第81話 証拠
ご飯を食べ終わったあとに、モカがクルルに聞く。
「私たちが最初に着ていた服とかってあるかしら? ヤマのインベントリに移してもらっておいたほうがいいかなと思って」
「あるプイよ。ちょっと待っててプイ」
クルルが別の部屋に探しに行き、服と靴を持って、すぐに戻ってきた。プリンは興味津々だ。
「どうぞプイ」
「見たことない感じの服ナノ」
「そうよね。ジーンズはこっちでは見たことないわね」
「そうプイね。しかも、お尻の方には見たことのない文字も書かれているプイ」
「本当に別の世界から来たノね……」
「そうね……」
なるほど。これは証拠にもなるのか。他の世界から来たことを証明する必要に迫られることはなさそうだが、そういうときには役に立つかもしれない。
「ある意味、これが証拠なのかもしれないな。でも、逆に言えばこれくらいしか持ってないんだよ。ほとんど何も持たずに連れてこられちゃったから」
「そうよね。向こうの世界のものを持たせておけば私たちを探しやすかったはずなのにね」
「まあ、まさか、逃げられるなんて思ってなかったんじゃない?」
「そうね。ヤマ魔法なんて想定できないわよ」
クルルはまだ不思議そうに文字を眺めている。
「ヤマたちの世界に行けば、この文字のこととかいろいろ分かるプイ?」
「そうだな。俺たちの世界にはいろんな国があるんだ。国っていうのは、なんていうか、人の集団ごとの縄張りみたいなものかな。で、国ごとに言葉も違っているんだよ。俺たちの服には俺たちの国の言葉以外の言葉も書かれているんだ。俺たちの国の言葉はみんなが使っている言葉とほとんど同じだよ」
「すごい世界プイね」
「でも、こっちの世界でも昔は違う言葉も使われていたのよ」
「プ? そうなのプイ?」
「この前、レイシュトで図書館に行ったときに見たから間違いないわ。それに都市の名前にも名残があるから」
「どうして言葉が消えちゃったプイ?」
「どうしてかしらね…… 使える人がいなくなったからかしらね」
一方のプリンは俺たちの元の服を見て違う観点で不思議そうにしている。
「ヤマやモカはこういう格好をしてたノね」
「最初に会ったときはこれを着てたプイね」
「そうね。たまたま連れてこられた日はこんな格好だったのよ」
「モカはこっちの世界の服装も似合うから、クルルやプリンからしたら不思議なんじゃない?」
「そうナノ。今の格好で違和感がなさすぎるノ」
「うふふっ、それはそれでうれしいわ。こっちの世界の人になれているっていうことだから」
「たしかに。まだ半年くらいしかこっちにいないけど、なんかすっかりこっちの人っていう気分だよな」
「そうね。クルルとプリン、それに仲良くしてくれる他のみんなのおかげだわ」
「だな」
プリンは何かを心配しているのだろうか。少し神妙な顔つきで聞いてきた。
「そういえば、ヤマが穴をあけてこっちの世界に来たんじゃないノよね?」
「そうなんだよ」
「じゃあ、元の世界との間の穴があいたままか閉じているか分からないノね?」
「残念ながらな……」
「そうなのよね。まあ、しかたないわ」
「そうナノね。向こうの世界はヤマたちがいなくなって、みんな困ってないノ?」
「うーん。困っている人はいるかしらね……」
「俺たち学生だしな……」
「ガクセイ、って何ナノ?」
「そうか。こっちには学校もないのか。勉強をするところだよ。こっちで1番近いのは研究所かな。もう少しいろいろ教えてくれるところなんだけど」
「そんな場所があるノね!」
いつかは学校とかを作ったほうがいいのだろうか、と考えていると、今度は服や靴を見ていたクルルが聞いてきた。
「他にも珍しいものはあるプイ?」
「そういえばこれは?」
久しぶりにライターを取り出した。以前にも見せたことはあるが、こちらの世界で見たことはない。
「前も見せてくれた火を出す道具プイね。たしかに見たことはないプイ」
「そうナノ。火打ち石みたいなものナノよね?」
「まあ、似てるといえば似てるかな?」
「火をつける道具自体はこっちにもあるから、そんなに違和感がなかったのかしら?」
「変わっているとは思ったけど、他の世界のものとまでは思わなかったプイ」
