第85話 並行世界研究所
カエデさんは、まずは今いる部屋から説明してくれた。
「まず、この部屋なんだけど、私の研究室なの。知っていると思うけどあなたたちを連れてきたのもここの部屋よ」
「そう言えば、私たちを連れてきたときに、部屋の入り口あたりにキメラの死体を置いてたわよね?」
「そうそう。よく覚えているわね。私はキメラを調べれば、コネクトが並行世界に与える影響が分かるんじゃないかって思って研究しているの。あっ、ここは並行世界研究所って言うの。コネクトが並行世界に悪影響を与えていないか研究しているのよ」
「でも、もうコネクト無しではこの世界の人たちの生活は成り立たないわよね?」
「そうなの。だから、こんな都市から離れた、人がいないところにあるのよ。万一、コネクトを使わないほうがいいって結論が出そうになったら、みんなが研究に反対すると思ったかららしいわ」
「なるほどね」
図書館で読んだ通りだ。ちゃんと後世に意図が伝わっているようだ。まあ、少し考えれば分かることではあるが。モカが少し周りをキョロキョロしている。
「あと、私たちを連れてきたときに、遺物を使ったわよね?」
「そうよ。今はこの部屋には置いていないわ。あんなことできるの遺物しかないわよ。さすがにコネクトでも無理なの」
「遺物とキメラの死体か…… やっぱりキメラが持っていたチップが私に寄生したのね」
「えっ? まさか…… あっ、でも、きっとそうよ。キメラからあなたに向かって何かが飛んでいったの。それを確認している間にあなたたちがいなくなったのよ」
あのときの気になることがあるってやっぱりそうだったのか。モカの推測通りだな。ということは……
「遺物にそんな機能があるなんて知らなかったのね?」
「全然知らなかったわ。遺物って使い方すら分からないことのほうが多いの。でも、あれがチップだとは分からなかったわ。一時的に映像が残る遺物だったんだけど、分かる前に時間切れになって」
「そんな遺物があるのね…… 私たちはエーンスタットのチップ屋さんでチップが寄生できなくて分かったのよ。中身は分からないけど、何かチップが寄生しているって」
「なるほどね。たしかにそれなら分かりそうね」
予想外のことではあったし、モカが一時的に悩むことにはなったけど、おかげで今があるわけか。
「まあ、でも、そのおかげで俺たちは逃げられたんだけど」
「そうよ。どうやって逃げたの? というか、話せば分かりそう理由だったのに、どうして逃げたの?」
「だって、『気持ち悪いから殺しちゃおう』って聞こえたから……」
「えっ? うそ!? あのとき何してたっけ?」
「……まさか、それってあの虫に対して言った言葉じゃないかしら?」
「そうよね。私も後でヤマからあれを消し飛ばしたって聞かされて、すべてが勘違いだって気付いたの。カエデさんたちは私たちを侵略者と勘違いして、私たちはカエデさんたちが私たちを殺すつもりと勘違いしたのよ」
「諸悪の根源は『黒光りする生命体G』ってことだな!」
「「えっ?」」
「あの虫ってそんな名前なのね……」
「いや…… そうじゃないんだけどね……」
自信満々に宣言した俺を不思議な顔で見られてしまった。しかたがないから話を続けよう。
「あっ、で、逃げたのは普通に武器庫を通って出ただけで…… 特殊技能で扉を開けることができただけかな」
「そうだったのね。私たちじゃ、どうやってもあそこから出られないわ。特殊な技だったのね」
「ヤマ魔法プイ!」
「そうナノ!」
「なるほどね。こっちの世界の人から見たら魔法に見えるわけね。それなら納得だわ」
クルルとプリンのおかげで、なんかうまいこと納得してくれたから、これ以上かき回さないのが得策だな。
「じゃあ、小部屋と武器庫は知っていそうだから、別のところに行きましょうか」
「そうしましょう」
◇
部屋を出て、案内を続けてくれた。
「そっちはお手洗いしかないから、こっちよ」
そう言って、階段のほうに連れて行ってくれた。
「今日来たのもこの階段からよね?」
