第64話 痕跡
◇◇◇
――時は少し遡る――
「ケガが無事に良くなってよかったですノ」
俺たち研究者の護衛軍団を休ませてくれたフューラスタードの宿屋のウサ人がケガの回復を喜んでくれている。
「ありがとうございます。おかげさまで無事に出発できそうです」
「道中お気を付けくださいノ」
さて、ここからは長い道のりだ。とにかく北に向かう必要がある。
並行世界研究所まで、無事にたどり着けるだろうか。北に行くほどキメラは弱い傾向にあるから、川を越えられれば、あとは何とかなるとは思うが。
そんなことを考えていると、護衛仲間のレンが声をかけてきた。
「なあ、イツキ。全然情報なかったけど、このまま研究所に向かうのか?」
「ああ、まあ、しょうがないさ。レンだって、このままここにいてもしょうがないと思うだろ?」
「そりゃそうだけど、研究所までは遠いから、出発したら簡単には戻って来れないからさ」
「そうだな。間に町でもあればいいんだけどな」
「あの川がなければ、あの辺りにでもできたんだろうけどな」
「そうだな。川があると、キメラがいることも多いからな。荷物は多くなるけど、しかたない。そろそろ行こう」
「そうだな」
総勢6人での調査だ。
『ナギ』とかいう侵略者のことを探しに来たが、その名前は全く聞かなかった。
最近有名なのは、ドスシウダでお菓子作り大会を優勝したモカっていう人間の女性くらいだ。普通のお菓子職人とはひと味違うらしく、人気者になっていた。
しかもかわいいらしい。ウサ人とも仲が良いという噂だ。
間違いなく、俺たちが探している侵略者とは別人だろう。
ナギは女と一緒らしいが、タツキさんたちもその女の名前は覚えていないというから、女のほうはどうしようもない。タツキさんたちなら顔を見れば分かるのだろうが、俺たちはナギたちに会っていないのだ。
名前と侵略行為の2つだけで探すのはやはり難しかった。
悪さをしてくれれば分かるのだが、そもそもそんな余裕のある人はめったにいない。
みんな今を生きるのに精一杯だ。キメラに襲われないようにしないといけないし、ウサ人やモル人なんかは畑のことしか考えていない。
ドスシウダ、トライオラシ、フューラスタードと3つの都市を巡ってきたが、結局、ナギが存在する痕跡すら見つけられなかった。
ある意味、痕跡がないことも重要な情報だろう。ナギたちが既にキメラに殺されていると思ってもいいかもしれないからだ。
タツキさんとの約束だから、とにかく研究所まで行って報告せねば。
◇
北門で、衛兵に見送られながら出発した。
そのあと、まずは態勢を整える。
「レンたち水を使える人は貴重だからな。くれぐれも無理しないでくれよ」
「そうだな。水使いは俺とタケしかいないからな。長旅で水なしになったら死ぬしかないもんな」
「ああ、とりあえず俺たち風使いとムクたち土使いで前後を固めるから、真ん中をよろしくな」
「おう、任せとけ。途中でブタウシにでも出会えるといいな」
「そうだな。それくらいしか楽しみがないからな。でも、俺は川を越えるまではキメラとは戦いたくないな」
「俺もだ」
基本的にはキメラに見つからないように、周囲に最大限気を配り、静かに歩く。道を歩いていけば、キメラの遭遇率はかなり低い。
それに、キメラがいたとしても、遠くから発見すればやり過ごせるのだ。俺たちはそうやって生き延びてきた。
フューラスタードに着く直前に運悪くキメラに見つかったが、あの時は珍しく若い個体のキメラで助かった。
だが、この先には川があるのだ。
橋はあるのだが、キメラに襲われる可能性が最も高いところだ。そこを乗り越える方法をずっと考えているが、なかなか良い答えがない。
◇
5日ほどかかったが、隠密行動のおかげで、キメラに見つからずに川が見えるところまで着いた。ここが鬼門だ。
「問題はどうやって橋を安全に渡るか、だな。レンはどう思う?」
「いい考えはないな。そもそもこんな場所にどうやって橋をかけたんだ?」
たしかにもっともな意見だ。それに対し、土使いのヒイとムクが答える。
「いくら土が使えても、橋の形にはできないからな。ムクも無理だろ?」
