第26話 研究所
次の日、まずは南方面以外の都市の中を散策することにした。
大通りにはたしかに食事処が多い。定食屋のようなお店が複数並んでいた。定食屋には比較的人間のお客が多くいるようにも見えた。きっと研究者たちなのだろう。
大通りはエーンスタットと同じように十字形になっているようだ。おそらく、東西南北それぞれに門があるのだろう。
十字路の東側にはエーンスタットなどと同じように酒場と衛兵施設が並んでいた。金の肉球マークがここでも有効なのか知りたかったが、衛兵施設の中を見せてもらいたい理由が特にないので、やめておいた。
反対側の西門のほうには宿屋が4軒ほども並んでいた。それだけレイシュトからの客が多いのだろう。俺たちは北側の宿屋だったが、今後もそちらを使うほうが混雑しなくてよさそうだ。
と、こんな感じに、ゆっくり見て回っていたこともあり、お腹が空いてしまった。
そのため、たくさんある食事処の中からよさそうなところを選んでランチをすることにした。珍しく人間が好みそうな、俺にとっては普通のご飯だった。
◇
南方面以外は散策できたため、いよいよ南側に向かうことにした。
南は今日1番見てみたかった研究所がある方向だ。ここまでゆっくりと見て歩いていたのは、研究者たちの動きを俺とモカが警戒していたからだった。
もし、最初に捕まった場所が研究所で、そこの仲間がトライオラシにいるなら危ないかもしれない。だから、俺やモカのことを見て変な動きをする人間がいないか、ひそかに観察し続けていたのだ。
午前中いっぱい観察を続けたが、俺とモカのことを知っている人はいなさそうだった。そこで、研究所のそばに行くことにしたのだった。
「あれがキメラ研究所ね。大きな建物ね」
「衛兵施設ほどじゃないけど、他よりはずっと立派だな。しかも、大通りから少し内側に建物があるのかな?」
「そんな風に見えるわね」
そばまでいくと、門があり、警備員がいた。門からは通路が伸び、奥の方に玄関があるようだった。さすがに入る口実がないため、入れさせてもらえないだろう。
「厳重ね……」
「まあ、研究所ならそんなものじゃない?」
「それはそうね。キメラ研究所というくらいだし、ひょっとしたら生きているキメラも研究しているかもしれないわ」
「それはありそうだな。キメラが逃げ出したら一大事だから、奥まっているのかもな」
「きっとそうね」
モカは小声で俺にだけ言う。
「あそこと似てるわね……」
「ああ……」
間違いなく、あそこは何かの研究所だ。
目的を達したモカは宿屋に戻ることを提案してきた。
「ねえねえ、明日からどうするか宿屋でゆっくりと話しましょうよ」
「ん? いいよ、行こうか」
◇
そのあと、宿屋に戻った。部屋に入り、落ち着いたところで、モカが話し始めた。
「キメラ研究所で何をやっているか知りたかったら酒場で周りの会話を聞くくらいしかないかなと思うんだけどどうかしら?」
「それはそうだろうけど、聞いてもしょうがないんじゃない?」
「私もそんな気がするプイ。興味はあるけど、洞窟奥の施設みたいに驚くような知識を教えてくれるとは思えないプイ」
「それに…… 私とクルルのような亜人は一応キメラと同じようなものナノ。だから、キメラ研究所はちょっと怖いかもナノ」
「「……」」
そうか。亜人が研究対象になっている可能性に気付いておくべきだった。モカも今それに気付いたようだ。
「大丈夫よ。2人は絶対私とヤマで護るから! そもそも2人とも強いから大丈夫だと思うけどね」
「そうプイね!」
「大丈夫ナノ!」
「……」
「ヤマ?」
「なあ、話してもいいよな?」
「……まあ、いいんじゃない?」
「「?」」
並行世界から来たことはまだ話さないほうがいいだろうが、研究所との関係は話しておかないと、このあとどこかで取り返しのつかないことになると思ったのだ。
「クルルと最初に会ったのどこか覚えてるかな?」
「もちろんプイ! ダブル爺の手紙が隠してあった洞窟のそばプイ。そういえばなんであんな森の中に2人はいたプイ?」
「そのことを話しておこうと思ってさ。モカ、よろしく!」
「ふふっ、やっぱり私なのね。いいわよ。……実は、私たちあの森に逃げ込んだのよ」
「誰かに追われていたプイ?」
