第89話 ユキの所在
宿屋を出て、まずはお菓子屋さんに向かう。
「おはようございます。お久しぶりです」
「おはようございますノ。ナ! モカ様! またいらっしゃってくださったノですね!」
「うふふっ。あっ、これはクリームを乗せたプルンね!」
モカプルンの横に、ホイップクリームを乗せたプルンも売っていた。『モカクリームプルン』だそうだ。ものすごくおいしそうだ!
「そうなんですノ。おかげさまでこれも大人気なんですノ!」
「良かったわ! じゃあこれを、いくつかしら。……7個くださいな。あとは――」
クリームプルン以外にもいろいろモカは選んでいった。
「ありがとうございますノ」
店を出たあとにモカに確認する。
「7個買ったということは、リアさん、ユキさん、テルさん分だよな?」
「そうよ。会えなくても、後でどうぞ、ってしたいじゃない?」
「そうプイ」
「みんなで幸せを分け合うノ」
「たしかに。みんなの言う通りだな!」
そのまま、北西の端にあるリアさんたちの家に向かった。
プルン以外の荷物はリュックにしまうと見せかけて、インベントリに保管しておいた。
リアさんとすれ違わないように、今回も商店街のほうを通ることに。既に買い物は済ませてしまったため、リアさんがいないかだけ気にしつつ通過することにした。
もちろん不審者と思われない程度に見ていただけではあるが、リアさんは今日は商店街には来ていないようだった。
その後も周りを気にしつつ進んだが、結果的にはそのままリアさんたちの家の前までたどり着いた。
周囲を見渡すと、北のほうのエリア全体の人の気配は少ない。おそらく、このあたりの研究者はみんな研究所に行っているのだろう。そうは思うものの、念には念を入れて行動する必要がある。モカが俺に準備を促してきた。
「じゃあ、ヤマはちょっと遅れてくるってことで、図書館に行く道の角あたりからそっと見ててね」
「分かった。のぞいていると怪しそうだから気を付けないとな! もし、大丈夫そうなら、なんか合図して」
「分かったプイ。私が合図するプイ!」
クルルが元気よく返事してくれた。俺は少し南に行き、角を曲がったところで待機することにした。
◇
俺が隠れたのを確認できたようで、プリンが呼び鈴を鳴らしているのが見えた。そのあと、しばらくすると、リアさんだけが出てきた。モカと話をしているようだ。
少し話したところで、すぐにクルルがこっちを見て、おいでと合図してくれたので、俺も向かうことにした。
近づいてきた俺に気付いたリアさんがあいさつしてくれた。
「ニャ! ヤマ様、お久しぶりですニャ」
「お久しぶりです。お元気でしたか?」
「ええ、みなさんもお元気そうでなによりニャ」
モカが俺に事情を説明してくれた。
「今日もユキさんたちはいらっしゃらないらしいわ。でもいいわよね? リアさんともお話したいし」
「もちろん」
「良かったニャ。では、どうぞニャ」
リアさんは今回も離れに案内してくれた。
離れの部屋に入り、椅子に座らせてもらったところで、モカが話を切り出した。
「いつも突然でごめんなさい。実は私たち、並行世界研究所でユキさんとお会いすることができたんです。ただ、ほとんどお話する時間がなくて。ユキさんがレイシュトに戻ると仰っていたので、お話がしたくて私たちもレイシュトに来たんです」
「そうだったのかニャ。ユキ様はちょうど昨日帰ってきたニャ。ずいぶんと急いでいらっしゃって、お風呂に入ったあと、すぐに研究所に行ってしまわれたニャ。そのあと帰ってきてないニャ」
「まずはユキさんが無事に帰ってきていて良かったな」
「そうよね。でも、ユキさんに会うにはやっぱり研究所に行ってみるしかなさそうね」
元々そのつもりではあるものの、研究所に行くとなるとやはり少し緊張してしまう。だが、リアさんは別の心配をしているようだ。
「でもいくら神様たちでも研究所に入れてもらえるかニャァ……」
「大丈夫よ。私たちはこれをユキさんからいただいたから」
