第2話 実験
次の日、さっそく他の人でも薄い姿が見えるか、通学途中に眺めていた。
(特に何も見えないな…… そもそも何か選択しようとしているかどうかなんて、見ただけじゃ分かんないし)
ただ眺めているだけではダメなようだ。ちょうど良いタイミングで、しっかりと見ていないといけないのかもしれない。誰か1人を集中的に見ていればよさそうだか、かなり怪しい人に思われる気がする……
早々に行き詰まってしまった俺は、大学に着いてすぐにモカに相談した。すると、モカはあっさりと対策を考え出してくれる。
「そっか。なら自分を見てみるのはどう? つまり、自分でわざと選択肢を作るのはどうかしら?」
「なるほど! それ名案。さっすがモカ!」
自分で選択肢を作る。つまり、迷えばいい。とても簡単なことだ。ちょうどのどが渇いていたこともあり、自販機のところに行く。
わざとじゃなくてもしっかりと迷えた。
(水かお茶かどっちにしよう…… あれ? 別にもう1人の薄い俺の手が見えたりはしないな…… そうか! そもそも決めきれてないからだ!)
肝心なことに気付き、思い切って水に決め、ボタンを押した。
(見えた! というより感じたというほうが近いかな? お茶のボタンを押した感触は無いし。俺であって俺でない…… うん! 考えるのやめてモカに聞こう!)
さっそくモカに報告した。モカは少し考えただけで何か分かったようだ。
「やっぱり並行世界ね、それ。自分で選択した瞬間から分かれるのよ」
「なるほどね…… (……でも本当なのかな? これまで人生で選択したことなんて数えきれないほどあるのに……)」
「念のためだけど、私の前でまたやってみてくれない?」
「ん? いいけど、どうして?」
「ヤマが2つに分かれても、たぶん私からは見えないと思うの。それを確認しておきたいの。だって、ヤマは私でもヤマでも2つになれば見えるんでしょ?」
「要するに、俺だけに見えるのかどうかってことね?」
「そう」
自販機のところまで2人で行き、今度はモカに買ってあげるつもりでどうするか考える。お茶かコーヒーか……
悩んだ末にコーヒーを選ぶことにした。
(おっ、お茶のほうに行くのが見えた…… 気がする)
「どう? モカは見えた?」
「全然」
「予想通りだね。はい、コーヒー」
「えっ、くれるの? ありがと!」
コーヒーをもらってうれしそうなモカが何か考えている。
「ねえ、もう1人のヤマが見えているときに触ったらどうなる? 感触あるのかしら?」
「えっ、さすがに難しいんじゃない? 自分で自分に触るんだよ?」
もう1本飲み物を買うのはもったいないので、2本を目の前に並べ、どちらかを触りに行くやり方で試してみる。
しかし、見えはするが、触りに行くとやはり消えてしまった。
「やっぱり無理だよ」
「ヤマそのものはダメか……」
「それに、薄いモカが見えたときよりはっきりしないというか。見える気がする程度なんだよ」
「客観性が大事ということかしら?」
「さあ…… 集中のしやすさの問題かな……」
「?」
他人を見るだけのほうが考えることが少なくて楽に集中できる、という意味のつもりだったけど、暗にモカだから見ることに集中できると言っている気がしてしまい、勝手に恥ずかしくなる。
それにしても、相変わらず俺は考察の点では全く役に立ってない。モカがいなければ、この力を持っていても何の役にも立たなさそうだ。と思ったが、そもそも今でも何の役に立つのか分からない。
「ところで、この力って何の役に立つんだろう?」
「まだ私も分かんないわね。選択しなかった方がどうなるか見えても、予知できるわけじゃないんだしね」
「別に予知したいわけじゃないしなあ。そもそも未来が見えたらつまらないじゃん」
「ふふっ、ヤマらしいわね。 ……見ることにこだわるからいけないんだわ! そうだ。せっかく触ることができるんだし、つまんだり、動かしたり、ひょっとしてこっちの世界に引っ張り出したりできない?」
「そんなことできるわけ…… いや、できるかもしれないな。何かすごくできる気がするのはなんでだろう。何ていうか、やり方がイメージできる気がする」
「おっ、すごい! 講義終わったらやってみようよ」
講義が始まりそうだったので、あとで家で試すことにした。家に帰るまでに何で試そうか考えていたが、危なくないものがよかったので、まずは水道の水にしようと決めた。それ以外にも帰るまでに色々と方策を考えた。
◇
家にモカが来たので、シンプルなひとり暮らし用の台所に連れていき、準備していたことを説明する。
「この水道の水を出すか出さないか。こっちの世界で出さないことにすれば、俺にだけ薄い水が見えると思うんだ。その水をこっちの世界に引っ張り出せるか試してみようかなと。モカにも見えたら引っ張り出せたってことで」
「ここなら水が出てきても問題ないし、何度も試せそうだし。それすごくいいアイデアだわ!」
「でしょ? じゃあ、始めるよ」
モカにアイデアを褒められてすごくうれしかったが、それよりも集中しなければ、と自分に言い聞かせる。
(まずは選択するイメージで……)
「よし、薄い水は見えたよ」
「うん、私には見えない」
「指を近づけて、何というか、水の流れの途中に穴をあけるイメージかな? 何でそんなことが分かるのか分からないけど、そうとしか思えないんだ」
「へえ…… 不思議……」
(いけっ!)
