第24話 パティシエ モカ
ドスシウダに帰り、肉と牙を売った。あまり苦労しなかった割に良い収入になった。この勢いで稼げるなら収入を得るのは簡単そうだから、今日みたいな日は戦い方を試したことの意義のほうが大きそうだ。
宿屋に戻るとモカも戻っていた。
「どうだった? うまく作れそう?」
「うん。思ったよりコクがあっておいしいのが作れたわ。1番気になるのは冷やす時間かしら」
「ああ、冷蔵庫ってないのかな?」
「一応あるのよ。氷が入ってて、それで冷えるの。会場でも使えるみたいよ」
「へえ、氷って売ってるチップじゃ出せないから手に入れるのは大変そうだな」
「でも、ネコ人なら出せるから、ネコ人が協力しているんだと思うわ」
「なるほどね! コネクトって便利だな」
「そうなのよ。生活を支えている感じがするわ。そのために……かもね」
「ああ、なるほどな」
何かを作るには理由があるだろうしな。1つの理由とは限らないが。
それよりも、明日が楽しみだ。
◇
お菓子作り大会の日が来た。モカは張り切って朝から出かけていった。
俺たちは大会が始まる頃に行くつもりだ。まだ昼まで時間があるので、都市の中を散歩することにした。
「そういえば、本とかってないのかな? 昔のことが書いてあるものとか」
「本プイ? 売っているのは見たことないプイ」
「私もナノ。でも、どこかで読めるって聞いたことがあるノ。ドスシウダにはなかったかもナノ」
「へえ、図書館みたいなの?」
「トショカンって何プイ?」
「……えっと、本がたくさん並んでいて、借りられるところ」
「そういうのがあったら楽しそうプイ」
「本は貴重だから、大切に保管されているノ。なかなか見せてもらえないと思うノ」
「そうだよな…… まあ、しかたないか。とりあえず次の第3施設に行って話を聞くほうが早そうだよな」
「そうプイね」
「そうだ、ちょっと探してみたいものがあるから、道具屋に行ってみてもいい?」
「いいプイよ」
「何がほしいノ?」
「紙なんだよ。でも、本が珍しいなら紙も少しは珍しいのかな?」
「そんなに珍しくはないけど、安くはないと思うノ」
「ん? そうなのか。いや、みんな忘れちゃいそうなことをどうやって残しておくのかなあって思ってさ」
「ヤマやモカって面白いこと言うノね。そういうのあんまり気にしたことなかったノ」
「私もプイ。でも、ダブル爺はヤマみたいだったプイ」
「そうナノ?」
「ダブル爺は手紙を書いてたプイ」
「そういえばそうだな。手紙を書くくらいにはみんな使うんだよな」
「普段は、その日を安全に過ごすので精一杯ナノ。ヤマたちと出会って強くなって余裕が出た今だから、いろいろと新しいことを考えられる気がするノ」
(そうだよな。キメラがあれだけいたらそうなるよな……)
道具屋に行ってみると、たしかに紙は売っていた。紙というより和紙だな。手作りっぽいから高いんだな。
「売ってるプイね」
「そうだな。何枚かモカのために買っておこうかな」
「モカのためナノ?」
「そう。たぶんだけど、モカが作るお菓子の作り方をみんな知りたいって言うと思うんだよ。作り方を書いて渡せばみんな作れるでしょ?」
「「?」」
紙を100枚くらいと、筆と墨っぽいものを購入した。
そうこうしているうちに昼が近づいてきた。モカと合流して、早めのお昼ご飯を食べ、大会会場に向かった。
◇
参加者は各部門数人から10人くらいだ。人数分の調理場が用意されている。このくらいの広い会場じゃないと難しそうだ。
観客は100人以上はいるだろう。興味のある部門のそばにみんな行くようだ。俺たちはモカが出る創作部門のそばに座った。
珍しい存在である人間の司会者があいさつを始めた。
「それでは、皆さんお待ちかねのお菓子作り大会を始めたいと思います。先日はキメラが出て、延期されてしまいましたが、衛兵の皆さんが倒してくださったおかげで、少し遅れるだけで開催できました。おいしいお菓子をぜひ作っていただき、みんなで楽しみましょう!」
(パチパチパチパチ)
拍手はこの世界でも普通らしい。
「それでは、参加者のみなさん、準備はいいですか? では、始めてください!」
一斉にみんな動き始めた。見た感じ、どの参加者も作るお菓子は和菓子だ。
約1名を除いて……
(あの女の人、何作ってるんだろ?)
