第32話 手がかり
レイシュトの東に位置する門を通ると、やはり両サイドには衛兵の施設があるようだった。洞窟がそばにないとは言え、門からキメラに入られないようにここで食い止めるためなのだろう。
また、レイシュトは大きな都市で、大通りの先に別の門があるかどうかすら分からないくらいかもしれない。ただ、少なくともまっすぐ行った先には建物が見えるから、この先に西門があるということはなさそうだ。
衛兵施設を過ぎたところで、右側には宿屋やレストランっぽいところ、左側にはたくさんお店が並んでいた。左側は商店街のようだ。
そういえば、人間が多くいると言っていたはずだが、このあたりは亜人のほうがずっと多い気がする。
とりあえず、いつものように宿屋を確保しつつ、このあたりのことを聞いてみよう。
1番近い宿屋に入ると、年配のイヌ人が受付をしていた。このあたりのことをよく知っていそうだ。
4人で1部屋を確保すると、ゆっくりと話すイヌ人から少し意外な反応が返ってきた。
「みなさん、ご一緒の部屋でよろしいのですかワン?」
「はい。俺たちはいつもそうしてますので」
「かしこまりましたワン」
少し気になったので聞いてみることにしよう。
「……一緒なのは珍しいのですか?」
「いえ、そこまでではありませんワン。研究者の方だと亜人と一緒の部屋に泊まらない方が多いだけですワン。でも、それ以外の方なら全然珍しくはございませんワン」
「そうでしたか。俺たちは研究者じゃないし、みんな大切な仲間だから」
「それはすばらしいですワン」
なるほど、と思っていると、モカが質問をする。
「そういえば、私たちがここに来る途中で、イヌ人5人とドスシウダに向かわれた方に出会いましたが、そういう方も珍しいのですか?」
「イヌ人5人…… ああ、それはきっとドグ博士ですワン。元研究者の方ですが、イヌ人が大好きで、いつも一緒にいる方ワン。私も親しくさせていただいておりますワン。亜人嫌いの方もめったにいませんが、あそこまで特定の亜人に囲まれていたいという方もそんなには多くないと思いますワン」
「元研究者の方だったんですね。辞められるほどのお年じゃなかったようにも見えましたが……」
「お金はもう十分あるからイヌ人と暮らしたいって言って辞めたそうですワン」
「なるほど……」
「それはうらやましい限りだな……」
それを聞いて思わず俺は本音が漏れてしまった。
「そういう方がたまにいらっしゃいますワン。以前もモル人と暮らしたいと仰っていた方にお会いしたことがありますワン」
まさかな。心当たりが1人だけいる。
「……ひょっとして、ダブルという名前の方では?」
「そうですワン。ダブルさんをご存知でしたかワン」
「ええ、お世話になりました」
「あなたからはダブルさんと同じにおいがしますワン。モル人やウサ人のお仲間がいらっしゃるのも、うなずけますワン」
それを聞いて、クルルたちがすぐに反応した。
「そうプイ。ヤマはダブル爺と同じにおいがする私たちの大切な仲間プイ!」
「モル人、ウサ人だけじゃないノ。ヤマはネコ人の神様でもあるノよ!」
「おいおい……」
「ワン!? も、もしかしてネコ人のお守りをお持ちですかワン?」
「えっ? これですか?」
そう言ってお守りを見せた。
「すごいですワン。何十年ぶりかに身に着けている人間の方にお会いしたワン……」
「えっ? 前着けていた方をご存知なのですか?」
今度は思わずモカが聞いた。
「かの『奇跡の超天才』と呼ばれた方の奥様の血縁に当たる女性と聞いていますワン。もちろん古い血縁なので、どこまで本当なのか私には分かりませんワン」
「研究者だったと思いますが、ご夫婦とネコ人の方といつも3人で行動されていましたワン。ネコ人の方にとても信頼されていて、ネコ人の神様みたいな人だと言われていましたので覚えていますワン」
「そうなんですね。いつも3人で……」
「まさかな……」
モカと顔を見合わせた。
せっかくだからと、モカが聞く。
「あの、その方たちは3人で外にも出かけていましたか? キメラがいるような場所にも」
「昔のことですし、特別親しかったわけではございませんので、そこまでは分かりませんワン」
「そうですか……」
「……そう言えば、娘さん夫婦とウサ人の方と6人でお出かけされ、しばらくの間、ずっと留守にされていたことがあったと思いますワン。なので、3人以外でも出かけられていたのだと思いますワン」
