第68話 お仕事完了
昼過ぎにトライオラシの東門がギリギリ見える位置まで戻ってきた。
「どこのあたりでキメラを渡そうかな」
「そうよね。インベントリからどこで出すかが大事よね。結構大きいから、あんまり手で運びたくないわね」
「北側に回って、東門から見えにくい位置で出そうか。それで、モカとプリンあたりにシェド隊長を呼びに行ってもらうとか」
「そうしましょう」
湖に近づきすぎないギリギリを通り、東門の北側へとまわる。こちらから東門の衛兵や、トライオラシの建物が見えない木の陰であることを確認して、インベントリからシカトラの体を出した。
それを見て、モカたちが門のほうに出発した。
「じゃあ、行ってくるわね」
「よろしく」
肉を出したままなので、キメラが襲ってこないか周囲に気を配る俺たち。クルルもまわりのにおいをかいで警戒してくれている。
◇
しばらくすると、シェド隊長を連れてモカたちが帰ってきた。
「お疲れ様ですワン。これを持ってくるのは大変だったと思いますワン」
「そうですね。キメラが襲ってこないか冷や冷やしてました。ところで、モミジさんは?」
「衛兵に呼びに行かせたのですぐ来ると思うワン」
シェド隊長がシカトラを調べていると、門のほうから何人か人が来た。
「お疲れ様。早かったわね。びっくりしたわ。まあ、あなたたちなら何でもありね」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
「ありがとう。あとは研究所の人間で何とか持っていくわ」
「分かりました。門に入るまではまわりを見張ってますね」
「あなたたちが見てくれてたら安心だわ。行きましょう」
総勢10名ほどで運んでいく。これは都市の中を歩くと目立ちそうだ。研究所の人じゃない限り、あやしさ満点だ。
門を無事通過し、衛兵施設の前あたりに来たところで、あいさつをしておこう。
「では、俺たちはそろそろ――」
「あっ、ちょっと待ってほしいワン」
「?」
「これを渡さないわけにはいかないワン。モミジさんと私を助けてくれたお礼ワン」
なんと、特別証だった。白の肉球マーク付きだ。
「えっ? いいのですか?」
「もちろんワン。あのキメラ相手に私とモミジさんの両方を無傷で護ったワン。十分な功績ワン。それに……」
「?」
「ダンたちとだけ親しくなるのはズルいワン!」
「うふふっ、それならありがたくいただきましょうよ」
「そうだな。俺たちは色んな人と仲良くしたいんですよ」
「またいつでも来てくださいワン」
「はい。そうします!」
◇
俺たちはシェド隊長と分かれて、宿屋に行った。
明日には次のところに行こう。
例によって、モカのお風呂を待ったあと、相談タイムになる。
「トライオラシでは思った以上に情報もらえたな」
「そうね。特別証様々よ」
「次はどうする?」
「そうね。やっぱりレイシュトかしらね。生クリームの研究も気になるし、リアさんと話ができたら1番よね」
そういえば生クリームも研究対象だった……
「そうだよな。でも、ユキさんに会ったらマズくないかな?」
「そうなのよね。ユキさんが研究所に行っている時間帯を狙わないといけないわ」
「ねえ、ユキさんって、ヤマに特殊チップを寄生させた人プイ?」
「そうだと思うわ」
「ならなんで会うとマズいプイ?」
「あれ? なんでだっけ? 北の方の並行世界研究所の人とは別人だよな、きっと」
「でも。前来たときにユキさんたちに会わなくてよかったって言ってたと思うノ」
「私たちが護りの腕輪とネックレスを身に着けているからよ。もともとはユキさんのお母様であるユイさんたちが着けていたんだから」
「私たちが奪ったと思われるプイ?」
「それはないわ。だって、ユイさんたちが殺されたから特殊チップをヤマに託したんだから。ただ、そのヤマがこっちの世界にいることを知ったらすごく驚くと思うわよ」
「そうだったな…… 随分時間が経ったから忘れちゃってたよ」
「そうよね。前レイシュトでリアさんに話を聞いたのは3カ月くらい前じゃないかしら?」
「もうそんなに経つのか…… ユキさんは俺たちの敵ではないとは思うけど、会わないほうがよさそうだよな」
