第5話 先人の教え
洞窟は奥深くまで続いていそうだった。入り口あたりには何もいなさそうだったから、ここでキャンプすることにした。
モカとクルルは水を汲みに行った。そばに竹が生えていたので、モカのダガーを借りて、即席水筒をいくつか作ったからだ。
その間に俺は細い枯れ木と石を集めてきて、即席のかまどを作り、火を起こしておく。それと、肉を焼く串も竹から作っておく。
しばらくして2人が戻ってきた。
「相変わらずヤマって本当器用よね。水筒もバッチリよ」
「こんなにすぐに火を用意するなんてすごいプイ!」
俺の力で簡単に火はつけられたが、なんとなくそれは言わないほうがよい気がした。反応から考えると火は貴重なようだからだ。
「塩とか調味料はないけど、とりあえず串焼きにして食べよう」
「イノウシなら焼くだけで十分おいしいプイ!」
焼けたイノウシを食べてみる。塩気は足りないが、牛肉のような柔らかいお肉だ。塩コショウがもしあれば相当おいしくなりそうだった。今の俺たちには最高のごちそうだ。それと、見た目と名前からして、イノシシとウシの中間であることは間違いなさそうだ。
「ところで、クルル。私たち、キメラとか、コネクトだっけ? 全然知らないの。もし知っていることがあれば教えてくれないかしら?」
「プ? いいプイよ」
「キメラを知らないなんて、ダブル爺みたいプイね。ダブル爺は私たちの町にいた人間のおじいちゃんプイ。でも若い頃はキメラとか知らなかったって言ってたプイ」
(人間たちが皆知らないだけなのか、それともダブル爺が俺たちみたいに並行世界から来たのか、どちらかかな……)
「キメラってのは、2つの動物が合わさった生き物プイ。何が合わさっているかでたくさんの種族がいるプイ。一応、亜人もキメラらしいプイ…… それと、キメラはみんなコネクトを使えるプイ」
「コネクトっていうは、種族によって使えるものが違う不思議な力なんだプイ。モル人の場合は水を出すことができるプイ。意味はよく分からないけど、2つの世界をつなぐからコネクトって言うんだろうってダブル爺が言ってたプイ」
(知れば知るほど、疑問が増えていく気がするな……)
「へえ…… どうして、キメラはコネクトを使えるの? 人間は使えないの?」
「私たちがどうしてコネクトを使えるかは知らないプイ…… でも人間は元々使えないけど、人間たちが住んでいる都市で売ってるチップを寄生させれば使えるようになるってダブル爺が言ってたプイ。ダブル爺もモル人みたいに水のコネクトを使えてたプイ」
「チップ? 寄生? 機械みたいな生物みたいな…… クルルは見たことある?」
「チップを見たことは無いから分かんないプイ」
「そう、ありがとう! クルルってまだ子どもなのに賢いのね」
「子どもじゃないプイ! これでもれっきとした大人の女性プイ! プーイプーイ!」
「えっ! そうだったの? ごめんなさい……」
「ふふっ、モカにしては珍しく想像力不足だったね。モルモットと人間が混ざるなら大人でも小さくてかわいいのが当たり前だろ?」
「そうか! ごめんね、クルル」
「本当に知らなかったみたいだから許してあげるプイ」
クルルのおかげで色々知ることができたけど、謎がさらに増えた気がする。今度は俺から聞いてみる。
「そういえば、さっきコネクトは種族によって違うって言ったけど、2種類以上出すことってできるの? 水と土とか、水と火とか」
「無理プイ。聞いたこともないプイ。それに火のコネクトを使う種族はいないし、すごく恐れられているプイ。もし、火のコネクトを使う種族に会ったら殺されると言われているプイ」
「「えっ?」」
驚いたあと、モカと俺は目を合わせて、軽くうなずいた。俺の力を見せるのは絶対やめたほうがよいと目で会話した。火をつけるところを見られなくてよかった……
「そうか。でも、2つの世界をつなぐなら、いろんなものを自由に出せそうじゃない?」
「つながる場所は大体同じプイ。それに、いつも同じ種類のものがある場所プイ。だから同じ種類しか出せないプイ。ダブル爺も同じって言ってたプイ。なんて言ってたプイか…… 登録されているとか言ってた気がするプイ」
(なるほど。寄生しているチップに場所が登録されていて、そこにつながるんだな…… 分かるような分からないような……)
「あっ、モカ、それ私が食べようと思ってた肉プイ!」
「えっ、いいじゃない。まだ、いっぱいあるんだし……」
「プイプイ」
「すねないでよ。そうだ! クルルって野菜は好き?」
