第125話 西の領域
ついに川の西側の領域に入った俺たちはまずは下山することにした。
「ここから先は飛ぶのはやめておきましょう。スミロ人から見られる可能性が高いわ。それにスミロ人はキメラより強い可能性が高いから、普通に外を出歩いている可能性もあるわ」
「そうだな。村に着くまではスミロ人との戦いを避けたいから、慎重に行こう」
「「分かったプイ(ノ)」」
スミロ人にいつ遭遇してもおかしくないという緊張感の中、山を下る。空から見た感じだと、川に沿って山を下るとそのまま森に入ってしまうだろう。
森に向かうべきかどうかは悩ましい。モカもそれは同じだったようで、なんとなく西側に向かって歩いている。
「やっぱり、山を下りてそのまま森に入るのもちょっとって感じだよな?」
「ん? そうね。でも、森から外れるには相当西側まで行かないとダメだから、1回は森の中に入ることになるわ。森は川沿いにあるけど、山沿いにもあってそれは西側に広がっていたわよ」
「あれ? そうだっけ。じゃあ、南に進んで、森に入って、さらに南に進んで森から出られるくらいに西に行こうとしているということ?」
「そうそう。そんな感じ」
◇
しばらくそのまま南西方向に下った。だが、途中でモカが止まった。
「うーん。今どの辺にいるかを1度確認したいわよね……」
「まだ、山の下まではそれなりにあるよな」
「だからよ。まだ高さがあるから、少し遠くまで見えるかなって」
「まさか、木の上まで飛ぶ?」
「それを迷っているの」
「プ? 飛ばなくても木登りすればいいプイ」
「そうナノ」
「えっ? そうか。見えればいいんだもんね」
「あの木とかなら登れそうナノ」
プリンが指差したのは太い枝がいっぱいある木だ。しかも周りの木より高そうだ。それに、この木なら登れそうな気がする。
「風をうまく使いながら登れば上までいけるんじゃない?」
「試してみるわ」
「キメラに気を付けてプイ」
「私がここから周りを警戒しておくノ」
「ありがとう」
さっそくモカが木登りを始めた。
木登りと言ってもしがみついて登るというより、太い枝ごとに飛び移るという感じで、風のコネクトが目立たないようになるという感じのやり方だ。
風を使ったおかげで、あっという間に高いところまで登っていった。
幸い、キメラも襲っては来ていない。モカが高いところから、南のほうを見ているようだ。
しばらく眺めたあと、登ったときと同じようにして戻ってきた。最後は軽やかに飛び降りた。
(トンッ)
「よいしょっと。大体今の場所は分かったわ。ちょうど南に向かうとギリギリ草原に出られそうな位置にいるわ。だから、あと少しだけ西寄りに歩けば大丈夫だわ」
「ありがとう。じゃ、そっちに行こうか」
「「分かったプイ(ノ)」」
◇
モカの先導に従って、俺たちは進んだ。
山を下りきったあと、平地になってもまだ森は続いていた。森を抜けるまでには暗くなるかもしれない。モカはそれを最初から計算済みのようだ。
「もう少ししたら、また巣穴方式で休みましょう。森から出るのは明日にしたほうがいいわ」
「やっぱりそうだよな。このまま進むと暗くなりそうな気がしたんだよ」
「歩いて移動すると時間がかかるわよ。道らしい道は全くないし」
たしかに言われてみると道らしいところはどこにもなかった。あれ?