「そうよ。他に知らなかったから」
「さすがにそうか。地下に来るにはこの階段しかないわ。階段の向こうは広い倉庫なの。いろいろな遺物がしまってあるわ。たまに遺物を持ち出して機能とかを研究するのよ」
ここで、モカが気にしていたことを聞くようだ。
「私たちを連れてきた遺物って、まだ動いているの? 私たちの世界とつながったままなのかを知りたくて」
「動いてはいると思うけど、つながったままかは分からないわ。もう1回使えるようになるまでにすごく時間がかかるの。自然とエネルギーがたまるまでに時間がかかるのよ」
「そっか」
「だから元の世界に返してあげたくても今はまだできないの。ごめんなさいね……」
そう言えばこっちの世界でもエネルギーはエネルギーって言うんだな。たまに日本語以外が混じるのは昔の名残りか、チップの影響なのだろう。町の名前もそうだから不思議はなさそうだ。
それよりも、カエデさんにあまり責任を感じすぎてもらっても困る。
「いや、そこは気にしないで。連れてきてもらったおかげで、俺たちはクルルやプリンに出会えたんで。連れてこられたこと自体は俺たち怒ってないし、それに、俺たちは帰ることを目指していなくて、お互いの世界を行き来できるようにするのを目指しているから」
「す、すごいわね…… でも、なんかあなたたちならやれてしまいそうね」
「ヤマがいればたぶんできるかな、ってところまで私たちも理解しつつある感じね」
「規格外すぎだわ……」
遺物を見せてもらうか俺は迷っていたのだが、モカも同じようだ。
「遺物って見せてもらうこともできるの? あっ、でも、今は見なくてもいいかな……」
「見せてもいいけど、単なる箱みたいなものがほとんどよ。動かし方を分かっているものは大体それぞれの研究室にあるから、ここにあるのはよく分からないものばっかり」
「そういえば、1年くらい前にユキちゃんもなんか探しにきてたみたいだけど。ユキちゃんぐらいよ、すぐに持ち出すものを決められるのは。みんな次の研究に使う遺物を見つけるのにはすごく時間がかかるのよ」
「なるほどね。ならまた今度時間のあるときでいいわ」
遺物と言えば、施設にあった機械もそうだ。1番気になるのは、護りのアクセサリーを身に着けた俺たちにしか聞こえない声で語りかけられることだ。さすがにカエデさんの前で変な反応はできないから、今見るのはやめておいたほうがいいとモカも思ったのだろう。
それにユキさんが探していた遺物は気になるが、それはユキさんに聞いたほうが良さそうだ。ユキさんが護りの腕輪をつけていれば、他の人とは違う探し方ができたはずだからだ。
おそらく1年くらい前に持っていったのは、俺に特殊チップを寄生させるために使った遺物だろう。となると、この研究所から俺の部屋に来たのか。
ひょっとしたら、それでこの世界とつながったままになっていて、消しゴムとかがここに来たのかな…… 夜にでもモカに聞いてみよう。
「じゃあ、上に行きましょうか」
「そうね」
◇
階段を上ると、正面には森へと抜ける出口が見える。
「あそこから出たの?」
「そうよ。裏口っぽかったし、鍵も開いてたから」
「開いてた?」
「ええ、開いてたわよ。ねえ、ヤマ」
「開いてたと思うけどな……」
「じゃあ、タツキが閉め忘れたのね。あの先は森だから、開けっ放しは危ないのよ」
「たしかに…… でも、この辺はほとんどキメラがいないからそんなに困らないような……」
「まあ、他の地域に比べたらね」
「なんでこの辺はキメラが少ないか、理由はあるのかしら?」
「それが分からないのよ。北の方がキメラの数は少ないし弱いものが中心、という統計的な情報しか分かってないわ」
「やっぱりそうなのね。私たちもずっと不思議だなって思ってて」
「そういえば、あなたたちダン隊長にも会っているの?」
「ん? そうよ」
「ダン隊長ってフィナルメンシウタットの衛兵隊長よ?」
「そうよ」
何が言いたいのだろう。俺もモカも真意をつかめずにいる。
