第75話 モカ予想と『真に護りたいもの』
モカが語ってくれた。
「まずね。コネクトでもなんでもいいんだけど、並行世界同士の間に穴があいてつながっているとするわよ」
「うん」
「それと、並行世界は何かを選択するときに分かれて増えて行く、ということを一緒に考えるのよ」
「まあ、そうだね」
「そうナノ?」
「どういうことプイ?」
並行世界は分かれてどんどん増えていくものだというのは、プリンたちにはなじみのない話のようだ。
「そうか。まずそこからね。例えば、プリンの目の前にブロッコリーとニンジンがあるとするわよ。どちらを先に食べるか迷ったときに、ブロッコリーを先に食べた世界と、ニンジンを先に食べた世界の2つの世界に分かれるの」
「なるほどナノ! でも、私は結局どっちも食べるノ」
「そうね。だから、世界が2つに分かれてもそんなに変わらないこともあるわ。でも、『奇跡の超天才』が幼い頃死ぬか、生き延びるかは大きな違いを生むわ」
「ナ!? それが、この世界とヤマたちの世界との違いナノね?」
「そうよ」
理解してくれたようだ。クルルはさらに本質をついた質問をしてくる。
「それって、すごくたくさん世界があるということプイ?」
「そうなのよ。なんでそれでうまくいくのかは私も分からないけど、そうみたいなの」
「なるほとプイ」
モカが考えの根幹部分を説明し始める。
「でね。並行世界同士の間に穴があいている状態で、世界が分かれたらどうなると思う?」
「え? そのまま分かれるんじゃないの?」
「「プイ(ナノ)?」」
「そうよ。ヤマの言う通り、私も穴があいたそのままの状態で分かれると思うの。つまり、世界が分かれるからと言って、そのために穴が閉じられるというのは変だと思うの」
「あれ? それって、穴も増えることになる?」
「ある意味そうね」
「一気に難しくなったな……」
モカが例を使って説明を始めてくれる。
「じゃあ、例えば、ある世界はプリンがブロッコリーとニンジンのどちらを先に食べるかで2つに分かれるとするわよ。それに対して、別の世界は、クルルがプルンと青パパイヤのどちらを先に食べるかで2つに分かれるとするわよ。でも、プリンとクルルが食べる前から2つの世界の間には穴があいていてつながっているとするの」
「なるほど」
「プリンがブロッコリーを先に食べた世界にある穴の向こう側の世界で、クルルはプルンを先に食べたでしょうか? それとも青パパイヤを先に食べたでしょうか?」
「…… えっ?」
「「難しいプイ(ノ)!」」
◇
質問の意味を理解するだけでも大変だ。
並行世界ということは、クルルがプルンを食べた世界も青パパイヤを食べた世界も存在するはずだ……
でも、どっちにもつながるなんておかしいはずだ。
「クルルがプルンを先に食べた世界も、青パパイヤを先に食べた世界もあるはずだよな」
「そうよ」
「でも、穴は1個じゃないとおかしくないか? 増えたら変だよ」
「そうなのよ。ヤマの言う通りだと私も思うの。つまり、穴の向こう側は、クルルがプルンを先に食べた世界か、青パパイヤを先に食べた世界のどちらかしかあり得ないのよ」
「じゃあ、仮に穴の向こう側がプルンを食べた世界としたときに、青パパイヤを食べた世界はどこに?」
「その穴からは行けない並行世界よ。正確に言えば、穴がつながっている世界は一体となって分かれるしかないと思うのよ」
「ああ、なるほど。穴でつながった世界が全部で4つの並行世界に分岐するんだな?」
「そう! でも、その4つの世界の組の間は互いを行き来はできないの」
「つまり、こういう4つに分かれるんだな」
俺は余っていた紙に書く。ただし、実際には漢字は使わずに、だが。
◆◆◆
世界1 プリン世界はブロッコリーが先、クルル世界はプルンが先
世界2 プリン世界はブロッコリーが先、クルル世界は青パパイヤが先
世界3 プリン世界はニンジンが先、クルル世界はプルンが先
世界4 プリン世界はニンジンが先、クルル世界は青パパイヤが先
◆◆◆
「そうそう。プリン世界とクルル世界って名前いいわね!」
「ふふっ。なあ、これって、プリン世界とクルル世界がもともと1つの世界だとしても同じだよな。今、ここでプリンとクルルの前にブロッコリーとかを置いたら同じことだよな」
「そうなのよ。1つの世界と一緒というのがものすごく大事なの。だから、プリン世界とクルル世界の間を行き来しても安全なの」
なるほど、ここまでは分かったような気がする……
◇
そう思っていると次の話に移っていった。