「でも、そのうち、会うことにはなるわよ」
「えっ? そうなの?」
「だって、いつかはユキさんたちも護り人にならないと困るじゃない。私たちがユキさんとテルさんを連れて施設を巡る必要があるわよ」
「そうか、そうなるのか。じゃあ、なおさら研究所とは敵対できないから勘違いを正さないとマズいな」
「そうよ。頑張らないとね」
とは言え、すぐにユキさんたちに話を聞くのは危険なのは変わらないだろう。他に頼りになりそうな人はレイシュトにいないものか。
「そうだ。モカがお菓子屋さんに研究所のこと聞いてみたら? 研究所の人は今日働いていそうか、とか。ユキさんなら有名人だからより分かるかもだよ」
「それ、名案ね!」
「お菓子の神様の力、プイ!」
「それで、リアさんから聞くのはネコ人の神様の力、ナノ!」
なんかみんな楽しそうだ。
◇
翌日、レイシュトに向けて出発することにした。長旅になるので、例によってモカの朝風呂を待ってからだ。
ついでに、お菓子屋さんによってモカプルンを調達してから行こう。最近食べていなかったからだ。
お菓子屋に入ると見たことのある後ろ姿が目についた。
「モミジさん?」
「あら? モカさんじゃない! お菓子作りに来たの?」
「あっ、いや、私たちはレイシュトに行こうかと思って、その前にプルンを食べたいなって思って」
「これおいしいわよね」
「ありがとう」
「「うふふ」」
なんか仲良しっぽいな。その様子を見た店員が気付いたみたいだ。
珍しくモル人の店員だ。
「あの、もしかしてモカ様プイ?」
「そうよ。はじめまして。プルンを売っていただいてありがとうございます」
「プイ! とんでもございませんプイ! 私たちまで作れるようにしていただいて本当にありがとうございますプイ」
「どんどん研究して、おいしくしてくださいね。そうそう、フューラスタードではあんこが乗ったものが発明されていたわよ」
「すごいプイ!」
「モカさんが作ったの?」
「違うわ。フューラスタードのお菓子屋さんが発明したのよ」
「『モカあんプリン』プイ」
「モカあん?」
「食べてみてのお楽しみナノ!」
「なんか、すごくフューラスタードに行きたくなってきたわ……」
「そのうち作り方とか、伝わるんじゃないかしら。それに、レイシュトでも新しいものを研究しているお菓子屋さんがいるわよ」
「そうなのですプイね! 私も負けずに頑張りますプイ」
「楽しみにしてますね」
「あっ、そうだ。これ、作ったの。もしよかったらもらってくれない?」
「わあ、きれい! いいのかしら?」
「もちろんよ。シェド隊長に託そうと思ったんだけど間に合わなくてね。あきらめてたんだけど、渡せてよかったわ。私のことを知っている人に見せたら、あなたたちが私の大切な人だと分かるはずよ」
「ありがとう!」
ある意味、モミジさんの特別証だ。
名前の通り、モミジの葉っぱを押し花にしたものが型紙の上に並んでいる。きれいなモミジだ。赤や黄色など、色彩豊かだ。
何か意味がある配色なのか、これを渡すこと自体に意味があるのかは分からないが、もらってうれしいものには間違いない。
モミジさんは買い物を済ませ、研究所に戻るようだ。
「じゃあ、私はそろそろ研究所に行くわ。せっかく最高の研究材料をもらったからね! モカさんたちはレイシュトに行くのね。あそこは大きな研究所があるのよ。大きい割にあんまり成果出てないけどね」
「そうなんですか? 外からしか見たことないですけど、立派な建物でしたよ?」
「私もよく分からないんだけどね。難しいことやろうとしているんじゃないかしら? 生体AIチップそのものとかを研究しているらしいわよ。『奇跡の超天才』じゃないんだから、そう簡単に分からないと私は思うんだけどね。私はそれよりみんなの安全のほうが大事なのよ」
「やっぱりモミジさんはいい人ですね」
「うふふっ、そんなこと言ってくれるのはあなたたちくらいよ。あなたたちなら心配要らないけど、気を付けて行ってらっしゃい」
「はい、またトライオラシに来たら会いに来ますね」
「楽しみにしてるわ。じゃあね」
手を振ってモミジさんと別れたあと、俺たちもモカプルンを買い込んで、お菓子屋さんを出た。
◇
