第96話 帰還生活初日
モカのスマホの充電がそれなりにできたので、モカは服を着替えてから、荷物を取りに出かけた。
もちろんグラディウスはインベントリにしまっておいた。
荷物が多いなら一緒に行ってインベントリに入れることも考えたが、クルルとプリンを残していけないため、最初はモカだけにすることにした。
どうやらモカはクルルとプリンが外出できるようにするための服も用意するつもりのようだ。
ついでに、飲み物なども買ってきてもらうことにした。冷蔵庫の中身は絶望的だったからだ。
モカが出かけている間、世の中でどんなことがあったのかニュースを少しだけ確認したあと、スマホを使って、クルルとプリンにいろいろレクチャーすることにした。
まず、どうしても見せたかったのが、モルモットとウサギの動画だ。
「これがこっちの世界のモルモット、向こうの世界でもともとモルと呼ばれていた動物だよ」
「か、かわいいプイ! 小さいプイ! プイプイ言ってるプイ!」
野菜を頬張っている動画に2人とも見とれている。
「じゃあ、次は、これがウサギだよ」
「こっちもかわいいノ! もふもふナノ!」
こっちも野菜を頬張っている動画だ。
「ウサ人もモル人も野菜が好きなわけプイ」
「ほんとそうナノ」
「だよな。でも、こっちの世界にはキメラも亜人もいないんだ。だから、みんな人間と合わさる前の姿なんだよ」
「ねえ、イヌ人やネコ人は? あと、スミロ人は?」
「イヌやネコはこれとかこれとかかな」
「こっちもかわいいノ。いろんな種族がいるノね!」
「あっ、これボコ隊長たちと似てるプイ」
「こっちはゲンタに似てるノ」
イヌ、ネコを見てはしゃいでいる。
「スミロはこっちの世界では昔に絶滅しているんだよ。こっちではスミロドンって呼ばれていて、こんな感じだっただろうって予想されているんだ」
「そうプイか……」
「たしかに牙は似ているノ……」
その他、ウシ、ブタ、ニワトリなど、キメラになった動物たちの元の姿を鑑賞した。
◇
ひと通り見終わった頃にモカが帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。これ持ってきたの。似合うといいんだけど」
持ってきたのはフード付きの服だ。これなら耳や髪を隠せる。これならこっちで着ててもおかしくなさそうだ。
「よくクルルのサイズがあったな」
「あっ、それは今急いで買ってきたの。さすがに持ってないわ」
「そうだったのか。ありがとう」
「いいのよ。ヤマたちは何してたの?」
「かわいい動画を見てたんだよ。モルモットとかウサギとかの」
「なるほどね」
「こんなかわいい動物だったなんて知らなかったプイ」
「そうナノ」
「クルルとプリンもかわいいじゃない。ねえ、ヤマ」
「もちろん。3人ともかわいいよ」
「「うれしいプイ(ノ)」」
「うふふっ」
そのあと、モカが買ってきてくれた飲み物を飲みながら、今日の予定を確認することに。
「今日はとりあえず、プリンとかを買いに行きましょう。あっ、向こうで言うプルンね」
「びっくりしたノ」
「今日はそんな感じでゆっくり過ごして、明日大学に行って手続きしましょう。それで、安心して、向こうの世界で暮らせるわよ」
「そうだな、そこまでしないと戻ってきた意味がないよな」
どこか他に行くところがないかを考えていたのだが、我ながら良いことを思い付いてしまった。
「なあ、モカ。その……」
「ん?」
「気軽に行けるアクセサリー屋さん無いかな?」
「えっ? まさか、指輪買ってくれるの?」
「……一応、そのつもりなんだけど」
「「?」」
「こっちの世界では、夫婦は左手の薬指に指輪をするのよ」
「「ほしいプイ(ノ)!」」
「でも同時に4人が買うのは珍しいわね。ちゃんとした結婚指輪じゃなくて、カジュアルなアクセサリー屋さんにしたほうがいいわね。そこも行きましょう!」
◇
俺たちも服を着替えた。クルルとプリンはフードを被れば全然気付かれなさそうだ。
