第15話 帰還、そして次の旅に
翌日、昼過ぎに久しぶりにエーンスタットに帰ってきた。
宿屋に行って久しぶりにお風呂に入りたい。ただ、東門からは宿屋まで少し距離があるし、時間にも余裕があるので、ゆっくりと周りを見ながら行くことにした。
洞窟に行く前はあまり意識しなかったが、東門のそばには行きにも見た大きな建物が並んでいる。
これらは衛兵たちが待機する場所だろう。訓練場とかもあるのかもしれない。洞窟からあんなキメラが出てくるかもしれないことを知った今となってはすごく納得だ。
とは言え、少なくとも奥にいたクマシカは倒したから、また現れるまでしばらくは大丈夫かもしれない。
(そういえば、キメラって生体AIチップを持っていないといけないのに増えるんだな……)
「モカ、全てのキメラは生体AIチップを持っているって言ってたよな? それなのにキメラって増えるんだよな? クルルたちも例外じゃないって言ってたわけだし」
「たしかにね…… 細胞でできているからじゃないかしら? 子どもが生まれるときにチップも分かれて増えるとかかしら」
「なるほど。だから機械みたいなのじゃなくて、細胞で作ったのかな?」
「きっとそうよ。ヤマ、冴えてるじゃない!」
「ふふん」
モカに褒められて嬉しくなる。俺たちの世界では便利な機械がたくさん発明されてきたわけだけど、こちらの世界には生物の特徴をうまく利用した天才がいたってことだな。
そうやって話している間に十字路まで来た。
十字路の南側にはカフェっぽいお店と、服屋、雑貨などの売り買いもできる道具屋、それと食料品などを売っているお店がある。
クルルはこのあたりで買い物をしたようだ。基本的にお店とかがこの大通りにあって、住民の家はそれより奥の細い通りのほうにあるようだ。
今回はキメラの肉とかは持って来なかった。衛兵が大集団で倒すほど強いキメラの肉を持っていったら怪しまれるからだ。だから、道具屋には今すぐ行く用事はなさそうだ。
「カフェか服屋さんにでも行きたい?」
「ん? そうね…… でも、今はお風呂入りたいかも」
「カフェが何かよく分からないけど、私もお風呂でいいプイ」
「そういえばそうだな。じゃあ、今日は宿屋にこのまま行こう」
「「うん(プイ)」」
◇
宿屋に行き、ゆっくりとお風呂に入ってくつろいだ。
第1施設の機械が言っていたように、護りのコートは身に着けたままでも問題なかった。本当にすごい防具だ。
その後、食事もすませたので、今後どうするか3人で話し合うことにした。
「それにしてもなんかすごいことになっちゃったわね。護り人ってなにかしらね」
「そうだよな。あの機械はいろいろ教えてくれたけど、意外と肝心なことは教えてくれなかったよな」
「ほんとそう。きっと残りの4つの施設に行かせたいんだわ。だからこれからも小出しに教えてくれるんだと思うわ」
「そういえば、機械が教えてくれたことってクルルは知ってたの?」
「全然プイ。初めて聞く内容しかなかったプイ」
「やっぱりそうか……」
「よく分からないけど、護り人として期待されてるのに放置するのは良くないかしらね」
「そうだよな。なんか本来は引き継ぐものらしいし」
「護りのネックレスは、ダブル爺が弔ったウサ人が着けていたんでしょうね。でも腕輪の持ち主は誰でしょうね」
(そうなのか? どうしてそう言い切れるんだ?)
「ウサ人ならこの先のラパンにたくさん住んでるから、行って聞いてみるプイか?」
「なるほど、それいいかもね」
「ついでにドスシウダっていう都市もそのそばにあるプイ」
「エーンスタットみたいなところかしら? 同じように近くに危険な洞窟がありそう?」
「そうプイ。たしかあったはずプイ」
「よし、じゃあ、ラパンに寄って、その後、ドスシウダに行くか」
「「そうしましょう(プイ)」」
方針が決まったところで、モカがなぜか難しそうな顔をしている。
「ん? モカどうしたの?」
「…… 第1施設がある洞窟の壁に付いてた傷を思い出してたの。あそこにあの傷を付けられるほどのキメラはいなかったわ。それに、ダブル爺が弔ったウサ人が護りのネックレスの持ち主だとしたら、そんなウサ人を殺したキメラがいるということよ」
「なるほど…… 仮に壁に傷を付けたキメラがそのウサ人を殺したとすると…… ん? ダブル爺がウサ人を弔ったのってエーンスタットからモルジクに向かう途中じゃなかったっけ? それって――」
「間違いないと思うわ。ガトアルデに着く少し前にあったあのお墓よ。東から逃げてきたような跡があったでしょ? 距離はあるけど、第1施設の洞窟から逃げてきたと思うと整合するのよ」
「えっ…… じゃあ、腕輪の持ち主は……」
「たぶん第1施設の洞窟でキメラに殺されたのよ。きっと、あの壁に傷を付けたキメラにね。他のキメラなら第1施設に入る前の私たちでも勝てたのよ。クマシカはちょっと例外かもだけど」