「なるほど……」
ウサ人か…… プリンも気になったようだ。
「そのウサ人の方って、もしかして、真っ白な髪の方ナノでは?」
「たしかに…… 雪のように真っ白な髪だったと思いますワン。娘さんたちととても仲が良さそうだったのを覚えていますワン」
これは間違っていても聞いておく価値はありそうだ。
「あの…… 実は俺たちは人探しで来たんです。その探している人が真っ白な髪のウサ人なんです」
「私の師匠ナノ!」
「そうだったのですかワン。あの方たちがお探しの方なのかは分かりませんが、もしそうなら、北のほうの研究者たちが住んでいるところにお屋敷があったと思いますワン。たしか1番北西のあたりワン。ただ…… もう1年くらいは私はお見かけしておりませんから、今はもうレイシュトにはいらっしゃらないかもしれないワン」
「ありがとうございます! 訪ねてみます」
まさかの収穫だった。とりあえず一旦部屋に入って4人で話をしよう。
◇
「あそこまで一致するのは偶然とは思えないわ」
「そうだろうな。ほぼ間違いなく、護り人だった人たちだよな」
「まさか『奇跡の超天才』の妻の血縁なんて。妻の子孫と言っていなかったから、妻の兄弟の子孫かしらね?」
「まあ、1万年も前の話だから、はっきりとは分かんないだけでしょ」
「そうね。超天才本人の子孫って言われるよりは信ぴょう性があるわ」
「……そういえば生体AIチップを作ったのって、その超天才なのかな?」
「たしかそうプイ」
「私もそうだと聞いた気がするノ」
「まあ、本人とは限らないけど、その時代に作られたということなんじゃないかしら」
「どうして急にそんなことを聞くプイ?」
「いやあ、護り人は生体AIチップのことを詳しく知っておく必要があるって施設で言われたから関係が気になっただけだよ」
「たしかにね。チップを作ったのも、護り人もどちらも超天才に近い人だとすると、チップを詳しく知るのは大事なような気もするけど、逆にちょっと腑に落ちないわね」
「どのへんが?」
「普通に子孫に伝えればいいじゃない? それこそ本1冊残せば済む話よ」
たしかにモカの言うとおりだ。謎が多すぎる。
「やっぱり歴史を知らないとな」
「そうね。私たちの推測が正しければ本人たちはもう亡くなってるはずだけど、お子さんとかはいるんじゃないかしら?」
「そう言えば、プリンの師匠の親友ってどのくらいの年齢なんだ?」
「聞いたことはないけど、見た感じだと、ヤマのお父さんお母さんって言うよりはもう少し上だと思うノ」
「じゃあ、子どもがいたら、俺たちより上の世代かもしれないな」
「なるほどね…… もう結婚してるか、したばかりかもしれないわね。ひょっとしたら護り人を引き継ぐ時期か引き継いだ直後なのかもしれないわ」
「そういう可能性もあるな。少なくとも2個の腕輪は今も護り人か護り人の関係者が持っている可能性が高いよな?」
「そうね。気になるけど、考えても分かりそうにないから、行動に移りましょうか。あっ、そうだ。腕輪やネックレスのことは内緒にしましょう。今はまだ返すタイミングじゃないと思うの。ネックレスをわざわざ隠した理由があるなら、話すこと自体、危険だわ」
「そうだな」
「「分かったプイ(ノ)」」
「北西の1番奥のほうなんだよな?」
「そうみたいね」
「今から往復したら、帰ってくるまでに夜中になっちゃいそうだよな?」
「そうね、レイシュトは広そうよね。明日の朝出発しましょうか」
「そうだな。今日はさっきあった商店街をのぞいてみない?」
「いいわね!」
◇
すっかり話し込んでしまったが、宿屋を出て、商店街に向かうことにした。
冷蔵庫を見つけられたら買いたい。いくらするのかな。小さくても1000エンくらいするのだろうか。
大通りを挟んで、宿屋の反対側のブロックは全体が商店街のようだ。いろいろなお店が並び、亜人たちが買い物を楽しんでいた。やはり人間はかなりの少数派だ。
「もっと人間が多いのかと思ったらそうでもないんだな」
「たぶん北のほうに多いんじゃないかしら。研究者たちは北のほうに住んでるって言ってたし」
「生活圏が分かれているということか。それなら人間がいたほうが、探しやすいというのも分かるけどな」
