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 薄紅の花霞。

 華やかな笑い声が響く中、私は困惑の極致にいた。


 御祖母様に言われ、参加することになった野宴だが、視線が痛い。

 たかが制服姿に何故ここまで注目されるのだろうか、主に女性陣に。

 それと、外国の招待客からもだが。こちらは主に若い男性陣だが。

 制服が珍しいのだろうか。


 いや、それよりも。

 注目を浴びることで次第に機嫌が悪くなっていく疾風が恐ろしい。


 今現在、不機嫌の極致と言ってもいい程だ。

 あからさまな殺気を振り撒きながらやたらと据わった視線で周囲を見渡すその姿は、余りにも……いや、何でもない。

 余計なことは言わぬが華だ。

 見ない振りをするのが賢明だろう。

 横に立たれている時点で見ない振りは難しいのだが。

 多少、救いと言えるのは、その対象が私ではないことだ。

 近づくなと言わんばかりの威圧を周囲に向けながらも、こちらは対象外のようだ。

 むしろ、いつも通りに過保護なまでに心配されている気配がする。


「えーっと、あの。疾風?」

 どうしたものかと声をかければ、不機嫌そうな表情からいつもの表情に戻り視線を下ろしてくる。

「どうした? 寒いのか?」

 ウェルカムドリンクもどきの桜湯が入っていた小石原焼の小さな湯飲みと私を見比べ、そうしてドリンクカウンターへと視線を向ける。

「ジンジャーティーでもオーダーするか? 膝掛けも用意したほうがいいか……」

 桜の木を見上げ、風向きや気温を探りながら眉間にしわを寄せている。

「いや。寒くはないんだが……こんな端に居て、いいのか?」

 そう。実は我々は会場である庭園の端にいた。

 いわゆる隅ではない。

 招かれた人々が交流している中央からは離れているものの、彼らの姿が見えないほどの場所ではない。

 桜が自慢の庭であるため、野宴の会場はとても広い。

 それは桜の根がきちんと張って、健やかに育つようにと必要な間隔を計算して植えているため、それだけの広さが必要なのだ。

 勿論、側で桜花を愛でたい方のために、根を傷つけずに近付けるよう簀子を渡殿のように渡してあるため、問題はない。

 荷重が一点に集中するのではなく均等に分散されるためより安全なのだ。

 人が歩き回って、根を傷つける心配もあるが、土を踏み固めるほうが大問題らしい。

 そう思うのなら桜を愛でる野宴などしなければよいと思うのだが、美しいものは皆で愛でなければ勿体無いという考えのようだ。

「主催者側への挨拶は終わったし、挨拶が必要な相手にも礼は尽くした。あとは適当な時間を潰して切り上げるだけだ。どこにいようと問題ない」

「そ、そうか……」

 きっぱりと、取りつく島もない口調で断言した疾風に視線を向けかけ、直視できずにそのまま泳がせる。

「花冷えって言葉もあるくらいなんだから、いくら制服が今回の学生参加者のドレスコードだとしても、女性にコートくらい着せるべきだろうに」

「だが、陽射しはそれなりに暖かいぞ。薄手でもコートを着れば汗ばむかもしれないし」

「あまり陽にあたっては肌が焼ける。傷跡が残りやすくなるともいうし、それにこの時期は、日向と日陰の温度差も大きい。少なくともコートは手に持っておくべきだろう」

 配慮がなさすぎると不機嫌顔全開で指摘する随身に、溜息しか出てこない。

 いささか攻撃的になっているのは、この野宴が気に入らないからだろう。

 見合いを意識した宴であるからこそ、疎ましいと思うのは、これはもう性だろう。

 こちらを見るな、近づくな、声をかけるな。

 疾風が殺気を込めて周囲にバラ撒いている圧力は、正しくそれだ。

 我々の立場を考えなければ、この野宴に意義はある。

 1対1の見合いでは、家格の差により断れない相手というものが出てくる。

 まったくその気はないのに、あるいは自分としては気が合いそうにないのに相手に気に入られてしまった場合、相手が上位の家であれば、断ると失礼に当たるのではないかと邪推し、躊躇している間に結納まで行ってしまったなどという困った状況が多発してしまうのだ。

