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第120話 キメラの秘密に挑む研究者

 翌日、マリの施設で目覚めた俺たちはキメラヴィルに向かうことにした。


「じゃあ、久しぶりにキメラヴィルに戻ろうか」


「そうね。モミジさんの研究の状況を聞いてみたいわね。必要ならキメラ研究所へ連れて行ってあげたりとかしないといけないわ」


「そうだな」


「じゃあ、私たち行ってきます」


「分かりました。期待していますよ」


 機械にあいさつをして、マリの施設をあとにした。




 研究所跡を慎重に通り、風を使っても大丈夫な距離まで離れたあと、俺たちは飛び立った。


(ビューッ!)

(バサバサッ!)

(スーッ)



 このあたりは人もいないので、低い高度で十分だ。むしろ、キメラの分布が見えてちょうど良さそうだ。このあたりのキメラの分布は特徴的だ。


「やっぱり空から見ても、似たようなキメラごとにいる場所が分かれてそうだよな」


「そうね。自然にそうなったのかしらね。だって、この方が繁殖には適しているはずよ」


「たしかにそうだよな。ひょっとして、このあたりで繁殖したキメラが東に移動しているのかもな」


「なるほどね。それはありそうね。東側でほとんど子どものキメラを見てないわよね。モルジクのそばの森くらいじゃないかしら? どう? クルル」



「モルジクそばの森には結構子どものキメラがいるプイよ」


「やっぱりあのあたりにはいるのね。ワニとかカバ系は湖で繁殖するとしても、残りの強いキメラは山あたりで繁殖しているのかしらね」


「かもしれないな。そこで育った大人のキメラが競う場所が洞窟なんだろうな」


「となると、森や山のキメラとか、このあたりのキメラは大事にしないといけないわね」


「そういうことになりそうだな。このまま飛んでいって、戦わずに行こう」


「そうしましょう」



 そのあともキメラを眺めながら、キメラヴィルを目指した。





◇


 夕方になる前には、キメラヴィルが見えてきた。このまま町まで飛んでいくわけには行かないので、ここからは歩いていこう。


(スゥーッ)

(スタッ)



「キメラに近いところは風を使って走り抜けて、戦わずに行こう」


「分かったわ」




 俺たちは、歩いたり高速移動を交えたりすることでキメラを回避しながら、キメラヴィルまで移動した。洞窟の外でも意外と逃げ切ることができた。


 そうして到着したキメラヴィルは特に変わりはないようだった。


「久しぶりかなと思ったんだけど、よく考えたらあまり経っていない?」


「ん? そうよ。2週間くらいじゃないかしら?」


「それくらいしか経っていないんだな。すごくいろんなところに行ったからもっと経っているような気がしたよ」


「そうね。高速移動できるようになったのが大きいわね」




 テン世界に来てから、日付や時間を全然気にしなくなっていて、何日経ったとかも数えない生活に慣れてしまった。G世界にいた頃では考えられないが、この感覚が非常に心地良いとあらためて思った。


「とりあえず、もうじき夕方だから、家に帰ろうか」


「そうね。モミジさんも帰っているかもしれないわ」



 まっすぐ家に向かうことにした。





◇


 家に入るとモミジさんは帰っていたようだ。


「ただいま!」


「あっ、おかえり! どうしたの? レイシュトまで行って帰ってきたの?」


「ん? 都市をひと通りまわって来たわよ?」


「はっ? だってまだ何日も経ってないわよ?」


「まあ、そうね」


「……まあいいわ。あなたたちなら何でもありだわ」


「さすがモミジさん。俺たちのことよく分かってますね!」


「そうプイ」


「モミジさんは元気してたノ?」




「そうね。キメラがかわいくて楽しんでたわ! いろいろと分かったのよ」


「えっ? もう分かったの?」


「聞きたい?」


「聞きたいわ!」




 家に上がってみんなで座ったあと、モミジさんが俺たちに考えを聞かせてくれた。


「まず、キメラ園とレイシュトの本に書いてあったことの違いからね。レイシュトの本には、『動きがぎこちない時期を過ぎるとすぐに攻撃的となった』ということと、『檻にずっと閉じ込めて外から観察して』いたことが書かれていたわ」


