第65話 トライオラシ衛兵施設
畑で夕方まで過ごした俺たちは宿屋に戻ってきた。
フューラスタードに寄ったことで、研究所の追っ手が5、6人もいたこと、リコ隊長でも謎の研究所のことは知らなかったこと、ボコ隊長なら分かるかもしれないこと、トライオラシの衛兵隊長はダン隊長の友達であること、などが分かった。
1番大きいのは、トライオラシの衛兵隊長が俺たちの味方になってくれそうということだ。
ここでの用事は済んだので、明日はトライオラシに向かって出発するつもりだ。またしばらくお風呂に入れないことを理解しているモカはしっかりと長風呂に入っている。明日の朝風呂も入ることだろう。
これまで、トライオラシはキメラ研究所があったため、都市の中はあまり見てこなかったが、そろそろ向き合わないといけない頃だろう。少し緊張してきた。
◇
翌日、予定通り、モカの朝風呂を待って出発した。
フューラスタードとトライオラシの間は通ったことのある道だから、特に不安はない。山に近づくトライオラシ南あたりではキメラの遭遇率があがりそう、という程度だ。
日がだいぶ短くなってきたため、1日あたりの移動時間は短くなってきた。だが、キメラと戦う時間が短くなっている影響か、思ったよりは短時間で移動できているようだ。
最初に来たときと同じくらいの期間で分かれ道までたどり着いた。
「だいぶ、私たちも旅慣れたわね」
「そうだな。だからこそ、油断し過ぎないようにしないとな。クルル、プリン、頼むな」
「「まかせるプイ(ナノ)」」
メノヴィーアのほうを見ても人は見当たらない。人が行き来するまでにはまだまだ時間がかかるのだろう。そんなことを思いながら、トライオラシのほうに進んだ。
トライオラシのほうに進むと山に近くなるため、やはり、ワシ系のキメラが襲ってきた。
(ヒュッ!)
(……ドサッ)
もはや光すら使わずにプリンが瞬殺していた。
「やっぱり山が近いから、飛ぶキメラが多いんだよな?」
「まあ、普通そうよね。山を登ったらどんなキメラが出るのかしらね」
「そうだよな。それに、山って普通に登れば向こう側にも行けるよな」
「そりゃそうじゃない?」
「でも、山の向こうがどうなっているか、っていう情報なさすぎない?」
「それはキメラが強いからじゃない?」
「うーん」
「山に行こうとする人を聞いたことないプイね」
「私もないノ」
「理由はキメラ?」
「そうプイね」
「森は平気なのに?」
「……たしかにそうプイね。考えたことなかったプイ」
「まあ、そもそも無理して山に行く理由がないからかな?」
「そうナノ。それもあると思うノ」
「でもさ、山の向こうにいる生き物がこっちに来ない理由にはならないんじゃないかな?」
「そうよね。ヤマの言うとおりだわ。山の向こうに仮にスミロ人のような強い亜人がいたとしたら、山を越えられない理由はないわ」
「もしかして、山を越えられないよう、壁か何かが張り巡らしてあるのかな?」
「その可能性はあるわね。壁じゃなくても、谷でもいいかしら。いずれにしろ、普通じゃ越えられないようになっていたら説明がつくわね」
「まあ、そのうち時間ができたら見に行くのもありかな」
「いいわね」
空を飛ぶキメラが多いことからしても、壁や谷がある説はなかなかいい気がしてきた。
コネクトがあれば、岩の壁なら築ける気がする。谷は俺以外で作れそうな人に会ったことがないな。
あれ? 岩を使える人にも会ってないかも。
「なあ、岩を使える亜人や人間って会ったことある?」
「クルルがいるじゃない」
「そうだけど、護り人以外だよ」
「プイ? たしかに会ったことないかもプイ」
「私もないと思うノ」
「壁を作れるのかってことね?」
「そうそう」
「昔の護り人が作ったんじゃない?」
「なるほど! さすがモカ。すっきりしたよ」
「護り人っぽい役目プイね」
「私もそう思うノ」
「もしかして、壁のどこかが崩れてスミロ人が来たのかしら……」
「ありそうな話だな。最近地震とかあったかな?」
「うーん、ないと思うプイ」
「地震なら1万年の間にたくさん起きているわよ。それで大丈夫なんだから、よほどの特別な地震か、意図的にじゃないとそう簡単に崩れないわよ」
「そっか。まあ、壁があるって決まったわけじゃないしな」
「そうね。今気にしてもしょうがないわ」
(ヒュッ!)
