第3話 運命の分かれ道
それからしばらくは忙しくて、モカとは試すことができていなかったけど、毎日少しずつ訓練していたらだいぶ感覚に慣れてきた。
(モカが言っていた次のステップって何だろう?)
ふと、そう思いながら大学構内を歩いていると、モカとばったりと出会った。
「あっ、ヤマ! 今日空いてる?」
「うん。ちょうどモカに会いたいと思ってたところ」
「ふふっ、じゃあ、今日あとで家に行くわね!」
「オーケー! そういえば、例の次のステップって、何か必要?」
「たぶん要らないんじゃないかな。あっ、でも一応、捨てても良い物があったら用意しておいて」
「ん? 分かった。なんか探しとくよ」
(……汚したり壊したりするのかな? 燃やさないよね?)
◇
「いよいよね!」
「で、次のステップって何?」
「ヤマ、エネルギー保存則って知ってるわよね?」
「そりゃ、理系ですから」
「そうよね。並行世界から物とかをこっちに持ってきてばかりっておかしいと思わない? 並行世界からエネルギーがこちらに来ちゃうことにもなるのよ」
「まあ、並行世界ってのが本当なら、そうかもね……」
「純粋に物が増えるのも気になるけど、この前みたいに火も出せるとなると、熱エネルギーまでこちらに来ちゃってるはずだし」
「ふむふむ」
「だから、きっとこちらの世界から並行世界にもエネルギーが移動してるはず、というか、移動できなきゃおかしい気がするの」
「なるほどね。で? ……えっ、まさか――」
「そう! こっちから何か移動してみましょう!」
すごく楽しそうにモカは提案してきた。
(それで捨てても良い物か。並行世界はゴミ箱じゃないと思うんだけど……)
「なるほどね。思い切ったこと言うね。並行世界に行った物はどうなるの?」
「そりゃ、並行世界にずっと残るんじゃない? この前こっちの世界に出した水は台所にそのまま流れていったし」
「そういえばそうだね。ん? それって、大事なものを移動しちゃったら大変なことになりそうだな」
「そうね。で、何にする?」
少し考えて、これなら影響なさそうだなと、俺は机の引き出しから古い消しゴムを出して目の前に置いた。
「これなんかどうかな? 石みたいに硬くないし、古いからもう要らないし」
「うん、いいんじゃない?」
「さて、どうやって並行世界に移動させるか、だな……」
「私にはそもそも並行世界が見えないし、こっちに吸い出す感覚とかも分かんないから、やり方はさっぱり…… でも、こちらに出すときと反対にすればいいんじゃないかしら?」
「向こうから移動するときは吸い出すみたいな感じだったから、その逆か…… 押し出すというか押し流す感じかな。まあ、考えて答えが出るわけじゃないから試してみるか」
――ものすごく後になって思い出したことだが、子どもの頃に使っていたこの古い消しゴムには、端っこにカタカナで俺のフルネームが書いてあった。この時は置いた向きが悪かったのか、そのことには全く気付かなかった――
(とりあえず穴をあけて、そこに流し込むイメージで…… いけっ!)
「「おっ!」」
一瞬にして、消しゴムは消えた!
しかも薄い消しゴムも見えない。
「「……」」
「ね、ねえ…… どういう並行世界に送り込んだの?」
「あ…… 何にも意識しなかった…… どこ行ったんだろう……」
「えっ、それマズくない?」
「そ、そう?」
「すごい勢いで消えたわよね? そのままの勢いで並行世界に飛び出したんじゃないかしら? 前、土で試したとき、椅子が吹っ飛んだように……」
「……並行世界のモカに当たってケガしてないといいな」
「そうね。消しゴムとはいえ、かなり痛そう。まあ、死にはしないわよ!」
「……」
沈黙していたらモカがふと気付く。
「そういえば、いつもみたいに薄い消しゴムは見えた? 今も見えてる?」
「いや、最初からずっと見えてないんだよ」
「ということは、ヤマの部屋以外に飛んでいった可能性もありそうね」
「そう……なるのかな?」
「私が試させておいて言うのもあれだけど、これ結構危険な魔法ね…… 物を消せちゃうのよ」
「そうだね。使うのやめたほうがいいかな……」
「(あっ、言わなきゃよかった。ヤマ落ち込んじゃった……)ま、まあ…… 気を付ければいいんじゃない? 別に生き物を移動させたわけじゃないし!」
励ましてくれるのはすごくありがたいが、生き物を移動してしまうことを想像して、ますます怖くなった。
「うん。生き物はやめよう……」
「(あっ、やばっ、かえって追い詰めちゃったかも……)水を出すとか、火を出すとか、そういうのをもっと器用にできるようになれば、きっともっと楽しめるわよ! キャンプとかでめちゃくちゃ役立ちそうだし!」
「そうだね…… うん、きっとそうだね!」
