第70話 図書館
たくさんの古い本を前にモカが目をキラキラさせる。
「これだけ古くて貴重なものだから、素手ではちょっと…… 手袋とかないのかしら?」
「これニャ。たまにユキ様とかユイ様とかが来たときに手袋がほしいと言われていたから、用意してあるニャ」
「ありがとう。読んでみてもいいかしら?」
「大事にしてもらえれば大丈夫ニャ」
とりあえずどんな本があるか歩きながら眺めてみよう。
リアさんたちは入り口のあたりで椅子に座って楽しそうにおしゃべりしている。クルルとプリンもそっちに混ざっているようだ。読めそうにないからだろう。
実際、多くの本が漢字で書かれているからだ。さらに古い本には背表紙がないものが多く、軽く開いてみて確認する必要がありそうだ。
「すごいわ。古い本の中にはアルファベットみたいな文字で書いてあるものがあるわ。ラテン語とかなのかしら? この頃はまだヨーロッパから逃げてきた人が生き残ってたのか、外と交流があったのか、私たちみたいな人が残したものか、と言ったところかしらね。さすがに私もこれは読めないわ」
「でも、ほとんどの本で漢字が使われているな。漢字っていつごろ使われ始めたんだっけ?」
「うーん。正確には分からないわ。3千年くらい前だと思うけど……」
「1万年に比べたらずっと最近だな」
「そうよ。1万年前は文字自体がまだないんだから」
「そうだよな。漢字の本なら読めるかな?」
「意外と崩された文字じゃないから読めるものもあるかもしれないわ。ひらがなとカタカナが使われるのはもっと後の時代の本よ」
「そうか、平安くらいか」
「そうそう。まあ、どこまで同じか分かんないけどね」
ざっと歩いてみると、モカには大体分かったようだ。
「見た感じ、日記みたいな記録物が多そうだわ。たぶん研究日誌なんだと思うわ。何を読もうか迷うわね」
「あっ、これ!」
俺が偶然見つけた本だ。『奇跡乃超天才』って読める。
「すごいわ。これ見ましょうよ」
「うわあ、漢字だらけだ」
「細かくは分からなくても、ポイントが分かればいいのよ」
モカの頭の良さが尋常じゃないレベルに達している。結局、モカが解読して解説してくれた。
ざっくりと言えば以下だ。
◆◆◆
奇跡の超天才と言われるテンだが、テンは自分の行いを後悔し、同じ過ちを繰り返してほしくないと、子孫に何かを遺したそうだ。
それが何でどこにあるのか、研究者たちは長年探している。
だが、まだ見つかっていない。生まれ故郷と言われるメノヴィーアにはただの廃墟しか遺っていなかった。
口頭でのみ伝わっている話では、テンは家族を殺されたことを恨むが故に、生み出してはならないものを生み出した。それを後悔したのだそうだ。
研究者の間では、それはおそらくキメラのことだろうと考えられている。
一方で、テンはキメラを滅ぼしてはいけないと言っていたとも伝えられている。そのために、わざわざ洞窟を作り、キメラをかくまったそうだ。
だが、今やその話を信じる人も少なくなってきている。これらの話は矛盾するようにも聞こえるし、そもそも我々の中ではテンは偉大な超天才なのだ。
さらに、テンは各都市に順番を意味する名前を付けたと伝わる。だが、なぜ順番を付けたのか、どの都市が何番目なのかを知るものは残念ながら既にいない。昔はその順番に従い巡礼していたのだろうという研究者もいる。
テンのお墓を探している研究者もいるが、いまだに見つかっていない。
レイシュトにあると長年信じられているが、もっと遠く離れたところにあるはずだと言う研究者もいる。彼らがそう考える根拠は、テンの晩年のことが何も伝わっていないからだ。晩年に至る前に遠くに旅立ったはずだというのだ。
また、テンの子孫はレイシュトでテンの遺した言葉を引き継ぎ研究を続けていたと言われる。だが、ある世代で自分たちではとてもテンに及ばないことに気付き、レイシュトから去ったそうだ。
今、どこで子孫が生き続けているかは分からない。
テンの言葉を引き継いでいる一族がテンの子孫だと言えよう。
◆◆◆
「何年前の本かは分からないけど、まだメノヴィーアで口頭で伝えられていた内容がギリギリ残っていた時代ね」
「モカなら都市の順番は分かる?」
「エーンスタット、ドスシウダ、トライオラシ、フューラスタード、フィナルメンシウタットの順よ。いろいろな言語で数字と都市を組み合わせた名前になっているの」
「ん? レイシュトは?」
「レイシュトは日本語よ。気付かなかった? 零のレイに東京とかの首都のシュトが合わさっているのよ。だからレイシュトが中心都市、あるいは始まりの都市という意味だと思うわよ」
「なるほど! じゃあ、メノヴィーアは?」
「……マイナスの都市という意味だと思うわ」
「そうなのか。マイナスからのスタートという意味かな」
「なるほどね。そういう意味だったのかもしれないわね」
「それで第1から第5まで護り人が迷わずに順番に行けるよう作られたんだな」
「間違いないわ。ひょっとしたら、こんなに長く護り人が必要になると思ってなかったのかもしれないわね。口頭で正確に伝わる年数ってたぶんそんなに長くないわよね」
この本をユキさんも読んだのだろうか?
