第97話 世界間引越し準備
次の日、大学で手続きするために、また世界間を移動して、俺の部屋に行くことにした。
(ヒュン)
とりあえず大学を休学する手続きをすれば、2年くらいは向こうで暮らしても平気なはずだ。家賃とかの問題はあるが。
ただ、向こうとこっちがどっちなのかだんだん分からなくなってきた。なんか呼び方を決めないと混乱しそうだ。
「なあ、向こうとかこっちとか言ってるけど、世界の名前をつけないとだんだん混乱してこない?」
「たしかに行き来すると、分からなくなるわね」
「世界の名前プイ?」
「面白そうナノ」
「クルルとプリンが生まれた世界はテンが作り上げた世界と言っても良さそうだから、例えばテン世界っていう感じかな?」
「じゃあ、ヤマとモカが生まれた世界はヤマ世界プイね?」
「えっ、それはやめようよ。別に俺が作ったわけじゃないし、俺も向こうの世界に住みたいし」
「じゃあ、こっちの世界は誰が作ったノ?」
「えっ? 誰だろうな……」
「そういう人のことは知られていないわね。テンみたいな誰かすごい人が作り上げたわけじゃないのよ」
「困ったプイね。いい名前がないプイよ」
「そうね。うーん…… こっちではテンが生き残らなかったから、向こうをテン世界と呼ぶのはいいかもしれないわね。けど、こっちにあって向こうにないものがあるといいのかしら?」
「いっぱいありそうだけど、いい感じのものがないな……」
しっくりくる名前が浮かばないとは、いかに向こうの世界が良いかということだろうな。
テンは本当にすごい。
理想郷とまではいかなくても、それに近いものの礎を作ったわけだから。
(ん? 理想郷? 最近どこかでそう思った気が……)
俺が考え込んでいるのを、モカが優しい笑顔で見つめている。
そんなモカの顔を見て思い出した。
「あっ! あったよ! こっちにあって、向こうにないもの!」
「ん? なあに?」
「それはね…… 『黒光りする生命体G』だよ! だから、こっちの世界はG世界!」
「え……」
「なんかかっこいい響きプイ」
「……でも、それってヤマが苦手な虫じゃなかったノ?」
「そのはずよ」
「どんな虫だったプイ?」
「ん? これよ……」
モカはなんと恐ろしいことにあれを検索して表示している!
「……意外と普通の虫プイね」
「……これが怖いノね」
「でも、まあヤマがそれがいいならいっか」
「こっちの世界に未練が無くなる名前だしな!」
「うふふっ、ヤマらしいわね」
ということで、こっちの世界はG世界、向こうの世界はテン世界に落ち着いた。
◇
今日、G世界に来たのは、俺たちの大学に行って、休学の手続きをするためだ。そうしておかないと、テン世界でいろんなところに行く時間を確保できないからだ。
それが完了すれば、本格的に世界間引越しが可能になる。
大学まではちょっと距離があり、電車に乗る必要がある。お金はあるから、切符を買って乗ることになりそうだ。
さっそくG世界向けの格好になって、出かけることにした。
「クルル、プリン。今日は、乗り物に乗るわよ」
「ノリモノってこの前見たあれナノ?」
「あれともちょっと違うわ。一緒に行くわよ。はぐれたら危険だから」
本当は俺とモカだけで行くほうがいいのだろうが、2人を置いていく選択肢は俺とモカにはなかった。出来るだけすいている時間帯に行けばいいだろう。
「とりあえずラッシュは避けような」
「もちろんよ。この時間なら大丈夫よ」
朝、世界の名前を決めるのに、ずいぶん悩んだおかげで意外と時間が経っていた。
問題なさそうなので、家を出発した。駅までは徒歩数分と言ったところだ。テン世界では日単位で歩いていたから、数分なんて一瞬だ。
駅に着いたあと、久しぶりに切符を買った。俺とモカはカードを使ってもいいのだが、やり方が違うとクルルとプリンが混乱するから、今日は俺たちも切符だ。
「面白い紙ナノ」
「それなくすと困るから、あそこを通ったら私が持ってるわ」
モカがお母さんみたいだ。この先の自動改札機も初めてだ。人がいないタイミングを見計らって、通ることにする。
「これをこうやって入れるのよ」
(カチャッ)
「ナ!」
「こっちから出てくるから取るのよ」