 この状況を覆す方法がないわけでもないのだが、普通に考えればやれないというか、できないため、こういった宴を利用して相手を探す。

 そうして、参加したいと思わせる出席者が必要になるわけだが。

 その餌が我々だろうということだ。


 ご機嫌斜めな疾風をよそに、誰か知人でもいないかとそこかしこに配されたテーブル席に視線をやれば、こちらを窺っていたらしい人たちと視線が合う。

 軽い悲鳴というか、黄色い声を上げる方もいれば溜息をつかれる方、こちらに近寄ろうとして他の誰かに止められる方と反応は様々だが、知った顔はない。

「ん?」

「どうした?」

「いや。今回は外国の方が多いようだと思ってな」

 こちらに近寄ろうとした方の殆どが外国籍をお持ちの男性だったため、意外に思ったのだが。

 そう告げた私の言葉に疾風が顔をしかめる。

「なるほど、な。確かに、極上の餌、だろうよ」

 一言、一言区切るように呟いた随身は、ぎりっと歯軋りする。

 溢れ出す怒気は先程の比ではない。

 手負いの虎もここまで荒れないだろうという暴風雨振りだ。

「あ、いたいた! 瑞姫ちゃーん!」

 暢気そうなと表現したくなるような伸びやかな声が響く。

「……千瑛」

 振り向いた先には菅家の双子と誉、在原だ。

 彼らの到来に疾風が渋々と怒気をおさめ、息を吐く。

「いやあ、モテモテね、瑞姫ちゃん」

 にこっと笑って千瑛が言う。

「なんで目玉商品扱いなの、瑞姫は」

 千景がぼそりと呟く。

「やっぱり餌扱いされてたか」

「自覚あるところは、褒めるべきなのかな?」

 困ったように誉が笑う。

「褒めなくてもいい。最初から何となくわかってたし」

「ああ、そうなんだ」

 秀麗な顔に浮かぶ苦笑い。

 それすらも美しいと息を呑む気配が伝わってくる。

「それより、疾風の機嫌が悪くて怖い」

「怖いって思ってる人の態度じゃないけどね」

 くつくつと笑いながら在原が告げる。

「確かに、相良家の末姫といえば超レア商品だものね」

「千瑛、それ、褒めてない」

 姉の言葉を弟がすかさず突っ込む。

「だって、制服で来い、なんて。何を狙っているかと思うじゃない?」

 のんびりとした声音で言う千瑛の視線は、隙あらばこちらへ近付こうとする様子を見せる人々を牽制している。

 小柄で可愛らしい容姿をしているのに、こういう時の千瑛は容赦ない。

「まあ、見世物だということは最初から承知していたさ。男子生徒の制服を着ているのだから、普通ではないだろうし」

 私がそう言えば、一気に皆の気配が殺気立つ。

 あれ、何故だろう? わかりきったことじゃないか。

 首を傾げれば、千瑛と千景が苦笑する。

「まぁ、瑞姫ちゃんだし、仕方ないわね」

「仕方ないな」

 二人揃って肩を竦めて頷き合う。

「向こうにね、諏訪と大神が来てるわ。東雲の七王子を揃えて眺めたいんですって」

 その言葉に思わず顔をしかめる。

「王子じゃないし」

「……誰が見ても瑞姫ちゃんが一番、理想の王子様よ。間違いなく!」

 千瑛の言葉に残り四人がこくりと頷いて同意する。

「なぜ!?」

 納得いかずに問いかければ、疾風と誉が目を逸らす。

「僕も相手が瑞姫なら、僕を嫁にもらって! って言いたいよね。物理的には無理だけど」

 のんびりとした口調で在原がいう。

 ふわりと風が桜の枝を揺らす。

 長閑で平和な風景なのに、話題に納得がいかないのはなぜだろう。

「現実にいる生身の男なら粗が見えやすいけど、お伽噺の王子様なら実際にありえない理想を盛り込んでもおかしくないからね」

 千景が無表情に告げる。

「……粗? ありえない理想……?」

「ほら、武道場とか近付きたくなくなるような臭いとかするでしょ?」

「まあ、そうだね」

 体臭を言われてしまえば、ある意味どうしようもないだろう。

 元々の体質とか、食事などの生活環境とか、気付き難いところが関係しているものだし。

「逆に瑞姫はいい香りがする。女の子に対して、同性だから柔らかい対応になるでしょ? それに誰のものにもならないし。安心して眺めていられる」

「そういうもの?」

「わかりやすい理由のひとつだね」

 臭いは確かに距離を置きたくなるのでわかるような気がする。

 兄たちや親族では気になる臭いというものは感じなかったけれど。

「旧知の方や親しい方とそうでない方との対応の差はあると思うけれど、それはいいのかい?」

「自分が親しくなったら、あんな対応してもらえるんだっていう妄想できるから構わないわね、普通に。萌えに繋がるからいいのよ」

「萌え……」

 千瑛の言葉の意味がわからない。

 妄想まではいいけど、萌え?

「……君たちね。僕の可愛い妹のどこが王子様だというのかな?」

 首を傾げるところ頻りの私の背から冷え冷えとした声が響く。

 蒼褪めた誉や在原、微妙な表情になった疾風に背後に立つ兄の表情を察する。

 さぞかしイイ笑顔で怒っていることだろう。

 千景は無表情のままだが、千瑛は満面の笑みだ。

 いつもながらいい度胸をしている。

「少しばかり君たちと話し合う必要がありそうだ」

「……八雲兄上……」

 大人げない対応はしないでほしいと振り返って見上げれば、三の兄は優しげな笑みをこちらに向ける。

 その八雲兄上の背後には数人の男性の姿がある。

 見かけない顔だけれど、ご友人だろうか。

 不思議に思って彼らと兄上の顔を見比べると、八雲兄上の笑顔がさらに蕩ける。

「彼らがあまりにも不甲斐ないのでね、瑞姫に合いそうな友人兼恋人候補を紹介しようと思ってね」

 にっこりにこにこと見事な笑顔でさらりと告げる。

 本気だ。これは、正真正銘、本心から言っている。

「八雲様!」

 承服できかねると疾風が声を上げる。

「うるさいよ。瑞姫にはもっと広い視野が必要だからね」

 ぴしゃりと疾風を封じる間も、背後の方々は黙ってこちらの成り行きを見守っている。

 無駄に割って入らないところも彼らが八雲兄上のお眼鏡に叶ったところだろう。

「さて。こちらへおいで、瑞姫。向こうに席を設けたから、あちらで話そう」

 にこやかに告げる八雲兄上の言葉に私は溜息を吐いた。

 

 どうして、こうなった?

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