「あと、テンの子孫はたぶんまだどこかにいるのね。本人すら気付いてないかもしれないわ。テンの言葉が伝わっているからって、1万年も経っていれば、それだけで自分が子孫だとは思わないわよね」
「これを読めるのはユキさん一族だけだしな……」
「えっ、まさか……」
「ん?」
「ユキさんはテンの子孫を見つけたんじゃないかしら。テンの言葉を引き継ぐ人に出会ったとしたら……」
「えっ、例えばテルさんとか、モミジさん姉妹とか?」
「うーん。あり得ない話じゃないわね。テルさんたちも優秀な研究者だし」
「まあ、誰かかはともかく、誰か知っている人がテンの子孫だと気付くかもな。でも、気付いたとして、何か問題になるものかな?」
「……そうね。ちょっと思い付かないわね」
首をかしげるモカがかわいい。俺が見とれている間に、モカの頭は切り替わっていた。
「他の本も見てみましょうよ」
◇
次はモカが気になる本を見つけた。『並行世界接続術』だ。
「これは間違いなくコネクトのことね」
「そうだろうな。やっぱり漢字だらけだ。よろしく……」
「しょうがないわね」
モカの解説によると――
◆◆◆
コネクトは、並行世界とこの世界を接続し、必要なものを取り出している。かの『奇跡の超天才』テンが生み出した秘術だ。
コネクトには、水、風、土、氷、岩、光、水晶、弱い雷、火があると言われる。
もちろん、火を使う種族は伝説となっており、見たことがあるという報告すらない。
光、水晶、弱い雷もかなり珍しいコネクトで、ごく稀に、使える人を見たという報告がある程度だ。だが、使える人自身が名乗り出たことはないため、見間違えという説もある。特に水晶を出せたところで岩との違いが分からないため、氷を見間違えただけだと考えられている。
残りのコネクトは使える亜人やキメラが存在する。
不思議なことに、コネクトの威力がとても強いキメラが存在する。各都市のそばの洞窟に大体そのようなキメラがいる。理由は分かっていない。近づかないことが重要だ。
コネクトで、並行世界からいろいろなものを持ってきてしまうため、並行世界ではものがなくなっていっているはずだ。
並行世界に住む人たちから恨まれないようにするために、研究をしていくことが必要だろう。
ただし、既にコネクト無しでは我らは生きていけない。研究への反発が大きくなる可能性があるため、どこか離れた場所でひそかに研究すべきだ。
我々はそのための研究所を作るつもりだ。
◆◆◆
「コネクトの種類は私たちが知っているもので全てのようね。水晶のレンズ効果は知られていなかったのね」
「あと、並行世界研究所が知られていない理由が分かったな」
「コネクトを無くす必要にもし迫られたら、この世界は困ってしまうものね。そういう研究に反対する人がいてもおかしくないわよね」
「そうか。だから、モミジさんが俺たちに話すときに少しためらったのか」
「そうね。あともう1冊くらい見られるかしら」
クルルたちはまだ楽しそうに話している。大丈夫そうだ。
「これなんかどう?」
「いいわね」
これは『遺物』というタイトルの本だ。モカに例によって解読してもらう。
◆◆◆
テンが生きていたと思われる時代に作られ、今も残されている機械が多く存在する。これらは使い方もよく分からず、遺物と言われる。
だが、長年の研究により、少しだけ使い方が分かってきたものがある。
例えば、生体AIチップを製造する遺物だ。生物の死体などを材料にするだけでできるのだ。仕組みは全く分からないが有用だ。
さらに不思議なことに、どうも遺物の中にはコネクトに似た動作をするものが存在することが分かってきた。だが、一度接続動作をさせると、何年も接続できなくなったりする。やり方の問題なのだろうか。