「そうだったわね」


「でもね、キメラ園では、赤ん坊の頃から触れ合って育てているのよ。檻に閉じ込めて外から観察なんかしないわ」


「えっ? それ危なくないのかしら?」


「おそらく、動きがきごちない時期を過ぎてからだと危ないわ。でも、その前からそういう育て方をしていると、動きがしっかりしてきても懐いたままなの」


「えっ? そんな単純な違い?」


「そうなのよ。でも、それ以外に思い当たることがないの。それに……」



 モミジさんが急に暗い顔をした。きっと幼い頃のことを思い出しているのだろう。



「モミジさんが小さい頃のことを思い出しているのね?」


「えっ? どうしてそれを……」


「都市を巡るついでに並行世界研究所にも行ってきたのよ。モミジさんが今ここにいるから、ってカエデさんに伝えるために」


「えっ!? 姉のところまで行ってきたの?」


「そうよ。カエデさんから、モミジさんとキメラの赤ちゃんの話を聞いたわ…… だから、モミジさんがキメラと仲良くなれる未来を真剣に目指していることも納得できたわ」



「そうだったのね。なら隠す必要もないわね。そのとおりよ。あのとき仲良くなったのはたぶんニワブタの赤ちゃんだったと思うの。一緒に過ごしていたら私に懐いてくれて。でも、そのあとは想像通りよ。まだ小さかった私は大人を説得できなかったわ。だから研究者になってキメラのことを解明しようと思ったのよ」


「説得するのは難しいわね。正直、今でも難しいと思うわ。キメラ園が無かったら誰も信じないわよ」


「そうだと思うわ」




 だが、モミジさんの目には希望があふれていた。


「きっとなんとかなるわ。でも、まだ仮説なのよ。少なくとも理屈では全く説明ができないの。だから、事例を集めるしかないのよ。例えば、町の外にいるキメラの赤ちゃんを同じように育ててみるとか、逆にキメラ園の赤ちゃんをしばらく外から観察するだけにするとか……」


「でも、モミジさんは、前者は赤ちゃんを見つけること自体が難しいし、後者はやりたくないんじゃないかしら?」


「さすがね。今、私が困っていることを完全に言い当てたわ」



 俺は、以前にモミジさんが言っていたことを思い出した。


「そうか! 以前、俺たちに協力してもらわないと研究が完成しないかもって言っていたのは、町の外にいるキメラの赤ちゃん探しってことだったのか!」


「バレちゃったわね。そうなのよ。最後は比較しないと証明できないのよ。でも、キメラの親から赤ちゃんを奪うなんてしたくないのよ……」


「うーん……」




 モカが考え始めた。思考速度を極限まで高めたモカが考えているのだからよほどだ。


「……たぶんだけど、凶暴性がなくなる理由が分かったわ」


「えっ!?」


「キメラ研究所にあった骨格を思い出していたの」


「あの頭の大きい?」


「そうよ。あれは生体AIチップの影響を受けて脳が進化したのだと思うわ。じゃあ、逆に生体AIチップの中のAI細胞が脳の影響を受けてもおかしくないんじゃない?」



 言っていることは分かる気もするが、それとキメラの凶暴性の話が俺の中ではなかなかつながらない。


 俺が分かっていないことを察したモカが説明してくれる。


「前、モミジさんにも言ったようにキメラには生体AIチップが必ず寄生しているの。親子で引き継がれるのよ。引き継がれるとき、生体AIチップが複製されることは間違いないし、おそらく学習状態は初期化されるはずだわ」


「初期状態って、たしか凶暴なんじゃなかったっけ?」


「図書館の情報からするとそうよね。でも、どんな生物もそうだけど、幼いほど柔軟に学習できるわ。複製されて子どもに引き継がれるほど生物のような動きをする生体AIチップよ。そういう特性があっても不思議じゃないわ。あとは細胞の数を極限まで減らした状態じゃないととても引き継げないはずで、それも影響してるかもしれないわ」


