第91話 レイシュト研究所
翌朝、いよいよ研究所に向かうことにした。
約束した通り、研究所の入り口付近に行くと、ユキさんが既に待ってくれていた。
「おはようございます。お待たせしてすみません」
「いいのよ。私をここで待つのは大変でしょうし。とりあえず研究室に向かいましょう」
研究所はそばで見ると本当に大きい。どのくらいの大きさがあるかそばにいると分からないくらいだ。白を基調とした建物はいかにも研究所という感じだ。
立派な入り口を通り、守衛のところで、ユキさんが話をしてくれた。一応、4人ともカードを見せたところ、すんなりと通してくれた。
研究所の中は天井が高く、通路も広かった。
おそらく遺物とかを運びやすくするためだろう。たくさん部屋もあるようだ。どっちに行ったらいいか普通なら迷いそうなのだが、ユキさんはひたすら真っ直ぐ進むため、俺たちでも迷わなさそうだ。
◇
そのまま真っ直ぐ進み続け、ついに突き当たりまで到達したあと、右に曲がってすぐのところの左側に大きな扉があった。
ユキさんが鍵を開けて、その部屋に入った。
さすがユキさん。1番いい場所にある研究室なのだろう。正面玄関から入り口が見えないように横にかわしているだけで、実質ど真ん中の1番奥の部屋のようだ。
「どうぞ。ここが私の研究室よ」
「すごいですね!」
「さすがだわ!」
「「広いプイ(ノ)」」
部屋の中はとても広い。遺物などをたくさん置くことができそうだ。今は遺物のようなものは端の方に数個程度置いてある。あと、奥のほうにまだ何かがありそうな気もするが、遠くてよく分からないくらい広い。
「来てくださってありがとう」
「いえいえ、ユキさんにはいろいろとお話したいことがあったので」
俺ではうまく話せなさそうなので、モカのほうを見る。
「何から話したらいいか分からないほどね。あっ、でも1番大事なのは、テルさんを護るためにユキさんはレイシュトに戻られたはずですけど、大丈夫でしたか?」
「ええ、テルに気付かれる前に必要なものを確認できたので。そうそう、それがある場所までご案内しないといけないですね」
「何があるのですか?」
「テルを護る意味もありますし、ヤマさんを護る意味もあるものです」
「?」
「歩きながら話しましょう」
そう言うと、ユキさんは部屋の奥に案内してくれた。何かがありそうに思えたあたりに向かっているようだ。
壁のところまで行くと、ユキさんは腕輪をかざした。かざしたのは、間違いなく、護りの腕輪だ!
「この奥に秘密の洞窟があるのです。入れるのは今は私とテルだけだと思います。テルは私の研究室にはめったに来ないので大丈夫でしょう」
たぶん、俺たちも入れるのだが、それは今は言わないほうが良さそうだ。
扉の先は階段があり、なんと地下に洞窟が広がっているようだ。
洞窟の中はまるで施設がある洞窟そのものだった。違いはキメラがいないことくらいだろう。しかも、かなり広そうだ。第5施設のある洞窟よりも広いのではないだろうか。
ユキさんの案内で奥に進んだ。俺たちだけだと目的地にたどり着くのは簡単じゃなさそうだ。クルル人形とプリン人形を置きながら進めば行くことはできるが。
「ここは、大昔、おそらく『奇跡の超天才』テンが生きていた頃に作られた洞窟です。ここには、私の一族に伝えられているものも保管されています。ご存知と思いますけど、私は『奇跡の超天才』テンの妻の妹ユリの子孫です」
「はい、存じています」
「もちろん、そう言い伝えられているだけで、私にはその実感はないのですけどね」
「1万年も経ってますからね」
「そうなんです。1万年もの間、ヤマさんに託したもの、たぶん分かってらっしゃいますよね…… その…… 特殊チップを私たち一族が護ってきたんです。特殊チップ自体はここには保管してなかったのですが」
「ええ、こちらに来ることになったちょっとお恥ずかしい経緯を並行世界研究所で説明したので、ヤマが使いこなしているのを気付かれていると思ってました。ヤマは他の人とは違うコネクトを使えますので」
「そうですよね。実は、私たちは今とてつもない危機にさらされているのです。それで、特殊チップを遠い世界、信頼できそうな方に託すことにしたのです。もちろん、それを選んだのは遺物なのですが」
「やはり遺物ですか」
「でもそのせいで、ヤマさんたちがこちらに来ることになってしまって申し訳ありません……」
あまり申し訳なさそうにされても困るので、俺の気持ちも伝えておかねば。
「いえいえ、いいんです。クルルやプリンに会えたので、俺たちは感謝しているくらいです」
「そう言っていただけると救われます」
「危機というのは、ユイさんやプリンの師匠でもあるノエさんたちが亡くなったことが関係しているのですか?」
「え? すごいですね。よく分かりましたね。そういえば、プリンさんはノエさんのお弟子さんだったのですよね。私もノエさんには本当に可愛がってもらいました……」
「そうだったノですね……」
「私たちは大切な役目を担ってきたのですが、それが難しくなったのです。それで、ヤマさんに特殊チップを託したのですが、そのヤマさんがこちらに来てしまったため、ヤマさんにもう1つ託さないといけないものが増えたのです」
「それを探すのに時間がかかるかもしれないと思ったので、急いで帰ってきたのです。幸い、思っていたよりも早く見つかりましたが……」
「もう1つ?」
「それがこの部屋にあります」
◇
会話している間に洞窟の右奥のほうにまで進むと、広い部屋に着いた。
「どうぞ」
部屋の1番奥のほうにも机があり、何やら瓶のようなものが置いてありそうだ。ユキさんから少し遅れてそばまで行くと、書かれている文字が見えてきた。
『解読阻害薬』と漢字で書いてある!