「プリンもクルルもやってごらん。俺が最後に通るから大丈夫だよ」
(カチャッ)
(カチャッ)
2人とも無事に通ることができた。
(カチャッ)
「じゃ、行きましょうか」
この時間帯は人が少ないからはぐれる心配はなさそうだ。だが、乗り遅れたり、降り遅れたりするのはマズいなら油断は禁物だ。
しばらくすると、目的の電車がホームに入ってきた。
「すごい音ナノ……」
おそらくパンタグラフが電線と擦れる音のことだろう。我慢してもらうしかなさそうだ。
「さっ、乗るわよ。電車の中では静かにしててね。話し声がみんなに聞こえちゃうから」
((コクリ))
2人とも緊張気味だ。既にだまっている。
席はたくさんあいていたため、4人並んで座った。
電車が動き始めると、2人は外を必死に見ていた。
途中の家の多さ、人の多さ、踏切の音、電車が走る音、電車の中の光、電車の中でスマホを見ている人たち、ベビーカーに乗せられている赤ちゃん、すべてが珍しいものばかりだ。
◇
3駅ほど乗り、俺たちは電車から降りた。
最初の駅と同じように自動改札機から出るのだが、ここでも人の流れが収まるのを待ってからゆっくりと進んだ。
「ふぅ、あとは歩きで行けるわ」
「「緊張したプイ(ノ)」」
「なあ、今の俺たちなら電車乗らなくても普通に歩いて来れたんじゃない?」
「そう言われてみると、歩けたかもしれないわね」
「まあ、いっか。何事も経験だよな。それに、最悪、帰りは電車に乗らなくても帰れるし」
「え…… まさか、あれ使うの? 使う場所を間違えると危険よ」
「やっぱダメか……」
「さすがにやめましょうよ……」
「うん。分かった」
横着してユキさん家の離れに移動しようかと思ったがモカに止められた。誰かに見られたら危険だから、しかたがない。直接見られてなくても、監視カメラもあるし、当然と言えば当然の判断だった。
大学までは歩いてすぐだった。大学の中は大きな木も生えていて、クルルやプリンも少しは気分が落ち着いたようだった。
大学では窓口で紙を受け取り、必要事項を記入して提出した。
休学するには理由書が必要になるらしく、親に話している内容と矛盾しないように、海外での活動や社会貢献活動などを理由にした。許可が下りるまでには時間がかかりそうだが、今は気にしてもしょうがない。
それに、テン世界での生活次第では中退になってしまうかもしれない。最初から中退とする手もあるが、モカの頭脳を考えれば、今は休学して、あとで卒業させてあげたい気持ちが強かった。俺自身はどちらでもあまり変わらないが。
いずれにしろ、今は、俺たちには護り人という人の命を預かる大事な役割があるため、迷ってはいられなかった。
手続きを済ませ、1つやり切った感があった。それはモカも同じようだ。
「じゃあ、本格的に引っ越そうかしらね」
「そうだな。テン世界に持っていきたいものがあったら、あれに入れるから、モカの家にも行く?」
「そうね。あまりないけどね。それに、別に戻って来れないわけじゃないし、すぐに使いたいものだけね。たまに来て、髪を染めたり、お掃除とかしたほうが良さそうだし」
「そうだな。あくまで、中心となる拠点の引越しだな」
「そうよ」
「じゃあ、ここでやることも済んだし、家に帰ろうか」
「「分かったプイ(ノ)」」
◇
帰りは行きに比べて、クルルもプリンも落ち着いていた。だが、家に帰り着くと、どっと疲れが出たようだ。
「なんか疲れたプイ」
「私もナノ」
「お疲れ様。慣れないことをして疲れたわよね」
「じゃあ、一気にユキさんの家の離れまで帰ろう」
「そうね。お願い」
(ヒュン)
「やっぱりテン世界のほうが落ち着くなあ」
「ほんと、不思議よね」
「そうプイね」
「なんか身体を動かしたいかもしれないノ」
たしかに、G世界の生活は運動不足になる。
「プリンの言う通りだな。G世界にいると運動不足になるんだ。運動不足の護り人なんて最悪だから、気を付けないとな」
「テルさんたちの都合がついたら、メノヴィーアにでも行きましょうか」
「そうだな。あっ、モカの家から荷物取ってこなくて大丈夫?」
「そうね。それだけ、休憩したら今日中にやろうかしら」
◇
