第1話 魔法使いになった大学生!?
幼なじみのモカと一緒に、俺の不思議な力を確認――これが最近の楽しみ。器用さくらいしか取り柄がない普通の大学生――この俺、通称ヤマ――が、3カ月ほど前から不思議な力を使えるようになったというのだ。それ以来、たびたびモカを呼んでは力を見せて、どういう原理なのか一緒に考えてもらっている。俺としてはモカにかっこいいところを見せたいだけなんだけど、それを直接モカに言えないのが俺の情けないところ……
「モカ、ここ見ててよ。こうやるだけで何もないところから火を出せるんだよ」
(シュボッ)
右手の手のひらを上にして少し突き出し意識を集中すると、俺だけに聞こえるかすかな音がした後、手のひらの少し上に小さな火が出た。右隣にいるモカは、真剣なまなざしで俺の右手と火を見つめている。
「――何度見ても不思議ね。並行世界から取り出した火……よね? ヤマは昔から器用だったけど、魔法まで使えるようになるなんて、本当びっくり」
「自分でもよく分かんないよ。そもそも並行世界だって言ったのはモカだろ? これだって魔法かどうかも分からないしさ。俺は魔法とか魔力とかそういうの全然信じてないし――」
「でもこれが魔法じゃなきゃなんなのよ」
「そうなんだけどさ…… それより実はさ――」
肩くらいまである明るめの茶髪を耳に掛けながら、あごを上げてこちらを見上げてくるモカ。その瞳を見つめながら考える。
(俺はいつもモカのかわいさに目が行きがちだけど、俺よりずっと賢いし、鋭い分析はすごく頼りになるんだよな。そのモカですら魔法だと思うなら、本当に魔法なのかもしれないけど……)
「あっ! ヤマ、あれ何?」
「えっ? あれは……」
俺が力を使っていないのにも関わらず、俺の左隣――モカがいる方と反対側――の空間に丸い大きな穴が現れていた。
「「うわっ!」」
それが何なのか考える間もなく、俺たちは穴に吸い込れてしまった。
穴の先にあったのは見知らぬ部屋だった。穴へと吸い込む力はとても強く、とっさにモカと外に逃げようとしたけど、靴をつかんだところで、あえなく背中から吸い込まれ、こちらの部屋の床にかっこ悪く尻もちをついてしまった。しかも、俺の上にモカが尻もちをついてきて、ちょっと涙目……
「ここはどこ? さっきの、まるでヤマが使う魔法みたいだったわよね?」
「イタタタ…… えっ、そうかな? いやいや、モカはよく落ち着いていられるね! 穴ふさがっちゃったよ? それよりもまず、少しどいてほしいかも……(少しだけね……)」
「あっ、ごめん……」
額を気にしながらモカがどこうとする。ケガでもしたのか、と聞こうとしたとき――
「お前が『ナギ ヤマト』か?」
穴のあったはずのほうを見ていると、後ろから威圧的な声で問いただされた。驚いて振り返ると、まるで冒険者のような筋肉質の男がこちらを見下ろしていた。
「た、たしかに俺は凪 大和だけど、どうして俺のフルネームを?(それにヤマトの発音変。それじゃ『山と』だよ……) 皆、俺のことを『ヤマ』としか呼ばないのに……」
「ねえ、ヤマ。ひょっとしたら――」
「ん? お前は誰だ? どうやってここに来た!」
俺の上から降りたモカにようやく気付いた男が驚いていた。どうやらモカが一緒にいるのは男にとって想定外だったようだ。
「私? えっと、どうしよう…… ヤマのことを知っているなら隠してもしょうがないわね。私は藤 智叶。モカって呼ばれてて、ヤマとは幼なじみで、えっと――」
「どういうことだ? おい、説明しろ!」
男は振り返って、どこかの研究室風なこの部屋の奥に向かって叫んだ。
「――あぁ、そいつをこっちに引きずり込もうとしたときに、仲良くくっついてたからじゃないかしら?」
部屋の奥のほうから、眼鏡をかけた華奢な女が話しながら歩いてきた。見た感じ研究者か何かのようだ。ここは、この女が研究している部屋だろうか。今のうちに靴を履いておこう。
「1人くらい増えたところで、筋肉の塊のあんたなら問題ないでしょ?」
「まあな。それに、その女はこの侵略者の仲間のようだし――」
「それより、ちょっと気になることがあるから、そいつら何とかして、こっちを一緒に確認して」
「分かった。こいつらにはあとでたっぷりと話を聞かせてもらおう」
(えっ? 侵略者?)