「俺たちと同じように初めてあそこに行ったのかもよ?」
「たしかにその可能性はあるかもだけど…… ウサ人に腕輪を託して逃げさせるくらいよ。しかも、2人が犠牲になってまでそうしたのに、ウサ人も致命傷を負うほどよ。森に逃げ込み、何とかあそこまで歩いたんじゃないかしら」
ただでさえ頭の回転の速いモカが、能力向上でさらに賢くなっている…… ついて行けない部分がいくつかある。
「えっと…… なんで託して逃げさせたと思うの?」
「ん? 2人が死んでから取り外してたらウサ人もそこで殺されてるでしょ?」
「「なるほど(プイ)」」
クルルも話に付いてくるのがやっとのようだ。
「それに、私たちだってクマシカと戦う前に、腕輪をクルルに託してクルルだけ逃げさせるほどのことは考えなかったわ。それだけ、そのキメラがとてつもない相手だったということじゃない?」
「そんなキメラがいたとして、そいつは今どこに?」
「分からないわ。ウサ人を追って洞窟を出たのかもしれないわ」
「私だったらエーンスタットとかにそのキメラが行かないように、人がいないほうに行くプイ」
「そうよね。クルルみたいに優しい人ほどそうするわ」
「ねえ、なんでウサ人だけ逃げさせたプイ? 3人で戦えば勝てたかもしれないプイ」
「勝てる見込みが全くなかったのもあるでしょうけど、そんなキメラに1番渡したくないものは何だと思う?」
俺たちの理解スピードに気付いたのか、ペースを落として質問を混ぜてくれた。こういう気遣いがモカの良いところだ。
「うーん。渡したくないもの? 自分の命よりも、だよな? 難しいな……」
「私も分からないプイ……」
「……護りのネックレスよ」
「「?」」
「腕輪と違ってネックレスは亜人が身に着けられるわ。おそらくキメラも身に着けられると思うわ」
「「!」」
「絶対に渡したくないでしょ?」
「ああ、絶対にな……」
「だからプイね……」
「でも、それってネックレスを拾ったばかりの人とか盗んだ人とかじゃ思い付けないでしょ? つまり、護りのアクセサリーについて良く知っている人にしか思い付けないのよ」
「たしかに……」
「だから、私はあのお墓のウサ人がネックレスの持ち主の可能性が高いと思うの。よく知っていたからこそ、死ぬ間際に自分のネックレスも外して、埋めようとでもしたんじゃないかしら」
「なるほどプイ。今の私ならそうするかもプイ」
「そうよね。今のクルルならそうよね。でも、私たちだって、最初に洞窟に行ったときはそこまで考える余裕なんてなかったわ」
「だから、俺たちよりはベテランだっただろうってことか……」
「そうよ。そんな3人ですら、たぶん全員殺されたのよ……」
「3人は護りのコートを身に着けていたのかな?」
「分からないけど、たぶんそうだと思うわ。これなら外して置いてあっても、ダブル爺じゃ防具と思わないんじゃないかしら」
モカの推理がとにかくすごい。あれだけの情報でここまで考えられるとは…… 感心しているとクルルが口を開く。
「私たちにはヤマの解析不能な能力があるプイ。だから、もう少し有利に戦えるかもプイ」
「そうね。それはあるかもね……」
「そういえば、俺の解析不能だけど、なんかスロットを増やしたら強くなった気がするんだよね」
「ん? コネクト能力を向上させたから?」
「最初はそうかなと思ったんだけど、強くなったのは形状生成能力でも放出能力でもないんだ」
「じゃあ、何?」
「たぶんだけど、離れていても接続先を覚えておける気がするんだ。もちろんつないだことがないとダメだし、今はまだ1カ所しか覚えられないと思うけど」
「なるほどね。じゃあ、強力なものが出せる場所ならお得? クマシカを倒したときの岩とか」
「いや、あの岩はもう取り出しちゃったから、その世界にはもう無くて出せないんだ。最初それで気付いたんだ。岩を出した場所につなげられるけど、岩が無くてさ。もちろん、覚えておく場所をリセットすればまた出せるから、もう1回行って岩がある世界を覚えればいいとは思う。でも1回しか出せないから……」
「つまり、つないだことのある場所と全く同じところにつながるのね?」
「たぶんね」
「なるほど……」
「何の役に立つか分かんないけどね!」
「……」
モカが考えている。何かそのうちすごいアイデアが出てきそうだ。
「ま、あまり難しく考えないほうがいいかもよ。分からないことがあったほうが、知る楽しみがあるでしょ?」
「ふふっ。ヤマらしくてそういうの好きよ」
「!」
「私もそういうの好きプイよ!」
急にそういうのを突っ込んできて、顔が熱くなる。クルルもムキになって対抗しなくても……
「もう、今日はそろそろ寝て、明日カフェとかを満喫しよう!」
「ふふっ、そうね」
「おやすみプイ」
今日はたっぷり話をして理解が深まった気がする。
