第90話 ためらい
モカクリームプルンを堪能した俺たちは、リアさんにあいさつをして、先ほど教えてもらった宿屋を目指すことにした。
教えてもらった通り、図書館があるところで南に曲がったあと、1ブロックと少し進んだところに宿屋があった。ここは研究者が多い側のエリアではないため、クルルもプリンも安心して宿屋に入れそうだ。
宿屋の部屋で落ち着いたところで、リアさんから聞いた話をいつものように整理し始める俺たち。
「ユキさんが昨日帰ってきたということは、俺たちとほぼ同じタイミングだったんだな。まあ、さすがに俺たちほどは早く移動できないということだよな」
「それはしかたないわ」
「無事に帰ってきてくれていて良かったよな。それ以外は大体俺たちの推測が合っていそうという程度かな?」
改めて思い出してみても、驚くような情報はなかった気がする。もちろん、ユキさんが無事に戻って来ていることを確認することが目的だったから問題はない。
「まあ、それはそうね。テルさんたちが探しに行くのはたぶん特殊チップだろうし、メノヴィーアの話でテンの子孫だと気付いたのもきっとそうなのだろうなと思うわ」
「それにしても、テルさんが特殊チップのことを知らないから結婚を許されたのかな?」
「今のところ他に候補がないのよね。ただ、私たちとしてはちょっと違和感があるけどね。でも、それはユキさんたちに聞かないと分からないわ」
「……となると、ユキさんがレイシュトに無事に着いて研究所にいることが分かった以外は、何か特別新しい情報はないか……」
「まあそうよね…… ユキさんがいることが分かっただけで十分よ。ただ、残念なのは、実はレイシュトに来るまでの道のりでずっと考えていたのにまだ分からないことがあったんだけど、それについてはヒントもなかったことね」
「ん? そういえばエーンスタットでチップ屋を気にしてたのも関係してる?」
「気付いてたのね。さすがヤマね」
「さすがナノ」
「いつもモカを見てるからしかたないプイ」
「ま、まあね……」
いつもモカを見ているのは否定しないけど……
「分からないのは、ユキさんが何をするためにレイシュトに帰ったか、なのよ」
「前も話したけど、それは全然分からないよな」
「そうなのよ。テルさんを護るためというのは、普通だと敵から護るためなんだけど、さすがにそれは当てはまらないでしょうから、特殊チップをテルさんに使わせないためだと思うの」
「うん、それはそうだろうね」
「特殊チップを使わせないようにするためには、特殊チップを壊して使えなくするか、遠いところに追いやったり隠したりするか、とかが普通よね?」
「そうだろうね」
「でも、特殊チップを壊すのはこれまでの歴史を考えるとおかしいわよね。実際、ユキさんは一度は遠くに持って行ったのよ。とすると、ヤマに元の世界に戻ってほしいと思うのが普通よね」
「でも、そうやって特殊チップを遠いところに持っていきたい場合、ヤマにレイシュトにすぐに来られたら困らない? ヤマに並行世界研究所に留まってもらって、そこで対処したほうが安全よね」
「……たしかにな。俺が来るということは特殊チップがテルさんの近くに来るということだよな。でも、むしろ来てほしいって感じだったよな」
「そうなのよ。だから、そういう手法じゃないのよ。そもそも特殊チップはヤマに寄生しているわけだから、テルさんができることとしては、ヤマを拘束とかなんとかした上で、チップの中身を見ようとすることくらいよね。それをユキさんは防ぎたいはずなのよ」
前も似た話はしていた。それとチップ屋の話がどうつながるかが分からない。
俺が不思議そうな顔をしていると、続きを説明してくれた。
「でね。前も言ったけど、施設ではチップの内容を直接確認できたわよね。でも、よく考えるとチップ屋で売っているチップが何のチップなのか、どうやって分かったのかしら、って思ったの」
「えっ、そりゃ遺物で作るときじゃない?」
「やっぱりそう思うわよね…… だとすると、特殊チップの中身を見るためにも遺物を使おうとするのが普通じゃないかしら?」
「でもね、仮にそういう遺物が見つかっていたとすると、遺物自体の仕組みって大体分からないから、それを防ぐのは無理なんじゃないかしら?」
「まさか遺物を壊しにでも行ったのかしらね……」
「遺物を壊すか……」
「でもちょっと変よね。そんな遺物があればテルさんが既に大事にしてるはずよ。それを壊せば夫婦仲に悪影響が出ちゃうわ」
