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 期末試験も終わり、結果が出た。

 何とか主席を取れたけれど、かなり上位陣の顔ぶれが変わった。

 大神は10位以下に転落、3位に誉と在原、5位に疾風、7位に千景と千瑛だ。

 学生生活も後半に入ったので、そろそろ本気を出してきたというところか。

 それはそれで気を抜けない処なので、もっと頑張ってミスを無くさなければならないと自分に言い聞かせる。

 まだ内密にしてあるが、外部受験なのでどんなに良い点を取ったとしても気は抜けない。


 クリスマスの準備も佳境に入る。

 オルガン補欠の私には、今回も出番がないだろうことは目に見えているのだが、とりあえずのお仕事はもらった。

 ソロである誉の練習に付き合うこと、だそうだ。

 音取りの為に鍵盤で誉の欲しい音を出すという役目だ。

 報酬は、誉の歌聞き放題という豪華さ。

 『声フェチ』だと言っていた瑞姫さんにとってはきっとかなりのご褒美だろう。

 私ですら誉の声は聞き惚れるのだから。

 喜んでくれるといいなと思いながら、今日も誉の練習に付き合う。

 声出しついでに最近ではいろんな歌を歌ってくれる。

 私がクラッシック以外はあまり詳しくないと言ったからかもしれない。

 今、人気がある曲だとか、洋楽だとか、さわりの部分だけを軽く口ずさんでくれたりするのだ。

 思わず感心すると、笑ってさらに歌ってくれる。

 こればかりは他の女子生徒たちに羨ましがられたが、歌の練習がある彼女たちは私と代わることができないので仕方がないと諦めてもらうほかない。

「瑞姫、寒くない?」

 誉が私に問いかける。

「………………」

 いや。もう、もこもこ過ぎて暑苦しいほどなのだが……。

 ソロということで、外で練習しているため、防寒対策は万全すぎるほどだ。

 本来ならば防音室の1つでも借りて練習するべきなのだろうが、敷地内にある教会は教室棟から遠く離れている。

 もし、合わせの全体練習があるとき、わざわざ呼びに来てもらうというのは少々不便だ。

 スマホは持っているが、防音室などは電波の通りが悪いため繋がらない可能性がある。

 そのため、手っ取り早くソロが練習できる場所として教会から少しばかり離れた林の中のベンチ付近に腰を据えているわけだが、やはり冬場の外は寒い。

 とりわけ私はまだ傷が残っている身だ。冷えると少々不具合を起こす。

 それ故に過保護なまでに体調を心配してくれる者たちが防寒具を手配してくれて、実に暑苦しい。

 ありがたいとは思っている。もちろん、そこまで気にかけてくれているということには感謝している。

 だが、限度というものがあるだろう。

 今、私の手許には膝掛3枚、ストール2枚があり、さらにロングコートを3枚掛けられ、イヤーマフにマフラー、手袋、ネックウォーマーまである。

 男子生徒用の制服を着用しているからいいようなものの、女子生徒用の制服であればこれにレッグウォーマーまで足されそうだ。

 それでも寒くないかと尋ねてくる誉も相当過保護だ。

 額に光る汗が見えないのだろうか?