今後も研究を続けて行く必要があるだろう。
(この先には遺物の種類が書いてあるが、書いている人自身が分かっていないせいで、読んでもよく分からなかった……)
◆◆◆
「遺物か…… 私たちをこっちの世界に連れてきたのも、きっと遺物よね」
「だろうな。どう考えても普通のコネクトじゃないもんな」
「ひょっとして、私に生体AIチップを寄生させたのも遺物なのかしらね」
「そうか。そうだよな。こっちの世界に来た瞬間だもんな」
「まさかとは思うけど、私たちを連れてきた2人もそのことを知らなかったんじゃないかしら?」
「ん? まあ、遺物だから知らなくても不思議じゃないけど」
「私たちが来たあと、女の人のほうが気になることがあるって言ってたの覚えてない?」
「ああ…… なんとなく。そうか、そのおかげで逃げる時間ができたんだった」
「そうそう。あれがなんだったのかなって。遺物が何か予想外の動作をしたんじゃないかしら」
「なるほどね」
そろそろ時間かな、と思ったが、最後にひらがなとカタカナも混じった本を見つけ、読みたくなった。
「あとこれだけ見てもいい?」
「ん? いいんじゃない」
タイトルは『かわいいモル人』だ
◆◆◆
世の中にこんなにかわいい種族がいるなんて!
小さくて、独特な耳をして、みんなでくっついていたり、並んで歩いたり、プイプイ言いながら野菜を食べていたりする!
モル人のための町を作って、みんなで一緒に住もう!
(ここからあとはひたすらモル人のスケッチが続いていた……)
◆◆◆
「……モルジクを作った人が残した本だな。モル人への愛情がとにかくすごいな」
「そうね。でも絵があるのは貴重よ。今のモル人の姿とほぼ変わらないことが分かるわよ」
「たしかに!」
クルルたちが俺たちのほうに来た。さすがに待ちくたびれたのだろう。
「あっ、ごめんなさい。長く待たせちゃって」
「全然平気プイ。さっき、モルジクって聞こえた気がしたプイ」
「これ見てみる?」
「プイ? モル人の絵プイ! 文字はなんて書いてあるプイ?」
モカが本の内容を教えてあげた。
「それって、モルジクを作った人ってことプイ? すごいプイ!」
「そうよね。そんな人の本が残っていることもすごいし、この人のモル人への愛情もすごいわよね」
「ヤマが本を書いたらモカの話ばっかりになりそうプイね」
「そうかな? でも、モカの小さい頃の話とかいろいろ書けるかもな」
「もう、恥ずかしいから本にするのはやめて……」
「ふふっ」
「「やっぱりプイ(ナノ)」」
「あっ、リアさんたち、ありがとうございました。すごく楽しめました」
「それはよかったニャ」
「また来たくなったら来てくださいニャ。いっぱいありますからニャ」
「そうですね。貴重な本なので、ゆっくりと大切に読まないといけないですね」
満足した俺たちは2人にお礼を言って、宿屋に戻ることにした。
◇
宿屋に着いたらすっかり暗くなっていた。
部屋に入り、図書館で読んだ話をクルルとプリンにも共有することにした。2人は俺たちが本を読めたこと自体に驚きはなかったようだ。
「昔は知られていても徐々に忘れられていくこともあるプイね」
「そうね。本とかで文字として残していかないと、口頭だけで長年伝えるのは難しいわね」
「そのうち、ヤマやモカのことも本にしないといけないノ」
「「えっ、恥ずかしいよ!」」
「2人揃って同じ反応したプイね」
「仲良しナノね」
これは油断すると、本に書かれてしまいそうだ…… 『2人の神様』とかのタイトルになったら恥ずかしすぎる!