「じゃあ、行こうか」
「そうね。もし、被っているフードが取れちゃって変な顔されたらコスプレってことにするわよ。あとは、クルルはプリンの妹ってことでいいかしら」
「しかたないプイ」
「よしよしナノ」
プリンがクルルの頭を撫でている。こうして見ると、たしかに姉妹に見えるかもしれない。
いよいよ、こっちの世界デビューだ。と思ったら、玄関を出たところで、さっそく2人が止まっている。
「建物がいっぱいナノ」
「どこまで行っても建物がある感じプイ。それに、すごく人がいる気配がするプイ」
「そうよ。あっ、2人は田舎から出てきたことにしましょうか」
「それがいいな」
「イナカって何プイ?」
「簡単に言えば人が少なくて自然豊かな地域のことよ」
「「分かったプイ(ノ)」」
まず目指したのはコンビニだ。
(スー)
「ナ!? 扉が開いたノ」
「自動で開くのよ」
「すごいノ」
「おいしそうなものがいっぱいプイ」
さっそくスイーツコーナーに夢中だ。
「これがプリンよ」
「プルンそっくりナノ」
「そうよ。材料はちょっとだけ違うけど、大体同じになるようにしたのよ」
「この丸いのは何プイ? シュークリームって書いてあるプイ?」
「そうよ。カタカナは読めるわよね」
「フワフワの生地の中にクリームが入っているんだよ。これも買おうか」
「いいわね」
他にもコンビニの中を眺めた。アイスやスナック菓子など、見たことがないものばかりで、2人は目をキラキラさせていた。
コンビニで買い物をすませた俺たちは少しだけ付近を散歩する。
「少し歩いたら家に戻って買ったものを食べましょう」
「そうだな。と言っても、見て面白いものはあんまりないかもしれないけど」
「ね、ねえ、あの大きなものは何プイ? 中に人がいるプイ」
「あっ。あれが車よ。前に言わなかったかしら? 長い距離を早く移動できるのよ。もうじき動くわよ」
信号で止まっていた車が走り始めた。流れ始めた車の動きを見て2人はさらに驚くとともに、まゆをひそめた。
「は、はやいノ……」
「な、なんかくさいプイ……」
排ガスは鼻が良い2人には辛そうだ。そうか、そもそも乗り物自体が向こうには無かったんだった。ということは……
俺は空を見上げて探した。ちょうど飛んでいてくれた。指差して説明する。
「あそこに飛んでるのが飛行機だよ。人がたくさん乗っているんだ。ああやって空を飛んで遠くまで行くんだ」
「ものすごく高いところを飛んでいるプイ」
「私もあんなには飛べないと思うノ」
そのあとも、歩きながらほとんどすべてのものに驚く2人。だが、しばらくして2人はとても重要なことに気付いたようだ。
「木や草が少ないプイ」
「私も気になったノ」
「そうなんだよな……」
「良いところに気付いたわね。人が増え過ぎて、木や草、人間以外の動物までも減っているのよ」
「地面も硬いノ」
「車が走るために固めちゃっているんだ」
「地面の中にいる生き物はどうしているプイ?」
「出てこれなくて苦しんでいるかもしれないな……」
「「……」」
クルルとプリンはほんの数時間で、現代社会の負の面を感じ取っている。亜人だからなおさら感度が高いはずだ。
きっと現代社会に生きる人間以外の動物にとってもそうなのだろう。
ちょっと落ち込んでいるクルルとプリンを見て、一旦家に戻ることにした。
◇
家に戻り、少しリラックスできた。
俺とモカもしばらく向こうにいたせいで、こちらの世界にストレスを感じたようだ。
「はぁ。ちょっと2人には刺激的過ぎたかしら」
「そうだよな。俺もなんか疲れたよ。明日行く大学はまだ緑があって開放的だからマシじゃないかな」
「そうだといいわね。私たちも向こうの世界にしっかりと馴染んでいたのね」
「向こうは過ごしやすいからしょうがないよ」
「そうね」
気分転換になればと、さっそくプリンとシュークリームを準備した。お菓子を目の前にして、2人は元気になった。
「おいしそうプイ!」