「私たちもよく分からないんだけど、ヤマと2人で遊んでいたら突然、あの森のそばの研究所に連れていかれたの。あそこが研究所かどうか、これまで分からなかったんだけど、今日、トライオラシの南門のほうの研究所を見て、あそこも研究所だって分かったの」
「森のそばに研究所なんてあったプイか?」
「私たちが出会ったところより、たぶん東の方に1日くらい歩いたところかしら。誰も知らないみたいだから、何か秘密の研究所だと思うの」
「秘密の研究所プイか…… どうしてそんなところに連れていかれたプイ?」
「それが本当に分からないの…… 私たちを殺そうって話しているのが聞こえてきて、それで逃げ出したの」
「それで、今日はやたらゆっくりとトライオラシの中を見てたノね。研究者たちがヤマとモカを探していないか心配だったノね?」
「そうよ。でも、ここにいる研究者たちは私たちのこと知らないみたいだから、大丈夫だと思うわ」
「つまり、俺とモカも研究所には近寄りたくないってことかな。クルルとプリンと同じだな」
「「仲間プイ(ナノ)」」
「ふふっ、そうね。だから2人も研究所や研究者たちには気を付けてほしいの。私たちを捕まえるために、2人に危険が及ぶかもしれないの」
「それでも私たちは絶対一緒に行くプイ! ね、プリンもそうプイよね?」
「もちろんナノ!」
ちゃんと2人に伝えられてよかった。さて、このあとどうするか。今日は洞窟に行く時間はなさそうだな。
「今日はもう洞窟に行く時間はなさそうだけど、このあとどうする?」
「そうね。ご飯まではまだ時間あるわね。うーん。トライオラシの名物とかないかしら?」
「ナッ! ねえ、クルル! トライオラシって言えばあのお菓子ナノ!」
「プイ? ……プ! あれプイね!」
「あれは買わなきゃナノ!」
「ん? 買い物?」
「そうナノ! でも、ヤマはお留守番ナノ」
「?」
「大丈夫プイよ。買ってきてここで食べるプイよ。ヤマ1人だとさみしいプイ?」
「なら私も残っていようかしら?」
「まあ、それでもいいかもナノ」
「そうプイね」
「よく分からないけど、名物があるってことかな?」
「「そうナノ(プイ)!」」
「じゃあ、行ってきていいよ。ゆっくり待ってるから」
「「行ってきますノ(プイ)!」」
2人は楽しそうに出かけて行った。
「どんなお菓子なのかしらね」
「楽しそうに行ったね。女子御用達かな?」
「そんな感じね。私ならついていっても良さそうだったし」
「行かなくてよかったの?」
「それよりも2人で話すタイミングはあまりないからちょうどいいかなって」
「たしかに」
◇
「……ねえ、それにしてもどうして私たちだったのかしらね?」
「ん? 何の話?」
「この世界に連れてこられた話」
「ああ…… ひょっとしたら俺が特殊なコネクトを使えるからかな?」
「そうかもしれないけど、どうやってそれを知ったのかしら?」
(そういえば、あいつ、俺のフルネームを知っていたな…… モカがいたことは想定外みたいだったからターゲットが俺だったことはたしかだ……)
「……なあ、モカ。俺たち、というかたぶん俺が狙われたんだけど、最初に消しゴムを消したことが影響してるんじゃないかな?」
「どうして?」
「研究所の男は俺のフルネームを知っていただろ? よくよく考えてみると、あの消しゴムは子どもの頃に使っていたやつだから、どこかにフルネームを書いていた気がするんだよ。しかもカタカナでね」
「なるほどね! 消しゴムがこっちの世界、特にあの2人のところに飛んでいってたとしたら、男がヤマの名前を知っていた謎が解けるわね」
「そうなんだよ」
「……でも、消しゴムくらいで侵略者扱いされるかしら? たしかに名前付きのものを送り込まれたら不気味で怖いし、消しゴムとは言え当たったら痛いけど、侵略は言い過ぎじゃないかしら?」
「そのことなんだけどさ…… 実はこっちに来たあの日、モカに言おうと思ってたことがあって。でも、その前にこっちの世界に連れて来られちゃって、まだ言えてないことがあるんだ……」
「ん? なに?」
「あの日の前の日に、実は勢いでGを消し飛ばしちゃったんだ…… 俺、昔Gに襲われたことがあって、トラウマになっててさ。台所にGが出てパニックになってたときに、消しゴムのことがよぎってさ、思わず……」
「……で、Gもあの2人のところに飛ばされたってこと?」
「じゃないかなって……」
(ん? モカの肩が震えだした?)