(……ドサッ)
「うわっ、ありがとうな、プリン」
「もう、モカばかり見てないで、ちゃんと周りも見ててほしいノ」
「ごめんごめん」
「うふふっ」
ボケっとしていたら、キメラが近づいていたみたいだった。プリンが間に入って倒してくれた。なぜかモカはうれしそうだ。
◇
しばらく歩き山から離れるとキメラも減っていった。その後、ようやくトライオラシの南門が見えてきた。
南門から見た都市の雰囲気は前と特に変わらない感じだ。南門のそばには宿屋があるが、キメラ研究所もあるから、足早に北のほうに向かうことにした。
北門のそばの宿屋までわざわざ行き、ようやく落ち着くことができた。とりあえず今から長風呂タイムだから、明日どうするか考えよう。
しばらく休憩したあと、お風呂上がりでホカホカのモカに明日のことを聞く。
「明日はまず衛兵施設でいいよな?」
「いいと思うわ。また手合わせすることになったらプリンよろしくね!」
「分かったノ」
「ダン隊長と同じくらい強いらしいからな。まあ、プリンが負けるとは思えないけど、油断をすると、思ってもいない攻撃をしてくるかもな」
「そうナノ。ダン隊長の攻撃も少し驚いたノ」
「衛兵施設に行くのはいいとして、何から話したらいいかな?」
「そうね。リコ隊長と違っていきなり聞くのもなんか変かもしれないわね」
「だよな。あの研究所の話をするときに研究所の人を見たって話をするのはいいんだけど、わざわざそれをトライオラシまで来て聞くってのはな……」
「リコ隊長から聞いたって言うのもありだけど、そこまでして聞きたい理由を聞かれたら困るわね」
「キメラ研究所の話からするのはどうプイ?」
「そうナノ。トライオラシならそれが自然ナノ」
「でも、どんな内容かしら?」
「何を研究しているノ? とかじゃダメナノ?」
「意外といいんじゃないか? だって、俺たちは人間と亜人の仲良し4人組だろ? キメラ研究所がもし亜人を研究しているなら危ないから、っていうだったらいいんじゃないかな?」
「なるほどね。衛兵ならたぶん亜人でしょうから、大丈夫か確認しに来たってことにしましょう」
◇
次の日、俺たちは衛兵施設に向かった。
トライオラシの衛兵施設は洞窟がある東側にまとまっている。東に向かう道の北側にあるほうの施設に入り守衛に声をかける。
「おはようございます」
「おはようございますワン。何か御用ですかワン?」
「衛兵隊長はいらっしゃいますか? 実はフィナルメンシウタットの衛兵隊長とここの衛兵隊長がお知り合いだと聞きまして、ご挨拶したいなと」
そう言いつつ、ダン隊長にもらった特別証を見せた。
「たしかにシェド隊長はダン隊長と親しいとお聞きしたことがあるワンが…… ワン!? 特別証ワン! ダン隊長の印だワン! 分かりましたワン。ご案内いたしますワン」
相変わらず特別証の効果は絶大だ。
ダン隊長に感謝しつつ、衛兵施設を案内してもらった。と言っても、やはり他の衛兵施設と全く同じ構造の建物なので、案内すら要らないかもしれない。
予想通り、2階の隊長室に案内された。
(トントン)
「どうぞワン」
「シェド隊長へお客様をお連れしましたワン。ダン隊長の特別証を持つ方たちですワン」
「ワン!? ダンのかワン。案内ご苦労様ワン。こちらへどうぞワン」
例によってソファに案内された。
シェド隊長はダン隊長とは別の種類のイヌが元になっていそうだ。見た感じは凛々しいジャーマンシェパードドッグが元になっている男性のイヌ人ってところだ。
そう言えば、隊長たちの名前がイヌの種類の名前に似ている気がするが、これも生体AIチップの影響なんだろう。
「ようこそ、はるばるトライオラシまで来てくださったワン。ダンは元気にしてましたかワン」
「はい。これを俺たちにくださったんです」
そう言いながら特別証を見せた。
「たしかにダンの特別証ですワン。あのダンが託すとはあなたたちは一体どういう方たちですワン?」
「いやあ、そんな大したことはした記憶はないんですが、フィナルメンシウタットの南の洞窟あたりに出たキメラをなんとかしたのと、ダン隊長と手合わせしたくらいですね」
「……ワン?」
「もう、ヤマったら、まず自己紹介が先でしょ。いきなり申し訳ありません。私はモカと言います。こちらがヤマとクルルとプリンです。ダン隊長やボコ隊長、リコ隊長と手合わせしたのはこのプリンです」
「モカ、ありがとう。ついうっかりしてました……」
「ああ、いや、ご紹介ありがとうございますワン。私はトライオラシの衛兵隊長をしておりますシェドですワン。ダンとは昔からの知り合いでして、良く一緒に稽古した仲ですワン」
