第66話 キメラ研究
手合わせを終えた俺たちは隊長室に戻ってきた。
「いやあ、すばらしい経験をさせていただきましたワン」
「こちらこそ、ありがとうございましたノ」
「そういえば、こちらにはどのような用事でいらしたワン?」
ようやく思い出してくれた……
モカのほうを向き、目でお願いした。
「前もトライオラシに来たことがありまして、その時にキメラ研究所がここにあるのを知ったんです。ただ、亜人もキメラに似ているところがあるので、クルルとプリンに危害が及ばないか心配してたんです。衛兵のみなさんならイヌ人なので、実際のところがどうなのかお聞きしたいと思いまして、それで来たんです」
「なるほど、そうだったのですかワン。みなさんほど強ければ心配する必要はないワン。それに、キメラ研究所で亜人の研究をしているとは思えないワン」
「そうなのですね。シェド隊長がそう仰るなら安心できます」
(トントン)
「隊長、お客様がいらっしゃる中、失礼しますワン。キメラ研究所のモミジさんがいらっしゃったのですが、いかがいたしましょうかワン」
「ちょうど良いかもしれませんワン。どうしますかワン。キメラ研究所で私が1番信頼できる人がたまたま来たみたいですワン。一緒に会ってみますかワン?」
これは予想外だ。しかも断りにくい。
モカを見るとモカも一瞬悩んだようだ。だが、頭の回転の速さが違うため、悩んだのは一瞬のようだ。
「せっかくなので、モミジさんがよろしければ」
「じゃあ、モミジさんを連れてきてくれワン」
「分かりましたワン」
◇
少しして、現れたのは、華奢な人間の女性だった。どこかで見たことがあるような気がするが……
「こんにちは、シェド隊長。お客様がいらっしゃったなら、改めましたのに」
「いや、私の大事な客人にキメラ研究所について安心してもらおうと思ったワン」
「はじめまして、モカと言います。こちらはヤマとクルルとプリンです」
「ん? モカさん? えっ? モカさん! あの『モカプルン』のモカさん?」
「あっ、はい。そのモカです」
「トライオラシでもモカプルンは人気プイね」
「うれしいノ」
「ひょっとして、あなたがモカプルンの元となったウサ人のプルンさん?」
「いや、こっちはプルンじゃなくてプリンです」
「あれ? 失礼しました。似てたので間違えちゃいました……」
「元々似ているので、大丈夫ですよ」
なかなか面白い人だ。気さくに話しかけてきてくれる。
「で、その、キメラ研究所について安心してもらうとは?」
「見てのとおり、人間とウサ人とモル人の仲良し4人組で旅をされているワン。亜人ともなればキメラ研究所と聞いたときに不安になるのもしかたないワン」
「そういうことですか。キメラ研究所がどういうところか、簡単にご紹介すればいいのですね?」
「そうしてもらえると助かるワン」
「代わりに後で私の頼みを聞いてもらえるとうれしいけど、まあ、それはあとでね。それで、キメラ研究所の何が知りたいの?」
これはさらに予想外の展開だ。まさか、キメラ研究所について教えてもらえるとは。だが、モカにとっては予想内だったようだ。
「そうですね。どんなことを研究されているのか、差し支えのない範囲で、私たち素人に分かるところを教えていただければうれしいです」
「それなら簡単よ。そもそもキメラ研究所の1番の研究目的はキメラによる脅威をなくすことなの。と言っても、キメラを絶滅させるとかそういう物騒なことは研究してないわ」
「なるほど」
「1番の主流と言うか、多くの研究者が関わっているのが、キメラにはどんな種類がいるかという研究よ。どこに何がいるか分かれば安全に暮らせるでしょ? ついでに分類もしているの」
「これまでの長年の研究で分かっているのは、キメラには強い動物同士が合わさったものと、食べるとおいしいキメラに大別できることね。しかも、魚のキメラは全くいなくて、地上で動けるものばかりなの」
「たしかに、魚のキメラは見たことないですね!」
「でしょ? でも、強すぎるキメラとかは情報を得るのも大変だからはっきりとは分かってないの。『未確認キメラ』なんて言われてたりするわ。あとは使うコネクトの分類もしてたりするのよ」
「あっ、でも亜人は研究対象になってないわ。だって、すぐに会えるし、話は通じるし、どんなコネクトを使えるかみんな知ってるし、研究する必要がないわ」
「ふんふん」
おっ、モカのふんふんモードが始まった。
モカの真剣なまなざしに研究者魂に火がついたのか、モミジさんがいろいろ教えてくれる。
「その他にもいろいろ研究があってね。分かりやすいのだと生体AIチップとの関係を調べる研究よ。これは知ってると思うけど、キメラがコネクトを使えるからよ。でも、これまで死んだキメラを解剖しても生体AIチップが見つかったことはないの。だから、生体AIチップとは関係がないというのが定説よ。でも、たびたび議論になって、よく研究がやり直されているわ」
「ふんふん」
「あとは、キメラ被害を減らすための研究ね。キメラが凶暴な理由を研究している人もいるわ。分かっているのは子どものときからキメラは凶暴で、後天的じゃないということね。なので、どうしようもないというのが主流の考え方になっているわ」
「ふんふん。凶暴性さえなければよかったのにね……」
「ほんとそうなのよ…… そうだったらどれほどよかったか……」
おっ、意外と目指している方向は同じなのかな?