「……いずれにしても、ヤマにレイシュトにすぐに来られても構わなくて、でもヤマがいなくてもできる作業とか準備とかで、テルさんに特殊チップを使わせなくするための方策よ。そんな方策が本当に存在するのかしら?」
「うーん。たぶん、俺が来ても構わないのは、特殊チップが寄生しているのかは、会っただけじゃ分からないからとか、そういう単純な理由なのかもな」
「それはそうかもね。私たちが考え過ぎなのかもしれないわね」
クルルもプリンも考えているようだ。
「テルさんはどうやって特殊チップを探すつもりプイ? そもそも誰かに寄生しているどうかも知らないと思うプイ」
「たしかにそうよね。少なくともチップにどんな機能があるのか読み取れるようになることが必要よね。あとは普通じゃ考えられないヤマ魔法を見たときに特殊チップが寄生していることに気付くかもしれないけど、それは偶然に近いわね」
「でも、俺たちって意外といろんな人と知り合っているから、なんか俺たちが特殊かも、みたいなのは伝わっているかもしれないよな」
「ユキさんは知らなさそうだったけど、テルさんが知らないとは限らないわね……」
「となると、ユキさんがやろうとしているのは、少なくとも私たちが知っているような方策じゃないということプイ?」
「そうだと思うわ」
「特殊チップの偽物を用意するとかプイ?」
「特殊チップの性質がどこまでテルさんにも伝わっているか次第ね。そもそも偽物を作れるのかしら?」
「テンですら再現できなかったわけだから、近いものでも用意するのは難しそうだな」
「プイィ……」
がっかりするクルルの頭をモカが撫でている。
今度はプリンが思い付いたようだ。
「……ユリの子孫にだけ伝わる何かの秘策、とかはどうナノ?」
「なるほど、それならありそうね。優秀な研究者一族みたいだから、長年の研究で何かが用意されているのかしらね。それを取りに来ただけとかかしらね。遺物とか……」
だが、何が用意されているのかは想像すら難しい。
例えば特殊チップを無効化するような何かかもしれないが、そもそもそんなことができるならテンなら特殊チップを再現できていそうだ。
それに、ユキさんが俺に危害を加える意思があるとは思えない。
一方でクルルは俺を心配してくれているようだ。
「……ヤマは危なくないプイ?」
「あのユキさんの雰囲気だと大丈夫だと思いたいわね」
「そうだよな。何か俺に危害を加える感じには思えなかったな」
「そうよね。 うーん…… 図書館で情報を探してみようかと思ってたんだけど、ユリの子孫にだけ伝わる何かとなると図書館に行っても無駄になりそうね」
「うーん。チップに外部から何か作用できるようなものが発明されていないか、とかだよな……」
「そうね……」
まだ、そうと決まったわけじゃないから、無駄とは限らないだろう。
「とりあえず、何かは全然分からないし、そこまで急ぐ必要もないし、研究所に行くには覚悟がいるから、その前に少し図書館で確認してみるのはどうかな?」
「そうね。ヤマの言う通りね」
当面の方針はなんとか決められた。モカも研究所にいきなり行くのにはためらいがあるのだろう。やれることはやってから研究所に行きたいものだ。
◇
次の日に図書館に行ってみた。
奥のほうには以前も会ったネコ人がいた。
「ニャ! ようこそニャ。また本を見たいのですかニャ?」
「そうなんだ。見せてもらえないかな?」
「もちろんですニャ」
さっと手袋を渡してくれた。
「どうぞニャ」
「ありがとう」
本がある場所に行く俺たち。今回は探したい内容が大体決まっている。
「探したいのは遺物関連かチップ関連だよな」
「そうね。前も少しだけ見たけどね。研究日誌でもいいかもしれないわね」
「探すのは大変そうだ。クルルやプリンでも楽しめそうな絵が描いてあるものがないかも探してみるよ。前みたいにモル人の絵とかが書いたものがあるかもしれないし」
「そうね」
さっそく探し始めた。
モカは主に古い本を、残りの3人は新しい本がありそうな場所を探す。新しい時代の本ならクルルとプリンでも読める可能性があるためだ。
途中でラパンやガトアルデのことを書いてある本を見つけ、クルルやプリンが中に描かれている絵を中心に眺めていた。
その後も探し続けるがめぼしい本は見当たらない。しばらくして、モカが何を探しているか様子を見に行った。何やら難しい顔をして読んでいる。
