第55話 歴史
ついに知りたかった歴史が語られる。いつものようにモカが中心となって、機械と話をすることにした。
「お待たせしました。では、歴史を教えていただけませんか?」
「分かりました。これからお伝えする歴史は一般には知られていないことも含まれます。そのため、他の人には伝えないように気を付けてください」
「また、私に登録されている内容しかお伝えできませんので、抜けているところがあると思いますが、そのつもりで聞いてください」
「もちろんです」
よほど定説に反する内容があるのだろう。緊張してきた。
「もう随分昔のことです。今は『奇跡の超天才』と呼ばれるテンが生まれました。テンは幼い頃から類まれな能力を発揮していたと言われています。テンの生まれ故郷はここから大変遠く離れた土地です。おそらくたどり着くまでに頑張っても1年以上はかかるでしょう」
「やっぱり……」
「テンがまだ幼いとき、テンの住む集落を鋭い牙を持つ肉食動物の群れが襲いました。その動物はテンの集落のあたりではスミロと呼ばれ、恐れられていた動物でした」
「スミロドンではなく、スミロなのね」
「はい。テンはスミロの襲撃の際に皆が逃げ惑う中、運良くスミロと遭遇せずに集落から出られたそうです。さらに、そのまま襲われずに近くの集落までたどり着いたそうです」
「まだ幼いはずなのに、すごい奇跡ね」
「その通りです」
「逃げ延びることができたテンは、近くの集落で無事に育ちました。テンは後に超天才と呼ばれますが、それはテンが子どもの頃から多くの発明を行い、周囲の文明を短期間に大変発展させたからです」
「しかし、テンはスミロを恐れる気持ちと、家族を殺された恨みを忘れられずにいました」
「そうよね……」
「テンは、人間がスミロ以上に強くなれれば良いと考え、研究に没頭したそうです。その結果、ダークエネルギーについて理解するとともに、生体AIチップを開発したそうです」
「さらに、開発した生体AIチップを使い、人間とスミロの亜人であるスミロ人を生み出しました」
「スミロ人!?」
「そうです。テンは、賢く優しい人間をスミロ以上に強くするつもりでスミロ人を生み出しました。しかし、残念ながら生み出されたのは、悪知恵を持ち、スミロのように凶暴かつ強く、人間を含む肉食を強く好む凶悪な生物でした。しかも、スミロ人に与えた生体AIチップには大変強い火のコネクトが登録されていました」
「まさか……」
「凶暴なスミロ人は徐々に周囲を蹂躙し始めました。人間たちはスミロ人に追い立てられ、どんどん数を減らしていきました。テンがいた集落の人間たちは、テンの指導により、戦うことやその場に留まることよりも逃げることを優先し続けたため、何とか生き延びていました」
「テンはスミロ人を生み出したことを後悔し、皆と逃げながらも、火のコネクトに対抗出来そうなキメラをたくさん生み出し戦おうとしました」
「この頃からテンは『テン キドナ』と名乗ったそうです。ですが、強い動物と人間を合わせるのを恐れ、動物同士を合わせたため、結果的に逆効果となりました。キメラはどんどん増え、人間は減り続けました」
「キドナ、か…… まるで神話ね……」
「テンはキメラやスミロ人が繁殖できるとは思っていなかったようです。随分経ってからそのことに気付いたテンは、スミロ人が増え続けることを恐れました。それに対し、テンはあるとき、スミロ人を繁殖不良に陥れることを思い付きました」
「そのため、近縁ですが混血が難しい、少し穏やかなスミロ人を生み出したのです。ですが、繁殖不良を起こすためには穏やかなスミロ人を犠牲にする必要がありました。テンは非常に悩み、実行できなかったそうです」
「テンは優しい人だったのね。それと、スミロ人同士じゃ凶悪なほうには勝てなかったのね」
「テンが優しかったのはそのとおりです。ただ、穏やかなスミロ人も非常に強かったそうです。その後、20年ほどかけて逃げ続け、今のこの地にたどり着きました。ここは山に囲まれた場所で、凶暴なスミロ人からは気付かれにくかったそうですが、これ以上逃げる場所は残されていませんでした」
「追い込まれたテンたちのために、近縁の少し穏やかなスミロ人たちは自らを犠牲にして、凶悪なスミロ人のもとに行き、繁殖不良を起こさせることを決意しました。このことにより、すぐにはスミロ人は減りませんでしたが、長期的に減っていくこととなりました」
「だから、今はスミロ人はいないのね」
「おそらくそのとおりです。今は絶滅したかもしれませんし、ごく一部が生き残っているかもしれませんが、私にはその情報は登録されていません。そして、この一連の悲劇の弊害として、多くのキメラが残されました。また、人間が大変減ってしまったのです」
「だからこんなに人間が少ないのね……」
「あまりに人間が減ったため、テンは、繁殖力が強く大人しいネズミやウサギとの亜人を生み出し、人類の遺伝子を維持しようとしました。それが今のモル人とウサ人の先祖です。これは将来、亜人との間に子どもをもうけられるようになれば人類が栄えられるかもしれないと信じてのことです」
「なるほど……」
「「ヤマと私の子どもプイ(ナノ)ね……」」
(ん?)
