第62話 研究者の足取り
次の朝、遺跡から出た俺たちは石碑の前にいた。テンの功績について触れられている石碑だ。
「遺跡とはだいぶ違うわね」
「廃墟となっている間に忘れられたんだろうな」
「これをスミロ人の生き残りが見たらどう思うプイ?」
「悲しくなるノ!」
「「!」」
「それよ! これをスミロ人の生き残りが見たら怒るんじゃないかしら」
「だよな。もし、スミロ人に昔のことが伝わっていたとすると、テンは悪者かもしれないな」
「悪者かもしれないし、ひょっとしたらテンの本当の気持ちが伝わっている可能性すらあるわ。メノヴィーアの人たちともめるのは間違いないわ」
「でも、遺跡は封印されていて誰も入れないから、意見の違いを埋めることはできないよな。テンを崇める人たちと、テンを恨む人の戦いか…… あるいは、テンを大切に思う人同士の意見の相違か」
「どちらもあり得るわ。しかも、それを解決するには決定的な事実と、納得するまでの時間の両方が必要だわ」
「そのどちらもなければ……」
「不幸が起きるしかないわ……」
「……俺たちと研究者の間の認識齟齬も正さないとな。これ以上不幸は生み出したくない」
「そうね」
メノヴィーアで起きたことの俺たちなりの推測ができたところで、メノヴィーアをあとにした。
それが事実かどうかはともかく、悲しい結果となったことだけは間違いない。
◇
「次はどっち行く? フューラスタードかトライオラシだけど」
「少し迷うわね。最短で研究所に行くならフューラスタードだけど、まっすぐ向かう予定はないかしら。でも、研究者のことをもう少し詳しく聞きたいわよね。ついでにリコ隊長にも会えるし」
「じゃあ、遠回りだけど、フューラスタードに行ってからトライオラシの方に行くか。クルルたちもそれでいい?」
「いいプイよ」
「リコ隊長に会いたいノ。ついでに畑もあるノ!」
「畑行きたいプイ!」
クルルとプリンの畑愛はなかなかのものだ……
行き先が決まった俺たちは、分かれ道をフューラスタードのほうに向かった。
◇
特に何事もなく、数日でフューラスタードに着くことができた。
フューラスタードも特には変わりなさそうだ。やはり、洞窟のキメラを倒したことで、このあたりは平和に保たれているようだ。
西門で衛兵にあいさつし、とりあえずいつものように宿屋に向かった。モカはすぐにお風呂へと消えていった。
モカが戻ってきたあと、明日以降の話をし始めた。
「研究所の人のこと、宿屋の受付の人に聞いてもいいけど、前聞いた以上のこと分かるかな?」
「うーん、それよりリコ隊長かしら。もし、本当に探しているなら衛兵に聞くかもしれないし」
「そうだな。あれ? 前来たときは、洞窟に行っている間に研究所の人は北に出発したんだよな? でもそのあとにもリコ隊長に会わなかったっけ?」
「そうね。あのときは何も言われなかったわね。研究所の人のことを聞いてなかったか、私たちとはつながらなかったか、という感じかしら?」
翌日、まず衛兵施設に向かった。
衛兵施設の入り口で声をかけられた。
「ワン? ヤマさんですワン! おかえりなさいワン。隊長に用事ですかワン?」
「そうですけど、いらっしゃいますか?」
「今出かけていますワン。東門の外の様子を見に行っていますワン」
「えっ? またキメラが出たのですか?」
「違いますワン。最近落ち着いているから様子を見に行ったのですワン」
「そうですか。じゃあ、俺たちも行ってみるか」
「分かりましたワン。お気を付けくださいワン」
東門から出て、あたりを眺める。とりあえず見える範囲にはいなさそうだ。
「行くならどっちかな? 洞窟のほうかな?」
「そうね。とりあえず湖のほうに行きましょう」
「クルルとプリンは何か見つけたら教えてね」
「「もちろんプイ(ナノ)」」
その日のうちに往復しようと思うと、洞窟まではたぶん行かないだろう。途中の地点でおそらく会えるだろう。そう思って進んだ。
だが、良く考えてみると日帰りとは聞いていない。キャンプ自体は衛兵としては当たり前のことだから、もっと遠くまで行っているかもしれない。
実際、なかなかリコ隊長は見つからなかった。
もう少し行くと洞窟が見えてくるというところまで行ったところで、リコ隊長たちを見つけた。見つけたのはプリンだ。
「戦っている音が聞こえるノ!」
「どっち?」
「洞窟のほう!」
「行こう! プリンとモカは先に行って!」
「「分かったわ(ノ)」」
到着すると、リコ隊長たちはシカワニと戦っていた。前もこのあたりの湖にいたキメラだ。
隊員の何人かは負傷しているが、命に別状はなさそうだ。とりあえずモカたちが負傷した隊員たちを退避させたところで、俺とクルルも到着した。
「シカワニか。前のときと比べてどうかな?」
「弱いと思うわ。とりあえず間に合って良かったわ。あれならプリンの居合抜きで大丈夫よ」
「光は使う?」
「大丈夫よ。私も風で行くわ」
「まあ、当たる心配はないかな。2人にまかせておくか」
「うん。プリン。私が引きつけるから、隙を見て居合抜きよろしく」
「分かったノ」
リコ隊長が驚いている。
「ワン? たった2人でワン?」
「大丈夫だから見てて」
モカがシカワニのほうに向かった。
(ブンブンブン!)
