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第84話 初対面

 部屋に入ってきたのは、初めて会う女性だった。


「こんにちは。あら? どうしたの? カエデちゃん」


「あ、ユキちゃん!」


(えっ! まさか……)




 まさかのタイミングでのユキさんとの初対面に俺たちはビクビクする。


「今、勘違いで揉めていたのが解消したところなのよ。まさか、モミジの命の恩人だなんて気付かなくて……」


「モミジちゃんの…… えっ! あなたは!」


 俺のほうを見てユキさんがものすごく驚いた。




「あ…… やっぱり、俺が寝ているときにあれをしたのはユキさんだったんですね」


「ど、どうしてここに? そんなはずないわ! だって、あなたがいたのはものすごく遠い世界のはずよ!」


「そ、そうなんですけど、この2人に連れてこられまして……」


「えっ? えっ? どういうこと? カエデちゃん」



 このあと、俺たちは自己紹介しつつ、カエデさんと一緒にユキさんに事の顛末を説明した。





◇


「なるほどね。そんなことがあったのね。ごめんね、カエデちゃん。私がこのヤマさんのところに行かなければカエデちゃんに虫が飛んでくることもなかったのに」


「でも、ユキさんもそうするしかなかったんですよね?」


「ええ、そうよ……」




 ユキさんとは話したいことがいっぱいあるけど、今ここで、というわけにはいかなさそうだ。カエデさんたちがいるからだ。


 モカもそれが分かっているから、ぼかして話をする。


「実は私たち、ユキさんとお話ししたいことがすごくたくさんあるんです。なので、いつかまた時間のあるときにでも……」


「そうね。今はあまり時間がないのよね。ヤマさんがこちらの世界に来ていたなんて…… このことに気付かれたら、おそらく、テルがヤマさんを狙ってくるから急がないと……」


「えっ、テルさんが? どうして?」




 思ってもいない方向に話が進み始めた。


「みなさんはテルを知っているのですか?」


「会ったことは無いですが、リアさんといろいろお話させてもらったので」


「え? リアと?」


「そうなんです。実はこのプリンの師匠がノエさんなんです。それで訪ねたところで、リアさんと話をさせてもらいまして」


「え? あなたが母の親友のノエさんのお弟子さん? でも、ノエさんは……」




 ユキさんの顔が曇る。


「そうナノ。師匠が亡くなったのは知っていますノ」


「そう……」




 一瞬暗い空気が場を支配するが、すぐにユキさんが気を取り直して話し始めた。


「あっ、ごめんなさい。テルの話だったわね…… 絶対内緒にしてほしいんだけど……」


「もちろんよ。私たちの出身のことだってそうじゃない?」


「そうよね…… 実は、テルはあの『奇跡の超天才』テンの子孫だったの。私も知ったのは結婚してからなのよ…… 本人も最近薄っすら気付いているみたいなの」


「テルさんは…… テンの言葉を引き継いでいたのですね?」


「え…… どうしてそれを?」




 モカに言い当てられユキさんがとても驚いていた。この雰囲気だと、まだ俺たちが護り人であることにも気付いていないのだろう。


「レイシュトの図書館で読んだんです」


「あなたたちはあの文字が読めるのね?」


「私たちの世界では今も普通に使われている文字なので読めるんです」


「なるほど。そういうことだったのね。うーん……」




 ユキさんは俺たちに何をどう伝えるか迷っているようだ。俺たちは大体想像できているが。


「……実は、ヤマさんに私が託したものはとても特別なんです。それをテルが調べたがっていて。でも、私は事情があってそれを止めたいんです」


「……護りたいんですね?」



「えっ?」



「テルさんのことがとても大切なんですよね? いなくなってほしくないとか……」


「え…… どうして…… そ、そうなんです。でも、ヤマさんがこちらに来てしまったのなら、私はテルを護るためにやらなければいけないことがあるんです。そのためにレイシュトに戻らなくちゃ」




