第61話 テンの想い
翌朝、フィナルメンシウタットを出発した。
北にある謎の研究所を目標にするのは決まってるが、途中をどうするかはあまりしっかりとは決めていない。いきなり行くより、いろいろなところに寄りながら行きたい、というくらいだ。
「このあと、最初にどこにいく?」
「私はやっぱりメノヴィーアにもう1度行きたいわ」
「そうか。遺跡が再現されたものと分かったからな。それが分かった上で行くと何か分かることもあるかもな」
「そうなのよ」
「どちらにしろ通り道にあるわけだから、まずはメノヴィーアに行こう」
「ありがとう」
「「分かったプイ(ナノ)」」
フィナルメンシウタットの北門から外に出た。門にいた衛兵にはまたフューラスタードのほうに戻ると伝えた。
山あいを進んだが、今日はキメラに遭遇しなかった。
俺たちが以前通ったことで、不必要な接触が減ったのなら歓迎だ。少なくとも今はお互い干渉せずに過ごせるのが1番幸せなはずだ。
その日の夜、道のわきで、テントと寝袋を初めて使った。
これがまた楽しかった。
テントがあることで、周囲から見られないし、寝袋は4人で入るのにちょうど良い大きさだった。地面で寝るよりはふかふかで、これなら長旅も疲れなさそうだ。もちろん、夜の間にキメラが来るかもしれないから、一応警戒はしておいたが。
快適な旅を続け、1、2回ほどキメラと短く戦うのみでメノヴィーアにまで到達した。
◇
「さすがに1カ月も経ってないくらいだから、前来たときと変わってないな」
「そうね」
「キメラは…… 少しいるかもプイ」
「襲ってきたときだけ倒すノ」
「そうだな。とりあえず、そっと奥の建物に行こうか」
「そうしましょう」
目立つ行動はせずにキメラとの戦いを避けて1番奥に進んだ。
「誰もいないのは相変わらずか……」
「来るとしても衛兵くらいじゃないかしら?」
「そうだな。キメラも落ち着いているから、スミロ人もいないだろうしな」
「そうね。一応、誰もいないか確認しながら、遺跡に入りましょう」
建物の中も生き物の気配は全くしなかった。それでも一応周囲を気にしながら、ユリの模様のところに行き、遺跡へと入った。
◇
遺跡の入り口も以前来たときから何も変わっていなかった。
今回もモカの光を使いつつ進む。ただ、モカのコネクト能力は上がっているため、以前より広い範囲を明るくできている。
「見た感じは何も変わってないけど、どこを見る?」
「テンが、他の人に自分の失敗や後悔を伝えるためにここを作るとしたら、どんな風に作ると思う? ただの遺跡の再現だけにするかしら?」
「なるほどな。博物館みたいにするということかな?」
「私もそう思うの。特に文字もない時代だったのよ。人を案内しながら、口頭で説明できるようになっているはずだわ」
「たしかにな……」
「プリン。私を上のほうに浮かしてくれない?」
「いいけど、モカなら自分でできないノ?」
「私は上から光を広く当てて、全体がどうなっているか見たいの」
「なるほどナノ」
(ヒューッ)
(ピカーッ)
「おお、すごいな」
遺跡全体が薄明かりで照らされた。しばらくキョロキョロしていたモカが見終わって、プリンに声をかける。
「ありがとう。下りるのは自分でやるわ」
(ヒューッ、スタッ)
「どうだったノ?」
「上からだと良く見えたわ。やっぱり見学する道が作られているわ」
「じゃあ、順番にたどってみるか」
モカが歩き始めた。俺たちはついて行く。
「まずはこっちよ。前、スミロの骨を見つけたところよ」
「ここは…… そうか。スミロに襲われたときのことを表しているんだな」
「そうよ。まずはここで、襲われたときの気持ちを感じてもらうのよ」
モカが次のところに歩き始めたのだが、俺の目から見た限り、特に何かあるわけではないところで止まった。
「ここが大事なところよ」
そう言って地面を指差した。
どうやら、ここで道が分かれているようだ。
「ここが分岐点よ。テンが選んだ未来は左、テンが選ばなかった未来は右だと思うわ」
「……まるで並行世界を表しているな」
「そうなのよ。テンは並行世界のことをかなり理解していたんだわ。どっちから行く?」
「まずは今につながるほうからはどうプイ?」
「そうだな。そうしよう」
左に進むことにした。
左に進むと何やら朽ちたものが向き合っている。どちらもスミロと同じ牙が付いた何かだ。手前は武器も持っている。ということは、手前がスミロ人のつもりかな。
「おそらく、向こう側がスミロ、こちら側がスミロ人よ。これはたぶんだけど、本当の初期だけ実現したか、ほとんど実現しなかったテンの理想か、といったところね」