少しずつ周りの人がモカが作るお菓子に興味を持ち始めたようだ。
モカは、まずヤギ乳を軽く温める。その間に、鴨卵を割り混ぜ始める。混ぜ終わるとそこに温めたヤギ乳と黒糖を入れて、また混ぜる。そのあと、粗い布を使って濾す。それを小さな入れ物に入れて、何かでフタをしている。遠くてよく見えないが、アルミホイルの代わりみたいなものだろう。
それをフライパンのような器具に敷き詰めていく。直接置いているのではなく、こげないように何か間に布のようなものを挟んでいるかもしれない。そのあと、水を入れ、ふたをして蒸し焼きにしていく。
もう1個のフライパンのようなものに黒糖を入れて加熱する。最後に水を少し加えたか。これは明らかにカラメルだろう。先ほど作っていた蒸し焼きにしてしばらく置いたものに、このカラメルをかけて、最後に冷蔵庫のような箱に入れる。
これで調理終了のようだった。
これは間違いなく、あれだ。プリンだ。
思わず横にいるプリンを見て、目が合って焦ったが、プリンは何のことか分かっていないようだ。
調理が終わったためだろう。モカがこちらを見て、笑顔になった。俺たちは目立たないように軽く手を振った。
◇
まもなく、他の参加者も作り終え、審査となった。順番に食べてコメントをしていく。
モカの番になると――
「では、次はモカさんのお菓子です。どうぞ」
「これは見たことがないお菓子ですね」
「これですくって食べるのですね」
審査員が口々に言う。そして、横に置いてある小さな木製スプーンで食べ始めた。
「これは!」
「すごくおいしい!」
「柔らかく、甘くて、それでいて表面の茶色いのがほろ苦くて、最高ですね!」
「もっと食べたいですね!」
大好評のようだ。横でモカはうれしそうだ。
審査はそのまま粛々と進んだ。
◇
休憩を挟んで、しばらくすると審査が終わったようだ。いよいよ結果発表が始まった。
部門順に発表と表彰が行われていった。
――最後に創作部門の番が来た。
創作部門参加者が並んでいた。もちろんモカもいる。
司会者が結果を読み上げた。
「創作部門の優勝者は…… 甘くておいしい全く新しいお菓子を作ったモカさんです!」
なんと…… まさかだが、優勝してしまった!
「えっ? ヤマ、やったわ!」
「えー、では、優勝者のモカさんはこちらに来てください」
「はーい!」
遠くから俺の名前を叫ばれてちょっと恥ずかしかったけど、俺もすごくうれしかった。
モカが表彰されるために前に出てきた。
「創作部門優勝おめでとうございます。モカさんは初めての優勝ですので、お菓子職人の称号と黒糖1袋を差し上げます!」
「ありがとうございます!」
(パチパチパチパチ!)
1つ星のついたバッジのようなものと袋が、審査委員長っぽい人から渡された。
「ところで、このお菓子は何という名前なのですか?」
「えーっと…… 私の大切な仲間を思い描きながら作ったんです。本当はプリンって呼びたいんですけど……」
「ナッ!」
(ブンブンブンブンッ!)
本家プリンが顔を真っ赤にして立ち上がった。そして首をブンブン横に振っている。
「そう思ったんですけど、あそこにいる本人がとっても恥ずかしそうなので…… プルプルするお菓子ということで、プルンにします!」
(コクコクコクコク!)
今度はプリンは首を縦に激しく振る。そりゃ、お菓子に自分の名前を付けられたら恥ずかしいだろ……
「あちらのかわいらしいウサ人のお仲間がもとになっているのですね。たしかにお耳の色合いとかが良く似てますね!」
「はい。そうなんです。でも、プルンでいいんです。これ、みなさんも簡単に作れますよ!」
「えっ? 作り方を教えていただけるのですか?」
「ん? もちろんですよ」
「ありがとうございます! 作り方を知りたい方はぜひモカさんにお話を伺いにいきましょう!」
これで全て終わりのようで、最後に司会者が締めのあいさつをするようだ。
「これで、すべての部門の表彰が終わりました。あらためて優勝者のみなさんおめでとうございました!」
(パチパチパチパチ!)