 ユキさんはさらに驚きつつも、今ここで話せない事情があるのだろう。冷静さを取り戻しつつある。俺たちも護り人のことは今は話せないし、お互い様だ。


「今度、レイシュトに行ったらお会いできますか? じっくりとお話したいので」


「もちろんよ。そうだ、これを持っていれば研究所に入れるわ。会いに来てもらえたらうれしいわ」




 何やらカードのようなもの4枚を出して、その場でサインらしきものを書いて渡してくれた。


「それがあれば私のお客様であることの証明になるわ。守衛に見せれば私の研究室に案内してもらえると思うの」


「ありがとうございます!」




「じゃあ、私は急いで準備してレイシュトに戻るわ。カエデちゃん、また今度ね。あっ、そうだ。せっかくだから研究所の中を案内してあげたら? いつか役に立つときがくると思うわ」


「分かったわ。じゃあ、また今度ね」


(パタン)





◇


 ユキさんは嵐のように去っていった。本当に急いでいるようだ。


 カエデさんたちがいたこともあり、詳しい話はできなかったが、テルさんについてのまさかの情報を聞くことができた。


「驚いたな。まさかテルさんが……」


「そうね。でも、おかげでいくつかの謎が解けたわ」




 俺たちが考え込んでいると、カエデさんが驚いた様子で話を始めた。


「あなたたち、本当ただ者じゃないわね…… あのユキちゃんが驚くほどの推測ができるなんて。私、ユキちゃんがあんなに驚くのを初めて見たわ」


「まあ、モカの頭の回転が速くて、俺たちもいつも置いていかれるから大丈夫!」


「「そうプイ(ナノ)!」」


「そ、そうなのね……」




 俺たちの自信満々の回答に少し拍子抜けしたような顔をされた。と思ったら、何かを思い出したようだ。


「あっ、タツキ。そういえばイツキたちにもう探す必要はなくなったって伝えてあげたら? ここに来るまでにだいぶ苦労かけたじゃない。研究所は私が案内するから大丈夫よ」


「そうだな。まあ、シェド隊長が信用したのなら俺たちも信用するさ」


「シェド隊長をご存知なんですね?」


「ああ、俺の師匠でもある」




「なるほど、それでシェド隊長は風のコネクトの特徴をよく把握していたのか……」


「納得ナノ。シェド隊長と手合わせしたときに、風を使う人と戦い慣れている感じがしたノ」


「ん? シェド隊長と手合わせしたことがあるのか?」


「シェド隊長だけじゃなくて、ボコ隊長、リコ隊長、ダン隊長とも手合わせしたわ。プリンがね」


「すごいな…… 特別証を持っているということは、結果は聞くまでもなさそうだな……」


「あれ? まさか……」




 カエデさんは何やら気付いたようだ。


「タツキ。ひょっとして、プリンさんの師匠のノエさんって、あのノエさんじゃない? ほら、ユキちゃんのお母さんの親友って言ってたじゃない」


「ん? まさか、あの真っ白な髪のウサ人の?」


「そうそう!」


「あっ、たぶんそのノエさんで合ってるかな。なっ、プリン」


「そうナノ。間違いないと思うノ」


「なるほど。なら、なおさら納得だ。あの人は特別だ。本当強くて優しくて、どれだけの人が助けられたか分からない」




 やっぱりノエさんは特別な人だ。こんな遠くの研究所の人にも知られているくらいなのか。何やらタツキさんが神妙な顔つきで続けた。


「あの…… 斬りかかっておいて図々しいお願いだと分かっているんですが…… 研究所をカエデが案内したあとに…… その……」


「手合わせしたいノ?」


「ぜひお願いします! 手合わせというより、稽古をつけてほしいのです!」


「プリン。いいんじゃない? 風を使えるプリンならシェド隊長とは違った稽古ができると思うわよ」


「じゃあ、あとでやるノ!」


「ありがとうございます!」




 タツキさんが急にプリンを師匠扱いし始めた。その態度を見て、カエデさんは半分呆れているようだ。


「ま、いっか…… タツキらしいわね」




 この会話でモカが何かを思い付いたようだ。


「そうだ! ここってものすごく都市から離れているけど、食事はどうしているのかしら?」