「なるほどな。俺たちの世界に行ったら驚くことだらけだろうな。遠くにいる人とも会話できるし」
「すごいノ。瞬間移動もできるノ?」
「それはできないけど、ものすごく速く移動できるよ。でも……」
「?」
「なんていうか、俺はこっちの世界のほうが好きかもしれないな」
「分かるわ。向こうのほうが便利だけど、幸せなのはこっちの世界よね」
「そうナノ?」
「まあ、クルルもプリンもいるし、みんな優しいしな」
「そうそう」
俺たちの世界のことをイメージするのは難しいのだろう。クルルとプリンは終始不思議そうな顔をしていた。
俺たちも元の世界のことを思い出しながら、休むこととした。
◇
翌朝、俺たちはまず、ダブル爺のお墓参りに行くことにした。
以前にお参りに来たときと変わらず、町の端に2人のお墓があった。ノエさんのお墓にも供えた花を探してきて、ダブル爺とブイ婆ちゃんのお墓に供えた。俺たちは手を合わせてお参りをする。
(俺たちはお互いの世界を行き来できる方法を探します。託していただいた腕輪のおかげです。本当にありがとうございます)
ダブル爺には感謝しかない。横でクルルも目を閉じてお参りしている。伝えたいことがいっぱいあるのだろう。ゆっくりと待とう。
クルルのお参りが終わったあと、お土産のブタウシを渡しに行くことにした。
「これ、売らなくていいよな。ダブル爺のおかげで今があるわけだし、お金もらっちゃうとお土産じゃなくなっちゃうし」
「いいと思うわ」
「でも、全員に配るのは大変だから、お店に持っていくのがいいプイ」
「そうしようか」
以前もきた道具屋に行く。
「いらっしゃいプイ。プ!? クルル、久しぶりプイね! おっ、お友達が1人増えたプイ?」
「そうプイ。プリン、プイ。そうそう、今日はブタウシを持ってきたプイ!」
「ブ、ブタウシ、プイ!? すごいプイ!」
俺は持っていたブタウシのお肉の塊を次々と渡す。足元にあるリュックから出すと見せかけてインベントリから出す。
見えていないはずだが、あまりの量に驚かれている気がする。まあ、驚かれるのはしかたがない。
「プ……」
「あっ、これは俺たちからのお土産なんだよ。お金は要らないから、モルジクのみんなで食べて欲しいんだ」
「プ!? クルル、本当プイ?」
「本当プイよ」
「俺たちはダブル爺のおかげでこれまで生きてこられたんだ。だから、ダブル爺への感謝の印なんだよ」
「なるほどプイ。そういうことなら、いや、でもどうするプイ……」
「遠慮しないでもらってほしいわ。クルルはこのヤマの第2夫人なんだし、ね?」
「そうプイ。モカ、良いこと言うプイ」
「プ! それはまた驚きプイ! 分かったプイ。クルルの家族からのものなら受け取るプイ」
「やったプイ」
「うん、まあ、これでいいと思うよ」
こういうところで第2夫人という非公式肩書を使うとは、モカの目の付け所がすごい…… いつの間にか公式肩書になりつつある気がするが……
ブタウシの肉にまだ驚いている店主にあいさつをして、道具屋をあとにした。
さて、モルジクでやっておきたいことはこのくらいだろうか。あとは畑でまったりするくらいかな。
「クルル、あとモルジクでやっておきたいことはあるかな? 畑は行くとして」
「そうプイね。畑だけでいいと思うプイ」
「じゃあ、今日は畑でゆっくりして、明日出発しましょう」
「そうプイね! プリン、もちろん畑に行くプイ?」
「行くノ!」
都市ほどではないが、モルジクの畑もそれなりに広い。俺とモカは畑の端で腰掛けてクルルとプリンが楽しんでいる様子をまったりと眺めていた。
「クルルって、野菜があまり好きじゃないって最初言ってたと思うけど、畑は好きなんだよな。青パパイヤが好きだからかな?」
「あくまで、他のモル人に比べてというだけじゃないかしら?」
「なるほどね」
次はエーンスタット経由ではあるが、いよいよ並行世界研究所だ。そこでの行動は本当に大事になりそうだ。今のうちにゆったりと休んでリフレッシュしておくほうが良さそうだ。
この日は畑でたっぷりと過ごし、ゆっくりと休んだ。
◇
次の日、モルジクを出発しようとしたが、弱い雨が降ってきた。1日を争う感じでもないため、天気が良くなるまでモルジクに滞在することにした。モルジクでゆっくり過ごすいい機会だと前向きにとらえることとした。