(サッサッサッ)
(スパッ! スパッ!)
モカはシカワニの攻撃を巧みにかわしながら、グラディウスを振り回す。モカのグラディウスでもシカワニに傷を付けられるようだ。着実にダメージを与えていっている。
このままモカ1人でも時間をかければ倒せそうなくらいだ。ただ無理に時間をかける意味はない。
シカワニの頭がモカのほうを向き、プリンのほうからは首が良く見えるようになった瞬間――
(ヒュッ! ヒュッ! ヒュッ!)
(……ドサッ)
少し空中を飛ぶような感じでシカワニを飛び越えつつ、居合抜き3連撃がさく裂した。シカワニの硬い皮膚と角と言えど、第5施設の武器相手では防御できず、あっさりと勝負がついた。
「……相変わらずとんでもなく強いワン」
「前会ったときよりだいぶ強くなったノ」
「すごいワン」
「衛兵のみんなは大丈夫かしら?」
「ありがとうワン。大丈夫ワン。みんなかすり傷と打撲程度しかないワン」
「良かったわ。ところで、このあたりの様子を見に来たのね?」
「そうワン。だいぶ落ち着いているから久しぶりに様子を見ようと思ったワン」
「シカワニもこの強さなら衛兵のみんなで何とかなったかもしれないわね……」
「ギリギリ勝てたかもしれないけど、犠牲は避けられなさそうワン」
「なら、俺たちが来て正解だったかな?」
「そうワン。戦いが目的ではないから安全なほうがありがたいワン」
「さっきのキメラは洞窟から出てきたキメラじゃないわね?」
「湖のそばを歩いていたら湖から出てきたワン」
「そういえば、湖のそばを歩いているとワニ系に襲われることがたまにあるわ」
「次から気を付けるワン。では、そろそろ私たちはフューラスタードに戻るワン」
「じゃあ、明日あたりに会いに行きま――」
「ねえ、せっかくだから、私たちはこの辺をもう少し見ていきましょうよ。リコ隊長たちも少し休んだほうがいいし、明後日でもいいんじゃないかしら?」
「? いいけど……」
「では、明後日くらいにフューラスタードで待ってるワン」
洞窟のそばまで俺たちは歩いてきた。
「洞窟に来る用事なんかあったっけ?」
「特にはないわよ。古い武器とかを返すくらいだわ。急がなくても次に奥のキメラを倒すときでいいと思うわよ」
「じゃあ?」
「あまり、リコ隊長がいる前で私たちがキメラを倒さないほうがいいでしょ?」
「なるほどな。湖のそばを歩きすぎなければ大丈夫そうだしな」
特にすることもないので、キャンプをしながら、周囲を観察することにした。
「洞窟の奥のキメラを倒すと、このくらい落ち着くんだな」
「奥から逃げてくるキメラがいて、順番に追い出されるんだわ」
「キメラが競い合う場所なんだな。1番強いのがいなくなると、みんな奥に向かうんじゃないかな」
「そうだと思うわ」
◇
次の日、フューラスタードに戻ってきた。洞窟までは片道でほぼ丸1日かかるから、衛兵施設に行くのはやはり明日になりそうだ。
せっかくだから、宿屋の受付で話をしていこう。たまたま今日の受付は以前に話をしたウサ人のようだ。
「こんにちは。お久しぶりです」
「いらっしゃませナノ。あら、以前お越しいただいた特別証を持っていらっしゃる方たちナノですよね?」
「そうです。覚えていていただいたのですね!」
「もちろんですノ」
モカが話をつなぐ。
「そういえば、あのあと研究所の方たちとは会えていないんですよ。私たちが南のほうに行っていたせいでもあるんですけど」
「そうでしたノ。こちらにもいらっしゃってないですノ。5、6人ほどいらっしゃったので、そのまま無事に北上なされたのかもしれませんノ」
「護衛っぽい方たちなら行けるかもしれませんね」
北に行くというのは研究所しかないのかな? そういえばちゃんと聞いたことなかった気がするので聞いてみよう。
「でも、北に行っても、都市とか研究所とかはないんですよね?」
「そうですノ。途中、湖の間の川を渡るそうですが、そのあたりにも町や都市はないと聞いてますノ。頑張ってエーンスタットまで行く予定なのだと思いますノ」