「別の棟に食べ物をいっぱい保管してあるのよ」


「卵とかも?」


「あるわよ。日持ちするものは定期的にエーンスタットから運ぶことが多いけど、鴨とヤギは育てているから」




 これはいつものコース確定だ。


「じゃあ、あれを作れそうね!」


「えっ、もしかして『モカプルン』?」


「そうよ」


「ほんと? うれしいわ! あとで調理場も案内するわ」


「じゃあ、あとで作り方を書いた紙を渡すわね」


「えっ? ほんとなの?」


「もちろんよ。うふふっ」


「ありがと! うふふっ」




 なんか一気に2人の距離が縮まったな。それに、なぜか毎度レシピを渡すと驚かれるのはこの世界のお決まりのようだ。


 ここまで来ると、この先は大体――


「モカは『お菓子の神様』だからいつもこんな感じプイ!」

「そうナノ。ちなみにヤマは『ネコ人の神様』ナノよ!」


「え…… あなたたち、こんな短い間に神様扱いされるようになったの?」


「いやあ…… なんでだろうね?」


「そこに気付かないのがヤマのいいところプイ」

「そうナノ」



 よく分からないが、カエデさんが唖然としている。俺だってどうしてこうなったのかよく分からないのだから、カエデさんはなおさら分からないだろう。





◇


 タツキさんは先に部屋を出て、どこかに行った。イツキという人に伝えに言ったのだろう。きっとフューラスタードから来た人だろう。


「イツキさんというのは、研究所の護衛か何かをされている人?」


「そうよ」


「フューラスタードから5、6人でこちらに来たとか?」


「えっ、どうしてそれを?」




 俺が少し困っているとモカが話を続けてくれる。


「私たちがフューラスタードに行ったときに、宿屋で研究所の人がケガして休んでるって聞いたの。そのあと、北に向かったって聞いたから、ここに来たのかなって」


「そうなのね。どこかで会ったのかと思ったわ」


「たぶん会ってはいないと思うわ。私たち、研究所の人で仲良くなったのはこれまでモミジさんだけだもの」




「モミジらしいわね」


「モミジさんはいい人だもの。キメラに凶暴性がなかったらよかったのに、とか、研究者に亜人がいないことを不満に思うほどの人ってなかなかいないように思うわ」


「そうね。その意見はモミジの意見そのものね。だからたまに変人扱いされるんだけど、本人は気にしてないのよね」


「研究者も大変なのね…… 私たちの世界にはキメラも亜人もいないから、そのあたりの感覚はよく分からないわ」




「そうね。あなたたちのように、この世界の常識を知らない人のほうが公平に見てくれるような気がするわ。そんなあなたたちに気に入られたモミジはやっぱり正しいのよ」


「そういうカエデさんもモミジさんを信じているということは、似た考えを持っているのかしら?」


「当たり前よ。モミジは私の妹なんだから」




 ふと、カエデさんが俺たちを見て疑問に思ったようだ。


「ところで、あなたたち、2人で行動していると思ってたらいつの間にか4人で行動してたのね」


「最初にクルルに助けてもらって、途中でプリンにも仲間になってもらって、そのあとはずっと4人で行動してたわ」


「こうやってみんなで仲良く進むのが俺たち流かな?」


「すごいわね。何ていうか、きっとヤマさんに人を惹きつける力があるのね」



「ん? 俺?」



「そうプイ。だから私が第2夫人プイ」

「私が第3夫人ナノ。モカが第1夫人なの」


「えっ、あなたたちそういう関係だったのね。たしかにそう見えるわ。納得だわ」


「あ…… ま、いっか」



 なぜかいつもここは納得されるんだよな。そんなに夫婦に見えるのだろうか。




「じゃあ、そろそろ研究所を案内するわ」


「ありがとうございます」



 どんなところなのか楽しみだ。と言っても俺には分からないことだらけだろうから、モカがきっと楽しんでくれるだろう、という意味での楽しみだが。


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