しばらく休憩して、エネルギーチャージした俺たちは再度G世界に行くことに。
(ヒュン)
「今度はモカの家に行こう!」
「「楽しみプイ(ナノ)」」
「私の家はすぐそばなの。歩いていけるわよ。その前にヤマの家からは持って行く物はない?」
「ん? 俺の家からは無いかな…… 服はテン世界で買えばいいし、スマホは役に立たないし。そもそも電気が使えないからほとんど役に立たないものばかりだな」
「そうね。じゃ、行きましょうか」
モカの家に行くのは久しぶりな気がする。もちろんずっとテン世界にいたのだから当たり前なのだが。
歩いて数分もしないうちに、モカの家に着いた。
「入ってちょうだい」
モカの家にみんなで入った。
俺たちは座って休憩することにした。
その間に、モカが持って行くものを集めている。と言っても、料理やお菓子作りの本と、一部の洗面用具などが中心だ。これまでは全部記憶だけでお菓子を作っていたわけだから、さすがモカとしか言いようがない。
「いろんな本があるプイね」
「そうよ。材料が揃わないかもしれないけど、いつか作れるようになるかもと思って」
「みんなで研究するノ」
「そうね」
モカが持っていこうとしている荷物などを見ていてふと気付いた。モカはスマホを持っていないのだ。
「あれ? そう言えばスマホは?」
「ん? ヤマの家で充電中よ。そうすれば、私の家までわざわざ歩いてくる必要ないじゃない」
「なるほどね」
そう言われてみると、俺とモカの2つのスマホが充電器に挿してあった気がする。
「本当はこの家も引き払ったほうがいいかもだけど、それはそれで大変だから、落ち着いたらね」
「そうだよな。1つ家があれば十分だもんな」
「うふふっ、そうよね」
モカが指輪をさすりながら答えた。
どうやらちょっと違う意味にとらえられたようだ。俺は単に接続先は1個だし、という意味だったのだが。モカの考えを否定する必要は全くないからやめておこう。
そのあと、モカが集めた物をインベントリにしまった。これで、引越し準備はすべて完了だ。
「じゃあ、俺の家に戻ろうか」
「えっ? ここからユキさんの家の離れに行きましょうよ。ここからなら安全に移動できるわ」
「あっ、なるほど」
靴を手に持ち、準備した。
(ヒュン)
モカの家から、ユキさんの家の離れに移動した。
これができるということは……
「ん? なあ、モカ。仮に今ここからまたG世界に行くと、俺の部屋につながると思うんだけど、それって、モカの部屋から俺の部屋にほとんど瞬間移動したことにならない?」
「たしかに!」
「だよな」
「それすごい発見よ。だって、例えばここからメノヴィーアに行ったあと、メノヴィーアからヤマの部屋経由でここにすぐ来れるわよ。戻ってくるほうは一瞬よ!」
「それって、テン世界の都市それぞれを覚えられたら、都市間を瞬間移動できるよな」
「すごいわ」
「まあ、そんなに覚えておくのも大変だし、運動不足になりそうだから、とりあえずやめとくけど」
「そうね。必要に迫られてからでいいと思うわ」
引越しに向けて何回か世界間を移動していたおかげで新たな便利魔法を覚えた気分だ。まあ、もともとヤマ魔法と言われているわけだが。
◇
引越しを終えた俺たち。
これまでは並行世界研究所を目標にして進んできたが、その勢いで、ユキさんたちとも仲良くなれた俺たち。
ここからはまた違う目標に向かって進んでいくことになりそうだ。
「なあ、モカ。次の大きな目標ってなんだろうな?」
「いっぱいあるわね。西に行くっていうのももちろん大きな目標だけど、やっぱりキメラをなんとかしたいわよね。キメラが凶暴な謎が解けないと、いつまでも護り方を変えられない気がするわ。毎回、一部のキメラを犠牲にしないといけないのも嫌よね」
「そうだな。キメラとも仲良くするのが究極目標だもんな」
「そうよ。あっ、どこかにあるはずのスミロ人の村にも行って、仲良くならないとね」
「おっ、そうだった。仲良くならないといけない種族がいっぱいだな」
「うふふっ」
「「ヤマらしいプイ(ノ)」」
新たな目標に向けて歩みだした俺たちだった。
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