第4話 逃亡者と亜人
◇◇◇
俺たちは、侵略者じゃないと分かってもらうか、逃げ出すかの2択を迫られていた。
モカは、説得は難しいという意見だ。後押しするかのように、扉の向こうからは物騒な話が漏れ聞こえてきている。俺はモカのほうを見つめて、ついに覚悟を決める。
「モカの言うとおりかもな…… となると、逃げるしかないか」
「うん、たぶんね。このロープ、さっき見せてくれた魔法で焼き切れる?」
「魔法かはともかく、やってみるよ」
見た感じ、何の変哲もない細いロープだ。これなら火であぶれば切れるかもしれない。魔法なんか使わなくても普通にライターを使えばいいのでは、と思ったところで気付く。
ライターが今後も簡単に手に入るとは限らない。特にオイルを大事にしなくてはいけない。並行世界のライターを使えば、こちらのライターのオイルは減らないのだ。やっぱりエネルギー保存則に反している気がするが、そんなことは今はどうでもいい。
幸いライターは胸ポケットに入れていたため、一度地面に落としてからなら、俺でもモカでも縛られた手で拾えそうだ。並行世界と言えど、届かないものを細かく操作できはしないのだ。
俺は床に転がり、なんとかもがいてライターを取り出した。
モカの手を縛っているロープのそばにライターを近づけ、意識を集中する。単なる集中じゃダメだ。モカにヤケドを負わせるわけにはいけない。絶対に失敗できない。
(シュボッ)
(……)
「……切れたわ!」
なんとかロープが切れるまで、集中を切らさずにできた。モカの手が自由になったことで、2人のロープをすべて外すことができた。
「さすが、ヤマ! できたわね! ライターのオイルも節約できたし、バッチリ!」
「知ってて言ってたのか。モカの頭脳は相変わらずだな」
お互い小声でそう言いつつ、周りの様子を確かめながら火を使った証拠が残るロープを回収した。
このあと小部屋の入り口の扉から出るわけにはいかない。鍵がかかっているかはともかく、扉の向こうにはあの2人がいるからだ。
その扉から見た部屋の右奥のほうに、もう1つ扉がある。どこか別の部屋につながっているようだ。その扉のほうに行き、開くかどうかそっと試してみる。
「……ダメか。鍵がかかってるな」
「まあ、そうよね。じゃなきゃここに閉じ込めないでしょ」
「鍵がこの部屋の中にあるとも思えないし、あっても見つけられるわけないよな」
「それに大きな音を立てるわけにいかないから、鍵を壊したり、扉をヤマ魔法でぶち破ったりできないわね」
「ま、まあね……」
気になる名称に進化してたけど、ツッコむ余裕もないので、素直に受け入れる。
それにしてもどうしよう…… さすがのモカも悩んでいるようだ。悩みながら扉の隙間をのぞき込んでいる。
「ひょっとしたら…… ねえねえ、前さ、水でヤマ魔法を初めて試したとき、蛇口から離れたところから水が出たわよね」
「そうだね。ちょうどそこに穴をあけるようなイメージにしたから」
「その時ってさ、並行世界からどう見えたと思う? 途中で水が消えていくように見えたと思わない? つながっているのに」
「ん? そうだろうけど……」
「つまり、つながっているのに、ヤマ穴を介して、半分ずつ別の世界にいたってこと。しかも、別の世界にある部分にはこちらからは普通は触れないわよね」
「なるほど」
「だから、鍵の引っ掛かり部分の途中にヤマ穴をあけて、そこから先の壁に引っ掛かる部分だけを並行世界に持っていけば、鍵がかかったまま開けられるんじゃない?」
「……そうか! モカ、天才すぎ!」
さっそく試すことにした。別に消し飛ばすわけじゃないから、つながり先がどこだろうと気にする必要はなさそうだ。時間もないし。
(うまくいってくれ……)
(スッ)
薄い出っ張りは壁をすり抜け、なんの引っ掛かりもなく、スムーズに扉は開いた!
