知らせているのだろう。その声に答えるようにして扉を数度叩いた。


「落ち着いて。落ち着いてくださいませ。そちら側には何人いらっしゃいますか?人数を、扉を叩いて教えてください」


僅かな間を置いて6回、音がした。


「ありがとう。アン、ナタリー、エレン、ルカ、サーシャ、リタで間違いありませんか?合っていたら1回、間違いなら2回、叩いてください」


トン、と確かに聞こえた。

フィニの機密文書やソフィの報告通りである。貴族に連なる出自を持ち、侯爵一派の台頭に従って羽振りが良くなった家の、遠縁の娘たちだ。そして本家の娘たちの取り巻きでもある。


「…わかりました。私はシルヴィア、現在フィルニアス王太子殿下の命によりラルム侯爵の摘発を行うべく動いています。もうすぐ騎士の方々と私の家の者がこの屋敷へ突入する予定ですから、どうか安心してください。私も共に離脱を───」


「それはなりませんぞ」


突然、静かで有無を言わせない声は部屋の入り口から発せられた。なぜと振り向いた瞬間、私の目の前にはあの老執事が現れた。不気味な執事からできるだけ早く距離を取ろうと動くが、体に小さな衝撃が走ったあと、ぐらりと視界が揺らぐ。


「シルヴィア・フォード公爵令嬢。あなた様には役に立っていただかなくてはいけないのですから」


「ーー!」

「そんな…!」


扉の向こうの彼女たちの声が遠ざかっていく。だんだんと意識が暗闇に落ちていく感覚に抗うことは叶わなかった。









大変長らくお待たせいたしました。

少しずつ活動を再開していけたらと思います。

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