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クリスマスプレゼントがすべて用意できた翌日、私はとある教諭に呼び止められた。
正確に言えば、私と疾風である。
そうして切り出されたのは実に名誉ある頼まれごとであった。
該当者がいないためにどうしても私たちに頼みたいと言われれば、断ることなどできないだろう。
疾風を見上げれば、少しばかり考え込んでいた疾風も私を見やる。
「……できるか、瑞姫?」
「やりたいと思う」
「そうか」
頷いた疾風が教諭に是と答える。
勿論、但し書きはあったのだが。
無理無茶などではないが、こちらの言い分を淡々とした口調で押し通す疾風の手腕には少しばかり驚いた。
取扱注意の内容を説明しただけなのに、教諭が涙目になっているのだがどうしよう。
とりあえず問題はなかったと思ってもいいのだろうか。一応、交渉成立な状態なのだから。
情報漏洩注意だけはお願いして、その場を立ち去る。
「……疾風」
「ん?」
「手入れ、しないとな」
そう告げれば、苦笑した疾風が私の頭に手を乗せる。
「はしゃぎすぎないようにしてくれ」
「了解した! 存分に楽しむために気を引き締めよう」
「………………それをはしゃいでるって言うんだよ」
どこか呆れたような呟きが降ってきたが気にしない。
頼まれた任務を完遂するために努力は惜しまないとだけ、言っておこう。
********** **********
クリスマス当日、教会には生徒たちがそれぞれの持ち場でそわそわと出番を待っていた。
それを端から眺めていた私は誰かにポンと肩を叩かれた。
振り向けば、満面の笑みを浮かべた在原の姿が。
「聞いたぞ、瑞姫! すごいなあ、道場の霊鎮めの役、回って来たって?」
「……どこでそれを?」
おかしいな。
疾風が厳重に情報漏洩をしないようにと注意していたのに。
「んー? 1年の間で話題になってるよ。僕もそこで小耳にはさんできたんだけど」
「ほー」
「……もしかして、秘密だったり?」
「情報統制していたな、疾風が」
「それが、バレてるって……」
私が言いたかったことがわかったらしい。
在原の表情が改まる。
「情報の出処が1年生だとわかっただけでも儲けものだな。お喋り小雀の末路はお伽噺ではどうなっていたっけ?」
「うっわ、こわー! 自分が悪いとわかってても怖いなー」
「それが『躾』というものだからね」
にっこりと笑って告げれば、寒いと怯える在原の姿が。
これから何が起ころうとも自業自得だ。
あの場で疾風は、申し出を受けたことを内密にしてほしいとはっきりと言った。
これは、万が一、周囲で聞いていた者たちにもあてはまることだ。
取扱注意の事項であり、情報漏洩になれば相応のことが起こると告げている。
一般的な見識があればそれがどういう意味を持つか理解できるだろう。
知ってしまった情報を迂闊にか、意図的にか他人に話せば、何が起ころうとも本人の自己責任の範疇になる。
わかっていて話したのだから、当然だ。
疾風はそう言うだろう。
そして、それを押し通せるだけの実力もある。
見事に炙り出すことだろう。
在原ではないが、御愁傷様と言ってやる。
「それで、瑞姫。霊鎮め、見ちゃ駄目なのか?」
「本来は人に見せるものではないな。あれは、神に奉納するものだ。だが、見てはいけないというものでもない。上座に行かず、入口付近で見学する分には構わないだろう」
「そうなんだ? じゃあ、見に行くよ。楽しみだな~」
「うん。見て驚け」
「……ちょっ! 瑞姫ちゃん、何する気?」
にやりと笑って私が言えば、ぎょっとしたように在原が問う。
「神に奉納するものが、普通だと思うか?」
その一言で在原は納得したように頷いた。
ようやく始まったクリスマスミサは実に荘厳なものだった。
この独特な空気は、信者でなくとも厳かな雰囲気に呑まれ感動するだろう。
ハーモニーが途絶えると、誉のアリアが始まる。
艶のある甘さを含んだ誉の声は、初めて聴く人には相当なインパクトがあるだろう。
冗談半分でリクエストしてみたジャコモ・プッチィーニ作曲の歌劇トゥーランドット『誰も寝てはならぬ』は絶品だった。
三大テノールの1人がシングルを出して驚異的な売り上げ記録を叩き出したという有名な曲だ。
原作は『千一日物語』で『千一夜物語』ではない。
中国の王女なのに名前が『トゥーランドット』っておかしくないか? と幼心に思ったが、トゥーランだけなら木蘭という名があてはまるし、昔の話だから深く考えまいと思った記憶がある。