中に人がいないことを確認すると、急いでモカと隣の部屋に行き、扉を閉めて内鍵をそっと閉めた。
「なんか、すごい脱出マジックね! ヤマは手品師になれるわ! あっ、でももう魔法使いだったわ……」
(少し安心したこともあり、モカはなんか楽しそうだ)
「ふふっ、でもまだ安心するのは早いよ。この部屋には誰もいなかったから良かったけど、見つかる前に建物の外まで逃げないと」
部屋を見回すと、さっきの部屋2個分くらいの大きさだ。入るときに思わず明かりをつけてしまったが、窓がないおかげで気付かれずに済んでいるようだ。明かりと言っても電気には見えないが。
それに、この部屋にあるのは…… 先に歩き出していたモカが確認している。
「これ、どう見ても武器よね」
「こっちは剣で、それは短剣、他にもいろいろあるな。それなんだっけ? メイスだっけ?」
「古いものには見えないし、手入れされているようだけど、戦争用にしては前時代的よね。武道用かな? 収集用にしてはこんな窓のない部屋に置くなんて変だし」
「そうだよな。部屋自体は武器庫って感じではあるけどなあ。せめて機関銃とかがあれば戦争用って感じがするけど」
「そういえば…… 私たちが最初に吸い込まれた部屋の角のほうに、なんか気持ち悪い生き物の死体が置かれてなかった?」
「えっ? そんなとこ見てる余裕なかったよ」
「もし、建物の外にそういう化け物がいるなら、この武器が役に立つんじゃない?」
「並行世界ってより、ゲームの世界だな、それは」
「この際ゲームでもなんでもいいけど、せっかくだから護身用にもらっていきましょうよ」
「そうしよう。俺は…… これかな。ロングソードっぽいやつ」
「私はそんな重そうなの無理だから、短剣。このダガーっぽいやつかな」
「防具はないんだね。そこまでゲームっぽくはないのか」
「そりゃ、ここはゲームの世界じゃないんだから」
「だね。武器もゲットしたし、あっちの扉から逃げよう」
入ってきた扉の反対側にも扉があった。内鍵なので、こちらからは簡単に出られた。入ってきたのと同じ要領で、今度は鍵をかけたまま閉めた。
扉から出たところは、階段下の空間だった。
階段は上の階にのみつながっているので、1番下の階のようだ。ここは何階なんだろうか? 上の階は明るそうだけど、ここは薄暗いから地下だろうか。
向かいの長く続く壁には別の部屋の扉もある。それに、階段を下りたところから通路はL字に分かれている。L字通路の片方の奥、明かりが漏れている扉がたぶん最初の部屋の入り口で、さらにそこから曲がれそうだ。どうやら建物はそれなりに広そうだ。
モカが階段のところまで慎重に行き、戻ってきた。
「ここは地下1階みたい。床にカタカナと数字でチカ1って書いてあるわ」
「変な書き方だな。でも、並行世界なら何があっても不思議じゃないか」
「ねえ、上に行ってみましょうよ」
「うん」
慎重に1階に行く。人の気配は特にしない。階段を上った正面に玄関があるようで、外が見える。
「あれが出入口っぽいけど、守衛とか見張りとかいたらやばそうだな。裏口とか探す?」
「守衛がいるような場所はなさそうだから、あれが裏口かしら。いざとなればヤマ魔法で何とかして、ダッシュで逃げるわよ」
「まあ、なるようになるか……」
手に入れたばかりの武器や魔法を使わないで済むことを祈りながら慎重に向かったが、幸いにして誰にも見つかることなく、外に出ることができた。
(森だ……)
建物の外は森だった。てっきり、街の中にある建物だと思っていたから驚いた。人に会わなくて済みそうだが、それより生き延びるのが大変そうだ…… とりあえず急いで森に少し入って身を隠してから、モカに不安を吐露する。
「どうしようか…… 森だよ」
「でも建物に戻るわけにいかないから行きましょうよ」
「それはそうなんだけど…… そういえば、スマホとか持ってない?」
「残念だけど…… 私はカバンの中に入れてたの。カバンは元の世界にあるのよね…… 不思議だけど、一緒にこっちの世界には吸い込まれなかったの。でも、持っててもマップとかは役に立たなさそうじゃない?」
「たしかに。俺も部屋の充電器に挿してたから持ってなかったんだよな。時計くらいあると良かったんだけどな。あの日は火を使うつもりだったから外してたし、そのために部屋じゃなくて台所で実験することにしたんだよ」
「私も今日は時計してなかったわ…… 休日だし、スマホを見れば十分だから」
「はあ…… 文明の利器を持たずに森を歩くのはなかなか大変そうだな……」
「いきなりだったし、しょうがないわよ。たまたま台所が玄関の近くで、靴を持ってこれただけマシよ。それに、ヤマ魔法があるから何とかなるわよ、きっと」
「火は出せるけど、水道とかがないと水は出せないから、まずは川みたいに水があるところを探そう。そこを拠点に元の世界に戻る方法を考えよう」
「賛成! 明るいうちに見つけましょう!」
何とか逃げ出したものの、この並行世界での逃亡生活、いや、冒険を余儀なくされることを覚悟せざるを得なかった。元の世界に戻るために……
◇
森の中を何時間か歩いただろうか? ようやく水の音が聞こえてきて、川にたどり着くことができた。周りを警戒しつつ、河原に下りて水を飲み、のどの渇きをいやした。
「ふぅ…… きれいな水の川があってよかった……」
「ほんとね。道具がないから煮沸とかできないもんね。できればお鍋とかがほしいわ。おなかも空いてきたし」
「そうだな。魚なら木の棒に刺せば焼けるかな? でも魚釣るのも難しそう。なんか食べられそうなものがあればな……」
「キノコはあぶないし…… イノシシとかならいるんじゃない? ヤマ魔法とその剣があれば倒せるんじゃない?」
「そうかもな。狩りに行くしかないか…… じゃあ、飛ばせるように、この河原の石をポケットに入れとこ」
河原から離れて再び森に入る。すると、遠くに洞窟のような穴が見えてきた。
2人ともそちらに気を取られてせいで、何かがこちらに向かってきたのに気付くのが遅くなった。
「ヤマ、あぶない!」
「えっ? うわっ!」
ギリギリでかわし、地面に転がった。
「あれ何? ウリ坊みたいだけど、何か変よね? あんな動物いたかしら?」
起き上がって、襲ってきたものをようやく視界に捉えた。体はウリ坊みたいなのに、頭に牛みたいな角が生えている!