「私はそんなに好きじゃないほうプイ…… 人間並みくらいプイ。私はパパイヤが好きプイ。でも、普通のモル人は野菜が超大好きプイ。ブロッコリーとかチンゲンサイとかが人気プイ」
「私もブロッコリーとかチンゲンサイ大好きだからモル人と仲良くできそう!」
「私とは仲良くできないかも……プイ」
なんか2匹のデカいモルモットが会話しているみたいだ。仲良くしてくれるといいんだけどな。
そうだ、肝心なことを聞き忘れてた。
「クルル、いろいろ教えてくれてほんとありがとう! ところでさ、クルルはどうしてここにきたの? この近くに住んでるの?」
「私が住んでるモルジクまではちょっと遠いプイ。川を越えないといけないプイ。実は、つい最近、ダブル爺が死んじゃったプイ。仲良しのブイ婆ちゃんと一緒にキメラに殺されたプイ……」
「ダブル爺とブイ婆ちゃんは人間とモル人なのに、本当に仲が良かったプイ。だから私も人間と仲良しになりたかったプイ。それで、人間のいる都市に行こうと思って、その前に2人がよく行ってた場所でお祈りしようと思ったんだプイ」
「そうだったのか…… そんなときだったのに助けてくれてありがとな」
「ヤマみたいな、いい人間に会えて私も嬉しいプイ」
「そうか! じゃあお礼にその2人がよく行ってた場所に一緒にお祈りに行くよ!」
「プ? それ、この洞窟プイよ。奥のほうらしいプイ」
「えっ? ここ?」
なるほど、それでたまたま会えたわけか。話から推測すると、おそらくダブル爺は俺たちと同じように並行世界から来たんだろう。ブイ婆ちゃんの名前に合わせてダブルって名乗ったとすれば、納得がいく。この世界に英語があるかは分からないけど、ブイを2つ並べたダブルなんて名前、偶然にしては出来すぎている。
ダブル爺をたどれば、元の世界に戻るヒントが得られるかもしれないな。
「なあ、クルル…… 一緒について行っていい? ダブル爺がどんな人だったか俺も知りたいんだ」
「いいプイよ。ヤマはほんとダブル爺みたいに優しいことが分かるプイ」
「私もいい?」
「――ヤマが連れて行きたいならプイ……」
「……(ヤマ、お願いっ!)」
「じゃあ、今日はゆっくり休んで、明日3人で奥に行こう!」
「「うん(プイ)!」」
◇
次の日、水筒の中身を新しくして、いざ洞窟の奥へと進む。
中は思ったほど暗くなく、どこかから光が入ってきているようだった。昨日のイノウシみたいなキメラに襲われないかビクビクしたが、小さなトカゲがいたくらいで、襲われることなく、進むことができた。
「行き止まりプイ?」
前を歩くクルルが止まった。たしかに行き止まりのようだ。
「そういえば、奥に何があるのか知ってるの?」
「詳しくは知らないプイ。でも、ダブル爺が少し前に手紙みたいなのを書いていたけど、それが見つかってないプイ。だから、手紙とかが置いてあると思ってたプイ」
「なるほど……」
「ねえ、ヤマ、あれ!」
壁を見ると文字が書いてある。
『上壱 下八 七四弍参壱六五八』
「見たことない文字プイ」
「「えっ?」」
どうやらモル人には読めない…… いや、たぶんこの世界に漢字が存在しないのだろう。そうか、それで最初に逃げ出した建物の階数表記がカタカナだったのか。
「ねえ、ヤマ。ということはこれ、そういうことよね」
「ああ、間違いなく」
「なあ、クルル。この先、本当に進んでいいのか? ダブル爺の秘密を知ってしまうかもしれないよ? それに俺たちをそんな大事なところに連れていって大丈夫?」
「プ? よく分からないけど、ダブル爺が遺してくれたものなら知りたいプイ。それに、ヤマのことは信頼してるプイ。ダブル爺と似たにおいがするプイ。モル人は鼻が利くプイ」
「……分かった」
モカと目を合わせうなずき、心を決める。文字のそばをみると、少し出っ張ったものが8個ある。これらの位置を漢字に合わせるのだろう。指示通りにしてみる。
「扉の鍵だったのね。スライドできるようになったわ」
「プ? どうやったプイ?」
「ダブル爺の言葉に従っただけよ」
「あの文字のことプイ?」
「そう」
「ヤマもモカも読めるプイ? 2人はダブル爺の仲間なのプイ?」
「ダブル爺には会ったことないけど、たぶん、そうね」
「?」
出っ張りが鍵だと気付いても、8桁を偶然当てるのはほぼ不可能だから、漢字が読める人を待っていたということだろう。扉の奥は狭い部屋のようになっていた。そこには箱と手紙が置いてあった。手紙も漢字を使った普通の日本語で書いてある。
「手紙、先に読んでもいい? クルルだと読めないよな?」
「うん、いいプイよ」
手紙にはこう書いてあった。
◆◆◆
これを読んでいる君は、僕と同じく他の世界から来たんだね?