「次の話も結構大事なの」
「ん?」
「さっきと少しだけ変えるわよ。まず、プリン世界とクルル世界が穴がつながっているとするわ。次にプリン世界がブロッコリーかニンジンで分かれるとするわ。ここまではさっきと同じよ。問題は、ここで穴を閉じたらどうなるか、なの」
「なるほど……」
「穴を閉じたあと、クルル世界がプルンと青パパイヤで分かれたとしましょう。それで青パパイヤを選んだクルル世界にいたとするわ。そこから穴をもう1度あけたらどんなプリン世界につながると思う?」
「ん? それはつなぎ先によってはどっちにもつなげられるんじゃない? さっき書いたので言うと世界2か世界4になるんだよな」
「そうね。じゃあ、世界2を選んだとしましょうか。その時、世界1と3と4は存在するでしょうか? つまり、穴は4つ存在するでしょうか?」
これは難しい。
穴が閉じている間は互いの世界は無関係のはずだ。だから、クルルがプルンを選んだ世界で、あとから穴をあけてくれる保証はないはずだ。
「世界4は穴のあけ方を迷えば存在するような気はするけど、世界1と3があるかは分からないな……」
「そうなのよ。最初の話と違って穴を閉じちゃうと4つの穴があるか分からないの」
実に難しい……
◇
さらにモカは例え話を追加していく。
「でね。ここからがすごく大事なの。最初、ヤマがプリン世界にしかいないとするわ」
「なるほど、こういうところに話がつながるわけか」
「そうよ。最初にプリン世界とクルル世界をつなげるのは同じよ。でも、今度はプリン世界が分かれる前にヤマがクルル世界に移動するの」
「移動か……」
「そのあと、プリン世界が分かれる前に穴も閉じてしまうのも大事なところよ」
「それって、単に並行世界間を移動しただけのようだけど?」
「そうよ。でも、そのあと、穴がつながっていない状態で、プリン世界が2つに分かれたら? この時点で、ヤマがいるのは移動した先のクルル世界よ」
「なるほど……」
「このあと、ヤマがブロッコリーを選んだプリン世界と穴をつなげたら、そのプリン世界にいるプリンはヤマと会えるけど、ニンジンを選んだプリン世界にいるプリンはヤマとは会えないわ。2つならともかく、プリン世界がものすごい数に分かれたら、全部のプリン世界に行くのは不可能になるわ」
「えっ、それって……」
「移動したあとに穴を閉じたら、移動前の世界の人にとっては、もう2度とヤマに会えなくなるかもしれない、ってことよ」
危険性の本質がようやく分かった気がする。
「つまり、安全に行き来するためには穴がずっとあいていないといけないということだよな?」
「そう! 移動した人は安全かもしれないけど、移動しなかった人から見ると、移動した人がいなくなっちゃうかもしれないのよ」
◇
モカ予想は続く。
「最初、コネクトとインベントリとの違いを考えていたのよ」
「そうか。話のきっかけは俺が複数覚えておけるかだったな」
「そうよ。そもそも『覚えておける』ってものすごく特別なことよ」
「まあ、そうかも?」
いまいちモカの意図するところが分かっていない。
「だって、覚えておいた世界が勝手に分かれていかないのよ? インベントリからものを出さなかった世界につながることはないわけよね?」
「あ…… そういうことか! たしかに出すか出さないか迷ったとしても、中身が予定外に変わることはなかったな」
「つまり、インベントリとの間をつなぐ穴はずっと閉じてないのよ」
「なるほど。さっきの話からするとそうなるのか……」
「ヤマ、第3施設でエネルギー変換細胞が振動的にエネルギーを変換しているって言ってたの覚えてる?」
「ああ…… そんなこともあったかな?」
覚えているような気はするが、理解はできていない気がする。
「まあ、要するにね。見えないくらい小さな穴なんだけど、小さくなったり大きくなったり変化しているのよ。それが振動よ。私は、普段は穴ができたり消えたりという変化だと思ってたの。コネクトを使うときだけ穴がすごく大きくなる感じよ」
「それって、さっき言ってた話だと安全じゃないほうだよな?」
「そうなの」
「うーん……」
「実際、通常はそうだと思うのよ。だってコネクトを1度使っても、次使うときにその先のものがなくなってたことなんかないわ」
「そうだな。ん? それって、『コネクトは使うたびに別の並行世界につながっている』ってこと?」
「そうなのよ! コネクトを使い終わると、元の小さな穴の振動に戻るはずよ。その振動では、穴が閉じている時間帯があるのよ。だから同じ世界にはつながらないのよ」