まあ、それはさておき、世界的に有名なアリアなので誉も知っているだろうから、さわりの部分だけでもと頼んでみたところ、全部歌い上げてくれた。
三大テノールと比較しては駄目だろうが、それでも見事だと素直に思える美声であったことは追記しておこう。
瑞姫さん、歓んでくれるといいな。
そんな誉の独唱に息を呑んで聞き惚れる生徒の姿がここからでもよくわかる。
主に女子生徒だが。
彼女たちも声フェチなのだろうか。
それとも、単に聞き惚れているだけなのか。
まさかとは思うが、ひと聞き惚れでも起こして所謂恋の病とやらに突入しているのだろうか。
誉にとって厄介なことにならなければいいけれど。
葛城の郎女がいるから、大事にはならないか。
何というか、適度な距離感を保てれば、誉にいいマネージャーがついたなという感想に落ち着いた。
近すぎると厄介な相手だが、ある程度の距離を保てばそれなりにいい関係を作ることが出来そうだ。
味方ではないが、協力関係は作れるというような。
まあ、敵味方という考え方自体をするつもりもないし、慣れ合うつもりもさらさらないので、ある程度、距離を保つつもりではあるのだが。
そんなこんなを考えるうちに、歌が終わった。
割れんばかりの拍手。
自分自身への労いもあるだろうが、友人たちへの賛美もあるだろう。
練習という苦労を耐え忍んだ仲間たちとの共感もあるのかもしれない。
頑張ることを選んだからこそ得られる達成感や解放感。
それらが合わさって、感極まって泣き出す生徒もいる。
そんな生徒の肩を叩いて慰める者もいる。
暫くの間それを眺めていた私は、その場から離れる。
この後、ひと仕事あるからだ。
疾風に合図し、武道場へ行くと伝えた後、視線を流して唖然とした。
人だかりの向こうに見える柔らかそうな癖のある髪が縁どる横顔は、予想通り、誉のモノだ。
うん、見なかったことにしよう。
予想通りなのだが、予想以上に人だかりができている。
普段はおっとりとした姫君たちが、顔色を変えて前列を目指す姿は実に恐ろしい。
おそらく、誉は今頃困ったような笑みを湛えて、姫君たちの要求をかわしているのだろう。
こういう時は、同性の友人というものはあてにならない。
邪魔な存在として押しのけられてしまうからだ。
例え顔がよかろうと、家柄がよかろうと、ターゲットではない限り、相手にしては獲物を他の者に取られてしまうからだ。
菊花姉上に聞かされたとき、恐怖を感じたが、実際に見てみると、さらにその恐怖が増す。
あそこに割って入って、誉を救い出そうと行動する者は勇者だろう。
命懸けで友を助ける勇気が持てるか、などと言われたら、今回は持てないと答えるだろう。
相手が本来無力であるはずの女性、しかもうら若い姫君たち相手に無粋な真似はできないという理由をあげて。
そういうわけで、すまない、誉。
私は自分の仕事を全うするよ。
骨は、おそらく在原が拾ってくれるだろう。
まあ、その前に、葛城の郎女が掃討作戦を展開してくれるだろうから、その点は安心して待つがいい。
……頑張れ。
心の中でそう告げて、私は勇気ある撤退を断行した。
********** **********
儀礼用の道着に着替え、道場へ足を踏み入れる。
そこにはどで知ったのか、明らかに関係者以外の生徒たちの姿が所狭しと並んでいた。
思わず話を持ってきた教諭に鋭い視線を向けてしまったのは仕方がないだろう。
霊鎮めの儀式に歓声を出すような観客は御法度なのだから。
私よりも数段厳しい疾風の視線を受けた生徒たちが慌てて人員整理に乗り出す。
彼らは普段、この道場を使用している生徒達だ。
以前、疾風の指導を受けていた者も多いのだろう。
主に女子生徒たちを道場の外へと連れ出そうとしている。
「えーっ!! 何でですか!?」
不満そうな声があちこちで上がる。
「道場は私語厳禁だ。そのような声を上げる者をこの場に居させるわけにはいかない」
「ちょっと話すことぐらい、別にいいでしょう?」
「ならない。上座には神を祀る神域がある。つまり、神社と同じだ。君たちは神前でそのように声を上げて話すのか?」
多少脅しも兼ねているので大袈裟に言っているが、概ね間違ってはいない。
神前で声を出せるかと問われれば、怯む者が多数出てくる。
「霊鎮めの儀は、破邪の儀だ。場の穢れを祓うため、浄めた刃で切り裂く。つまり、万が一にここにいて怪我をしたのなら、それは君たちが穢れた存在だと神が判断したということだけれど、それでもいいのかな?」
いや、それ嘘だから!
前半はあってるけれど、後半は嘘だろう!