「道らしい道が無いということは、ベルたちはこのあたりを通ってないということ?」
「ん? 川沿いを通ったんじゃないかしら?」
「実は川沿いに道があったのかな?」
「ん? あったわよ?」
「え……」
「ヤマ、気付かなかったプイか?」
「もう、道を見ていたモカをじっと見ているからナノ」
「えっ? みんな気付いていたのか……」
「さすがに川沿いというか壁沿いの道を進んだらスミロ人と鉢合わせしそうじゃない?」
「まあ、そうだね……」
どうやら壁沿いに道があったようだ。俺だけが気付いていなかった模様だ。きっとあの長い階段の脇にそっちに行く道があったのだろう。
そうか、モカは周りを観察していたのではなく、道がどうなっているのかを見ていたのか。
俺はそのモカを観察していたわけだから、プリンの指摘が正しそうだ。
モカはスミロ人との遭遇を避けるためにわざと山の中を歩くことにしたわけだ。それで途中で今の自分たちの位置を確認したくなったのだろう。壁に近づきすぎても、離れすぎてもよくなかったのだろう。
「そうか、階段の横から行けたのか。あのときモカは道がどうつながっているかを確認してたんだな」
「そうよ」
「俺はそのモカを観察してたってわけか」
「うふふっ」
「やっぱりナノ」
「しかたないプイね」
モカの意図がよく分かったところで、少し西寄りに進むことにした。
◇
周りに注意を払いながら進んだことで、ここまでキメラにも襲われずに来ることができた。
もう少しで夕方になりそうだ。
「じゃあ、そろそろ巣穴作成に移りましょう」
「そうだな。じゃ、クルル、作ろうか」
「まかせるプイ」
「私たちは周りを見張っているノ」
「ありがとう」
モカとプリンが見張ってくれているから安心して巣穴を作ることができた。2回目の作成ということもあり、以前よりも慣れた感じで短時間でできた。
軽く食事を済ませ、巣穴にこもった。
今回の巣穴は、よりバレないよう、岩のふたの上から土がかぶさるように工夫した。岩を出す前に高めのところに土を出したのだ。これで、外からは単なる山にしか見えないはずだ。
それに、巣穴自体をかなり奥深くした。においでたどられたくないからだ。そのあたりはクルルたちの意見を参考にした。
「やっぱり未知の地域はドキドキするな」
「そうなのよ。何が出てくるか分からないからずっと警戒してて疲れるわね」
「クルルもプリンも疲れたんじゃない?」
「大丈夫プイ。自然と分かるプイ」
「そうナノ。意識しなくても音とかは聞こえるノ」
「そうか。亜人は優秀だよな。人間と同じ知恵を持っていて、人間よりも鋭い感覚を持っているんだから」
「そうでもないノ。人間のほうが頭がいい人が多いノ。私よりマポリンのほうが賢いノ」
「そういうものなのか……」
「亜人もいろいろ、人間もいろいろよ」
「そうだよな。でも旅をするのは草を食べられるモル人、ウサ人のほうが絶対有利だと思う」
「あっ、それ私も思ったわ」
「だよな。昔、おいしい草を今度教えてもらおうって思った記憶があるよ」
「今度教えるプイ!」
「ありがとう。俺たちでも食べられそうなやつにしてね」
「まかせるプイ!」
人間と亜人、違うところがあるからこそ、協力するといろんなことができる。あらためてそう感じる毎日だ。
そうこうしているうちに暗くなってきたから、休むことにした。光を巣穴で使うと漏れた光でバレてしまうからだ。
◇
まだ暗くなってすぐの頃、プリンが反応した。もふもふの耳が俺たちをくすぐるので分かった。
(ピクッ! ピクッ!)
(シーッ……)
プリンは小声すら出さずに静かにするよう、俺たちに伝えた。
(くんくん)
(? ……コクリ)
クルルは一瞬不思議そうな表情をしたがすぐに意図が分かったようだ。
俺とモカはよく分からない。だが、直後に分かってきた。
(パキッ……)
落ちている枝を踏む足音だ。そんなに近くはない。かろうじて聞こえる程度だ。たぶん空気穴を通ってうまく反響しているからよく聞こえるのだろう。それでもモカの心臓の音のほうがよく聞こえるくらいだ。
だが、聞こえたのはそれだけじゃない。
「……もう暗くなった。どこまで行くカ?」
「ンガ? もう少しで森から出る。森から出たら寝る。あと何日か行けば村に着く」
「分かった。ベル様はほんとに東なのだろうカ……」