もう少し奥に進むと、スミロ人とキメラが戦う構図になっているようだ。
さらにその奥には、スミロ人とキメラが奥にいて、手前に人間がいることを表している雰囲気に変わる。武器も落ちている。
「ここで言いたいのは、スミロに対しスミロ人で恨みを晴らすつもりが、スミロ人が敵になり、さらにキメラを向かわせたらキメラも敵になったということだと思うわ。恨みがもとでスミロ人やキメラといった凶暴なものを生み出してしまったという流れよ」
「なかなか辛い話だな」
「そうプイ」
「悲しみが伝わってくるノ」
今につながるところが分かったところで、分岐のところまで戻ることにした。
「今度はテンがやり直したかったほうに行くか」
少し進むと、道の横にある家の入り口に小道がつながっていた。
「家の中には、人間か亜人と…… 一緒にいるのはキメラなのかな?」
「そうね。少なくともスミロではなさそうね。木とか骨とかで作られていたみたいね。木の部分が朽ちて良く分からないけど」
「きっと、人間や亜人とキメラが一緒に暮らしているプイね」
「スミロはいないノね」
「ええ、この先も見てみましょう」
その先に行くと、今度は大きな家につながっていた。
中を見ると――
「あっ! 今度はスミロのようなものもいるな。みんなで暮らしている感じだな」
「どう解釈するのが正解か分からないけど、いきなりはすぐに仲良く暮らせなくても、いつかは仲良く暮らせるんだ、と言いたいんじゃないかしら」
「そうかもしれないな。いつかはこうなれたはずなのに、最初の道を誤ったということかな」
テンの苦悩が良く分かる展示だな。
不思議なのは、右に行ってもキメラっぽいものがいたことだ。
「キメラを生み出したことを後悔しているというよりは、凶暴にしてしまったことを後悔しているのかな? 右の道にもキメラっぽいのいたよね?」
「そうね。キメラがいない世界を望んでいるわけじゃないと言いたいのだと思うわ。人間だけになればいいなんて、テンは全く思ってなかったのよ」
「私たちと同じで、みんなで仲良く暮らしたかったプイよ」
「私もそう思うノ」
「俺もみんなの意見に賛成だな。恨みを晴らすために凶暴なものを生み出したこと、それを後悔していたんだろうな」
改めてテンの目指したい道を見直してみた。
「実際、こっちの道をたどった並行世界もあるのかな」
「分からないけど、あっても不思議ではないわね」
「そっちの世界にテンが行きたくなっても、なんか責められないよな」
「そうよね。マリがテンから特殊チップを隠した理由がそれかしら」
「つまり、テンがいなくなってしまうのを防ぎたかったということ? 口で言うのは辛すぎるから、チップがなくなったことにしようと……」
「うーん。でも、なんかしっくりこないわね。仲良し夫婦なら話し合いをするはずだわ。隠すとしても、テンが発作的な行動か何かをした最初だけのはずだわ。テンを護るための行動なら分かるけど」
「そうだよな。隠すにしても、それはマリの愛のある行動のはずなんだよな……」
「……私なら、ヤマの実現したいことを手伝いたいけどね」
「私もそうプイ」
「私もそう思うノ」
「?」
「つまり、特殊チップを隠したり、ユリに託したのは、テンが実現したい何かをマリが手伝うためじゃないかしら?」
「なるほど。このいろんな種族がいるような家の実現かな?」
「そうかもしれないわね……」
モカが少し考え、話を続けた。
「……私、これまで、テンから特殊チップを隠したんだと思っていたの」
「ん? 違うの?」
「施設で教えてもらった話だと、凶悪な支配者を生み出す危険性を見抜いたマリが隠したのよ。でも、テンから隠したとは言ってなかったわ」
「まさか、チップを狙うものが他にいたということ?」
「そうなのかもしれないわ。でも、少なくとも亜人やキメラじゃないわよね。既にチップを寄生させているから、特殊チップは使えないもの」
「つまり、人間か……」
「テンの目指す未来の姿に反対する人間、つまり、キメラやスミロ人を滅ぼしたいと思っている人間ね。あるいは単にテンを超えたいと思った研究者とかか……」
「そんな人が特殊チップを手に入れたら大変なことになるな」
「……想像の域を出ないけどね」
この感じは、きっとモカはここにもう少し留まって考えたいだろう。
「……今日もここで泊まって少し考えてみようか?」
「そうしたいわね。私たちが目指している世界も反対する人がいる気がするわ。テンが何をどう思ったか、ここで考えたいわ」
◇
今日はこの暗い遺跡の入り口あたりで、テントと寝袋を使うことにした。テントの入り口からは、遺跡が見えるようにした。
今日も鉱石が薄っすら光っている。