モカの必死な顔を見てたら、自分が暗いことを考えるのは良くないと気付いた。モカにはいつも笑っていてほしいから。
「じゃあ、恒例のエネルギーチャージタイムにしましょう! 今日は、ドーナツを買ってきたのよ! ヤマも好きでしょ?」
「おっ! 最高じゃん! 元気出てきたよ」
◇
それ以来、並行世界に物を送り込むことなく、この不思議な力――モカ曰く魔法――を磨いていた。
相変わらず謎だらけだが、使っていて気付いたことはそれなりにあった。
例えば、穴の形状と出現位置を、少しだけならコントロールできた。でも、物凄く離れた場所や、壁の向こうなどには出せなかった。
穴と自分がつながってでもいるのか、自分が動くと穴も動くことが多かった。逆に、穴の位置をそのままにして自分が動くこともできるので、まだあまり区別はついていないが。
それと、穴をあけているとやはり疲れる気がする。モカ曰く魔力を消費したというやつだと思われる。消費したあとは、回復薬なんてものを飲まなくても、宿屋に泊まらなくても、何もしなくても疲労感は回復してくる。その点はゲームの世界で言えば自動魔力回復という感じだ。ただ、疲労感と言っても、走って疲れるようなものとは明らかに違う感覚で、身体のどこか特定の場所が疲れているというわけでもなさそうだった。
謎だらけな一方で、2カ月もすると、俺もモカもこの力を見慣れてきた。並行世界から取り出してきているという推測をくつがえすようなことは、まだ一度も起きていない。そのため、追加の考察はほとんどできていない。
そんな状況だったこともあり、2人とも以前より冷静に力を見ていられるようになっていた。ただ、並行世界かどうかはともかく、俺はこの力を魔法とはどうしても思えなかった。そもそも魔法を使える人など見たことないというのもあるが、それ以上に自分で何かしているという感覚が希薄だったからだ。まるで何かにアシストされているような感覚のほうが近い。つまり、自分が魔法使いになったというより、魔法使いに操られていると考えるほうがまだ納得できそうだった。
◇
このまま特に何事も変わらなさそう。そう油断しているときに事件は起きた。
家に帰って、ラーメンでも食べようと台所に向かう。
その時、出現した! 恐るべき『黒光りする生命体G』が!
俺は子どものころ、飛来するGに襲われたことがあり、トラウマになっていた。なぜ、やつらは人に向かって飛んでくるのか!
トラウマがトラウマを呼び、消し去った古い消しゴムを思い出してしまった。
あまりの恐怖のコラボに、わけが分からなくなり、ついに禁断の力を使ってしまう。
(あっちいけ!)
(スッ……)
音も無く恐怖の1つが消え去った。しかし、安心したのもつかぬ間、やらかしてしまったことに気付いた。
(げっ! よりにもよってGを送り込むなんて…… ヤバすぎる! うわぁ、俺の部屋に送り込んだなら並行世界の俺死んだな……)
(……こういうときは、とにかくモカに会って話をするのが1番だな。明日から夏休みだし、モカを呼んで話をしよう。魔法みたいに手のひらの上に火を出せるようになったのも見せたいし)
――この事件が俺たちの運命を決定付けることになるとは……
◇◇◇
――その頃、並行世界では…… 話は少し遡る――
「さすが筋肉の塊のタツキ! 頼りになるわ。扉の横あたりに置いといてくれない?」
(けなしてるのか、ほめてるのか……)
研究所の同僚のカエデ――眼鏡をかけた華奢な女――から指示が飛んできた。
「分かった。それにしてもなんでキメラなんか要るんだ?」
「キメラがいつから登場したか知ってるわよね?」
「もちろん」
もちろん知っている。1万年前だ。キメラ――2種類の動物が混ざった生き物――が登場したことで、生態系が大きく変わってしまったと言われている。今や俺たちのような純粋な人間は決して多くない。
「キメラが登場した時期と、『コネクト』が使えるようになった時期が同じってのも知ってるでしょ?」
「そりゃそうさ。そもそもキメラがコネクトを使えるわけだしな。それを埋込技術を駆使して俺ら人間にも使えるようにしたっていう『奇跡の超天才』が1万年前にいたんだから」
「そう。私はね、キメラ自体もその超天才が作ったと考えているのよ。だからキメラを調べれば、コネクトが並行世界に与える影響も分かるんじゃないかとにらんでるの」
『コネクト――並行世界とつなぐ力――』を使って、水や土などを並行世界から取り出すことは、珍しいことではない。ただし、並行世界を利用してしまうことに対し、悪影響がないのかどうかはほとんど分かっていないのだ。それを俺たちはここ――並行世界研究所――で研究している。
「超天才の考えることなんて研究者の俺でも全く分からんけど、キメラを生み出す必要なんてあるのか? 人間とかを襲ってくるやつを」