「ふふふふふっ…… アハハハハッ! ヤマったらドジなんだから!」
「い、いや、必死だったんだよ! あいつら空飛ぶんだよ!」
「そうなんだけどさっ。ふふふふっ…… お腹痛い…… ふふふっ、あっ! ひょっとしてさ、あの2人が言ってた『気持ち悪いから殺しちゃおう』とか『生理的に受け付けない』って、私たちのことじゃなくて、Gのことなんじゃない?」
「え…… うそ!?」
「私、こっちの世界に来てからまだ1度もGを見てないの。さすがに絶滅はしてないと思うけど、万一、Gがこっちで絶滅していたり、このあたりにはまだ進出していなかったりしたとするでしょ。名前付きの消しゴムの次に、未知の小さな気持ち悪い生き物を送り込まれたらどう思う?」
「いたずらとか?」
「それも思うでしょうね。でも、新型キメラかもしれないし、病原体を持っているかもしれないじゃない。その点では小さい生物のほうが怖いわよ」
「まさか、それで侵略者?」
「さすがに確証までは持てなかったから、連行して話を聞こうとしたんじゃないかしら。本格的に侵略してくる前に。だって『あとでたっぷりと話を聞かせてもらおう』って言ってたわよね」
「まさか、そんな……」
「だとすると、とんだ勘違いで私たちは捕まったわけだし、逃げ出したことで事態がややこしくなっちゃったわね」
まさか、そんな理由で…… と情けなく思うと同時に、でもそのおかげでクルルやプリンに会えたのなら良しとするか、という少し前向きな気持ちにもなった。
「ふふふふふふっ」
モカはまだツボにハマっているようだ…… そんなにおかしかったかな? まあ、でもモカが笑ってくれて救われた気がする。俺のせいでこんな冒険をさせてしまっているわけだから。
◇
なかなかモカがツボから脱しない間にクルルとプリンが帰ってきた。2人は箱を3つ持っていた。
「ふふふっ」
「「ただいまナノ(プイ)」」
「プ? モカ、楽しそうプイね」
「そうね。ヤマが面白い失敗をした話をしてくれただけよ」
「聞きたいプイ!」
「恥ずかしいから勘弁してくれ……」
「しょうがないプイねぇ」
「ところで何を買ってきたの?」
「これナノ! まずはモカからナノ」
「?」
差し出された箱をモカが開けた。そこにはハート型のピンク色のようかんのようなものが入っていた。
「これを、ヤマと半分ずつ食べるプイ! モカがヤマに食べさせて、次にヤマがモカに食べさせるプイ!」
「いいわね!」
「ん? 3つあるということは……」
「もちろん、私が2番目で、プリンが3番目プイ!」
「そうナノ!」
「やっぱりそういうことか……」
カップルが仲良く食べるスイーツといったところか。たしかに女子御用達という感じだな。
「じゃ、ヤマ、あーん」
(パクッ、もぐもぐ)
「おっ! おいしいこれ!」
「本当?」
「うん。じゃあ、次はモカ、あーん」
(パクッ、もぐもぐ)
「本当だわ! おいしい!」
そのあと、俺とクルル、俺とプリンで、あーんして食べ合った。なんか俺だけ3回食べてお腹いっぱいな気がするけど、幸せいっぱいということにしておこう。それが1番だ。