「では、これでお菓子作り大会を終わります。ありがとうございました!」
(パチパチパチパチ!)
お菓子職人の称号を得たモカが俺たちのところに戻ってきた。俺は買っておいた紙とかを渡すことにする。
「「おめでとうプイ(ナノ)!」」
「おめでとう! はい、モカ。これどうぞ」
「ありがとう! ん? これは?」
「だって、作り方を書いてみんなに渡さないとな。だから紙がいるでしょ?」
「すごいプイ! このためだったプイね! ここまで予想していたプイ?」
「ああ、モカならこうなるだろうってね」
「さすがナノ…… 愛の深さが違うノ……」
「ま、まあ、それはともかくだな。いるでしょ?」
「えへへっ、ありがと!」
――そして、レシピを広く公開したこのプリン、もとい、プルンが、後々『モカプルン』としてこの世界に広まるとは、さすがのモカも予想できなかっただろう。
ともあれ、和菓子中心のこの世界に衝撃を与えたモカのプルンだった。
一方、俺は少し気になることがあった。ひそかに小声でモカに言う。
「大丈夫なのかな。こんなに目立って」
「ん?」
「だって、俺たち逃亡者でもあるよな……」
「あ…… 忘れてたわ…… でも、悪いことはしてないし、そもそも侵略者じゃないわよ?」
「ま、まあ、そうだけど…… お菓子業界にとっては黒船かもだけどな」
「……それに、もしまたあの2人に会ったらちゃんと誤解を解かないと。だから良いこともしておかないとね」
「しょうがないな。分かったよ」
◇
そのあと、モカは忙しそうだった。
まず、帰る前にいろんな人に声をかけられた。ようやく宿屋に戻れたあとも、紙にレシピを書いていた。印刷できないのと、ひらがなとカタカナだけで書かないといけないので苦労していた。
全部終わったときにはすっかり夜になっていた。
次の朝、書き上げたレシピの紙を、調理場を使わせてくれたボコ隊長のところに最初に持っていくことにした。
衛兵施設にみんなで行き、入り口で隊員証を見せた。金の肉球マークに驚かれると同時にモカが来たことにも驚かれた。
「ワン!? お菓子職人のモカさんですワン?」
「え? そうですが、あなたも見てたのですか?」
「もちろんですワン! 今日は隊長に用事ですかワン?」
「ええ、プルンの作り方を書いたから隊長に渡そうと思って」
「なんとワン! それはうれしいですワン! どうぞワン!」
2階に上がり、隊長室の扉をノックする。
(トントン)
「どうぞワン」
「こんにちは」
「おお、これは、みんな来てくれてうれしいワン! 今日はどうしたワン?」
「これを渡そうと思って」
「これは何ワン?」
「プルンの作り方を書いたのよ」
「! 昨日優勝したあの噂のお菓子だワン!」
「えっ、もう噂になってるの?」
「もちろんワン」
「そうだ、今日、プリンたちにも食べさせてあげたくて、このあと作ろうと思うの。もし、今日食べる時間があるなら、ボコ隊長分も作るけど、どう?」
「食べたいワン!」
ボコ隊長はものすごくシッポを振っていた。これは完全に懐いたな……
そのあと、調理場に行き、プルンを作ることにした。プリンやクルルもレシピを見ながら手伝っていた。
プルンができあがったところで、ボコ隊長を呼びに行き、一緒に食べることに。
「これはおいしいワン!」
「プイィ! おいしいプイ!」
「ナ! なんていうおいしさナノ! モカはこんなおいしいものに私の名前をつけようとしたノ?」
「ん? だって、プリンそっくりじゃない?」
「た、たしかに色は似てるかもナノ……」
プリンが自分の長い耳を目の方に引っ張って見ながら答えた。
「ヤマはどう? おいしかった?」
「モカが作ってくれただけでもうれしいのに…… これは、本当においしすぎて言葉にならないよ。すごくコクがあるね!」
「でしょ? 材料が思っていたものと違うけど、これもいけてるでしょ」
「ああ、びっくりだよ」
「ふふっ」
「これは人気になりそうワン……」
「作り方はそんなに難しくないから、衛兵のみんなにも教えてあげてね」
「ワン!」
シッポを振って答えるボコ隊長。完全にモカにも忠誠を誓ったようだ……