わけが分からないうちに、見た目からは想像できない速さで動く男に俺たちはあっという間に拘束され、隣の小部屋に閉じ込められた。
◇
「……モカ、大丈夫?」
「うん…… ここってたぶん並行世界よね?」
「モカもそう思う? やっぱりそうとしか思えないよな」
「『侵略者』って言ってたけど、私たちどうなっちゃうのかしら?」
「自分から来たわけじゃないのに侵略者呼ばわりされるのは全然納得できないけど、このままだとマズいことになりそうだな。侵略者じゃないと分かってもらうか、逃げ出すか……」
「たしかにどうして侵略者扱いになるのかしら? でも、ヤマの名前を一応知っていたわけだし、人違いでもなさそうじゃない? だとすると、説得は無理なんじゃないかしら」
そんな話をしていたところ、扉の向こうから声が漏れ聞こえてくる。
「やっぱり気持ち悪いから殺しちゃおうよ……」
「お前、それでも研究者か? 殺すのはちゃんと調べてからにするぞ」
「分かってるけど、生理的に受け付けないというか――」
そこから先は声が遠すぎて、何を言っているか分からなかった。これ以上聞き取るのは諦め、モカのほうを見つめて覚悟を決める。
「モカの言うとおりかもな…… となると、逃げるしかないか」
「うん、たぶんね。このロープ、さっき見せてくれた魔法で焼き切れる?」
「魔法かはともかく、やってみるよ」
その後、何とか逃げ出した俺たちは、元の世界に戻るために、この並行世界での冒険を余儀なくされることを覚悟した。
(どうしてこうなったんだろう? きっかけは間違いなくあの日だよな。大学2年になってすぐだったから、3カ月くらい前か……)
◇◇◇
――3カ月ほど前――
「(ここまでこればきっと大丈夫……) 勝手に託してごめんなさい。でもこうするしかもう手がないの……」
(ん? 誰かいるのか?)
ベッドのわきから、女の人に小声で何か言われたような気がした。その後、額に何かトロっとしたものをかけられ、一瞬目が覚めかかったけど、最近寝不足だったせいもあって、すぐにまた眠ってしまった。
◇
次の朝、夜中のことを思い出し、鏡の前で額を入念に確認したり、身体を動かしてみたりしたけど、特に異変は感じられなかった。
(夢だったのかな…… もし夢じゃないとすると…… ん? 勝手に入ってくるなんて、まさか、泥棒!?)
寝ぼけてて気付くのが遅くなった。俺はひとり暮らし。当然、家に鍵をかけて寝ている。慌てて家の中を確認し始める。
(誰か来た感じはしないな。玄関のチェーンもかかっているし。やっぱり夢だったんだな)
ようやく安心した俺は、身支度をして大学に向かった。
途中で、キョロキョロしているモカの後ろ姿を見つけ、声をかけようと小走りに。
(モカはどっちに行くか迷ってるのかな?)
「エエッ!」
思わず声が出た。モカからもう1人のモカが薄っすらと分離して、はっきり見えるモカとは別方向に歩き出していた。俺の声に2人のモカが反応し、薄いモカが止まって振り返った直後、止まらなければ通るはずだった場所に、バイクが猛スピードで突っ込んできた。バイクが通り過ぎると、薄いモカは消えてしまった……
「ヤマ? どうしたの急に叫んで…… びっくりした」
「ごめんごめん……」
「あ、ヤマじゃなくて、一番びっくりしたのはバイクのほうよ。あっちに行かなくて良かった。どっちのコンビニに寄ろうか迷ってたんだけど、こっちにして良かったわ」
「えっ!? バイクが来たほうに行こうか迷ってたの?」
「うん。まあ、あっち行っててもヤマのおかげで大丈夫だった気もするけどね」
「そうか……」
あまりのことに思わずだまり込んでしまう。俺が見たのは、まるでモカが選ばなかった世界のようだったからだ。
「どうしたの? ヤマ……」
珍しくだまり込む俺を、モカは不思議そうに眺めている。
「うん、ちょっとね。あとでゆっくり話したいことがあるから、講義終わったら家に来て」
「え?(ドキッ!) うん、いいわよ。じゃ、夕方くらいに行くね」
◇
夕方になり、モカが約束通り家に来た。幼なじみとは言え気軽に来てくれるモカは、俺のことをどう思っているのだろうか。モカと俺は同じ大学に通っていて、モカも1人暮らし。俺たちが行き来してても、幼なじみということで親たちに不安はないようだ。ただ、今日はそんなことよりもっと大事な話をしたい。