「ふふっ、タツキは護衛として役割のほうが中心でしょ。でもさ、キメラって言っても人間が混じってるキメラ――亜人――とはうまくやってるじゃん」
「そりゃそうだけど、圧倒的に襲ってくるほうが多いんだから、わざと作ったとしたら大失敗過ぎないか?」
「だから、何か理由があるんじゃないかと思ってるわけ」
「なるほどな」
研究所には超天才がいたあたりの時代に作られた遺物とも言える機械がいくつかあり、それらを使って研究している。カエデは優秀な研究者で、多少なら遺物も操作できる。
カエデが遺物とキメラの死体を並べて何やら調べているときだった。
「あぶない!」
「きゃっ! いったあ!」
何かがすごい勢いで飛んできてカエデに当たった。
「大丈夫か! カエデ!」
「うん。痛かったけど。なんか柔らかいものが飛んできたみたい」
「……これか。これは…… ゴム?」
「何かの道具?」
「……さあ、ところどころ黒くなってて、こすると手に黒いのがつきそうだな。何か汚れをこすり取るものかな? おっ、何か書いてある。『ナギ ヤマト』だそうだ」
「人の名前? 途中で分かれてるなんて、超天才の名前みたいじゃない? 超天才は『テン キドナ』って名乗ってたらしいわよ」
「そうなのか。テンだけなんだと思ってた。とすると、これは1万年前のものか?」
「いや、さすがにそれはないんじゃない? それに、その辺の空中から突然出てきたから、コネクトなんじゃないかしら?」
「でもコネクトにこんなものを出す能力ないだろ?」
「そうね。コネクトって、1人1種類だけの決まったものしか出せないし、水とか土とか、そういうのしか見たことないわよ。遺物を使えばできるかもしれないけど」
「なあ…… これ、並行世界から打たれたんじゃないか?」
「私もその可能性があると思っていたところよ」
「とすると、『ナギ ヤマト』ってのが打ってきたやつの名前か…… まさかとは思うが宣戦布告か?」
「いや、まだそこまでじゃないんじゃない? ただ、名前付きの物を送り込むなんて普通じゃないわ。何か試している可能性が高いと思うわ」
「遺物を使ってこれがどこから来たか調べられないか?」
「場所とかは分からないかもしれないけど、つなげることはできるかもしれないわ。調べてみる」
やっかいなことになりそうだ。どんなやつか知らないが、侵略してくるつもりかもしれない。
◇
それからしばらく経った。ようやく例のゴムの分析が終わったようだ。
「お疲れ。キメラ、また持ってきておいたぞ。そういえば、ゴムの出どころ分かったか?」
「ありがと。一応、つなげそうだということは分かったんだけど。どうも、すごく離れた並行世界みたいよ」
「そんなことまで分かるのか?」
「どういう原理かは分かんないけどね」
「そうか」
つなげられるとして、どうすべきかの判断はまだ難しい。
そう考えていた時だった。
「あぶない!」
「きゃっ! えっ? なにこれ? ギャーッ!」
何かがカエデの上を走り去るとともに、普段のカエデからは想像できないすさまじい悲鳴があがった。そして、ブルブル震え涙を溜めて訴えてきた。
「な、何か生き物! 生き物が飛んできた! コネクトみたいなので、生き物が。あり得ない! しかも、なんか、カサカサ動いて超気持ち悪い!」
「どこ行った?」
「あっち! ギャーッ!」
「なんだこの生き物? 昆虫みたいだけど、見たことないな。いや、待てよ。化石の中にこんなやつがいたような――」
「何でもいいけど、早く捕まえて! 一生のお願い!」
「そうだな。 ……コイツ、素早いぞ! うわっ、飛んだ! ……よし、これで、この箱に閉じ込めて……」
「タツキ…… 私、あんたを心から尊敬するよ!」
なんとか無事捕まえた。
少し落ち着いてきたところで、未知の生き物を送り込まれたという恐怖が2人を支配する。小さな生き物ではあるが、小さいからこそ油断できない。こいつに何か調査でもさせるつもりかもしれないし、病原体でもまき散らすつもりなのかもしれない。
「こんなの送り込んでくるなんて、本格的にマズそうだ。小さな生き物を使って偵察しようとしているのか、あるいは何か攻撃をしようとしているのかもしれない」
「タツキの言うとおりだと私も思うわ」
「こうなったら、こちらから『ナギ ヤマト』を捕らえられないか? そういうのができる遺物はないのか?」
「あった気がするけど、1回使うとエネルギーがたまるまでにすごく時間がかかるわよ」
「それでも、まだ向こうの動きが小さいうちに、こちらから奇襲しよう。カエデが遺物でやつをこちらに引きずり出して、俺が捕まえるってのでどうだ?」
「分かったわ。遺物を準備するから、明日あたりに決行で」
――かくして、ヤマを捕らえる作戦が決行されたのであった――