「完全に分かれているわけじゃないんだと思うわ。こっちにも人間は少しはいるみたいだし。たぶん、研究所での研究内容が関係しているのよ。トライオラシにだってキメラ研究所があったじゃない。亜人たちは北にあまり行きたくないのよ」
「なるほどな。差別とかがあるわけじゃないけど、自然と分かれちゃったというわけか」
「きっとそうよ。だからプリンの師匠みたいに人間と親しい人だけが北に住んでいるんじゃないかしら」
「その可能性は高そうだな」
「ところで、冷蔵庫って何屋さんに売ってるんだろう? 電気屋なんてないよな」
「そうね…… 家具屋さんかしら?」
「冷蔵庫を家に持っているのはお菓子職人くらいナノ。だから、私もよく知らないノ」
「私も分からないプイ。食べ物を売ってるお店で聞いてみるのはどうプイ? そういうお店なら持っているかもしれないプイ」
「クルル、それ名案だな!」
「ププッ!」
商店街にはお菓子作りにも使いそうな鴨卵やヤギ乳を売っているお店もあったので、さっそく入ってみることにした。
なんかモカの目がキラキラしているのは気のせいということにしておこう。せっかくなので、売っているお菓子を買いつつ、お店のウサ人に聞いてみることにした。ここは冷蔵庫の現物を直接見たことのあるモカにおまかせだ。
「すみません。ちょっとお聞きしたいのですが」
「何かお探しですノ?」
「材料とかお菓子ではなくて、卵とかを冷やして保管するための大きな箱みたいなものって売ってませんか? ドスシウダのお菓子作り大会で使わせてもらったんです」
「ああ、冷蔵庫ですノ。それなら、通りを1本中に入ったところにある家具屋に売ってますノ。うちも使ってますノ」
「そうなのですね。ありがとうございます」
そう言って去ろうとしたとき――
「あっ、あの…… ひょっとして、モカ様ではありませんノ?」
「えっ? どうしてそれを?」
「やっぱりナノ! 『モカプルン』の発明者の、あの噂のお菓子職人様ですノね! あの大会のとき、たまたまドスシウダに出かけていまして、見ていましたノ!」
「そうだったのですね。楽しい大会でしたよね」
「そうナノです。モカ様なら冷蔵庫をお求めなのも納得ですノ。そういえば、この商店街でもモカプルンを作って売ろうとしているお店がありますので、見ていかれると良いですノ」
「そうなんですね! 楽しみだわ」
モカはここでも有名人のようだ。さっそく冷蔵庫が売っている家具屋を探しに行く。
大通りから1ブロック奥に行くと、そこも商店街だった。
両サイドにお店がたくさん並んでいた。その中で家具屋を探す。ほどなく、それらしいお店が見つかった。
店に入ると、冷蔵庫というかほぼ箱だが、それほど苦労せずに見つけることができた。
「大きいほうがたくさん入るけど、持っていくの大変よね」
「そうだよな。1回は宿屋の部屋に持っていきたいしな」
「じゃあ、これくらいかしら?」
「ま、まあいいか」
それでも意外と大きいけど、持てなくはないか。
値段をみると500エンだった。電化製品ではなく、密閉性の高い箱なのだからこんなものなのだろう。
「とりあえずこれ買って1回宿屋行こう」
「そうしましょう。すみません。これほしいんですけど」
「ワン? かしこまりましたワン! どこまでお持ちすれば良いですワン?」
「とりあえず自分たちで持っていくから大丈夫ですよ」
「かしこまりましたワン」
一瞬不思議そうな顔をしたが、俺をちらっと見て納得したようだ。無事に購入し、宿屋に向かう。
だが、意外と重い……
プリンと俺の2人でがんばって宿屋に運ぶことにした。
それと、ロビーで受付のイヌ人にちょっと驚かれたけど、気にしないことにした。
部屋まで運んだところで、さっそくプリンに氷を用意してもらう。
「プリン、ここに氷を入れてくれる」
「もちろんナノ」
(カタッ)
あっさりと氷の準備完了だ。
「じゃあ、あとは俺の仕事だな。とりあえず今インベントリにある肉を入れて、と……」
「いい感じね」
「うん。それで、冷蔵庫ごとインベントリに置けばバッチリだ」
(スッ)
あっさりと冷蔵庫をインベントリに保管できた。重さもほとんど感じない。やはり俺のコネクトは特別なのだろう。
「ヤマ魔法だと重くないの?」
「うん。全然」
「やっぱりね。だから大きな岩も飛ばせるのよ。たぶんだけど、エネルギーの使い方が特殊というか上手なのよね」
「なるほどな」
これで、さらに食料事情を改善できそうだ。