「今朝さ、大学に行くときにモカと会った時のことなんだけどさ」
「バイクに驚いたときのこと?(なんだ、そういう話か……)」
「それより少しだけ前かな。モカ、どっちのコンビニに行くか迷ってたんでしょ? 実は、行かなかったほうのコンビニに行こうとしたモカを見たんだよ」
「ん? どういうことかしら? 言ってる意味が全然分からないんだけど……」
「ああ、ごめん。順を追って説明するよ――」
俺が今朝見たことを詳しくモカに説明した。さすがのモカも驚きを隠せないようだった。
「不思議すぎるわ、それ。だからだまり込んでたのね…… まるで私が選択しなかった世界を見たって感じなのよね?」
「ほんとそんな感じ」
「そういえば、あの時、近くにいた人たちはヤマと同じ光景を見えていそうだった?」
「どうかな…… 確証はないけど、見えていた人はいないんじゃないかな。見えてたら驚くと思うんだよね」
「そっか……」
「それで、モカはどう思う?」
「…… ヤマは並行世界を見た……んじゃないかしら?」
「並行世界!? 言いたいことは分かるけど、さすがに現実離れし過ぎてない? しかもなんで俺だけ?」
「どうしてヤマにだけ見えたのかは分からないけど…… 少し試してみない?」
「試す?」
モカは何か腹に決めたような顔をして、正面からこちらを見つめる。何をするつもりだろうか。
「もう1人の私が見えるか見てて」
「うん」
モカを見つめていると、モカが今朝みたいに分離し始めた。そのまま、薄いモカの顔が俺の顔に近づいてきた!
「えっ!?」
驚いて声が出たが、俺はたぶん真っ赤な顔をしてたと思う。もう少しというところで、薄いモカは消えてしまった……
「何か見えた?」
少し顔を赤くしたモカが聞いてきた。
「分離したモカの顔が俺の顔に近づいてきて、もう少しで…… 迷ったなら、近づいてくるほうを選んでくれたら良かったのに」
あまりの恥ずかしさに思わず本音を言ってしまった。それを聞いたモカは、今度は顔を真っ赤にして反論する。
「実験なんだからね! その…… そういうのはお試しはダメ……」
ちょっと変な空気になりかかったところで、モカが気持ちを切り替えて話を始める。
「そんなことより! やっぱり私が選択しなかった世界が見えたということね。未来が一気に見える感じ? それともリアルタイムで2つの動きが見える感じ?」
「リアルタイムのほうだな。予知みたいな感じじゃなくて、2つ同時に進む感じ。でも、ただ見えるだけじゃなくて、なんか、薄いモカから息の音が聞こえたような気がする……」
「見えるだけじゃないんだ……(うへぇ、恥ずかしすぎ……) まさか、触ることもできそう?」
「どうかな…… 試しに見えたものを触ってみようか」
「じゃあ今度は、どちらかの手でヤマの手を触りにいくから、選ばなかったほうの私の手に触れられるか試してみて」
「分かった」
集中して見ていると、俺の左手に向かってモカが右手を出してきた。それとほぼ同時に、俺の右手のほうにはモカの薄い左手が近づいてきた。俺は右手の指先で薄いモカの左手に触れる――
(感触がある! あっ、消えた……)
触れた直後に薄いモカとともに感触も消えた。俺の反応を観察していたモカが聞いてきた。
「どう?」
「長くは続かないけど、モカの左手に触った感触があったよ。モカは触られた感じした?」
「いや、私のほうは何も…… ヤマには見えるし、聞こえるし、触ることができる。つまり、たぶんだけど、五感すべてで感じられるんだと思うわ。やっぱりそこに何かが実際にあるとしか思えないわね。なのに、ヤマにしか感じられないのはなんでかしら?」
「そうだよな。でも、その割にははっきり見えるわけじゃなくて、薄っすらとしてるんだよ。なんか、薄い膜越しに見ているというか、光が足りないような感じ」
「そうか…… まだまだ全然分からないわね…… もっと試してみないとね!」
「そうだね」
「そうだ。私以外でも同じように2つ見えるときがあるのか、明日とかに試してみて。そもそも見えるのは2つとも限らないしね」
「なるほどね。色々試してみるよ」
このときから、モカと一緒に色々と試すようになった。俺1人でも色々試して、その結果をモカに伝えて、どういう原理なのか話し合うことにした。もちろんこの時は、3カ月後に侵略者呼ばわりされることになるなんて、全く想像もしてなかった。