「また、当時はまだ生き残っていた凶悪なスミロ人に対抗すべく、人間に協力してくれそうなネコ人とイヌ人も生み出しました。彼らのおかげで何とかスミロ人の侵略を食い止め続けることができたそうです。その間にスミロ人は数を減らし、世代を減るごとに徐々に脅威は他のキメラのみになっていきました」
「その結果が今の世界ね」
「そのとおりです。テンは強力な亜人やキメラを生み出してはならなかったという後悔の念を生涯持ち続けたそうです。それと同時に自身の罪と教訓を子孫のために残したそうです。そのために自分の生まれ故郷の遺跡を再現するとともに、持っていたスミロの骨を残したそうです。これらの教訓は人々に代々伝えられたそうです」
「あれ? でも、今はそんな教訓は伝えられていないですよ?」
「そのようです。当時はまだ文字がありませんでしたので、口頭での伝承だったためでしょう」
「もう少しありますが、休憩しますか? このまま続けますか?」
「どうする? もう少しなら一気に聞いちゃおうかしら?」
「そうだな。モカがしっかり理解してくれるなら俺たちはどちらでもいいよな」
「「そうプイ(ナノ)」」
「分かったわ。では、続きをお願いします」
「分かりました」
このあとの話は護り人につながる重要な話だった。
「テンは晩年、後悔にさいなまれる中、意識的に近くの並行世界につなげられると思われる特殊チップを偶然生み出しました。超天才と言われるテンをもってしても生み出せた理由が分からず、再現できなかったそうです」
「第4施設でも聞いた話ね」
「テンは既に自身にチップを埋め込んでいたため、この特殊チップは使えなかったそうです。本人としては強い後悔の念から別の選択をした世界を実現することを期待していたため、使えないことを残念に思ったそうです」
「なるほど……」
「また、テンは常々、『スミロ人やキメラに罪はない』、『生み出した自分が悪いのだ』、『共に生きられる世界を築けなかったのが人生最大の失敗だ』、『やり直せるならやり直したい』、と言っていたそうです」
「今のこの世界の発想に近い気がするわ」
「テンは特殊チップの能力を自身に取り込み使えるようにするための研究を開始したそうです。それが完成したかは私には登録されていません。ですが、この特殊チップの危険性をテンの妻マリは見抜いたそうです」
「支配欲の強いものに渡ることの危険性ね?」
「そのとおりです。意識した近くの並行世界につなぎ、自身も移動してしまえば、選択を間違えても適切なものを選んだ世界に移動し続けることができます。それは自分にとって最適な未来を得られることを意味し、凶悪な支配者を生み出してしまう危険性があったのです」
「たしかにそういう危険性はあるわね」
「危険性を見抜いたマリにより特殊チップは隠され、マリの妹ユリに託されました」
「託した理由は分かるかしら?」
「私には登録されていません」
「そうですか……」
「ユリに託されるときに、今後も隠し通すとともに、いざというときは、遠い並行世界へ移送してしまうことを約束したそうです。遠い並行世界なら、コネクトを使える人は他にいないですし、この世界の常識にとらわれる心配もないためです。さらに、遠い世界で託す相手は未来を支配する欲のない人を選ぶよう定められたそうです」
「なるほど……」
(えっ、それが俺?)
「でも、いざというときがどういうときなのか、どうやって条件に当てはまる人を見つけるか、それまでどのように護るか、などは分からないのですよね」
「そうです。ですが、ユリの直系の子孫には伝わっているはずです」
「分かりました」
「なお、託されたユリの子孫は代々特殊チップを護るとともに様々な研究を行ったそうです。また、キメラ自体は昔スミロ人に対抗するために生み出された存在であり、キメラに罪はないというテンの言葉は大切にされました。そのため、キメラが人間に追い込まれ、絶滅することがないように考えたと言われています」
「やはりそうだったのね」
「そこで、人間に有益な、食料にもなるキメラも作り出したそうです」
「つまり、護り人は、特殊チップとキメラ自体も護ることが役目よね。もっと言えば、全ての生き物の幸せを護ることが役目と言ってもいいわよね?」
「すばらしいです。そのとおりです。過去の護り人も皆、最後はそのことを理解してくれました」
「ですが、キメラを護るためには、キメラが強くなりすぎることはよくありませんでした。そうならないために、護り人は定期的に洞窟に行き、強くなりすぎたキメラを倒しておく必要がありました。そのため、護り人を強く育てる必要があったのです」
「それがこの5つの施設の目的ね」
「はい、そのとおりです。あなたたちはやり遂げ、護り人として成長しました。これからは護り人としての歴史を引き継ぎ、多くのものを護っていっていただきたい」
「そうですね…… 私たちでできるなら」
「できるさ。これまでもやってきただろ? クルルもプリンもいるんだし」
「「そうプイ(ナノ)!」」
「そうね」
「私からお伝えできることはこれで全てです。理解できなかったことなどがあれば、また聞いてください」
「ありがとうございました。ちょっとまだ腑に落ちないところもあるので、少し考えさせてください……」
(ん? 腑に落ちないところ? たしかになんか引っかかるけど…… まだ、『真に護りたいもの』には届いていないということかな……)
「あっ、ここで寝泊まりしてもいいですよね?」
「問題ありません」
「じゃあ、今日はここで休みましょう。明日から能力を最大にするよう鍛えましょう」
一気にいろいろ聞いたから頭がパンクしそうだ。
思考速度を上げていなかったら、途中で居眠りしたかもしれない。明日あたりに洞窟の外に出たら、モカに分かりやすく教えてもらおう。
そして、クルルとプリンに俺たちのことを話すときが来た。