 私にそんなことを問う誉は制服の身の薄着だ。

 発声練習の為にウォームアップを行っていたので、身体が温まっているからだろう。

 コート1枚、わけてやりたいくらいなのだが、声を出すのには厚着は不便だろう。

 したがって、私はただ黙り込む。

 私が微妙に不機嫌なことに気が付いたのだろう、誉は苦笑する。

「うん、ごめん。寒いんじゃなくて、暑いんだね」

 じとっとした視線で見上げていた私は、その言葉にこくりと頷く。

「暑いと言ったら申し訳なくて我慢してたんだね」

 その通りだともう一度頷く。

「……うん。そうだね、暑いよね」

 私から視線を逸らした誉の肩がふるりと揺れる。

「誉、最近笑いすぎ!」

「ご、ごめん……」

 ぷくっと吹き出した誉が身体を二つに折って笑い出す。

「や、可愛くて。何でそこで我慢しちゃうのかな……くっ!!」

「だって、そこまで心配されたら何も言えなくなるだろう、普通!!」

「それはそうかもしれないけど! 限度があるだろうに」

「あんなに心配されたら、心配させてる自分が申し訳なくて……せっかく用意してくれているものをいらないなんて言えないだろう」

「うん、そうだね。そうなんだけど……」

「……誉。練習しないのなら、私は帰るぞ」

「ごめんごめん! 練習するから! 練習、す……くっ……」

 こちらに視線を向けた誉は、再び笑い出す。

「……その笑いは、私がスノーマンだと言いたいのかな?」

 白いダウンコートを掛けられ、黒いイヤーマフと手袋、赤いマフラーをしている私は傍から見ればスノーマンのように見えるだろう。

 実はこのダウンコートのせいで身動きが取れないのだ。

 これは在原が無理やり着せてくれたため、ファスナーが生地を噛み外れなくなってしまったのだ。

 自分が着ているコートであるため、こういった不具合を解消するのは難しい。

 この状況に至らしめた在原は、意外と不器用なために投げ出して自分の練習に向かってしまった。

「わかった。俺が外すから……ごめん」

 ようやく笑いを抑え込んだ誉が私に手を伸ばす。

 在原よりも遥かに器用な指先がファスナーと生地を確かめるように触れ、慎重に解していく。

 無理をしないようにゆっくりと長い指がフックを摘まみ、そっと下す。

「ん。大丈夫だね」

「ありがとう」

「どういたしまし……てっ!」

 食んでいた生地を解いた誉に礼を言えば、顔を上げた誉と視線が合う。

 意外と至近距離だった。

 そう思った瞬間、ものすごい勢いで誉が後ろに下がる。

「ご、ごめん!」

「……何が?」

 何を謝っているのだろうか。

 瞬きを繰り返し、誉を見上げれば、深々と溜息を吐いた誉はしゃがみ込む。

「うん、そうだった。瑞姫だもんな」

「……だから、何が?」

「いや、いい。気にしないで」

「何を?」

「わかってないのなら、それで構わないから」

 何がいけなかったのだろうかと首を傾げれば、気を取り直した彼が立ち上がる。

「意識されていないということがよくわかったよ。ある意味、令嬢としては正しい姿だよな」

 やはり何を言っているのかがよくわからない。

 私の何が悪かったのだろうか。言ってもらえないと修正しようがないのだが。

「う~ん。よくわからないが、まあ、仕方がない。ところで、本番には間に合いそうなのか?」

「大丈夫だと思うよ。何とかなりそうだし」

「そうか。本番が楽しみだ」

「俺はその後が楽しみだけどね」

 くすくすと楽しげに笑い出した誉に、私は首を傾げる。

「何かあるのか?」

「ああ、うん。プレゼント、楽しみにしててくれ」

「わかった、楽しみにする」

 珍しいな、誉がこんなことを言い出すとは。

 橘の家を離れたからか、表面上は平坦だった感情を最近は割とはっきりと出すようになってきた。

 穏やかに笑って何を考えているのかわからないのではなく、穏やかな笑顔の中に嬉しさや楽しさが滲んでいるといった具合にだが。

 そんな誉の表情を葛城の郎女が遠くから嬉しそうに見つめている姿を見かける。

 まるで母親のようだと千瑛や千景が言っているが、未婚の女性にそれは些か失礼ではないだろうかと思う。

 たまに、彼女を見て、もしかして郎女はこっそりと真季さんとも繋がっているのではないかと考えることもあるが。

 そんなことを考えていたら、全体練習を告げる声がこちらに届けられた。

「行こうか」

 そう声を掛けあい、誉と一緒に教会の方へと歩き出した。




 石造りの教会は、何処か少し寒々しい。

 だが、その寒さを気にすることもなく、中は聖歌に対する熱気にあふれていた。

「瑞姫様!! 瑞姫様! 前田様と何をお話なさっていたんですの? とても良い雰囲気でしたけれど」

 誉と別れ、女声部の方へと足を運べば、幾人かの女子生徒に取り囲まれる。

「え? 誉と、ですか? クリスマスプレゼントについてですが」

「まあ、そうですの! 仲良さげな雰囲気の王子様御二方の語らい……萌えましたわ」

「……もしもし? 伊達の姫? 何を……」

 最近、少しばかり理解できない話が飛び交っているような気がするのは気のせいか?