この世界には漢字を読める人がいなかった。昔はいたようだが、亜人でも読めるようにカタカナとひらがなのみを使っていたら、そのうち人間も読めなくなったそうだ。だから、漢字を使ってここを封印した。
この部屋に隠した箱の中には、おそらくとても貴重なものが入っている。持ち主は分からない。だが、元の世界に帰るために役に立つかもしれない。そう思っている。
箱の中には腕輪2個とネックレスが入っている。僕が試した限り、腕輪は人間のみが着けられ、1人1個までのようだ。2個着けようとすると激痛が走るため、試すなら覚悟してからやるように。ネックレスのほうはモル人でも着けられた。
さて、腕輪とネックレスの説明の前に、これを読んでいる君がこの世界のことをどの程度知っているのか。もし、知らなかったときに備えて、僕が得た知識を遺しておく。
僕がこの世界に来てしまったのはたぶん3、40年くらい前だろう。来てすぐにキメラ――あの化け物――に殺されそうになった。その時助けてくれたのがモル人のブイだった。茶髪の中に白いブイの字模様があるかわいい人だった。この世界にはアルファベットも残っていないので、実は名前とブイの字は関係なかったのだが、てっきりそうなのだと僕は思い込んでしまい、名前を聞かれて思わずダブルと名乗ってしまった。
ダブルとなった僕は、ブイとともに人間たちが住む都市、エーンスタットに行った。ブイが使うコネクトのことを聞いていたものの、ちゃんとは分かっていなかった。エーンスタットでは、通常はチップと呼ばれるセイタイエーアイチップというものが売っていた。チップというから機械かと思ったら、まるで生物の細胞の塊のようだった。エーアイが何を意味するのか誰も知らないみたいだったが、僕の理解が正しいなら人工知能のAIのことだろう。そして、僕がいた世界のAIよりはるかに優れている。
このチップには種類があり、水、土、風が売っていた。このチップを体内に『寄生』させると、人間でもコネクトを使えるようになると言われた。コネクトとは何もないところから水などを出せる魔法みたいなものだ。だが、実際に使って分かったのは、これは魔法ではなく、おそらく並行世界から決まった物質を取り出しているに過ぎない。コネクトという言葉の意味は知られていなかったが、間違いなく、つなぐという意味の言葉だ。
原理は僕には全く分からないが、好きな世界につなげられるわけではなく、キメラは種族固定、人間は寄生させたチップに対応する1種類のみ使えるようだ。これはおそらくつなぎ先がチップに登録されているためだろう。キメラについてはよく分からないが、チップかチップに代わる何かが寄生しているかもしれない。ただ、AIで賢くなることはできても、世界をつなげられるとはとても思えない。チップやキメラにはまだ秘密が隠されていると思う。なお、チップは寄生後の交換や追加はできないそうだが、僕は迷わずモル人と同じ水を選んだ。
さて、そろそろ腕輪とネックレスの話に戻ろう。腕輪とネックレスは、ブイと余生を送るためにモルジクに戻る途中に拾ったものだ。キメラか何かに殺されたウサ人が大事そうに持っていたのだ。人間にしか着けられない腕輪の持ち主は別にいるはずなのだが、返すことができないため、大事に取っておいた。だが、ある時、腕に通したら着けられてしまった。試してみてもらえば分かる。着けていても、しばらくは何も変化に気付かなかった。ネックレスを着けたブイのかわいさに見惚れていただけだった。そのうちに、この腕輪とネックレスのすごさはそんなものではないということが分かった。
水、土、風のコネクトを使うと聞き、まるで流行り始めたばかりのテレビゲームみたいだと思っていた。だが、ゲームとは異なり、キメラを倒したところで特段強くはならないのだ。それがこの世界の常識だ。コネクトについても、AIの力で並行世界から何かを取り出しているだけなのだから強くならなくて当たり前だ。しかし、この腕輪やネックレスを着けていると、なぜか少しずつコネクトを使う能力が向上することに気が付いたのだ。
その事に気付いた僕はエーンスタットそばの洞窟のことを思い出した。そこには他の場所とは比べものにならない強さのキメラが出るそうだ。この腕輪やネックレスに関連している。そう直感した。そして、コネクト能力を強くできれば、元の世界にもつなげられ、帰れるかもしれない。
だが、僕はもう年を取っていた。それに、ブイを置いていくなんて絶対にできない。僕はブイに全てを話し、ブイとともにこの世界で暮らすことを選んだ。だから、次の世代のために、ブイと一緒に腕輪とネックレスをここに隠しに来たのだ。
これを読んでいる君が、もし元の世界に帰りたくて悩んでいるなら、この腕輪とネックレスを役立ててほしい。この手紙を読める君に託したいのだ。そして、ついでで良いので、できれば本来の持ち主を探し、もし生きていれば最後は返してあげてほしい。この貴重な腕輪とネックレスを失い、困っているかもしれないからだ。だが、この腕輪とネックレスの特性は他人に簡単に話してよいものとは思えないため、持ち主を探すのはほとんど不可能だろう。できれば着けているところを見られないように。君の安全のために。
あと最後に、並行世界から来たことはできれば誰にも言わないほうがいいだろう。元の世界に帰りたがっていると知ってしまうと、君が大事に思う人ほど、自分の気持ちを隠し、葛藤してしまうだろう。もう帰らないと決意したときか、本当に帰れることが分かったときに初めて伝えても遅くはないだろう。心が通じ合っていれば、きっとその時を待ってくれていることだろう。そう、ブイのように。
では、君の幸せな未来を願って。
――モル人を心から愛した1人の人間より
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