そう言って、ユキさんからもらったカード4枚を見せた。
「ニャ? それは…… ヤマ様たちって、本当にすごい人ニャ! それはユキ様のお客様向けのものニャ」
「ユキさんもそう仰っていたわ。これを見せればユキさんの研究室まで案内してもらえるって」
「さすが神様ニャ」
たぶん、リアさんが思う神様とは関係ないはずだが、それはこの際良いことにしよう。
リアさんも驚くほど、このカードを受け取るのは珍しいことのようだ。つまり、研究所に入った直後から俺たちは注目されるのは間違いないということだ。
行くタイミングを間違えると先にテルさんに会うなど、マズいことになるかもしれない。モカもそのことは十分に理解している。
「でも、ユキさんは忙しそうよね。いつ行くかはちょっと考えたほうがいいかもしれないわね……」
「だよな。また図書館に行って、もう少し面白い本がないか探してみたい気もするし」
「そうね。あっ、そうだ。リアさん、このあたりに宿屋ってないかしら? 毎回、東門のそばまで戻るのが大変で……」
「たしかあったはずニャ。本がある建物のところから南のほうにまっすぐ行ったところにあるニャ」
「そこなら近いわね。今日はそこに泊まりましょうか」
「そうだな」
これでとりあえず毎回長距離移動しなくて済みそうだ。
というのと、最低限確認したいことは確認できた。あとは何かリアさんが知っていることを聞けたらベストだが、何か聞けることはあるだろうか。
そう思っているとモカが続きの話をし始めた。
「そう言えば、ユキさんとお話したときに、リアさんともお話をしたことがあるって言ったら驚かれたの。ひょっとして言ってはいけなかったかしら?」
「全然大丈夫ニャ。最近、ユキ様がいないことが多くて、あまり話ができてなかっただけニャ。今度話せたら神様たちが来たってお話するつもりニャ」
「なら良かったわ。話しちゃいけないことを話しちゃったかと少し心配してたの。あっ、心配と言えば、何かユキさんはテルさんを心配してたわ。急いでレイシュトに戻るのもテルさんのためみたいだったわよ」
ユキさんは相当忙しいようだ。リアさんともゆっくり話す時間を取れていないのは、最近は並行世界研究所に行っていたせいもあるだろう。
ようやく帰ってきても、テルさんのためにユキさんは帰ってきたわけだし、何かをするために急いで研究所に行ってしまったくらいだ。
一方のリアさんは何か考えているようだ。
「……そう言えば、ちょっと前からユキ様とテル様のお2人で何かを探しているようなことを仰っていたニャ」
「そうなのね。何か大切なものをなくされたのかしら?」
「そうじゃないみたいなのニャ。なくしたというより、そもそもどこにあるか分からないから今度探しに行ってみようとか、そういう感じのお話をされていたニャ」
「そうだったのね。そうだとすると、ユキさんが長い間不在にしていて探しにいけなかったこととか、テルさんが1人で探しに行っちゃうこととかを心配したのかしら。よほど必要なものなのでしょうね」
「そうかもしれないニャ」
たしかに、今テルさんが1人で出かけてしまうのはユキさんとしてもできるだけ避けたいはずだ。
ということは、ユキさんは今テルさんと一緒にいる可能性もありそうだ。研究をしている部屋まで同じかどうかまでは分からないが。2人が揉めていなければいいのだが……
「ユキさんとテルさんって仲良しなのね。まだ新婚なのかしら?」
「私も仲良しだと思うニャ。結婚されてから1年以上は経っているはずニャ。まだユイ様たちが生きてらっしゃるときに結婚されたニャ」
「そうだったんですね」
「ユイさんたちも娘の結婚を見届けられて良かったよな」
「そうプイね。私もヤマの第2夫人になったことをダブル爺たちに見届けてほしかったプイ」
「私もヤマの第3夫人になったことを師匠に見届けてほしかったノ」
「ニャ? ヤマ様たちはそういう関係だったのかニャ」
「そうプイよ? モカが第1夫人プイ」
「なるほど。納得ニャ」