そう言いたいけれど、言葉を呑みこむ。
「怪我!?」
「真剣を使われるからね、あの御二方は。それだけの技量をお持ちだ。そして、この場に赦されるのは、何が起こっても怪我をしない者だ。彼らの刃を避けきれるのかい?」
運動神経の有無を問うたわけではないのだろうが、刃物を扱う危険性を指摘して追い出そうとする声に、さすがにこの場に残ることを断念したようだ。
物見遊山でやって来た生徒たちは仕方なさそうに道場を出ていく。
「……何故、道場に無関係な者がこの場にやって来たのでしょうか?」
そう問いかければ、教諭は困ったような表情を浮かべて首を横に振る。
「いつの間に知れ渡ったのか、ここを開けようとしたときにはすでにあの子たちが集まっていて……」
「道場に土足で上がるような真似を許したと仰いますか」
そう、彼女たちは裸足で上がるべき道場に靴を履いていた。
一応、道内の周囲は板張りにし、内側が畳敷きとなっているが、その板張りの上を靴のまま立っていたのだ。
本来許されるべき行為ではない。
そのような真似をしたのは、一般生徒の一部と葉族出身の女子生徒だ。
四族の女子生徒はこの場にはいない。
千瑛でさえ道場に顔を出すようなことはしないのだから、まあ当然と言えば当然だろう。
道場は武術の嗜みのない女人禁制という考え方が根強くあるからだ。
あとは、あまりにも汗臭い、男臭いので近付きたくないという衛生面的な嫌悪感があるからとも言える。
彼女達よりは免疫のある私ですら、男臭いのは眉をひそめてしまう。
とりあえず数日前から道場の畳を干して、痛んだものは入れ替えて、空気も入れ替え、掃除もきっちり隅々からしたと誇らしげに説明してくれた下級生もいたが。
非常に頑張った感が全面的に出ていたが、掃除をするのは当たり前のことだろうと少し残念な気持ちになったことは彼らの誇りのために内緒にした。
「瑞姫、いけるか?」
疾風が心配そうに問いかけてくる。
「大丈夫だ。きちんと身体は解して温めた。動きに支障はない」
ひとつひとつ確認して答えれば、「無茶はするな」とほっとした様子を見せながらも釘は刺してくる。
「わかった」
そう頷いて、布に包んでいた得物を取り出す。
その瞬間、どよめきが起こった。
「く……鎖鎌!?」
「初めて見た……あれ、使うのか!?」
「意外だ……てっきり刀だと……」
私が双鎖鎌を手にしたのがそれほど意外なのか、信じ難そうな声ばかりが上がる。
「そうだよなぁ。見た目詐欺に近いからなー」
納得したような声音で疾風が頷いている。
「見た目詐欺!?」
「どう見ても弓とか太刀とか、細剣が似合いそうな顔をしているのに、最悪の鎖鎌だし。しかも対の!」
「何故、最悪?」
「見た目のイメージが悪すぎる」
「そうか? 実用的だぞ? 最小限の力で最大限の効果を期待できるし、受け、流し、斬る薙ぐ投げる、絡める引き寄せる、何でもアリだ」
「だから、最悪なんだろうが、武器として」
攻めあぐねるという意味では最悪だろう。
双つあるとなれば、攻撃と防御が同時に行えるわけだしな。
実際、鎖鎌というのは、三日月型の刃と柄、石突部から続く鎖の先端に錘と呼ばれる星型のおもりがある。
星形というのは五芒星や六芒星のことではなく、球形、土星や木星といった惑星の形のことだ。
それゆえに錘のことを星と呼ぶ人もいる。
双鎖鎌の名の通り、私の持つ得物は対なのだ。
つまり、錘を繋げる形で1つの武器となる。
柄も独特で、通常の鎖鎌は刃の方に重心がくるが、私のものは柄に重心がある。
さらに、鎖鎌と言っているが実際は棍に分類される。
節棍と言えば分りやすいだろうか。
先端に三日月形の刃がついているが、これは取り外しが可能なのだ。
棍を連ねて柄を長くし、鎖を外して刃を大きくすれば大鎌になる。
刃を外せば節棍だ。
そして今は柄を短くし、刃を小さいものに換え、鎖を取り付けて双鎖鎌の形態をとっている。
柄には細かい装飾が施されており、見た目はとても美麗だ。
この装飾は滑り止めの役目を兼ねている。
疾風にも言ったが実用的なのだ。形態がその場に合わせて変えられることも含めて。
何故これを選んだのかというと、もちろん、これの扱いが得意だということもあるが、疾風の得物が槍だからだ。
柄に強いしなりを持たせた槍は性質が悪い。
普通に刀で対峙するには分が悪すぎるために、槍の特性を活かさぬようにする得物を選んだわけだ。
勝敗をつける必要のない霊鎮めの儀でも、そう簡単に捻じ伏せられるのは癪に障る。
いくらかでも分の良い得物を選ぶのは武を嗜む者としては当然のことだろう。
「……ホント、負けず嫌いなんだからな」
ぼそりと疾風が呟くが、聞こえないふりをする。
「神に捧げる功だ。華々しくなければな」
刃を収める鞘はつけたままだ。
興が乗れば外すこともあるだろう。
それは、私の身体が十分に動くならばということだ。
ついている刃は真刃だ。
軽く触れるだけでも相当な威力を発揮するだろう。
だからこそ、取り扱いには十分注意をしなければならない。
今道場に残っている者は、それなりに心得があるものばかりのようだ。
私が得物を手放すようなミスをすることはないだろうが、声を上げて応援などやらかすような者がいないことは助かる。
「そろそろ始めるか」
準備が整ったと見てとった疾風が私に声を掛け、それに頷き返す。
双鎖鎌を手に、私は道場の中央へと進み出た。