「そうですか。トライオラシとかドスシウダ経由のほうが安全そうなのに、急いでいるのですかね」
「たぶんそうナノでしょうね」
「私たちはトライオラシ経由でエーンスタットまで行きますので、エーンスタットで会うかもしれませんね」
「そうだったノですね。最近はキメラもおとなしいのでどちらの道でも大丈夫そうですノ」
「そういえばそうですね」
人数が5、6人だと分かっただけでも良しとしよう。そうモカと目で会話して、部屋に向かった。
◇
次の朝、衛兵施設に向かうことにした。
「おはようございます」
「おかえりなさいワン。今日は隊長いらっしゃいますワン。どうぞワン」
「ありがとうございます」
さっそく2階の隊長室に向かった。
(トントン)
「どうぞワン」
「おはよう。リコ隊長」
「いらっしゃいワン! こっちへどうぞワン」
いつものようにソファに案内された。
「おとといはありがとうワン」
「余計なことしちゃってないか心配だったけどね」
「そんなことないワン。おかげでみんな大したケガなく帰ってこれたワン」
「様子を見に行っていたのよね?」
「そうワン。たまに見に行かないと様子が変わったことに気付けないからワン」
「たしかにな。フューラスタードから洞窟までは見えないからな。高い塔でもあれば見えるかな?」
「相当高くないと見えないわよ」
「そうか。ならしかたないな」
「ところで、みんなは私に何か用があったのかワン?」
「そうそう、もしリコ隊長が知っていたらと思って。な、モカ?」
さり気なく、モカに話を振る。こういうのはモカが適任だ。
「そうなの。前にフューラスタードに来たときに、宿屋で研究所の人が休んでいるって聞いたの。そのあと、私たちがキメラと戦って戻ってきたらもういなくて。どうやら北に行ったそうなの。でも、北に研究所の人が行く意味って何かしらと思って」
「北にずっと行くと、たしかエーンスタットに着くワン。ワン? でも、エーンスタット側じゃなくて、さらに北に行けたはずワン。そこに何かあったような気がするワン……」
「リコ隊長でも分からないならしかたないわね」
「たぶんお兄様なら分かると思うワン。お兄様ならレイシュトにも近いところにいるから研究所のこととかは私より詳しいワン」
「なるほど。ドスシウダもそのうち行く予定だから、その時にでも聞いてみましょうか」
「トライオラシにも研究所があるから、そこで聞いてみてもいいかもワン」
「……そうね。でも、あそこはキメラ研究所よね。亜人と行っても大丈夫かしら?」
「たしかにワン…… キメラ研究所に人間以外が入るというのは聞いたことないワン。亜人もキメラも本質的には似ているからちょっと行くのは怖いワン」
「そうよね。私たちは4人で行動したいの。クルルとプリンを置いて行きたくはないわ」
ちょっと気になるから俺も質問してみよう。
「トライオラシの衛兵隊長ってどんな人なのかな?」
「フィナルメンシウタットの衛兵隊長をしているダン叔父様のお友達ワン。私はほとんどお会いしたことないけど、ダン叔父様と同じくらい強い方と聞いてるワン」
「そうなんだ。じゃあ、これ見せたら話をさせてもらえるかな?」
そう言って、ダン隊長からもらった特別証を見せた。
「すごいワン! 叔父様からもらったワンね! それがあれば大丈夫ワン」
特別証の効果のすごさを改めて感じた。
こんなすごいものをくれるなんて、隊長たちは本当いい人だ。
「……なんか、ヤマは特別証をくれたダン隊長はいい人だとか思ってそうプイ」
「そうナノ。普通はくれないノ。ヤマの貢献や志がすごいだけということを完全に忘れているノ」
「ん?」
「まあ、私たちのヤマだからしかたないわ」
「「そうプイね(ナノ)」」
「?」
「ふふふっ、あなたたちいつもながら面白いワン」
良く分からないうちにリコ隊長に笑われたけど、まあいつも通りだし、いいのかな。