なぜかいつもすぐこの話になり、しかもやはり納得されてしまうようだ。そして、いつもモカは満足気だ。どうも3人はこのことをアピールしたいらしい。
そんなことを思っているとモカは結婚を経験した人の視点で話し始めた。
「でも、ユキさんって大変よね。私たちと違って、『奇跡の超天才』の妻の妹の子孫ともなると、なかなか結婚させてもらえなかったんじゃないかしら」
「そうみたいニャ。なんかテル様もユイ様にいろいろ聞かれたらしいニャ。でも、なぜか分からないけど、『知らないなら結婚して良いです』って言われたって不思議がってたニャ」
「えっ? 知らないなら? 普通、逆よね……」
「そうなのニャ。テル様も同じことを仰っていたニャ」
知らないというのは何のことだろうか。やはり特殊チップのことだろうか。
テンの血筋かどうかを確認するならテンの言葉を引き継いでいるかを確認すれば良いはずなのだが、それはテルさんは知っているはずだから当てはまらない。言葉だけなら知っている人も多いかもしれないから特殊チップを判断材料にしたのだろうか。
「……やっぱり『奇跡の超天才』に関わることかしらね。でも、例えばメノヴィーアが『奇跡の超天才』の生まれ故郷という話くらいしか、普通は聞いたことないわよね」
「たしかにそうニャ。前もメノヴィーアのことを話してくれた人はいたニャ。ユキ様が『奇跡の超天才』に近い方だから、たまにそういう方が来るニャ。あっ、でも最近来たのは、ユキ様たちが結婚した後だったかニャ……」
「でも、メノヴィーアのことを知らないなら結婚して良いというのも変だから、関係なさそうね」
「私もそう思うニャ」
なるほど。テルさんがテンの子孫と気付いたタイミングは、クルルやプリンの推測が正しそうだ。
いろいろ話ができたが、やはりユキさんから聞くしかない気がする。なんとなくモカは既に雑談モードだ。
「伝統ある血筋は大変ね」
「全くニャ」
「でも、ユキさんはいい人だったわ。カエデさんも思った通りいい人だったし」
「カエデさんにも会えたのかニャ?」
「そうよ。モミジさんと仲良し姉妹ね。そうそう、カエデさんにもプルンの作り方を教えて来たのよ。リアさんもお菓子を作るなら、作り方を書いた紙をあげるわよ」
「ニャ! うれしいニャ!」
モカの言葉を聞いて、俺はリュックから出す振りをして、インベントリから紙を出した。モカが以前書きためていたレシピがまだ残っていたためだ。
「これかな?」
「ヤマ、ありがとう。リアさん、これをどうぞ」
「ありがとうニャ! 今度モカプルンを作ってユキ様たちに食べてもらうニャ!」
「すごくいいと思うわ」
そう言えば、俺はすっかり忘れていたがクリームプルンを買ってきたはずだ。そのことに最初に気付いたのはプリンだった。
「ねえねえ、せっかくモカクリームプルンを買ってきたんだから、そろそろみんなで食べたいノ」
「あっ! すっかり忘れてたわ! 一緒に食べましょうよ! 全部で7個買ったんだけど、ユキさんとテルさんはいらっしゃらないみたいだから、帰ってきたら渡してもらえるとうれしいわ」
「ありがとうニャ!」
この感じは本気でモカも忘れていたようだ。どうやら話に夢中だったようだ。
そのあと、俺たちはモカクリームプルンを堪能することにした。見てみると、ちゃんとした生クリームがプルンの上に乗っている。
(パクッ)
「うぉっ! これはおいしいな!」
「ここまでのものができるなんてすごいわね!」
「クリームがふわふわで最高プイ!」
「おいしすぎナノ!」
「奇跡の味ニャ! これって、南のほうの商店街で売っていたニャ?」
「そうよ。クリームを研究してくれて、ここまでおいしくなったのよ」
「いつも西の商店街にしか行かないけど、今度南の商店街にも行ってみるニャ」
「他にもおいしいお菓子とか材料も売っているからおすすめよ」
こっちの世界でこれが食べられるとは思わなかった、と言えるほどおいしかった。みんなで夢中になってモカクリームプルンを味わった。