「何か役に立ちそうな本はあった?」
「ないわね。キメラの分類の話とかはあったけど、チップとか遺物関係は今のところ」
「そういう本があるとしても、ここじゃなくて、研究所の中にあるんだろうな」
「そうかもしれないわね」
◇
その後も調べ続けるが成果はなく、夕方が近づいてきたため、あきらめようとしていたとき、クルルたちに呼ばれた。
「ヤマ、モカ、ちょっと来てほしいプイ」
「ん? どうした?」
「これ見てほしいノ」
「これは……」
クルルたちが見ていた本に描かれているのは施設の機械によく似た遺物の絵だった。ただ、ちょっと雰囲気は違う。
本のタイトルは『接続術変更』だ。
なるほど。コネクトを変更したくなった人の研究日誌のようだ。かなり長いため、モカが解読と要約をしてくれた。
◆◆◆
若い頃に風の生体AIチップを寄生させたが、年を取り水に変更したくなったため、変更できないか研究を実施することとした。
第1段階として、まず、風が登録されていることをどう確認するのかを研究する。
まず、それぞれの種別のチップを保有する人を多く集め、外見を比べた。しかし、外見からは全く区別ができなかった。
やはり遺物に頼るしかないと結論付け、遺物を探すこととした。遺物の中には手で触れると何か表示されるものが存在する。
ほとんどのものは意味不明な内容が表示されるだけだが、ついにコネクトの登録内容が表示される遺物を発見した。その遺物によると、たしかに私のチップには風が登録されているようだ。
第2段階として、登録内容を変更できないか遺物を操作してみた。
しかし、いろいろ操作してみたが、水などの別の登録内容は見当たらないし、そもそも変える方法も見当たらない。消すこともできそうにない。どうやらこの遺物は登録内容を見ることができるだけのようだ。
引き続き、遺物を探す必要がある。
そもそも登録を何も情報なしで変更するのはおそらく難しいのだろう。水のチップを持つ人や、チップそのものから情報を複写して、私のチップに書き込むことのできる遺物を探すのが良いだろう。
◆◆◆
「ここまでで日誌は終わっているわね。この先、見つかったかは分からないわね」
「なるほどね。見ることは出来る遺物は施設以外にもあるんだな」
「そうみたいね。施設のものも、自由に交換はできないし、他の人のものをコピーできないわ」
「ここにはここまでの日誌しかなくても、研究所には続きの日誌があるかもしれないよな」
「可能性はあるわ」
「となると、テルさんは特殊チップのコネクトをコピーして取り込みたいと思ってもおかしくないよな?」
「ええ、そうよ。問題はそれを防ぐ方法があるのか、よ」
「あ、そうか…… ん?」
何やら受付のほうで声がする。誰か来たかもしれない。本を戻して様子を見てみる。
「今日もご覧になりにいらっしゃったのですかニャ?」
「そうよ。ちょっと遅くなっちゃってごめんなさいね」
「いいニャいいニャ。どうぞニャ」
(ん? この声は……)
「ユキさん?」
「えっ? あら! ヤマさんたちじゃないですか! レイシュトにいらしてたんですね」
「ええ。研究所に伺おうと思ってたんですけど、リアさんと話した感じだとユキさんも忙しそうだなと思って。だから図書館で本を読んでからでもいいかなと」
「そうだったのね。私も昨日帰ってきたばかりで、まだリアとほとんど話ができていないのよ。でも今日は家に帰るつもりよ」
「そうなんですね」
「リアさんもユキさんとお話したがってましたわ」
「今日はゆっくりリアと話をしたいわ。そうだ。明日、お時間ある?」
「もちろんです。明日あたりに研究所に伺おうかと迷っていたので」
「なら、朝ご飯後の時間に研究所の入り口あたりに来てくださらない? 研究室までご案内するわ」
「ありがとうございます。守衛さんに案内してもらうのもな、ってちょっとビクビクしてたので助かります」
「うふふっ」
「あっ、ユキさんはこのあと調べ物があるのですよね。私たちは今日はもう十分、本を堪能したので、そろそろ宿屋に行こうかと思います。また明日いろいろとお話させてください。あっ、あと、リアさんにお土産のクリームプルンを託して来ましたので、召し上がってくださいね」
「えっ? うれしいわ! ありがとう!」
「では」
「また明日ね」
思わぬ形でアポを取れた俺たちは満足して宿屋に向かった。
今日はずっと図書館で探し物をしていたため、結構疲れた1日だった。