「リコ隊長からはダン隊長と同じくらい強いと伺いましたノ」
「ということは、私と手合わせするために来られたのですワン?」
「あ、いえ、そういうわけでは……」
「ワン? 違うワン? 私とは手合わせしてくださらないのかワン?」
ものすごくさびしそうな顔をするシェド隊長。
「あ…… いや、そういうわけでもありません。ひょっとしてですが、隊長のみなさんって、隊の中だと強すぎてまともに訓練できる相手がいないのですか?」
「さすが、ダンの特別証を持つだけありますワン」
「やっぱりそうなのですね……」
「手合わせはこのあとお願いするとして、見せていただいたダンの特別証は衛兵隊員証ではないようですワン」
「そうです。俺たちはドスシウダで特別衛兵隊長証をいただいたので、他の都市では特別証にしていただいたんです」
「ワン? 特別証をいくつお持ちなのですワン?」
「えっと、3つですね…… ドスシウダとフューラスタードとフィナルメンシウタットの……」
「もしや、3人との手合わせの結果は、あ、いや、それは手合わせすれば分かりますワン。では、行きましょうワン!」
「あ…… そ、そうですね」
何か話の持っていき方を間違えたかな。用件をまだ何も話せていないのだが、手合わせすることになってしまった。まあ、いいか。隊長たちは手合わせできる人を渇望しているようだし。
◇
訓練場に行き、いつものように木刀を渡された。
「じゃ、プリンよろしくな」
「分かったノ」
訓練場の真ん中に2人が向き合う。プリンの立ち姿を見たシェド隊長はプリンの強さを感じたようだ。
「これは…… 全力でいかせていただくワン。よろしいですワン?」
「もちろんですノ。他の隊長のみなさんも同じ条件でしたノ」
「では、はじめますワン」
にらみ合いから始まった。ダン隊長と同じだ。プリンはいつものように微動だにせず、シェド隊長の出方を伺っている。
(パッ)
土というか砂が散った。なるほど、視界を奪うつもりのようだ。次の瞬間、シェド隊長が突っ込む。
(タタタタッ)
(シュッ!)
「ワン!?」
(サッ)
砂を全く意に介さないプリンが、シェド隊長めがけて軽く木刀を振り下ろした。驚いたシェド隊長はとっさにかわし、そのまま慌てて距離を取った。
「あれが効かないとは、予想外ワン…… そうか、あなたはウサ人でしたかワン」
おそらく耳が良いということだろう。目ではなく、音で判断したと思ったのだろう。
すぐさま、行動を開始するようだ。
(ドン! ドン!)
土壁を音を立てて置いて行きつつ、プリンに向かう。
(カン! カカカン! ドン! カカン! パッ)
(カン!)
「ワン!?」
木刀がぶつかる音と、土壁の音が混じる。その合間にも砂が混じる。だが、プリンには一切効かない。
「こうなれば、残るは力勝負ワン」
一気にプリンに迫る。
(ガン! ガン!)
木刀とは思えない音が響き渡っている。
プリンよりずっと大きいシェド隊長の攻撃はさぞ重いだろう。プリンはどうやって受けているのだろうか。よく見てみると、受け止めるというより、瞬間的に横に流しているようだ。
抜群の反射神経と動体視力がなせる技だろう。シェド隊長もただ無効な攻撃を放っているわけでもない。土壁も使おうとたくらんでいるようだ。微妙に位置取りを変えている。
次の瞬間、プリンの真上に土の塊を出した。
大きくはないが、当たると動きにくくなるのは間違いない量だ。その上で、土壁を使って巧みに飛び跳ね木刀を振るってきた。
普通の人ならこれを回避するのは難しいだろう。
(ヒュッ! ヒュッ! カン! ヒュッ!)
「ワ、ワン!?」
勝負ありだ。プリンは土壁の攻撃をかわしつつ、居合抜きでシェド隊長の木刀をはじき飛ばし、首元に木刀を寸止めした。
「す、すごいですワン…… 参りましたワン。ここまで強いとは、まさかあなたはノエ殿のお弟子さんかワン?」
「ナ? 師匠を知っているのですノ?」
「もちろんですワン。それなりの年の衛兵隊長で知らぬものはいないですワン。あなたの太刀筋はよく似ていますワン。しかも、同じくらい強いですワン。これではひよっこのボコとリコはもちろん、ダンでも全く相手にならなかったでしょうワン」
「ありがとうございますノ。ダン隊長とシェド隊長、お話に伺っていたとおり、どちらもとても強い隊長ですノ。ちゃんと相手を分析して攻撃を組み立てられるところがすごいと思いますノ」
剣を交わしたもの同士でしか分からない絆でも芽生えているのだろうか。2人はお互いを称えあっていた。