「もちろん。そもそも、橋は石でできているだろ? だからコネクトで作ってないはずさ」
となると、安全はどう確保したのか……
俺たちの中で1番年長の風使いのケイが言う。
「俺が昔聞いた話だと、すごく強い人たちがこのあたりのキメラを倒して、安全を確保したあとに急いで作ったらしいぞ。まあ、本当かどうかあやしいけどな。俺が思うに、生贄を用意する以外に手はないと思うぞ。生贄を使ったと思われたくないから創った話だろうな」
生贄というのは物騒な話だが、キメラの気を引けるならたしかに効果はありそうだ、
「生贄か。なあ、弱めのキメラを倒して、肉を川に放り投げるのはどうだ? 川の中の強いキメラが肉を食べている間に急いで橋を走り抜けるんだ」
「おお、イツキ冴えてるな。それならいけそうだな」
レンが同意してくれた。
「でも、弱めのキメラなんていなくないか? 今ある肉で何とかできないかな?」
一方、ケイが現実的なことを言い出した。
たしかに、今から弱いキメラを探すことは結構大変だ。そもそも弱いキメラ自体が少ない。ニワブタや、子どものキメラが見つかればいいのだが。
そこで、みんなが持っている肉の残量を確認することに。
「そうだな。みんなどのくらい肉の余りある?」
持っている分を寄せ集めると、明日の食事分を残しても十分足りそうだ。
「これだけあるなら、明日の食事分を残しても行けるよな。川を越えたら弱いキメラも増えるし、2、3日食べなくても何とかなるだろうし」
「まあ、そうだな。しかたないな」
みんなキメラと戦うよりはマシということは理解し、同意してくれた。
それぞれ肉片を1切れずつ持って、川にそろりそろりと近づく。投げれば届く位置にまで来て、小声で、最終確認をする。
「まず橋の右と左に1個ずつ投げよう。それに食いついたら、キメラのいる側の少し遠いところにも1つ投げて誘導しつつ、走り抜けよう。あとはキメラの動きを見つつ、肉を投げながら抜けよう」
((こくり))
「じゃあ、行くぞ」
(ポイッ! ポイッ!)
(ザバッ、もぐもぐ……)
(タタタタッ!)
(ポイッ! ザバッ! もぐもぐ……)
橋を抜けて一目散に近くの木の陰に向かった。
振り返ると、キメラは追ってきてなかった。急いでみんなの無事を確認する。
「みんな無事か?」
「ああ、全員無事さ。肉もあと1個残ったよ」
俺が見てない間にさらに2個ほど肉を使って、キメラの気を引いてくれたようだ。
全員無事で何よりだ。
「よかった…… これで難所を越えたな。あとは、慎重に進もう。ずっと先に分かれ道があるはずだ」
思っていたよりキメラが凶暴じゃなくて助かった。
肉さえ食べれればそれで良いという感じかもしれない。実は肉をたくさん持ち歩けば、安全に移動できるのか、と少し思ったが、そんな簡単な話なわけがないとすぐに思い直した。
◇
難所を越えた俺たちは隠密行動を繰り返し、弱いキメラ以外との戦いを回避して、数日後になんとか分かれ道にたどり着いた。
右に行けば研究所だ。
だが、レンは少し迷っているようだ。俺に聞いてきた。
「エーンスタットに寄って休憩するのもありだけど、どうする?」
「でも、ここからエーンスタットも2、3日かかるから、このまま研究所に行ったほうがいいと思うよ。それに、ここからエーンスタットまでって、結構湖のそばを通るから、キメラが出そうで。意外と危ないんだ」
「そうなのか。キメラが出るならしょうがないな。まだ歩き続けるほうがマシだわ」
意外とすぐに納得してくれた。ちょっと言ってみただけのようだ。
分かれ道を研究所のほうに進むことにした。ここからが遠いのだ。
さらに数日行き、また川のところに来た。もう海に流れ込む直前だ。
「ここにも川があるけど、もうこのあたりは強いキメラはいないから、周りに注意しながら進もう」
「そうだな」
今度の川ではキメラは出て来なかった。
やはり北のほうは安全だ。
そのまま、海沿いを通りつつ2、3日行ったところで、ようやく研究所の正面に着いた。
「遠かったな。無事に着いたな」
正面玄関には一応守衛所がある。今日は守衛がいる日のようだ。
「こんにちは。タツキさんは今日は地下かな?」