なるほど。筋は通ってそうだ。
「じゃあインベントリは?」
「そこが特別なのよ。インベントリを使い終わって、元の小さな穴の振動になっても、穴が閉じない範囲でしか振動しないのよ。つまり、『穴を閉じない範囲で振動を続けられることが特殊チップの特殊性の1つ』だと思うわ」
「なるほど。ん? 複数覚えておけるというのは、複数の穴があきっぱなし? まあ、コネクトを2カ所から発動させるのと同じかな?」
「複数インベントリは複数の穴があいたままというのはそうだと思うけど、コネクトとは違うわ」
「そうなの?」
「コネクトは2カ所から出ているように見えていても、穴は1個よ。穴同士が小さなヒビ割れでつながっているような感覚だもの」
「なるほど。そう言われてみればそうかな? みんなもそう?」
「水を複数出すときはそうプイね。穴の形を工夫して2カ所からたくさん出やすくしている感じプイ」
「そうなのか……」
「だから、複数インベントリはものすごい制御が必要なはずなのよ。たぶん複数の穴をあけた上で、穴の大きさをスレッドのように制御して、閉じないけど大きくなりすぎないようにしているのよ」
「そうか。『解析不能』は1スロットだもんな……」
「そうよ。これまでもインベントリを1つ維持したまま、ヤマ魔法を使えてたじゃない。あれも穴を2つ開けていたのよ」
「つまり、『解析不能』は、穴の接続先をそれなりに自由に選べるし、複数の穴を維持させたり、消したりもできるということかな?」
「そうなのよ」
賢い生体AIチップだな。
(ん?)
すごいのはAI細胞だけか? そうなのかな?
「ん? 穴の制御ってAI細胞が指示するんだよな。じゃあ、AI細胞がすごいのかな?」
「ヤマも気付いたのね。私も最初そう思ったの。だから特殊チップを使ってしまったら、その人が死ぬと同時に特殊チップも消えるのかなって。でもさ、ヤマはエネルギー変換細胞をキメラから吸収する前からヤマ魔法を使えたわよね?」
「ん? 使えたけど……」
「つまり、初期の特殊チップにあったのはAI細胞とエネルギー変換細胞1スロット分よ。AI細胞だけが特殊、エネルギー変換細胞だけが特殊、あるいは両方とも特殊という3つの状態を区別するのは難しいわ」
なんとなくこれまで引っかかっていたものが解消されていくのを感じる。
「えっ、まさか、初期のエネルギー変換細胞の1スロット分がものすごく特殊だとすると、俺を殺してそのエネルギー変換細胞を吸収したら、その人が『解析不能』を使えるようになるかもしれないということ?」
「可能性としてはあるということよ。私はおそらくAI細胞も賢くないとダメだと思ってるけどね」
「でももしそうだとすると、この特殊なエネルギー変換細胞をめぐって、殺し合いが始まるような……」
「そうなのよ! それが『1番嫌な未来』なのよ!」
「それって、誰かと会えなくなることよりもある意味嫌だな。自分が生み出したものをめぐって人が殺し合うなんて」
おそらくこれが特殊チップを隠した本当の理由だ。俺の直感がそう言っている。
「ヤマも私と同じ考えのようね。最初にマリがテンから特殊チップを隠したのはテンにいなくなってほしくなかったからかもしれないわ。でも、そのままの状態でテンとマリがずっと仲良く暮らせるというのが不思議だったの」
「だよな」
「でも、さっきの殺し合う未来の可能性に気付いたとしたら、特殊チップを隠し続けることにテンも同意するはずだし、その未来を防いでくれたマリにすごく感謝すると思うわ」
「だな」
「それに、特殊チップをテンとマリのそばに置いておけば、噂を聞きつけた人が奪いにくるかもしれない。それをマリがユリに相談したとしたら、ユリに託した上で、テンとマリが人がいない遠くに行くという案が出てきてもおかしくないわ」
「そうか。どこかに行った先で奪われるのも困るし、標的になる自分たちがみんなのそばにいるわけにもいかないからか」
「そうよ。もちろん、それだけじゃないかもしれないけどね」
「……仮にこの予想が合っているとすると――」
「護り人に本当に護り続けてほしいのは、『人々が殺し合わない未来』よ!」
これこそが『真に護りたいもの』のはずだ。間違いない。だから1万年も護り続けてきたのだ。
ようやくここまでたどり着けた俺たち。それと、モカとモカ予想のすごさを改めて感じた。
同時に、俺たちの世界のように、人間同士が殺し合う世界をテンが見たら悲しむだろうな、と考えざるを得なかった。