「萌え、ですわ。瑞姫様! 胸キュンとも言うのです! 遠くから眺めていてもだもだするような甘酸っぱい心地のことを言うのです」

「は、はぁ……」

 わからない。うん、わからないが、何やらそこら辺の姫君たちは非常に満足したような空気を漂わせている。

「わたくし、王子と騎士の組合せがイチオシなのですが、王子2人も捨てがたいと思ってしまいましたの」

「わたくしは王子2人がオシですの。ああ、でも! 王子と中将様もよいと思いますわ」

 中将? 在原の中将のことか? つまり、静稀を指しているのか。

 だが静稀は在原業平ではなく在原行平の系譜だから中納言なのだが。

 いやしかしこの場合、王子というのは私だろうか、それとも誉だろうか。

 コンビを組ませて何をさせる気なのかと聞いてもいいのかな?

 姫君たちの空気がそれを阻んでいる。

 どの組み合わせが萌えるのかと口々に言い合っていた姫君たちは、私の方へと向き直る。

「それで、瑞姫様。前田様と岡部様、どちらの方がより好ましいと思われますか?」

「ええっと? どちらも私には過ぎた友人だと思っています。2人に後れを取らぬよう精進せねばと……」

「安定ですわね!」

「ええ! それでこそ、瑞姫様です」

「さぞかしジリジリなさっておられるでしょうね、殿方は。ですが、瑞姫様の安定っぷりが余計に萌えます」

「……安定……」

 何故だろう? 彼女たちは褒めているようなのに、貶されている気分になるのは。

 戸惑う私の手を阿蘇の姫がそっと握る。

「瑞姫様。わたくし共、乙女の普遍の夢、『いつか王子様が……』を体現なさっている瑞姫様をわたくし共は常に応援しておりますわ。例えお相手が王子様であろうと騎士であろうと瑞姫様がお幸せになるのでしたら、わたくし、涙を呑んでハンカチを握りしめようとも見守りますわ。でも、姫を選ぶのでしたら、どうぞわたくしに」

「ずるいですわ! ぜひわたくしをお選びくださいませ」

「ええっと皆様? 何をそんなにはしゃいでおられるのか、私にお教えくださってもよろしいのでは?」

 ものすごくはしゃいでいることだけはよくわかる。

 普段は淑やかに振る舞える彼女たちがここまではしゃぐのであれば、何か理由があるはずだ。

 そう思って問いかければ、彼女たちが一斉に天井を見上げる。

「あれですの! 瑞姫様、よくご覧になって。宿木ですわ」

 クリスマスの装飾を施された教会内部の天井の何ヵ所かに小枝が吊るされている。

 あれが宿木だろう。

 確か、ケルトの言い伝えで、地面に置かれない限り何人たりとも傷付けないという木で、聖なる木とも祝福の枝とも言われるものだったのが、いつの間にかキリスト教に取り込まれてクリスマスのイベントの1つになっているとか。

 本来は場を清める的な意味があったはずなのに、何故だか宿木の下に立った女性は男性からのキスを拒むと1年間結婚ができないとか言われるようになり、相手が誰であろうともキスを拒むことが出来なくなったようだ。つまり、嫌なら宿木の傍に近付くな、ということだろう。

 毎年これらの装飾は変わるから、今年は茶目っ気ある人が宿木を取り入れたということか。

「なるほど。近付かなければいいのか」

 了解したと頷けば、残念そうな表情をされる。

 『いつか王子様が』というのは童話のモチーフだろうが、私が彼女たちの理想の男性像に近いというのは瑞姫さんからも千瑛からも聞いたことがある。

 まあ、おそらくは瑞姫さんが彼女たちの理想の人だということだろう。そこは納得できる、ものすごく。

 私もあんな人になりたいと思わずにいられないからな。

 広い視野を持って、前を見続けつつも、周囲への気配りを忘れないというのは、本当に難しいことだ。

 それができるからこそ『大人』と言われるのかもしれない。

 いつ追いつけるかわからないけれど、頑張ろうという目標があるのは嬉しい事でもある。

 そこに辿り着いて初めて瑞姫さんにお礼を言えるのだと思う。

 そう思うのはいいとして、さて、この期待に満ちた視線をどうしよう。

 ある意味、彼女たちに宿木の下に引っ張り込まれるのではないかという疑念を払拭できない。

 そして、男子生徒達から少々恨みの籠った視線も投げかけられている。

 どうやってこの場を切り抜けようか。

「……あれ? 双子がいない……」

 友人たちの姿がないことに気付いた私は、悩んでいたことも忘れ、双子探しの旅に出ることにした。

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