「まさか、それは――」
「あっ! テル……」
「えっ?」
後ろを振り返ると若い男の人が部屋に入ってくるところだった。
ユキさんはちょうど俺たちで死角となっていた薬を服の中に隠したようだ。
「ユキにお客様が来ていると聞いたから研究室に行ったんだけど、誰もいなくてさ。もしかしてと思って、洞窟に降りたら、こっちのほうから音が聞こえたから来てみたのさ」
「ここに案内するということは、ユキ、見つけてくれたんだね?」
「えっ? ええ…… そうよ。でも、そんなこと言っていいの?」
「大丈夫さ。あなたはモカさんですね? 噂は聞いています。でも、僕が1番興味があるのは、ヤマさん、あなたです」
「えっ?」
どうやらもう気付かれているようだ。
「モカさんはモカプルンを生み出した功績で有名ですが、あなたたちは都市を護る衛兵たちからも信頼されています。とても強く、しかも、ヤマさんはちょっと不思議で魅力あふれる方だと」
「何がおっしゃりたいのでしょう?」
「ヤマさん、あなたを調べさせていただけないでしょうか?」
「えっ?」
目を伏せたテルさんが、さらに続ける。
「もちろん、嫌と言われても調べますが――」
次の瞬間、2本の短剣が高速で飛んできた!
(ヒュッ!)
(スパンスパン!)
当然、プリンがすべて斬り飛ばした。
もうバレているからしかたない。インベントリからみんなの分の弱い武器を取り出し構えた。
「やっぱり、あなたは特殊チップを寄生させていますね。本来、僕たちが持っていなくちゃいけないものを。どこから奪ったのですか? ユキ、危ないから今のうちにこっち来て」
「えっ、でも……」
「早くおいで」
「分かったわ……」
困ったことになった。
テルさんは俺たちが特殊チップを奪ったと思っているようだ。それ自体はしかたがないことだ。
ユキさんが用意してくれた解読阻害薬というのはおそらく外部からチップの中身を解読するのを阻害する薬だ。これが秘策だったのだ。
問題はこれを使う前にテルさんに遭遇してしまったことだ。
施設は全部巡ったからこれ以上解読できなくても問題はないだろうけど、薬の使い方が分からないから、ユキさんの動きに任せるしかない。もちろん、テルさんを傷つけるわけにもいかない。
モカがみんなに言う。
「テルさんは風のコネクトを使うようね。気を付けましょう」
「そうだな」
そして、俺の耳元で小声でしゃべる。
「ユキさんがヤマに薬を使おうとしてきたときはよけちゃダメよ」
「ああ、分かってる」
改めてモカが言う。
「ヤマはユキさんを相手して。私たちはテルさんの相手をするわ」
「ずいぶんと自信があるようだね。でも、僕たちは普通の人間より、ずっと強いコネクトを使うんだよ」
(ビューッ!)
(カン! カン!)
なんと追い風まで使って、テルさんが少し長めの短剣を振りかざしながらプリンに攻撃を仕掛けてきた。当然、プリンは軽々と受け流している。
「じゃあ、私も行くわ!」
そう言うと、ユキさんがヤマに突っ込んできた。
ユキさんはナイフのような短剣を持っていたようだ。おそらく護身用だろう。
(ブン! ブン!)
(サッ! サッ!)
ナイフの攻撃はさすがによける必要がある。
ただ、明らかに当てるつもりはなさそうな大振りで、ユキさんの視線はテルさんを常に気にしている。テルさんから見えるとマズいのかもしれない。
モカもそのことにすぐに気付いたようだ。
「ヤマ、2人を連携させるわけにはいかないわ!」
「ああ、任せて」
(ドン!)