滞在中はお土産で持ってきたブタウシを一緒に食べたり、雨が一時的に上がったときは畑を見に行ったりして過ごした。
モル人は意外と個性的で、野菜ばかり食べている人や、草が好きな人、クルルのように青パパイヤが好きな人とさまざまだった。
また、クルルが言っていたように、誰かモル人が前を歩いていると自然とついて行ってしまう癖があるようで、畑を並んで進む姿を良く見かけた。
まさに平和そのものという感じだった。ダブル爺が望んだ世界がそこにあった。
最初は翌日には晴れるかと思っていたのだが、予想に反して小雨が続き、3日ほど長く滞在することとなった。おかげですっかりモル人と仲良くなったが、少し町を離れづらい気持ちになってしまった。
だが、天気が良くなったこともあり、このまま滞在し続けるわけにはいかないため、気持ちを奮い立たせ、出発することにした。
エーンスタットまでは数日の道のりだ。途中にガトアルデに寄ってもいいが、この前寄ったばかりだから今回は寄らないつもりだ。エーンスタットの宿屋でお風呂に入って、研究所に向かうというプランだ。
「ガトアルデには寄らずに行くけどいいよな?」
「まあ、いいんじゃない? 歓迎はしてくれるとは思うけど、おもてなしさせちゃうのも悪いしね」
「そうだよな」
「あとは、本当はエーンスタットで研究者のことを聞いておきたいわね。寄っていないかどうか」
「そういえばそうか…… エーンスタットにそういうことを気軽に聞ける知り合いがいないからなあ…… チップ屋に研究者が寄るとは思えないしな」
「そうね。護衛みたいなことをしているならチップは寄生させているはずよ。やっぱりそれとなく宿屋の受付で聞く程度にするしかないわね」
「そうだよな。そのために衛兵施設に行くのも大げさだもんな」
「じゃあ、そろそろ行こうか」
「そうね。クルルたちも大丈夫かしら?」
「大丈夫プイ。たくさん乾燥青パパイヤを持ったから大丈夫プイ」
「行くノ」
ちょっと緊張していた俺たちとは違っていつも通りのクルルに癒された気分だ。
俺たちは少し長めに滞在したモルジクを出て、エーンスタットに向けて道を南下した。
◇
エーンスタットまでの道は数日かかるが、キメラはそれほど出なかった。やはり、第1施設に1度寄ったのが効いているのかもしれない。そんなことを思いながら進んだ。
すっかり冬になり、木々を見ても寒いのだろうということが分かる。だが、俺たちは護りのコートのおかげで快適な旅を続けられている。
「そういえば、寒いときって、ワニ系とかは動きが鈍くなるのかな?」
「どうかしら? 恒温動物と合わさっていたら普通に動けるんじゃないかしら?」
「そうか…… キメラってある意味最強だよな。弱点を克服できるもんな」
「そうね。でも、弱点同士が合わさることだってあるはずよ」
「でも、そういうキメラに会ったことない気がしない?」
「そうね…… 心当たりがないわね」
「私もそう思うプイ。強くなっているものばかりプイ」
「やっぱりスミロ人に対抗するために……ナノね」
そもそもどうやって最初にキメラを生み出したのかはさっぱり分からない。生体AIチップを使うにしても、いつ埋め込むんだろうか。
「テンって本当に天才よね。どうやってそんな風に合わせたのかしらね。受精卵段階で合わせたとしか思えないけど、そんなにうまく合わせられるものなのかしらね」
「なるほど。生まれたあとにくっつけたわけじゃないのか」
「そりゃそうじゃない? いくら結合力が合っても、いきなり大人の人間と動物をくっつけたりできないわよ」
「そうか。それにしても、すごい技術だな」
「細胞を扱う技術力はとんでもなく高いわよね」
(ヒュッ!)
(……ドサッ)
いつものように俺たちが話し込んでいる間に、たまに襲ってくるキメラはプリンが一瞬で倒してくれる。
「あっ、プリン、いつもありがとうね。私たちすぐに話し込んじゃうから」
「そうナノ。気を付けてほしいノ」
「ごめんごめん……」
あまりプリン1人に押し付けるのもかわいそうなので、俺たちも周りを少し警戒しつつ、エーンスタットに向かった。