「たぶん。あいつはもう見つからないだろう。村長の言ったとおりだ。念のため、今日は川沿い以外も歩いたが、ベルの痕跡はなかった。東に行ったきり帰ってきていないのだろう」
「本当に自分の目で確かめるつもり……」
途中からは声が遠くて俺には聞き取れなくなった。
だが、この雰囲気は間違いない。スミロ人だ。
会話の内容からすると、ベルをあいつ呼ばわりできる人と、もう1人はベル様と呼ぶ下の存在のようだ。村長ではないということは、四天王の1人と若い衆の組合せだろうか。
巣穴方式にしていなかったら間違いなく見つかっていただろう。危ないところだった。
プリンの雰囲気からはまだ声が聞こえるらしく、警戒を解いていなかった。
30分ほどして、プリンが小声で話し始めた。
「たぶん、もう大丈夫ナノ。遠くまで行ったノ」
「そうか。スミロ人だよな?」
「間違いないわ」
「自分の目で確かめるつもり、って言ってたけど、その先は聞こえなかったな」
「確かめてどうするつもりナノか、みたいなことを言っていたノ」
「なるほど」
「もう1人は、あいつは気性が荒いから心配だって言ってたノ」
たしかに気性は荒いとは思うが、スミロ人から見ても気性が荒いのか……
「ベルをあいつ呼ばわりできるのは村長と四天王、あとは親兄弟くらいじゃないかしら?」
「でも村長じゃなさそうだったよな?」
「そうね。いずれにしても、明日はゆっくり森から出ないと鉢合わせしそうよね」
「ああ、気を付けよう。スミロ人って、やっぱり暗くても見えるんだよな」
「そうだと思うわ。それにしても巣穴方式にしてほんと良かったわ。普通のキャンプだったら危なかったわよ」
「ほんとそうだよな…… 他にもスミロ人がベルを探して歩いているかもしれないから警戒しつつ寝よう」
「そうしましょう」
(ギュッ)
いつもよりクルルとプリンの密着度合いが上がった気がする。こういう不安な夜ほどくっついて寝たくなるものだ。
◇
翌朝、明るくなったため、巣穴の外に出ることにした。
(ピクッ…… ピクッ……)
「大丈夫だと思うノ」
「ありがとう。昨日は比較的そばをスミロ人が通ってびっくりしたよな」
「そばと言っても、結構距離はあったと思うノ」
「においがしないくらいは遠かったプイ。私も音でしか分からない距離プイ」
「そうだったのか」
「巣穴の作りのおかげかしらね。集音効果みたいなのがあったようね」
「どちらにしろ、外でキャンプしてたら見つかったよな」
「そうよ」
「じゃあ、そろそろ出ようか」
(スッ)
入り口をふさいでいた岩たちをどけた。周囲を警戒するが特に何もいないようだ。
あらためて、岩と土で埋めておく。
(ドン)
(ザザッ)
あらためて外から見るとこの下に巣穴があるようには見えない。我ながらうまく作ったものだ。
そんなことよりも、見つからずに森から出るほうが大事だ。気を引き締めて周りを警戒しながら、俺たちは歩き出した。
ほどなくして、森の端に到達した。ガトアルデのそばのような光景が広がっていた。スミロ人の村はここからは全く見えない。
「そう言えば、あと何日かって言ってなかった?」
「そうなのよ。空から見た感じだと、かなり遠いからしかたないわよ」
「スミロ人は風は使えないからそうなるよな」
「うーん……」
モカが迷っているようだ。
「急いで移動したら、昨日のスミロ人に遭遇する危険があるわ。でも、ゆっくり行ったら日数がかかってその分見つかる危険も増えるわ」
「ねえ、村に忍び込むプイ?」
「えっ? さすがにそれはしないつもりよ」
「そうナノ。どうせ最後は普通に村の門から入ると思うノ。つまり、いつかは見つかると思うノ」
たしかにそうだ。モカやプリンはかなり肝がすわっている。
「そうね。どうせ見つかるわけだけど、見つかるのは村の入り口あたりがいいわね。外の草原の真ん中で見つかると何かと大変な気がしたのよ」
「なら、低空飛行していくのはどう? 遠くからは見えないし、早く移動できるし、いざとなったらすぐに歩けるし」
「そうね。地面に落ちないように気を付けて行きましょうか。以前空から見た感じからだと、村はちょうどここから南あたりよ。だから、少し東の森側を飛べばあのスミロ人には会わないで済むかしら」
「そうだな。とりあえず進んでみよう。どうせ、最後は村に堂々と入るんだから」
「そうね」
いよいよ、スミロ人の村に向けた最後の道のりを出発することにした。