「今、モル人、ウサ人、ネコ人、イヌ人と人間が仲良くすることに反対する人はいないと思うわ。でも、キメラと仲良くすることに反対する人は結構いると思うの」
「家族を殺された人とかな」
「そうよ。プリンだって、ノエさんたちを殺した犯人を許せるわけないでしょ?」
「それは…… そうナノ」
「当たり前の感情よ。テンだって家族を殺されたんだもの、当然分かっていたわ」
それはそうだ。その感情を全員が抑え込めるとはとても思えない。
「仲良くなるためには時間というか世代を経ないとどうにもならないよな。少なくとも100年とか経って、直接悲しい思いをした人がいなくならないと難しいよな」
「時間か…… テンは自分の世代で実現するのは難しいと思ったのかもしれないわね」
「キメラはともかく、スミロ人は亜人なわけだから、言葉は通じそうだよな。だから、世代を経てから話をすれば何とかなるって思ったのかな?」
「どうかしらね。その世代でも殺し合っていたら同じよ。なにより殺し合わなくなるのが先よ。そこから世代を経る必要があるわ」
「それ、会ったことのないスミロ人はともかく、キメラ相手だとものすごく難しくないかな?」
「難しいでしょうね。私たちの世界でもできてないじゃない」
「そうだよな。人間同士ですら難しいんだからな」
ここで、クルルたちが素朴な疑問をぶつけてきた。
「ねえねえ、スミロ人が生き残っているなら、なんで今まで私たちは知らないプイ?」
「私も見たことも聞いたこともないノ。一体どこに住んでるノ?」
「えっ? そ、そうね…… たしかにどこから出てきたのかしら?」
これはものすごく大事な問いな気がする。
モカの『出てきた』という表現がぴったりな気がする。
「山を越えてきたんじゃないの?」
「山の向こうプイ?」
「たしかに山の向こうがどうなっているかは知らないノ」
「……山にはキメラが多そうよね。近くを通ったときも飛ぶキメラに多く遭遇したから、山を越えようなんてなかなか思わないわ」
「まあ、そうだろうけど」
「これまで隔離されてきたのよ。テンの時代に山に囲まれたここに来て、スミロ人に気付かれにくかったって言ってたわよね。だから、当時はスミロ人は山の向こうにいたのよ。でも、それが長く続いたのに、なんで今、それが崩れたのかしら……」
「何か理由があるということかな?」
「それが偶然なのか、何者かが意図を持って行ったか…… たまには山を越えるスミロ人がいてもおかしくはないけど、そもそもなんで今まで越えて来なかったのかしらね?」
「山に行けば分かるかもな。ただ、スミロ人の姿を全然見ないってことは、スミロ人の集団が攻めて来ているわけじゃないってことだよな」
「ええ、それはそうよね。それに……」
「?」
「スミロ人には2種類いたのよ。凶悪な元のスミロ人と、後から生み出された少し穏やかなスミロ人よ。生き残っているスミロ人はどちらなのかしら。混血かしらね」
「さすがに分からないな」
「繁殖不良が起きたとしても、たまには繁殖できたかもしれないし、長い年月をかけて同化したかもしれないしね。こればかりは会ってみないと分からないわね」
「そうだな。戦いの跡だけ見てもな。どっちが仕掛けたかすら分かんないよな」
「ヤマ、その視点大事だわ! 私はスミロ人が攻撃してきたと思ってたわ。でも、火を使う種族を見て、こっちが勝手に恐れて攻撃したから反撃してきたという可能性もあるわ」
「たしかにな…… 最初から攻撃するつもりなら、他の都市も滅びてそうだよな。意外とその説明は説得力あるな。ただ、俺はプリンの師匠たちが攻撃を仕掛けるとはちょっと思えないな。俺たちだって、会っただけの亜人に攻撃しかけないだろ?」
「たしかにそうね。私もそう思うわ。プリンはどう思う?」
「私も師匠たちが会っただけで攻撃したとは思えないノ。ヤマたちの言うとおりだと思うノ」
「私だって亜人に会っただけで攻撃しないプイ」
「……」
モカがまさかのことを言い出した。
「……キメラを護るために、かしらね」
「ああ…… なるほど」
「このままだとキメラが絶滅させられると思ったなら。でも、それでも話し合いもなくというのはかなり無理矢理な話だわね」
「俺としては何らかの不運があって戦うしかなくなった感じじゃないかなって」
「そうね。それならありそうね」
何が起きたのかはもはや生き残りのスミロ人に会う以外はなさそうだ。
「……テンはこの遺跡で、私たちと同じように、どうやったら平和な世界が作れるか日々考えたのかもしれないわね」
「そうだと思うよ。それが今の形につながっているんだと思う」
「そうね」
テンの想いと俺たちの想いが交錯する夜だった。