「おっ、珍しいな。タツキはたぶん地下だろうな。まあ、長旅だっただろうから、2階で汗を流してからでもいいんじゃないか?」
「そうだな。ありがとう」
2階の宿泊施設で汗を流し、少し休憩したあと、俺1人で地下の研究室に向かうことに。大体タツキさんはカエデさんの研究室にいることが多いからだ。
◇
(トントン)
「はあい、どうぞ」
「こんにちわ、カエデさん。タツキさんは――」
「おう、お疲れ様。みんな無事か?」
「ありがとうございます。みんな無事です」
「そうか。よかった。まあ、まずは座ってくれ」
椅子に座って、報告をすることに。
「まず、ナギの痕跡ですが、全くありませんでした。目立った悪事もなく、名前すら聞きませんでした」
「そうか……」
「ただ……」
「ん?」
「いや、関係ないとは思いますが、フューラスタードに行ったときにはキメラが迫っているとかで、衛兵が慌てていたのを覚えています。そのあと、収まったみたいですが」
「なるほど。やつらが陽動したとか?」
「さすがにそれは無理よ」
「カエデ。それはどういう意味だ?」
「だって、あいつらはあんたにだって手も足も出なかったじゃない。キメラに見つかったら最後よ」
「俺もそう思います。これだけ痕跡がないなら、キメラに殺された可能性のほうが高くないでしょうか?」
「……まあ、普通のやつらならな」
「?」
「こっち来いよ」
小部屋に案内された。特に何の変哲もない部屋だ。
「この部屋から、大きな音を立てずに脱出できるか?」
「えっ? この部屋からですか?」
「そうだ。もちろん、今通った扉の向こうには俺とカエデがいて、しかも扉は向こうから鍵をかけている状態で」
「そんなこと…… ちょっと試してみていいですか?」
「もちろん。そうだ、カエデ、一緒に試してみてくれないか? ちょうどやつらと同じ男女2人になるからな」
「え、しょうがないわね」
「ここの扉の鍵はかけるけど、ノックしたらすぐ開けるから、いろいろ試してみてくれ」
扉が閉められた。
まずはあたりを確認することに。当然目に付くのは右奥の扉だ。
(ガチャガチャ)
「まあ、鍵がなきゃ開かないですよね」
「そこは鍵穴が壊れてて、鍵があっても開かないわ」
「えっ、そうなんですね……」
周りを見ても出られそうなところは見当たらない。
「地下だから窓もないし、人が通れる排気口もないですよね」
「ないわ」
「元の部屋に通じる扉は……」
(ガチャガチャ)
「開かないですよね」
「そんな音立てたら向こうにいる人間が気付くわよ」
「えっ、じゃあ…… いやあ、無理ですよ、こんなの」
「そうよね」
(トントン)
(ガチャ)
「どうだった?」
「タツキさん、こんなところから脱出するなんて無理ですよ」
「だろ? そこから脱出できるやつが普通と思えるか?」
「えっ? こんなところから脱出したんですか?」
「そうさ。俺たちが遺物を使って引きずり込んだあと、そこに閉じ込めておいたんだ。そうしたらいなくなった」
「消えちゃったのよ。縛っていた紐ごと」
「紐ごとですか…… 無茶苦茶過ぎますね……」
「だろ?」
「ひょっとして、遺物が動作して消し飛ばしたんじゃないですか? そのくらいじゃないと説明つかないですよ」
「なるほどね。そういう可能性はあるわね。なんてったって遺物のことは分かってないことのほうがずっと多いわ」
「仮にそうだとすると、どこに消し飛ばすことになるんだ?」
「さあ…… でも、この世界じゃないと思うわよ」
「なら安全ということですかね」
「それが本当ならな……」
「まあ、疑いたくなるのも分かるわ。それだけ異常ということよ」
「そうだな」
「……あまり大した情報得られずにすみません」
「そんなことないわよ」
「そうだ。痕跡がないというのも重要な情報だ。立派に依頼をこなしてくれたさ。ありがとう」
「いえいえ、そんな風に言っていただけるなんて」
(トントン)
「ん? 今日は客が多いな、イツキと一緒に来た誰かかな?」
「はあい、どうぞ」
「こんにちは」
「あら! 珍しいわね。久しぶり!」
俺の知らない人が訪れて、カエデさんと親しげに話を始めた。
俺は迷惑にならないよう、タツキさんに軽く会釈して、部屋をあとにした。
◇◇◇