穴をあけたい場所に指を添えて意識を集中すると、空間に穴が広がったような感覚とともに、穴から下だけ水がはっきり見え、流れていった。
「すごっ! 出てきたわよ! えっ? しかも、蛇口からじゃなくて、途中からよ!」
モカは驚き、はしゃいでいた。俺は何とも言えない疲労感のようなものを感じた後、集中を解くと水の流れが止まった。同時に、薄い水も見えなくなった。
「ふう…… できちゃったな。なんかこれ疲れる気がする。何かエネルギーを消費したみたい」
「そうなの? そりゃ、並行世界との間に穴をあけたんだから、何かのエネルギーを使ったと思うんだけど」
「何かのエネルギーか。モカでも分からないんだな」
「そうね。聞いたこともないわ」
「とりあえず一緒にお菓子でも食べてエネルギーチャージするか」
「ふふっ、賛成!」
お菓子のおかげか、モカの笑顔のおかげか、疲労感はすぐに消えた。いくらお菓子と言えど、まだ消化されてもいないのにエネルギーチャージされるはずはない。疲労感は気のせいだったのかもしれない。
少し食べた後、次にどうするか考えていたことをモカに説明する。
「水でできるなら、火、土、風も試したいよな!」
「ふふっ、何それ、ゲームみたい」
「いいじゃん!」
鼻で笑われて少し恥ずかしかったけど、俺は至って真面目だ。
「風だと見えないし、火はヤケドが怖いから、次試すなら土だな」
「土って水と違って、ひとりでに流れないけどどうやるの? 何かイメージできているの?」
「たしかにそうだな…… でも…… なんでだろう。できる気がするんだよ」
「どんなイメージ?」
「手で引っ張るというより、掃除機で吸い込むというか、吸い出すみたいな感じかな」
「本物の掃除機は使わないよね?」
「使ってもいける気がするけど…… 使わずにやってみたい」
「うん、ダメなときは私が掃除機で吸い出してあげるわ!」
頼もしい言葉をかけてくれるモカに和みつつ、部屋の隅に行く。観葉植物の土を少し拝借するためだ。と言ってもこちらの世界では何もしない。すくったイメージの後、空中に穴をあけて吸い出すのだ。
(ん? ここで吸い出すとどこに土は飛んでいくんだ?)
「モカ、ちょっと待ってて。もし吸い出す勢いが強すぎると土が飛び出してくる気がするから、何かでガードしなきゃ」
キャスターの付いた椅子の背もたれにピクニック用のビニールシートを広げて掛け、そこに向かって土を出すことにした。これなら何かあっても椅子が動くだけのはずだ。ついでに床にももう一枚敷いたから万全だ。
「じゃあ、いくよ」
「うん!」
(ドン! ゴロゴロッ、ガタンッ!)
「「うわっ!」」
意識を集中し、穴をあけて吸い出すイメージをしたら、想像を絶する速さで土が飛び出してきて、椅子を吹っ飛ばした。
唖然としているモカに声をかける。
「力加減が難しいみたい…… キャスター付きの椅子にして良かった。直接壁に向かって使ってたらキズがついたかもな」
「……すごいわね! これ、もう魔法よ!」
「はっ? 魔法?」
「だって、攻撃できるのよ! 石を使えば攻撃力すごく高いわよ」
「いやあ、そんなことしたくないし……」
モカは唖然としていたのではなく、俺には考えつかないことを考えていたようだ。あるいは、あまりに理解できないことに遭遇して、お茶目スイッチが入ってしまったか……
「そういえば、今回は疲労感ある? どう?」
「さっきの水の時より疲労感が強い気がするかも」
「なら、より魔力を消費したのよね!」
「おいおい…… 魔力なわけないじゃん……」
どうやら完全にお茶目スイッチが入ったモカに、魔法使い認定されてしまったようだ……
モカの興奮が収まるのを待って、今日やろうと思った最後の挑戦について話をする。
「……あと今日試してみたかったのは、これ。ライター」
「おっ、火属性魔法ね!」
まだ、お茶目スイッチは入ったままだった……
「さすがに台所の火だと怖すぎるし、これなら簡単に火をつけられるからね。わざわざ買ってきたんだよ」
「ヤマもタバコ吸わないもんね」
「そうだね。20才になったけど吸いたいと思ったことはないかも…… それはともかく、やってみるよ?」
「うん!」
先ほどの土みたいに吸い出すと危険なのは明らかなので、水の時を真似て火の上部分だけを出すようにしてみるのが良さそうだ。ライターの火をつけるイメージを固め、意識を集中する。
(シュボッ)
「おっ? 音、聞こえた?」
「ん? 何も聞こえないわよ」
「そうか。俺にはかすかにライターで火をつける音が聞こえたんだよね。それで今は薄い火が見えてる」
「いい感じね。でも、火は飛ばさないでね?」
「もちろん。あっ、でも触ると熱いよな…… どうしよう…… 少しだけ離れててもできるかな?」
もう少し考えておけばよかったと思いながら、熱くなさそうなぎりぎりの距離まで指を近づけ、集中力を高める。
すると、思っていたとおりに穴をあけられ、火の上半分だけがはっきり見えるようになった。
「すごい! もう何でもできるんじゃないかしら?」
「ふう…… いやあ、もう少しこの感覚に慣れないとダメかも。選択肢を考えた上で、見たいほうを敢えて選択しないのって結構大変」
火を消しながら、とりあえずやり切った気持ちで答えた。
「そうなのね。まあ、慣れるのはともかく、これで次のステップにいけるわね!」
「えっ? 次のステップ? 終わりじゃないの?」
どうやらモカにはさらなるステップが浮かんでいるらしい……
「でも、今日はもう疲れたわよね? エネルギーチャージして、続きはまた今度にしましょうよ。はい、これ」
「おっ! そうだね。チャージは大事だね!」
残っていたお菓子を手渡され、お菓子タイムの続きが始まった。今日は疲れた……