土壁を生成し、分断した。
その直後、ナイフをおろして、こちらを真っ直ぐ見たユキさんが、解読阻害薬のふたを外し、迫ってきた。
えっ、注射針だ……
ユキさんが小声で言う。
「ちょっと痛いかもしれないけど、ごめんなさい」
(ブチュッ!)
(いたっ……)
少し時間がかかったが無事に注入し終わって、やり切ったという表情のユキさん。
俺は小声で尋ねる。
「もう大丈夫ですよね?」
「ええ、もう安全よ」
「分かりました」
(スッ)
土壁を消した。
「そろそろ終わりにしよう」
「そうね」
((コクリ))
俺の意図をみんな理解したようだ。
(ピカッ!)
「うわっ!?」
(ヒュッ!)
(カン! くるくる…… カタン)
(サッ)
(スッ)
(ドン!)
例の対人戦略を発動させ、テルさんだけを水晶ボックスに閉じ込めた。
「えっ? あなたたち、まさか!?」
「何なんだ? これ? 出られない! クソっ!」
ユキさんも混乱しているみたいなので、まずは俺から話し始めた。
「テルさん。あなたの推測通り、俺には特殊チップが寄生しています。でも、俺たちは特殊チップを奪ってなんかいませんよ」
「は? そんなわけないだろ!」
ここからはユキさんから話してもらったほうが良さそうだ。ユキさんとうなずきあう。
「テル、ごめんね。ヤマさんに特殊チップを寄生させたのは私よ」
「は? えっ!?」
「さっき、ヤマさんに解読阻害薬を注入したわ。これで、ヤマさんの意思がない限り、ヤマさんに寄生したチップの内容を外から解読できなくなったわ。これは、私の一族に伝わる秘薬の1つよ」
「えっ? どういうこと? じゃあ、特殊チップの中身はもう見れないということ?」
「そうよ」
「……」
どうやらテルさんは戦意を失ったようだ。
ユキさんがテルさんを見つめ話し始めた。
「私はテルを護りたかったの。特殊チップは大昔に『奇跡の超天才』テンが生み出したものよ。でも、テンを凶悪な支配者にしないために、テンを護るために、テンの妻マリが隠したものなのよ」
「さらに、母から特殊チップのことを聞いたときに私はもう1つ気付いたの。これを使ってテルがもし別の世界に移動しちゃったら、もう2度と会えなくなることを……」
「私は、テルとずっと一緒にいたかったの。いなくなってほしくなかったの。ごめんなさい…… ズズッ」
ユキさんは泣き始めた。モカがユキを抱きしめる。
「ユキさんは心の底からテルさんを大事に思っているのよ。ユキさんと私たちが出会ったのは、並行世界研究所よ」
「ヤマがこちらの世界に来ていたことを知ったユキさんは大慌てでレイシュトに戻ってきたのよ。おそらく、今のユキさんの強さではかなり危険な移動速度でよ。それだけ、テルさん、あなたを護りたかったのよ」
テルさんには理解できない内容があったようだ。ユキさんも少し落ち着きを取り戻している。
「こちらの世界? どういうこと?」
「テル、特殊チップの護り方は私の一族にだけ伝わっているの。護り人を次の世代に継承できなくなったとき、ある遺物を使って、遠い並行世界にいる人に特殊チップを託すこと、とされていたのよ。それで私が託した先がヤマさんなのよ」
さらにモカが話をつなぐ。
「先代の護り人であるユイさん夫婦とノエさんが殺されたことで、まだ護り人として成長していなかったユキさんたちだけでは護り人を続けられなくなったのよ。だから、リアさんに護りのネックレスを渡すのをやめ、ある洞窟の奥に隠したのよね」
ユキさんがとても驚いた目をしている。
「ど、どうしてそれを…… それに、さっきのコネクト、あれはノエさんにしか使えない光のコネクト。まさか、あなたたち――」
「そうよ。私たちがユイさんたちの護りのアクセサリーを引き継いだのよ。と言っても、私たちはユイさんたちには会ったことがないわ。それはユキさんが1番ご存知よね。ノエさんが3人分のアクセサリーを持ったまま亡くなっていて、それを弔った方から引き継いだの」
「そ、そうよね。だって、ヤマさんに特殊チップを託したのは、母が亡くなった後だもの。だから、ヤマさんたちがカエデちゃんにこちらの世界に連れてこられたのは、母が亡くなったあとだわ」
「私たちは特殊チップの力もあったおかげで、4人の力だけで5つの施設をすべて巡ることができたわ。だから、今はユイさんたちと同じ力があるわ。それに、護り人についても学んだわ。護り人は特殊チップを護ることだけが役割じゃないのよ」
「えっ、そうなの?」
「それに、1番大きな勘違いをしているのは、テンやテンの子孫についてよ」
「「えっ?」」
今度はユキさんとテルさんが2人揃って驚いた顔をした。