「食べてみるノ!」
(パクッ)
「ナ! おいしいノ! モカプルンと似てるけど、ちょっと違うノ」
(パクッ)
「ほんとプイ!」
「同じ卵でもニワトリの卵を使っているの。こっちではキメラになっていないから」
「ヤギ乳じゃなくて牛乳だしな」
「これを向こうで再現させたプイね」
「そうよ」
「やっぱりモカはお菓子の神様ナノ」
次にまだ食べたことのないシュークリームに手が伸びる。
「ふわふわプイ」
「壊れちゃいそうなほど柔らかいノ」
「今度は私からいくプイ!」
(アムッ)
「プイィ! おいしいプイ! とろとろプイ!」
「ナ! 私も食べるノ!」
(アムッ)
「おいしすぎるノ!」
「うふふっ、シュークリームはまだ向こうで作ってないから、初めてよね。クリームがおいしくできてきたし、バターまでできてきているから、向こうで食べられる日も近いわよ」
「「すごいプイ(ノ)!」」
みんな、あっという間に食べてしまった。この調子でこっちのお菓子に慣れてしまうと向こうに戻ってから禁断症状が出そうで危険だ。
「あんまり食べ過ぎないほうがいいかな。こっちの食べ物は刺激的過ぎるよな」
「そうよね。向こうのお菓子の良さを感じられなくなると問題だわ」
「たしかに、刺激的ナノ」
「向こうに持って行くのはやめたほうがいいプイ」
便利過ぎたり、豊か過ぎるのも問題だと改めて感じる。そんな中、ふと思い付いた。
「なあ、基本的には向こうで暮らして、必要なときだけこっちに来るのはどうかな? クルルたちも気付いたと思うけど、向こうのほうが空気はおいしいし、木や草も多くて過ごしやすいと思うんだよ」
「私もそう思っていたところよ。向こうでやり残したことも多いし、逆にこっちでやりたいことって、そんなにないのよね……」
「まあ、長い目で見たら、こっちに来たときに使えるお金を稼がないといけないから、悩ましいけどね」
「そうね。まあ、それはゆっくりと考えましょう」
「だな」
もう俺たちも生活のベースをこっちの世界にするのが難しいと感じてしまっていた。
向こうの世界のほうが何かと不便なはずだし、キメラがいて危険なはずなのに。
「じゃあ、おやつも食べたことだし、次のお買い物行こうか」
「そうね。今度は通る道も考えるわ」
「そうだな」
人がそれなりにいるのはいいが、無機質なところはストレスがかかりそうだからだ。並木がある道を選び、商店街にあるカジュアルなアクセサリー屋さんに行くことに。
◇
アクセサリー屋さんには安い指輪や鉱石などが売っていた。普段、俺はこういうところに縁がなかったのだが。
「すごいノ。きれいなものがいっぱいナノ」
「指輪はこれプイ?」
「そうよ。指に合うものを選ばないとね」
俺たちは出来るだけシンプルで、武器を持ったりするのに邪魔にならないような指輪を選ぶ。こういう店ならクルルに合うものも置いてあった。
「なあ、俺が代表してレジに行ってくるから待っててくれない? 4人で行くのはちょっと」
「そうよね。お願いね」
ちょっとドキドキしつつ、指輪4つを購入した。特段変な目で見られることはなかったから良かった。
お店を出て、みんなに指輪を渡した。初めての指輪だ。3人ともうれしそうだ。
「うふふっ」
「ププッ」
「いい感じナノ」
まさか、第1、第2、第3夫人という肩書だとはこっちでは誰も思うまい。単なるアクセサリーにしか見えなさそうだ。モカを除けば。
「じゃあ、今日は帰ろうか」
「そうね」
「「分かったプイ(ノ)」」
◇
俺の家に着いたあと、靴を持って、ユキさんの家の離れに移動する。
(ヒュン)
「ふぅ、やっぱり空気が違うよな」
「私たちでも分かるくらい違うわね」
「向こうの世界はなんか空気がくさいプイ」
「そうナノ」
「こっちで暮らさないと、ヤマと私はともかく、クルルとプリンは体調を崩しちゃいそうだから気を付けないとね」
「そうだな」
初めての帰還後の生活は、それはそれで新たな気付きの多いものだった。