「並行世界だから、何でもありってことかな? でも、あれなら…… 食べられる?」
「やったわね! 食料ゲット!」
「おいおい、まだ捕まえてないから…… それより向かってきそうだよ!」
向こうまで走り抜けていたウリ坊もどきが、こちらを振り返って敵対心をあらわにしている。
「剣は全然慣れてないから、やっぱり石を飛ばすほうがいいかな。まだ子どもみたいだし、頭に当たればほぼ一撃だよね」
初めての狩りにドキドキしながらも、石を勢いよく吸い出すイメージを固め、ウリ坊もどきのほうに放つ。しかし、ウリ坊もどきが飛んでくる石をにらむと、すごい速度でよけた。
しかも、よけたのはウリ坊もどきじゃなくて、石のほうだ!
「な、なに今の? ヤマ石はまっすぐ向かっていかなかった?」
「分かんない…… 分かんないけど、ただのウリ坊じゃなさそうだよ。ひょっとしたら――」
会話する時間はもらえないようだ。こちらに突進してきた。とっさに剣を取り出して応戦するが、角で剣を受け流されて体勢が崩れる。もう角で刺される。そう思ったときだ。
(ズザー! ドンッ!)
(えっ? 凄まじい勢いの…… 水鉄砲?)
水鉄砲を左脇にまともに食らったウリ坊もどきは吹っ飛び、木に頭から激突して息絶えていた。
「大丈夫だったプイ?」
(プイ?)
そこには、少女と言ってよさそうなくらいの小柄な…… 『人』がいた。髪はサテンのようなツヤのあり、白髪と茶髪が交じっている。そして、耳は、薄くて大きくて、垂れている!
「あなたたち、ひょっとすると人間プイ?」
「そっ、そうだけど、あなたは? あっ、それより、助けてくれてありがとう! 私のことはモカって呼んで」
モカはお礼を言いつつも視線は耳に向いている。
「私はクルルっていうプイ。見てのとおり、通りすがりのモル人プイ」
((モル人?))
2人とも、何を言われたかよく理解できなかった。
「モルっていう国から来たの? どのあたりにあるのかしら?」
「何を言ってるプイ? モル人はモル人プイ。かわいいネズミのモルと人間の血を引くもふもふな亜人なんだプイ。だからキメラって言わないでほしいプイ。あと、モルって名前は私たちの先祖がつけたかわいらしい名前なんだプイ」
「(キメラ? モル…… プイ……) まさか! モルモット?」
「モルモットじゃなくてモルだプイ。あっ、でもモルモットっていう呼び名もなかなかいいプイ!」
あまりのことに戸惑う2人だが、頭の回転の早いモカはすぐに立ち直り、話を続ける。
「ねえ、クルル。さっき倒してもらったウリ坊、少し分けてもらってもいいかしら? 私たち、朝から何も食べてなくておなかペコペコなの」
「プ? ウリ坊? ああ、イノウシの子どものことプイね。いいプイよ」
「イノウシ?」
「あのキメラはおいしいんだプイ! 風のコネクトさえ気を付ければそこまで強くないプイ」
「えっ、えっと…… キメラ? コネクト?――」
「ねえ、モカ。そんなに一度に分かろうとしなくてもいいんじゃない? 助けてくれたのに、質問攻めにしたらかわいそうだよ。もうじき夕方になるし、あの洞窟あたりで火を起こして、食事にしようよ。クルルも一緒にどう? 俺たち、このあたりのこと全然知らないんだよ」
「あなたいい人プイ! ダブル爺みたいプイ! 一緒に行くプイ!」
「ダブル爺? ま、いっか。俺のことはヤマって呼んでいいよ」
(モル人、亜人、キメラ、コネクト、ダブル爺…… あまりに分からないことだらけだ)
考えるのはモカに任せよう! と、いつものように割り切り、モル人のクルル――俺たちが初めて出会った亜人――とともに、すぐそばの洞窟に向かった。