侵略者と言われたかと思えば、今度は護り人と言われ…… 俺は一体何者が正解なんだ。あっ、普通の大学生か……
◇
次の日、ラパンにそんなに急いで行く理由もないので、ゆっくりエーンスタットを散策することにした。
午前中は服屋に行ってみた。クルルにもらった服と似たような服がいろいろ売っていた。
「いろいろあるわね! でも今の服が動きやすくていいからどうしようかしら……」
「たしかにその服似合ってるし。それなら色違いとか、少し違うものをいくつか買っておくのはどう?」
「うふふっ、そうするわ!」
「クルルはどうする?」
「私もそんな感じにするプイ。これからもキメラは出るから動きにくいのは嫌プイ」
この世界だとどうしてもオシャレより動きやすさが大事だよな。俺もそうするか。
服屋はほどほどにして、カフェに行くことに。
「何がおすすめなのかしら?」
「お茶にヤギ乳と砂糖を混ぜたのがおいしいプイ」
「そうか。じゃ、それにしよう。コーヒーとかはないんだな」
「コーヒーって何プイ?」
「苦くていい香りのする飲み物だよ」
「へえ、ヤマも物知りプイ」
運ばれてきたグリーンティーのようなものを3人で飲んだ。
「これ、おいしいな! 入っているのはウシのじゃなくて、ヤギ乳なんだよな」
「ウシはキメラしかいないプイ」
「そうか……」
カフェと言ってもどこか和風な飲み物と食べ物が中心だ。海外から輸入されるとかはないのだろう。
「ねえ、クルル。人間や亜人が住んでるのって、実はこの辺りだけなんじゃないかしら?」
「ん? もちろん、そうプイよ。他の地域ではキメラのせいで絶滅したプイ。知らなかったプイか?」
「やっぱりそうなのね。知らなかったわ」
「どうしてモカはそう思ったの?」
「食べ物だって和風なものが中心だし、何というか、遠くの地域との交流があまりにない気がしたの。それに……」
「それに?」
「他の町や、外の道、この都市の中を歩いていても、馬車を含めて車の類を一切見てないわ。長距離移動が要らないんだと思ったの」
並行世界のはずなのに、俺たちの世界とはあまりに違うと感じた。
そもそも、俺たちの世界では1万年前にいたという『奇跡の超天才』の存在は知られていない。同じことをモカも思っていたのかもしれない。
「『奇跡の超天才』ってなんで奇跡と呼ばれているのかしら? あまりにも奇跡的に生き残ったからじゃないかしら」
「そうプイよ。詳しくは知らないプイけど、幼い頃に100を超える偶然が重なって奇跡的に生き残ったって言われているプイ」
「なるほど…… すごいわね。2分の1の選択で100回連続正解を引いたとして…… 2の10乗が1024、つまり10の3乗くらいだから、10の30乗分の1くらいの確率よ」
「……俺には全く分からないけど、要するに、意味が分からないくらい奇跡的ということかな?」
「そうよ」
つまり、俺たちの世界では超天才は幼い頃に死んだということだろう。この世界はとんでもない奇跡の上に成り立った世界なんだな…… というか、そんなのを一瞬で計算するモカがすごすぎる。
「私も全く分かんないプイけど、そのモカの賢さのおかげで今生きていられるプイ!」
「俺たちが出会えたことも十分奇跡的だよな」
「そうプイ!」
うん、俺にはこれで十分だ。
モカやクルル、大切な人たちと過ごせることが何より幸せだ。そのためにも、護らないといけないものがあるなら行かないとな。
「この幸せを護るためにも、ラパンとかに行かないとな」
「やっぱりそう思うわよね。何かは分からないけど、放っておけないわよね」
「そうなんだよ。亜人たちも決して数が多いわけじゃなさそうだし。何を護るのかはともかく、皆の幸せのために力になれるなら頑張りたいよな」
「「うん(プイ)」」
◇
その日の夜、宿屋に戻り、クルルが寝静まったあと、モカが小声で話しかけてきた。
「なんか壮大な旅になっちゃいそうよね」
「そうだな。俺としては、昼間も言った皆の幸せを護るためってのもあるけど、やっぱりモル人とかと仲良く暮らしたいって気持ちが強いかな。皆が安心して一緒に暮らせる幸せな未来を作りたいじゃん」
「ヤマらしいわね。私はこの世界の謎をもっと知りたいわ。元の世界では分からなかったようなことをいっぱい経験できているもの」
「ふふっ、本当モカらしいな。俺たちは2人とも最初の目的を忘れちゃいそうだな。帰るんじゃなくて、行き来できるようになるのが俺は1番嬉しいかな。それを目指したいな」
「ふふっ、そうね。ダブル爺の気持ちがよく分かるわ。帰ればいいっていうものじゃないわ。これは私たちの幸せを護る旅ね」
「そうだな」
よし、幸せを護りに、明日にはラパンに向けて出発しよう。
お読みいただきありがとうございます!
第1章はここまでで、次のお話から第2章に入ります!
(2026/10/16)
見やすさの改善をしました。内容に変更はありません。