「あなたたちフィナルメンシウタットまで行けたの?」
「もちろん行けたわよ。そんなに珍しいこと?」
「そりゃ、あのあたりが1番キメラが強いのよ」
「ああ、そういえばそうかもしれないわね。まあ、後でタツキさんとの稽古を見れば分かるわよ」
「そうか。規格外なのは強さもだったわね…… 最初はそんな印象なかったのに」
「今でも別に力が強いわけじゃないわよ。みんなで協力しているだけよ」
「ふふっ、あなたたちらしいわね」
なるほど。そういうことか。たしかに来た直後の俺たち2人だけだったら絶対にフィナルメンシウタットまでたどり着けないな。
◇
カエデさんが少しキョロキョロしている。
「1階は他の人の研究室が大半よ。勝手に入るのはさすがに良くないわね。残りは守衛室と休憩所くらいね。で、あっちが正面玄関」
「やっぱりこっちは裏口だったのね」
「さすがにね。で、2階はここで寝泊まりしたり休憩するところ。今タツキも2階にいると思うわ。イツキたちが休んでいるの。あ、フューラスタードから帰ってきた護衛たちのことよ」
「イツキさんたちはケガなくここまで?」
「大丈夫だったらしいわ。肉でキメラの気を引いたとか言ってたわ」
「ならよかったわ。それ効果的だと思うわ」
「俺たちもやったことあるな。デカいのが出てきてびっくりしたこともあるけど」
「あったわね」
「でも、ヤマがブーメランで手懐けたり、いろいろ楽しかったプイ」
「ヤマってキメラの気持ちも分かるノ」
「え…… うそ……」
「いやあ、たまたまネコっぽいなって思っただけで……」
カエデさんが驚くのは何回目だろうか。本人もだんだんそれに気付いてきたようだ。
「なんかもう、驚くだけ無駄ね。なんか、驚きや呆れを通り越して、だんだんあなたたちを連れてきたことが誇らしくなってきたわ、もう」
「誇らしく思っていいプイ!」
「私たちはカエデさんに感謝しかないノ!」
まあ、今となっては俺たちも感謝の気持ちも無くはないからいいとするか。
「じゃあ、ここはこのくらいにして、別の棟に行きましょうか。主に生活するための棟で調理場があるわ。あとは鴨やヤギが飼われている棟もあるわ。あいてる部屋もいっぱいあるから、泊まっていっていいわよ」
「ありがとうございます!」
正面玄関のところには守衛室があって、守衛が暇そうにしていた。
「おっ、カエデさん、お出かけですか?」
「ええ、お客さんを案内中よ」
「そうなんですね。あれ? お客さんなんて来てたかな? ま、いっか」
「ん?」
歩き始めてから、カエデさんが気付いた。
「あなたたち、今回来たとき、裏口から入った?」
「そうよ。ちゃんと今は鍵が閉まっているから大丈夫よ」
「ならよかった」
研究室があった棟から出ると、広々としていた。他にも見えるだけで2つほど棟がある。正面には道が続いている。おそらく、これは俺たちが途中で進むのをやめた道で、海のほうに向かっているのだろう。
カエデさんは向かって右側の建物に向かった。
「こっちが生活する棟よ。反対側は今は生活には使ってないわ。人が多いときにはあっちも使っていたみたいだけど。今は倉庫、兼、鴨とかヤギを飼う場所になってるわ」
たしかに、ヤギが建物の中をうろついているのが見えた。
「外で飼うとキメラに襲われるからか……」
「そうよ。他より少ないとは言えキメラがいないわけじゃないし。たまにすごく強いキメラだって出るから、外を歩くときは注意してね」
「そうね。私たちは外を歩き慣れているけど、カエデさんには危ないわよね」
「そうよ。私も水は使えるけど、キメラと戦ってもイノウシの子どもくらいしか勝てないわよ」
「最初のころのヤマたちよりは強いプイね!」
「もう、恥ずかしいから内緒にしてよ」
「えっ? そうだったの?」
「だって、コネクトとか何も知らなかったのよ。今なら一瞬で勝てても当時は大変だったのよ」
「そうよね。今なら一瞬なのね……」
なんか違うところで呆れられている気がする。
生活をしている棟に俺たちはそのまま向かった。