「あとは、これも知っていると思うけど、洞窟に特に強いキメラがいる理由とか、南のほうに強いキメラがいる理由とかも研究している人がいるの。でも、とにかくキメラが強すぎて、ほとんど研究は進んでないわ。それ以外の変わり者だと、キメラが苦手にしているものとか、キメラの好物を研究している人もいるわ」
「ふんふん」
「キメラって肉を好むものも多いし、キメラ同士も食べるのよ。しかも自分より強いキメラに向かっていくこともあるから、苦手とかも特にはなさそうなのよね」
「なるほど、いろいろ教えていただきありがとうございました。たしかにその研究だと亜人を研究する意味はありませんね。亜人と人間はそもそも仲良しですから」
「そうなのよ。なのに、研究者は人間ばかりなの。それが私の研究所に対する1番の不満ね」
「モミジさんはいい人ですね!」
「そう? モカプルンの作り方を教えてくれる神様みたいな人には遠く及ばないわよ」
「すごいプイ。モカが『お菓子の神様』って呼ばれているの知ってるプイね?」
「えっ? そうなの? それは知らなかったけど、でも納得だわ」
「ちなみにヤマは『ネコ人の神様』ナノ」
「? それは初めて聞いた言葉かもだわ……」
「ネコ人の間では有名みたいナノ」
「そうなのね。今度ネコ人の友だちに会ったら聞いてみようかしら」
なんか余計な話題が挟まったけど、モカがもう1つの本題に迫る。
「あっ、そういえば、もう1つ聞いていいですか?」
「ん? 私で分かることならいいわよ」
「前にフューラスタードの宿屋で研究所の方がケガをして休んでたんです。大丈夫かなって思ってたんですけど、しばらくしたら北に向かったって聞いたんです。けど、北のほうに研究所なんてありましたっけ?」
「ああ、あそこか…… 私も行ったことはないんだよね。話しても大丈夫かしら?」
シェド隊長に確認している。やはり、秘密なのだろう。
「私が保証するワン。ドスシウダとフューラスタードとフィナルメンシウタットの衛兵隊長たちの特別証を持つ方たちワン」
「すごいわね。なら大丈夫だわね。一応、私から聞いたって言わないでちょうだいね。あそこは…… 並行世界研究所。コネクトを研究しているところよ。正確にはコネクトがつなぐ世界のことを研究しているの。私たちが水とか土とかを持ってきちゃう世界が存在するらしいの」
「そうなんですね…… 何のために研究するんでしょうか?」
「詳しくは知らないけど、そっちの世界に悪影響がないのか、ってのが1番の目的のはずだわ」
「なるほど。たしかに、いろいろ持っていかれて困っているかもしれませんね……」
「でしょ。研究している人がすごく少ないから知っている人も少ないわ」
「ここからも遠そうですしね」
「そうなのよ。行くだけで苦労する場所よ。行ってみたいの?」
「興味はありますけど、すぐじゃなくてもいいかしら」
「行くつもりなら鍛えておいたほうがいいわよ。道中長いから」
「このプリンさんはあのノエ殿のお弟子さんだからその気になれば行けると思うワン。衛兵よりずっと強いワン」
「なるほど、それなら納得だわ。あの方たちは特別だから」
「えっ、モミジさんもノエさんたちをご存知なんですか?」
「そうね。レイシュトに行ったときにお会いしたことがあるわ。優しくてものすごく強いのよ。助けられた人はいっぱいいるわ。ね、シェド隊長?」
「そうワン。あのボコだってその1人ワン」
「そうでしたね。ボコ隊長からもお聞きしました」
「じゃあ、せっかくの縁だし、ノエさんの弟子なら、隊長にお願いしようと思ったことをお願いしてもいいかしら……」
「研究所について教えていただいたので、私たちにできることなら」
「ありがとう!」
依頼内容は意外というほどでもなかったが、それを衛兵隊長に依頼するのは危険だからやめたほうが、という内容だった。
「実は、何カ月か前に洞窟のほうでシカトラらしきキメラを見たって聞いたの。未確認キメラの1種なのよ。でも、私だけじゃ危険過ぎて近寄れないから、一緒に来てもらえないかなって」
「なるほど。護衛ってことですね。生きたシカトラを見たいのですか?」
「いや、そこまで言わないわ。死んでてくれたほうが安全でうれしいもの」
「首と胴体がバラバラでもいいノ?」
「えっ!? そんな倒し方ができるならそれでもいいわ……」
「なら探しに行きましょうか」
「なあ、モカ、大丈夫かな? 俺たちは平気だけど、モミジさんはちゃんと護らないと危ないよ?」
「私も一緒に行くワン。もし、シカトラに出会ったら、私の土壁で、モミジさんを護るワン」
「なるほど。そういう手がありましたか。でも、シカトラは強力な水を使うので土壁をかなり分厚くしないと危ないですよ。状況見て、俺たちが壁を補強しますね」
「ありがとうワン」
「えっ、水? まさか、戦ったことあるの?」
「あ…… まあ、その、ありますけど……」
「ノエさんの弟子ならそうか…… でも前会ったときに、そんなに強い弟子がいるって言ってたかな?」
「昔はそこまで強くなかったですよ。プリンが頑張って強くなったんです」
「そうなのね」
危なくいろいろ突っ込まれるところだった。モカもヒヤッとしたことだろう。
「それで、いつ頃なら行けそうかしら?」
「俺たちはいつでもいいですよ」
「洞窟まではどうしても1日近くかかるから、明日の朝出発がよいワン。2日かけて往復するワン」
「では明日の朝、東門で集合ということでどうかしら?」
「そうしましょう」
「よろしくワン」
初めての護衛のお仕事になりそうだ。