「たしかに、普通の生物だと細胞1個ずつで受精するけど、キメラになるとそこが複数じゃないといけなくなって、さらにそれをつなぎ合わせるためのチップの細胞が必要なのか……」



 俺のつぶやきにモカが反応した。


「なるほど! それが引き継げる理由ね! というより引き継ぐ以外にない理由よ。たとえ細胞が2個だったとしても、チップ無しで維持できないんだわ。それにキメラと元の動物で交配できるなら、普通の生殖細胞だけじゃなくて全体の遺伝子が揃うためのクローンみたいなものも一緒にくっついているはずよ。それを結合力で解決したんだわ。で、きっとその最小状態からチップが復元するまでの期間は学習能力が通常と違うのよ」



 なるほど、少し話が見えてきた。


「うーん。じゃあ、赤ちゃんの頃に学習したということ?」


「そうよ。初期状態のチップでは凶暴というか、他の種族に対して敵対心を持たされているのよ。それを赤ちゃんのうちに優しく接してもらうことで、脳のほうが敵対心を打ち消そうとするのよ。それがAI細胞にも伝わって学習されるのよ」


「なるほどな」


「つまり、AI細胞が安定するまでの短い期間で学習しないと敵対心は消せないのよ」




 理屈は分かる気もするが、解決への道のりは遠そうだ。


「じゃあ、キメラは全部赤ちゃんの頃から育てないとダメなのかな?」


「……いや、そうじゃないと思うわ。それを繰り返すことで、きっとAI細胞も進化するわ。だって親から子に引き継がれるのよ。何世代もずっと敵対心を消されていたら、AI細胞の初期状態にも影響するんじゃないかしら?」


「そういうものなのかな?」



 コンピュータで実現しているAIを初期化したら毎回同じものになる気はするけど。


「そもそも細胞なのに初期化というのが引っかかるのよ。初期化するためには、初期化した状態が何か、というのを細胞内に保存してないといけないのよ。保存しているものなら、変更する手段は存在するはずだわ。外部から初期化するのとはわけが違うわよ」


「なるほど…… うーん。遺伝子のようなもの?」


「そうかもしれないわね。でも、遺伝子だって突然変異を起こすじゃない。機械じゃないのよ」


「ん? 遺伝子が変わった、つまり初期状態が書き変わったキメラの子どもは普通に育てても凶暴にならないんじゃない?」


「そうなの。私もそう思うの。あとは……」




 モカがまた考え込んでいる。


「そうか…… キメラは他の種族に対して敵対心を持つのよ。ほら、ここから南の地域は同じ種族が固まって暮らしていたじゃない。同じ種族間は敵対心がないのよ」


「ん? そりゃそうじゃないと繁殖できないよな」


「そうよ。つまり、キメラ園にいるキメラと同族であれば外のキメラと敵対せずに繁殖できるわ」


「なるほどな。そうやって生まれた子どもは凶暴? それともおとなしい?」



「そこはちょっと分からないわ。ひょっとしたらオスかメスのどちらがおとなしいかでも変わるかもしれないわ」


「長い時間をかけてもいいとは思うけど、凶暴なキメラがおとなしいキメラに置き換わっていくようにできないかな?」


「それは、キメラ園からキメラを巣立ちさせていくしかないと思うわ。時間はかかるわ。でも、人々がキメラを受け入れるのも時間はかかるわ。そのくらいでちょうどいいと思うわ」




 ここまでだまって聞いていたモミジさんが口を開いた。


「すごいわ。あなたたちは研究者よりも考えが深いわ。少なくとも今はキメラ園から外にキメラを放つことはしていないわ。できるだけ多くキメラを育成した上で、ここを拠点にして広げていくのね。それならできる気がするわ」


「ラグさんの一族の新たな研究方針になるかもしれないわね。ラグさんにも伝えてあげなくちゃ」


「そうよね! 明日さっそく話をしてみるわ」


「私たちも行くわ」



 大体の方針が決まったところで、モミジさんがモカプルンを出してくれた。やっぱりこれを食べるのが帰ってきた感があってよい。


 俺たちはモカプルンパーティを楽しんだ。


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