そのまま、俺たちは西門からトライオラシを出て、レイシュトに向かった。
ドスシウダにもそのうち行く予定だが、レイシュトに直接行くほうが近道だ。以前もこの道を通ったが、数日はかかった記憶がある。
そう言えば、分岐点に着いたあたりで、イヌ人に囲まれた人に会ったな。ドグ博士だっけ? あの人は元研究者だって言ってたはずだ。
「なあ、モカ。前この道を通ったときに、ドグ博士と会ったんだよな」
「そうね。ずっと先の場所だけどね」
「ドグ博士って元研究者なんだよな。そういう人に話を聞くのもいいんじゃない?」
「すごくいいと思うわ。会えたら、だけどね」
「あ…… そうだよな。ドスシウダに向かって行ったことしか知らないもんな」
「ボコ隊長に聞けば分かるんじゃないかしら? イヌ人だし」
「なるほどな。今度聞いてみよう」
レイシュトまで数日はかかるため遠い。ただ、このあたりはあまり強いキメラがいないため、まだ楽な方なのだろう。
前通ったときは誰かと会うんじゃないかとビクビクしていた気がするが、今回はモミジさんに出会った影響か、リラックスして進むことができた。
◇
数回キメラと戦ったが、俺たちにとっては特に何事もなく数日が過ぎ去り、レイシュトの東門が見えてきた。
まずは前も泊まった宿屋を目指した。
「こんにちは。泊まりたいのですが、お部屋は空いていますでしょうか?」
「はい、空いておりますワン。以前もご利用いただきましたと思いますワン。ご利用ありがとうございますワン」
「すごいですね。以前泊まったのは3カ月くらい前だと思いますが」
「そのくらいだったかと思いますワン。皆さまのことは噂になっておりましたからよく覚えておりますワン」
「えっ、噂ですか?」
「『お菓子の神様』だとお菓子屋が騒いでおりましたワン」
「ああ、そうだったのですね。たしかにモカがそう言われてました」
「久しぶりにお菓子屋さんに会うのが楽しみなんです」
「ぜひ会いに行かれるとよいですワン。それではお部屋へどうぞワン」
「ありがとうございます」
お菓子の噂でよかった。どうやら研究所のほうは俺たちを警戒はしていないようだ。
部屋に着くと、例によって、モカはさっそくお風呂を行った。今のところ、特に新しい情報はないし、今日は頭を使わずにゆっくりと休もう。
◇
次の日、まずはお菓子屋さんに行くことにした。レイシュトの南側の商店街にあるお菓子屋さんだ。
「おはようございます。お久しぶりです」
「おはようございますノ。ナ! モカ様! いらっしゃってくださったノですね!」
「覚えていてもらえてよかったわ」
「忘れるわけございませんノ! ちょっとお待ちくださいノ!」
そう言うと奥に急いで何かを取りに行った。
戻ってきたパティシエは両手に何かを持っていた。
「見てくださいノ。 味見していただきたいノ」
「これはおいしそうにできたクリームね! さすがだわ」
そう言いつつ、味見をする。
「味もバッチリだわ! こちらは…… えっ? まさかバター? バターを作れたのね!」
「これはバターと言う名前だったノですね。クリームを作っていたらできてしまったんですノ」
「たしかに、混ぜすぎたりするとできるわよね」
「そうなんですノ! さすがモカ様ですノ」
俺たちも味見をさせてもらった。
「お! これはおいしいクリームだ!」
「おいしいプイ!」
「プルンに乗せたら絶対最高ナノ!」
みんな気に入った。これならいいお菓子屋になれそうだ。
「バターまで作れたなら本当にいろいろ作れるわよ」
「そうだよな。でも、まずはクリームをプルンに添えたり、『モカあんプルン』と合わせたりするところからじゃない?」
「『モカあんプルン』って何ですノ?」
「フューラスタードのお菓子屋さんが発明したお菓子プイ。モカプルンの上にあんこが乗っているプイ。そこにクリームと乗せたら最高そうなんだプイ!」
「それはすごいノ! フューラスタードは遠いからすぐにはできないけど、そのうち作りたいノ」
「そのうち作りましょうね」
プルンとかを買って、満足してお店を出ようとした。
「あっ、モカ、肝心な用事を忘れてるプイ」
「「あ……」」
肝心なことを聞き忘れていたことに出る直前に気付いた俺たちだった。




